デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
1節 記念事業
14款 其他 4. 社団法人神武天皇祭明治天皇祭桜菊会
■綱文

第49巻 p.152-155(DK490044k) ページ画像

大正8年2月22日(1919年)

是ヨリ先、大正四年四月、東京日比谷神宮奉斎会ニ於テ、当会ノ発会式挙行セラル。是日、当会社団法人ニ改組ノ認可申請ニ当リ、栄一出願総代ノ一人トナル。同年十月三十日認可セラル。又、震災後ノ当会再興ニ際シテ之ヲ賛助ス。


■資料

桜菊 復興第一号・第一―四頁昭和三年八月刊 社団法人神武天皇祭明治天皇祭桜菊会趣意書 文学博士 芳賀矢一撰(DK490044k-0001)
第49巻 p.152-154 ページ画像

桜菊  復興第一号・第一―四頁昭和三年八月刊
    社団法人神武天皇祭明治天皇祭桜菊会趣意書
                文学博士 芳賀矢一撰
敷島の日本心の象徴なる桜の花の真盛は四月の初旬、神武天皇祭の頃にあたれり。うらうらとのどけき春の光に匂ひ出づる此の花を見るもの、誰かは万国に比類なき我が日の本の国の、うるはしき姿を思ひ出でざらん。国の姿のうるはしきを思ふもの、誰かは皇祖神武天皇の建国の大御業を仰ぎ奉らざらん。さて又明治天皇の御降誕あらせられたる十一月三日よ、皇室の御紋章たる菊の花の咲き香ふ好季節にして、此の花に対しても亦誰か油然として忠君愛国の念を起さざらん。畏けれども、明治天皇の鴻業は直に神武創業の後を続がせ給へるものにして、三千年の昔に遡りて光輝ある国史の成跡を誇り得るもの、世界に唯我が日本国民あるのみ。こゝに我等は春の四月三日、万世無窮の宝祚を践ませ給へる第一天皇の御祭日を、桜の会の日と定め、秋十一月の三日、曠古の大業に国威を四海に輝かし給へる明治の御代の天長節
 - 第49巻 p.153 -ページ画像 
の日を菊の会の日と定め、一年二回国民相会して、謹みて皇祖をうやまひ、先帝をしのび奉り、以て祖先崇拝の美風を興し、大和魂の熱誠を盛ならしめんとす。此の両日には日清・日露・日独等諸戦役戦没者の為には追弔会を催し、国民をして年々其の追懐を新ならしむるのみならず、本部並に支部在住の学生、会社・商店員・官公吏中、精励比なく品行優秀なる人を選びて、国民的同情を以て、其の善行を表彰せんとす。要は明治天皇の下し給へる教育勅語・軍人勅諭・戊申詔書等の大旨を体し奉り、国民道徳の根基を固うして、いよいよ国の光を揚げ、いやが上にも、国の姿をうるはしからしめんとするに外ならず。此の趣旨によりて、桜菊会規約を定むること次の如し。全国紳士・淑女希はくば共同賛助して、我等が志を成さしめられんことを。
    社団法人神武天皇祭明治天皇祭桜菊会定款
第一条 本会ノ目的ハ教育勅語・軍人勅諭・戊申詔書ノ御趣旨ヲ奉体シ、毎年四月三日神武天皇祭、十一日三日明治天皇祭ヲ執行シ、両大神ノ御盛徳ヲ偲ビ奉リ、合セテ勤王志士会員祖先等ノ追悼会ヲ執行シ、国民思想ヲ養成スルモノトス
第二条 本会ノ名称ハ社団法人神武天皇祭明治天皇祭桜菊会ト称ス
第三条 本会ハ事務所ヲ東京市深川区深川公園第十二号ニ置キ、便宜ニ依リ支部ヲ各市町村ニ置クコトアルベシ
第四条 本会ノ経費ハ納金及一般寄附金其他ノ収入ヲ以テ支弁ス、基金ハ神武天皇・明治天皇御陵ノ遥拝所並ニ勤王志士会員祖先忠霊堂又ハ講堂事務所ノ建設費ニ充ツル外之ヲ費消スルコトヲ得ズ
 基金ノ利子ハ之ヲ基金ニ編入ス
 基金ハ理事会ノ決議ニ依リ定メタル銀行ニ預入ス
第五条 本会ノ役員ハ総裁一名、理事十名以内、監事三名以内トス
 総裁ハ総会ノ決議ニ依リ之ヲ推戴ス
 理事及監事ハ総会ニ於テ之ヲ選挙ス
 理事及監事ノ任期ハ五ケ年トシ、欠員ヲ生ジタル場合ハ次期ノ総会ニ於テ之ヲ選挙ス、其任期ハ前任者ノ残任期間トス
第六条 理事会ノ決議ヲ以テ左ノ名誉役員ヲ嘱託スルコトヲ得
    会長     一名
    副会長    若干名
    顧問     若干名
    委員     若干名
    評議員    若干名
第七条 本会員ハ毎年金参円ヲ本会ニ納付スルモノトス
 十二ケ年毎年金参円、又ハ一時ニ金参拾円以上ヲ納附シタル者ヲ終身会員トス
 会員退会セントスル時ハ其旨本会ニ届出ヅベシ
第八条 本会ハ毎年神武天皇祭当日、本部並ニ支部ニ於テ(神武天皇祭)桜ノ会ヲ開催シ、会員並ニ賛同者ノ遥拝式ヲ行フ
 但遥拝者ハ桜花ノ徽章ヲ附スルモノトス
第九条 本会ハ毎年十一月三日明治天皇御誕生日ニ本部並ニ支部ニ於テ(明治天皇祭)菊ノ会ヲ開催シ、会員並ニ賛同者ノ遥拝式ヲ行フ
 - 第49巻 p.154 -ページ画像 
 但遥拝者ハ菊花ノ徽章ヲ附スルモノトス
第十条 前二条ノ遥拝式ニ参列セントスル賛同者ニハ本部又ハ支部ノ最寄出張所ニ於テ、第八条ノ桜花章又ハ第九条ノ菊花章ヲ交附ス
第十一条 第八条並ニ第九条ノ会ニ於テハ併セテ左ノ事項ヲ挙行ス
 一、戦死者ノ追悼会ヲ行フコト
 二、官私ヲ問ハズ職務ノ為メニ斃レタル者ノ追悼会ヲ行フコト
 三、本会員並ニ会員ノ祖先ノ追悼会ヲ行フコト
第十二条 本会ハ左ノ各項ヲ漸次遂行スルモノトス
 一、会報・雑誌・書籍発行ノ事
 二、講話ヲナスコト
 三、奨学資金ヲ募集スルコト
 四、学校ヲ設立スルコト
 五、慈善事業ヲナスコト
○下略


桜菊 復興第一号・第一五―二四頁昭和三年八月刊 復興緒言;桜菊会沿革記(DK490044k-0002)
第49巻 p.154-155 ページ画像

桜菊  復興第一号・第一五―二四頁昭和三年八月刊
    復興緒言
○本会は大正四年四月神武天皇祭当日を以て発会式を挙行し、本部を首唱発起者たる岡部長氏の邸(東京市深川公園第十二号)に設置し、玆に畝傍桃山両御陵遥拝殿及び勤王志士会員祖先忠霊堂を建設し、定款に基づき春秋二季の御祭日には会員並に賛同者参集、厳粛に遥拝式典を執行し、以て趣意を宣伝し、国民精神の涵養、思想の善導に相努め、会員一万三千余名に達し、会務漸次隆昌に向ひつゝありし処、本会創立以来顧問として多大の援助を与へられたる前宮内大臣伯爵波多野敬直、同大神宮大宮司子爵三室戸和光両閣下の薨去に次て、早川千吉郎・池田謙三・安田善次郎・山田春三諸君等の各顧問及ひ理事関根親光・同男爵藤枝雅之・専務岡部長等の重要幹部の諸士相前後して逝去せられたるは、誠に痛恨哀惜の至りに堪へぬのである、然るに此大不幸に処する善後の措置未だ整備せざるに、彼の九月一日関東の大震災に遭遇し、全滅に等しき大打撃を受けたのであります、爾来理事棚橋一郎・田島義方・改野耕造・須田卓爾諸士の尽力と有志等の奮起に依りて、漸く復興することになつたのであります、而して此の復興に就き特に左記方々の卒先賛助を給はりたるは、吾々の光栄であり又力強き御後援である、故に爰に芳名を録し謹て感謝の意を表す
      賛助員芳名(いろは順)
○中略
   子爵 渋沢栄一殿
○中略
   子爵夫人 渋沢兼子殿
○中略
      定款の改正
○時勢の進展に伴ひ諸物価高値になり、集金郵便手数料等も一般に相高められ、且つ集金額も一件参円以上ならでは取扱はれず、従来の会費にては経営上甚だ困難に付き、今般定款第七条の会費年額金弐円を
 - 第49巻 p.155 -ページ画像 
参円、一時金弐拾円を参拾円と改正し、主務省の認可を得たるに付き御諒承を乞ふ。尚会費の収納は従前の通り集金郵便に相託し候間何卒御仕払被下度願上候
    桜菊会沿革記
一、本会ノ趣意書ハ文学博士芳賀矢一氏ノ撰文ニシテ、発会式挙行ノ際本会ノ顧問タリシ当時宮内大臣伯爵波多野敬直閣下ヨリ 両陛下ノ天覧ニ 東宮殿下並ニ各宮殿下ノ台覧ニ供シ奉リ御嘉納ヲ辱フシタルモノナリ
一、本会ハ大正四年四月三日神武天皇祭御当日ヲ以テ日比谷神宮奉斎会ニ於テ其発会式ヲ挙行セリ
一、本会ハ創立以来趣意書並ニ定款ニ基ヅキ毎年四月三日神武天皇祭十一月三日明治天皇御誕生日ニ其御祭典ヲ厳粛ニ執行セリ、式後勤王志士並ニ会員祖先ノ追悼会ヲ営ミ会員及賛同者ノ参拝アリ、尚ホ恒例トシテ花火其他種々奉納余興ヲ催フセリ
 附言 明治天皇祭日ハ毎年七月三十日デアリマシタ、然ルニ今回十一月三日ノ御誕生日ヲ以テ明治節ト定メラレタルハ本会ノ趣旨相達シ誠ニ欣幸ノ至リデアリマス
○中略
大正八年二月二十二日、本会創立以来講演並ニ会報ヲ以テ斯道拡張ニ相尽シタルコト三年ニ及ビ 神武・明治両大帝ノ御聖徳ヲ敬仰シ本会ニ賛成セラレタル会員一万人以上ニ達シタルニ付、左記総代ヲ以テ社団法人設立認可願書ヲ提出セリ
    桜菊会社団法人設立出願総代人名
                  男爵 渋沢栄一(印)
○中略
同 年十月三十日社団法人設立認可セラル
○下略


桜菊 復興第一号・第六頁昭和三年八月刊 神武天皇祭の概況(DK490044k-0003)
第49巻 p.155 ページ画像

桜菊  復興第一号・第六頁昭和三年八月刊
    神武天皇祭の概況
○昭和三年四月、神武天皇祭当日赤坂青山会館に於て畝傍山御陵遥拝式を挙行せり ○下略



〔参考〕中外商業新報 第一〇六五八号大正四年一二月一八日 ○桜菊会の祭典(DK490044k-0004)
第49巻 p.155 ページ画像

中外商業新報  第一〇六五八号大正四年一二月一八日
○桜菊会の祭典 深川公園内の桜菊会にては来る十九日々曜午後一時より本年秋季の明治天皇御祭典及び御大典記念楠公臨時祭典を挙行し片山大学長・権田雷斧師・文学博士前田慧雲師の講話及早川貞水の楠公袂別の講演ある由にて、尚ほ伊勢神宮・湊川神社より下附されたる軸物を観覧に供し、一般の入場随意なりと