デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
2節 銅像
6款 九代目市川団十郎銅像除幕式
■綱文

第49巻 p.217(DK490062k) ページ画像

大正8年5月29日(1919年)

是日、浅草公園内ニ於テ、九代目市川団十郎銅像除幕式挙行セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK490062k-0001)
第49巻 p.217 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年          (渋沢子爵家所蔵)
五月二十九日 晴 暖
○上略 十時浅草公園ニ抵リ故市川団十郎銅像除幕式ニ出席シ、一場ノ祝詞ヲ述ブ○下略


竜門雑誌 第三七三号・第五七―五八頁大正八年六月 ○団十郎銅像除幕式(DK490062k-0002)
第49巻 p.217 ページ画像

竜門雑誌 第三七三号・第五七―五八頁大正八年六月
○団十郎銅像除幕式 浅草公園内三社右側に建設せる九代目市川団十郎の銅像除幕式は、五月廿九日午前同所に於て挙行せられたるが、参列者は市川一門を始め新旧俳優・実業家・文士・画家其他朝野知名の士三千余名、銅像建設会理事南氏の工事報告、委員高木益太郎氏の挨拶に次ぎ、青淵先生・田尻市長・大倉男・床次内相(代)・末松子(代)其他の祝辞あり、続いて国民文芸会総代吉井勇、中村歌右衛門・伊井蓉峰等諸氏順次壇に上りて故人の頌徳・追懐談を述べ、後小村侯の音頭にて会衆一同万歳を三唱し、故人の孫にあたるきくえ子の手によりて綱は曳かれ、新海竹太郎氏の作なる元禄見得の「暫」に扮せる同優の像生けるが如く現はれて、歓呼喝采暫らくは鳴りも止まざりき。



〔参考〕新撰大人名辞典 平凡社編 第一巻・第二六七―二七〇頁昭和一二年五月刊 【市川団十郎】(DK490062k-0003)
第49巻 p.217 ページ画像

新撰大人名辞典 平凡社編 第一巻・第二六七―二七〇頁昭和一二年五月刊
 市川団十郎《いちかはだんじふらう》 江戸の歌舞伎俳優。市川宗家。元禄期の荒事創始者の名優市川団十郎に初代始まり、明治時代の名優堀越秀の団十郎まで九代に及ぶ。代々著はれた中に初代・二代・七代・九代が殊に著名。家号は代々成田屋。
 〔九代〕(二四九八―二五六三)明治時代の東都劇壇を代表する立役の名優。天保九年十月十三日、江戸木挽町に生る。父は七代団十郎で、その五男。本名堀越秀。○中略 明治三十六年九月十三日相州茅ケ崎の別邸で歿す。年六十三。○下略
   ○栄一ノ祝辞筆記ヲ欠ク。