デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
2節 銅像
10款 松本重太郎銅像除幕式
■綱文

第49巻 p.224-225(DK490066k) ページ画像

大正10年6月18日(1921年)

是日栄一、松本重太郎ノ銅像除幕式ニ祝辞ヲ贈ル。


■資料

双軒松本重太郎翁伝 松本翁銅像建設会編 第八九―九一頁大正一一年一二月刊(DK490066k-0001)
第49巻 p.224 ページ画像

双軒松本重太郎翁伝 松本翁銅像建設会編 第八九―九一頁大正一一年一二月刊
    ○銅像除幕式
時維レ大正十年六月十八日午前十時、高一丈一尺ノ花崗石ノ台上、フロック姿ノ銅製八尺ノ我双軒松本重太郎翁ノ立像ハ、令孫重治君ニヨリテ除幕セラレ、大大阪市ノ南口難波駅頭ニ其颯爽タル英姿ヲ現ハシ折カラノ霏々タル緑雨ニ風貌イヨイヨ生ケルガ如シ。唯見ル其広額ニシテ方頤ナル、加フルニ眉毛ノ穠黒ナルトハ剛毅ト果敢ト如何許リ翁ガ所謂利カヌ気ノ人ナリシカヲ想見セシムルニ足ルベク、而シテ其隼眼ト隆準トハ思慮海ノ如ク、意志鉄石ノ如キモノアリシヲ表示シテ又余蘊ナキニ似タリ。
除幕ノ式ハ定刻翁ガ遺族親戚来賓ノ着席ニ始マリ発起人総代永田仁助氏式辞ヲ朗読スルヤ、次デ令孫重治君除幕シ、翁ガ遺族並親戚ヲ代表シテ嗣子松蔵君謝辞ヲ演ベ、同午前十一時之ヲ了セリ。
○中略
此盛式ニ対シ祝辞ヲ寄セテ翁ノ功績ト人物トヲ慕賞セラレタル貴顕・先輩・知己ノ方々ノ芳名左ノ如シ。皆以テ又翁ガ全生涯ヲ粉飾スルニ足ランカ。
             内閣総理大臣 原敬氏
              農商務大臣 山本達雄氏
               文部大臣 中橋徳五郎氏
              大阪府知事 池松時和氏
               大阪市長 池上四郎氏
                 子爵 渋沢栄一氏
                 男爵 藤田平太郎氏
                 男爵 鴻池善右衛門氏
                 男爵 住友吉左衛門氏
          大阪商業会議所会頭 今西林三郎氏
         京都府竹野郡間人町長 室井成蹊氏
       故松本翁銅像建設会委員長 永田仁助氏


双軒松本重太郎翁伝 松本翁銅像建設会編 第一〇八頁大正一一年一二月刊 【松本重太郎君銅像除幕式祝辞 子爵 渋沢栄一】(DK490066k-0002)
第49巻 p.224-225 ページ画像

双軒松本重太郎翁伝 松本翁銅像建設会編 第一〇八頁大正一一年一二月刊
    松本重太郎君銅像除幕式祝辞
維レ時大正十年六月十八日、大阪市ニ於テ故正六位松本重太郎君銅像除幕式ノ挙アリ、回顧スレハ君ハ夙ニ銀行ノ業ヲ営ミ、又大ニ工業ヲ勧メ商工並進ノ計ヲ画シ、拮据精励難易ヲ撰ハス一気之ニ当リ、新利ヲ開キ公益ヲ興スコト一ニシテ足ラス、或ハ全功ヲ収メス有終ニ至ラ
 - 第49巻 p.225 -ページ画像 
サルモノアリトイヘトモ、百折撓マス多々益弁スルノ概アリテ、能ク其事ニ終始セシカ故ニ、大ニ関西実業界ヲ鼓舞作興シタルナリ、余モ亦五十年前我邦銀行ノ業ヲ創設シ、尋テ紡績業発展ノ策ヲ講シ、商工業ノ開進ニ自任セシカ故ニ、当時君ト情交ヲ厚フシ、相謀リテ大阪紡績会社ヲ設立セシハ、今ヲ距ル実ニ四十余年前ニ在リ、而シテ君ハ尚益々進ムテ事業界ニ尽スヘキノ時ニ於テ忽焉長逝セラレ、今ヤ銅像ヲ以テ再ヒ世ニ顕ハル、余ハ之ニ対シテ追懐ノ情禁スル能ハサルナリ、因テ往時君ト提携セシ記憶ノ一端ヲ叙シ、謹テ此ノ盛典ヲ祝ス
                   子爵 渋沢栄一