デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
3節 碑石
32款 金井烏洲記念碑
■綱文

第49巻 p.287-292(DK490103k) ページ画像

昭和5年6月8日(1930年)

是ヨリ先栄一、金井烏洲ノ正碑並ニ副碑ノ撰文及ビ揮毫ヲナス。是日、伊勢崎公園ニ於テ同正碑除幕式挙行セラル。栄一、渡辺得男ヲ派遣シテ祝辞ヲ寄ス。副碑ハ金井家墓地前ニ建設セラル。


■資料

上毛及上毛人 金井烏洲先生建碑記念号 庚午七月第一五九号・巻頭写真版昭和五年七月 (篆額)烏洲金井先生碑 (碑文)烏洲金井先生碑(DK490103k-0001)
第49巻 p.287-288 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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上毛及上毛人 金井烏洲先生建碑記念号 庚午七月第一五九号・巻頭写真版昭和五年七月 島村の金井家墓地前に建設されし副牌(丈七尺五寸巾五尺余)(昭和五年六月七日除幕式挙行)(DK490103k-0002)
第49巻 p.288 ページ画像

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上毛及上毛人 金井烏洲先生建碑記念号 庚午第一五九号・第二三頁昭和五年七月 烏洲先生追慕と顕彰事業の経過 豊国覚堂(DK490103k-0003)
第49巻 p.288 ページ画像

上毛及上毛人 金井烏洲先生建碑記念号 庚午第一五九号・第二三頁昭和五年七月
    烏洲先生追慕と顕彰事業の経過 豊国覚堂
○上略
      七、今回の建碑は七十四年目
 今昭和五年六月、建碑の功を竣へたのであるが、安政四年正月翁の卒去より正に七十四年目に当る、棺を蓋うて論定ると云ふ論法よりすれば、甚だ遅れたるの憾みなきに非ざれど、知己を百歳の後に待つと云ふ翁の主義よりすれば、今正しく其の時であつて、今日此挙に参与した御同様は、則ち翁の知己と謂つて差支ないのである。
 特に碑文の撰者・筆者に島村と一葦帯水を劃する対岸地の出身者たる渋沢老子爵を得たることは誠に本望の至りで、故人も今人も共に光栄とすべきである。又正碑・副碑と云ふが如き言葉は、未だ嘗て類例のない語であつて、人或は俗辞であると云ふかも知れぬが、これは明治以来の通語であつて、時代を表徴する所のものとして、却て面白いと思ふのである。
 又渋沢閣下が本年九十一と云ふ高齢で、建碑委員長の石川伊勢崎町長が七十八歳、それで従五位勲四等で烏洲翁の贈従五位と同等、又碑陰に賛同者の芳名録を筆せし多賀翠鸞翁は、先生の母堂の出でられし家の当主で八十三歳と云ふ老齢、それに僭越乍ら幹事長と云ふ名を汚した吾等が六十六歳であるなども、亦妙因縁があるやうに思はれる。
○下略


上毛及上毛人 金井烏洲先生建碑記念号 庚午七月第一五九号・第四一―四六頁昭和五年七月 金井烏洲先生碑除幕式 島村墓地の副碑と伊勢崎公園の正碑(DK490103k-0004)
第49巻 p.288-292 ページ画像

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