デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
3節 碑石
34款 其他 1. 黄興碑除幕式
■綱文

第49巻 p.294(DK490105k) ページ画像

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■資料

中外商業新報 第一一七四五号大正七年一二月八日 ○除幕された黄興碑 綱を引いた同氏二男厚端君(DK490105k-0001)
第49巻 p.294 ページ画像

中外商業新報 第一一七四五号大正七年一二月八日
    ○除幕された黄興碑
      綱を引いた同氏二男厚端君
支那革命の大立物故黄興氏の碑は、加藤子・田中陸相・床次内相、渋沢・近藤両男、章公使、犬養毅・頭山満・載天仇・箕浦勝人・杉田定一・小川平吉・尾崎行雄・寺尾博士・荒井賢太郎諸氏を始め
 ◇三十五名 の発起にて、鶴見総持寺境内竜王池畔の山腹に建設中であつたが、此程竣成し、七日午後三時追悼会を兼ね除幕式が執行された、来会者一同、劉士毅君外十九名の在留支那人及び宮崎竜介・菅野長知両氏の捧げた三個花環を供へた碑前に参集し、故人の書記たりし菅野氏の挨拶に次で、寺尾博士の建碑経過の報告があつて後、暁星中学三年在学中の
 ◇同氏遺子 黄厚端君(次男)は同校の制服で参列し、拍手裡に除幕し三時半式を終へた、碑は高さ廿二尺、巾五尺七寸、犬養木堂氏筆の「黄君克強之碑」と大書した仙台石の自然石である、それより追悼会に移り、三時四十分一同本堂に入り、大導師石川素童禅師五十名の衆僧を随へ故人の肖像前に厳かなる法要を営み、終つて
 ◇寺尾博士 の故人に関する感動的演説あり、次いで菅野氏起つて在長沙の遺子(長男)黄一欧氏及び孫文・張継・超伸諸氏より接受せる謝電を朗読し、続いて会衆の焼香があつて後、待凰館に於て晩餐の饗応を受け五時半散会した、来会者は頭山翁・小川平吉・沢柳政太郎副島義一の諸氏を始め約三百名に達した