デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
3節 碑石
34款 其他 2. 角田竹冷句碑
■綱文

第49巻 p.294-295(DK490106k) ページ画像

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■資料

諸会発起趣意書 (三) 【(印刷物) (別筆) 大正十五年五月一日承諾回答済】(DK490106k-0001)
第49巻 p.294-295 ページ画像

諸会発起趣意書 (三)          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
            (別筆)
            大正十五年五月一日承諾回答済、但署名ハ代筆ナリ
拝啓
愈御清祥慶賀の至りに奉存候
さて先年御賛助を得て建設致し候、故角田竹冷翁句碑の内一基、神田の分は震火の為め壊滅致し、其まゝに相成居り候処、此度別紙の通り再建を企画致し候に就ては、前回の如く賛成人の内へ御加盟被下候様奉願上候 敬具
 追て恐入候へ共否や御一報たまはり度三十日まで御待申上候間よろしく願上候
  大正十五年四月
                   委員 巌谷小波
 - 第49巻 p.295 -ページ画像 
                      星野錫
                      坪谷善四郎
                      黒須竜太郎


諸会発起趣意書 (三) 【(印刷物) 竹冷翁句碑再建に就て】(DK490106k-0002)
第49巻 p.295 ページ画像

諸会発起趣意書 (三)          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
    竹冷翁句碑再建に就て
拝啓
前年御賛同を得て、角田竹冷翁の俳徳を後世に伝ふべく、故翁に縁故ある地を卜して、東京・沼津・京都の三ケ所に句碑を建設致しましたが、東京神田明神境内の分は、往年の大震火災に遭ひて壊滅に帰し、徒らに台石のみが、塵風湿雨に浴してゐるといふ始末であります。
 これでは当初の趣意にも反きますので、如何にも残念に耐えませんから、こゝに重ねて御賛助を乞ひ、再建を謀りたいと思ひます、就ては甚だ恐縮でありますが、左記の定を御一覧下さいまして、も一度御喜捨を仰ぎたいと存じます。 敬白
  大正十五年五月
                   委員
                      巌谷小波
                      星野錫
                      坪谷善四郎
                      黒須竜太郎
                   幹事
                      服部耕石
                      林露竹
                      星野麦人
                      佐藤半山

    定
一 句碑建設費、およそ千弐百円の見込とす。
一 建設する場所は東京神田明神境内の旧趾。
一 醵金は一口金五円とし一人数口の申込を受く。
   但し数人にて一口の申込をなさるゝも御任意とす。
一 申込は五月二十五日迄とす。
一 払込は申込後一ケ月以内に、振替貯金口座、小為替、小切手又は集金郵便差立若しくは使差上くる等御便宜に任せ可申。
一 申込及払込報告は、雑誌木太刀に掲載す。
一 会計は建設後一ケ月以内に報告す。
一 事務は牛込区水道町四十一番地 竹冷会内 にて取扱。
   御申込は封中のはがきに、特に御直筆給はり度、これを当会に保存致し永く紀念と致し度。
              竹冷会
             東京市牛込区水道町四十一番地
                  振替預金 東京三七七六四番