デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
6節 追悼会
7款 水野幸吉追悼会
■綱文

第49巻 p.465(DK490157k) ページ画像

大正4年6月16日(1915年)

是日、帝国ホテルニ於テ、元アメリカ合衆国ニューヨーク駐在帝国総領事水野幸吉ノ追悼会催サル。栄一出席シテ追悼演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正四年(DK490157k-0001)
第49巻 p.465 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
六月十六日 晴
○上略 午後六時帝国ホテルニ抵リ故水野幸吉氏追悼会ニ出席ス、来会者百数十名アリ、故人ノ小相《(照)》ニ対シテ一同焼香ノ式アリ、七時食卓ヲ開キ、食後各知人ヨリ懐旧談アリ、余モ一場ノ往事追懐談ヲ為ス、家人親戚等皆余ノ演説ヲ傾聴セラル、夜十時会散シテ帰宿ス○下略


集会日時通知表 大正四年(DK490157k-0002)
第49巻 p.465 ページ画像

集会日時通知表 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
六月十六日 水 午後六時故水野幸吉氏追悼会(帝国ホテル)


竜門雑誌 第三二六号・第八一頁大正四年七月 故水野幸吉氏追悼会(DK490157k-0003)
第49巻 p.465 ページ画像

竜門雑誌 第三二六号・第八一頁大正四年七月
○故水野幸吉氏追悼会 北京公使館参事官在官中同地に於て客死したる故水野幸吉氏の知友諸氏は、六月十六日の一週忌を機とし、同日午後水野氏遺族を帝国ホテルに招待して其追悼会を催せり。当日青淵先生にも、一場の追悼演説を為されたる由なるが、其一節に井上準之助氏が「独逸人を嫌ひし水野君は米国人を好いて居つた」との一句を受けて「水野君が米国人を好いて居つた許りでなく米国人が水野君を好いて居つた」と言ひたる後、暗涙に咽びつゝ渡米・渡支の懐旧談を試みて追悼の意を表せりといふ
   ○水野幸吉ハ明治六年生、明治三十年東京帝国大学ヲ卒業、四十年ワシントンノ日本大使館一等書記官ニ任ゼラレ、ニューヨーク総領事ニ転ジ、日支問題ノ起ルニ及ビ北京ノ日本公使館参事官トナリ、大正三年五月北京ニ於テ病歿ス。