デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
7節 関係団体諸資料
3款 埼玉県人会
■綱文

第49巻 p.525-530(DK490182k) ページ画像

大正11年5月13日(1922年)

是日、第一相互館内東洋軒ニ於テ、第十回埼玉県人会開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK490182k-0001)
第49巻 p.525 ページ画像

集会日時通知表 大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
五月十三日 土 午後五時頃 埼玉県人懇親会(第一相互館)


埼玉県人会会報 第四号・第四二―四五頁 大正一一年一二月刊 第十回県人会(大正十一年五月十三日第一相互館東洋軒)(DK490182k-0002)
第49巻 p.525-527 ページ画像

埼玉県人会会報 第四号・第四二―四五頁 大正一一年一二月刊
    ○第十回県人会(大正十一年五月十三日第一相互館東洋軒)
    開会通知
拝啓 時下新緑の候益々御清適之段奉大賀候、陳者今回左記之通リ第十回埼玉県人懇親会相催候間、万障御繰合セ且御知友をも御誘引御来会被下度候 敬具
 一、日時   大正十一年五月十三日(土曜日)午后五時
 一、会場   東京市京橋区南伝馬町第一相互館五階(上野方面より左側八階建電車南伝馬町交叉点下車)
 一、議事   本会規則改正案
 一、演説   米国旅行談      子爵 渋沢栄一
        労働問題に就て  森永製菓会社専務 松崎半三郎
 一、会費   金五円五十銭 当日御持参
 - 第49巻 p.526 -ページ画像 
右得貴意候 敬具
  大正十一年五月 日           埼玉県人会
        殿
 追而御手数乍ら御来否封中端書にて十一日迄に御一報被下度候

    埼玉県人会規則(改正案)
第一条 本会ヲ埼玉県人会ト称ス
第二条 本会ハ埼玉県人及県ニ縁故アル有志者ヲ以テ組織ス
第三条 本会ハ会員相互ノ懇親ヲ旨トシ共益ヲ謀ルヲ以テ目的トス
第四条 本会ハ前条ノ目的ヲ達スルタメ左ノ事業ヲ行フ
 一、毎年一回会員ノ総会ヲ開ク事
  但シ時機ニ依リ講演会・懇親会等ヲ開クコトアルベシ
 二、会報ヲ発行スル事
 三、右ノ外役員会ニ於テ必要ト認メタル事項
第五条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク
  但シ任期ハ三箇年トシ更ニ再任スルコトヲ得
  会長   一名  総会ニ於テ会員ノ推薦ニ依ル
  副会長  二名  同上
  評議員  若干名 総会ニ於テ会員ノ選挙ニ依ル
  幹事   若干名 会長ノ指名ニ依ル
第六条 会長ハ本会ヲ総理シ、副会長ハ会長ヲ補佐シ、評議員ハ会長ノ諮問ニ応シ、幹事ハ会務ヲ掌ル
第七条 新ニ会員タラント欲スル者ハ住所・氏名・職業・出身地ヲ記シ、会員ノ紹介ニ依リ本会事務所ニ申込ムモノトス、又会員ニシテ住所・氏名・職業ヲ変更シタルトキハ本会事務所ニ届出ヅベシ
第八条 会員ハ会費トシテ一箇年金弐円ヲ其年ノ六月末日迄ニ納付スルモノトス
第九条 会長ハ評議員会ノ決議ニ依リ特ニ名誉会員ヲ推薦スルコトヲ得
  名誉会員ハ会費ヲ要セズ
第十条 会員ニシテ退会セントスルモノハ其旨事務所ヘ通告スベシ
第十一条 本会事務所ハ牛込区市ケ谷砂土原町三ノ二一埼玉学生誘掖会内ニ置ク
第十二条 会員十名以上ノ希望申出ニ依リ会長ノ承認ヲ得タル時ハ支部ヲ設置スルコトヲ得
  但シ支部ニ関スル会計ハ各支部ノ負担トス
第十三条 支部ヲ設置シタル時ハ会務ノ状況ヲ本会ニ通知スル義務アルモノトス
第十四条 本会ニ基本金ヲ設ク
第十五条 基本金ハ篤志家ノ寄附金ヲ以テ之ニ充ツ
第十六条 本規則ハ評議員過半数ノ同意ヲ以テ変更スルコトヲ得
      附則
第十七条 従来ノ会員ハ別ニ入会ノ手続ニ依ラズ総テ会員タルモノトス(大正十一年五月)
 - 第49巻 p.527 -ページ画像 
 当日概況 会場は市内第一の高館第一相互館にして、会は通常例会なりと雖も、子爵の帰朝歓迎会の意味を含有す、開会と同時に昨年よりの懸案たる改正規則に就て議事を開き、渋沢会長より座長を指命せられ、加藤政之助氏座長となり議事を進め、逐条審議をなし、第十条の本会事務所は従前通り渋沢事務所内に置くことゝし、其他殆ど原案に決し、議事終了と同時に講演会に移り、先づ松崎半三郎氏の労働問題に就ての講演あり、次に子爵の米国談あり、終て七階の食堂にて一同会食す、滝沢幹事の挨拶、石川幹事の会員紹介に次で、増田明六氏は米国に於ける子爵の活躍振に就て詳細に殆ど手に取る如く述べられ一同をして深く感を起さしめ、子爵も亦起て曰く、総ての事は表に立てする丈では功を奏し難し、予は今後国家社会に対し出来得る限り縁の下の力持をなさん念願なり、との意を鄭寧反復詳述せられ、県人への教訓を与へられたり、其他有志数名の演説あり、九時万歳を三唱して散会す。
 因に毎回会員の打解けたる懇談に親睦を厚ふするは誠に喜ぶべき現象なるが今回は特に一般に温かく打解けたる感を深ふせるを喜ぶ。
      出席者○九二名氏名略ス


埼玉県人会会報 第四号・第四―七頁 大正一一年一二月刊 渡米談(大正十一年五月十三日第十回県人会々場) 子爵渋沢栄一(DK490182k-0003)
第49巻 p.527-529 ページ画像

埼玉県人会会報 第四号・第四―七頁 大正一一年一二月刊
    渡米談(大正十一年五月十三日第十回県人会々場)
                   子爵 渋沢栄一
 只今松崎半三郎氏より欧米に於ける労働問題に就て有益なる御話がありました、此は実に重大問題でありまして、是に就ては私も労資協調会の副会長にあるため絶へず心配して居る次第であります、元来日本に於ける労資関係は個々別々になつて居りまして、労働に従事する人は一面から見れば弟子となり、資本家は師匠であると云ふ様な師弟関係を有する者もあれば、中には主従の関係を有する者もありましたが、工業の発達するに伴れて欧米に傚ふて工場を設置するに当り、玆に始めて資本家・労働者と云ふ区別を生じた様に思ひます、従て欧米の思想に刺戟せられ或は誘導されて、一種対立的の状態をなした様に思はれます、尤も欧米の刺戟は単に労資関係のみならず、政治にも教育にも其他の事に皆著しき刺戟を受けたのであります、一体日本にては在来の風を維持せずに直に欧米の風を模倣すると云ふ様な傾向が強く、政治家若くは新聞記者などは盛に西洋の事情を吹聴するものですから、其がため従来存せる子弟・主従の関係は早く忘却せられ、只単に敵対行為と云ふ形になりました、尤も政治問題は議論で進みますが労働者の問題は攻むれば防ぐと云ふ様な遣り方をすると、結極憂ふべき事件を惹起することになります、幸松崎氏の処では能く協調が出来て居る様ですが、一般には困難で容易に出来ませんから、是非共能く調和させ度いものであります、而して其の方法としては講習を開き或は学校に於て若くは宣伝もしましたが、思ふ通りの効果が挙らないのは残念であります、元より一朝一夕簡単に定むる訳には行きません、幸御意見のある御方は遠慮なし発表して援助して戴きたいと思ひます只今の処では労働問題も一般政治問題も皆真面目が少く、其時限りで
 - 第49巻 p.528 -ページ画像 
はないかと思ひます。
 従来日本は生活向上に就ては大に務めました、然し其と同時に生活力の要素根本をも益々進歩せしめなければならぬのに其は一向伴はないのであります、而して今度の欧洲の戦争にての変化は驚くべき急激でありまして、其風習は富みたる者は所謂成金風を吹かすと云ふことで日本にも其風が感染し、所謂成金と云ふ者は贈答品も冠婚葬儀も或は公私の宴会にも莫大なる費用を投じ、一夕一人四五百金を費したと云ふ話も聞きましたが、消費力は進むとも衰へずして、而かも生産力は之に伴はざるのみならず却て減退しつゝあると思ひます、其結果が不真面目となり緊張力は衰へて只贅沢と云ふことのみ進み居ることを深く感じて居りましたが、私許でなく去る八日英国から帰朝せられた団琢磨・大橋新太郎君一行の人々も皆私の考と同一の様に聞て居りました、兎角人の緊張力が緩んで一年も経過する時は何時か忘却するのが一般の状態であります、只今松崎君の言を聞き且は数日前帰朝せし人々の意見も一致して居りますので、聊か愚見を加へて御参考に供し度いと思ひます。
 扨て昨年皆さん方の御送別を受け華府会議の際渡米し聊か微力を尽しましたことは、単に我が県人会のみならず博く日本全国否世界的に効果を奏せしめ度いと思ふ一念より参た次第であります。
 私が渡米しましたのは明治三十五年が第一回で、此は単に彼の国の風土を見たと云ふ次第でありました、次は明治四十二年で此は日米問題に関してで、其の次は大正四年例の加州に於ける日本人土地所有問題の際出来る丈彼の国人に御諒解を得んために渡米し、其次は乃ち今度の大正十年世界軍備に関する事件並に日支問題・加州問題と云ふ様な事柄に就てゞあります、元より我々老人の出る幕では無いと云ふ御小言があるか判りませんが、老体は一念国家に捧げて幾分の効があれば其で生きて居た甲斐があると思ふて行た訳で、決して功名手柄をして誇り度いと云ふ様な精神は毛頭無いのであります、従て何等効果ありしや否や殆ど覚束無いのでありますが、元々米国は我が国が鎖国であつたのを切りに開国を促し、条約を結び之を世界各国に紹介し、始めは至て経済的関係が少りしが年と共に貿易関係は著しく進み、彼は大我は小にて頗る円満に、殊に加州方面には多くの人が入り込みしが頓て其数は七万から漸次増加して今は約三十万人も居ると云ふことになりました、其処で今より十数年前乃ち一九〇六年より問題が八ケ間敷なり国交問題となり移民制限と云ふことになりました、すると小村侯爵は非常に心配して輿論の密着を必要とし、先づ彼の商業会議所の人と会談することゝし加州の主なる人々を日本に招き種々意見の交換を行ひ、次に日本人が彼の地に渡りて彼の国人と親しく意見の交換を行ふなど専ら国民外交とも云ふべきことを行ひ、輿論と云ふことから彼国人と親しく接近して事を決すると云ふ方針を採りました、其処で明治四十二年には私が団長となり渡米して加州問題に就て種々尽力して見ました、処が従来日米問題は主として西部太平洋沿岸地方のみに限られて居たのが、支那問題から東部ニユーヨーク地方にも問題が起り、例の二十一箇条の協約は他国を排斥して日本のみ独り或る要求を
 - 第49巻 p.529 -ページ画像 
せるなりとの疑を抱かしめ、政治家も実業家も等しく日本に対して悪感を抱くと云ふ様な状態になつたのであります、其処で今度は是非此の問題をも解決を遂げ疑惑をも晴さんと決心しました、従て種々の人にも会ひ極力諒解に務めし甲斐ありて、ゲーリー氏の如きも非常に同情し疑惑を解くことに尽力して呉れましたが、反対者は却て針小棒大的に宣伝し、又日本でも興奮して居たと見へ「日米若し戦はゞ」などと云ふ出版物さへ出来た為め、お前は其様な事を云ふけれども国許では斯ふ云ふ本が出来て居るではないかと詰問されたこともありました其様な訳で意外な苦心もした訳でありました、それから大正四年には加州にて土地問題から猛烈なる排日問題が起たのであります、其処で彼地に渡り会ふ人々に種々な話をした処が、其人達丈には能く諒解して、政府も委員を設けて其委員に由て協定させ様としましたが其他の人が承知しませんで、遂にウイルソン選挙後にせんとしましたが其れが到頭其儘になりました、其後模様が代り今度の華府会議となりました、此には日本のみならず九ケ国の会議となりましたから問題が都合よく解決すれば好いと思ひ、前からの行がゝりもあり、是非共行かねばならなくなつて参りました処が、此の加州問題は残念なことには会議の問題に上らなかつたのである、会議の大体の模様は添田博士及加藤大使から各所の席でお話があつたから諸君も大略御承知のことゝ存じます、只今度の会議は趣旨も貫徹し信に真面目のもので、自国の軍艦を減縮せんとの主意で四国協約は此の問題の解決にかゝつたのであります、又山東問題も日支丈では纏らなかつたが、米国の仲介に由り解決しました、只懸案たる加州移民問題が議題に上らなかつたのが残念でありました、尤も此問題は一昨年十月から幣原大使との間に会議せんとの事になつて居たのでありましたが、両大使の申合は不都合であると云ふのでありました、結局二万五千人の未婚男子を如何にすべきかゞ主なる問題であるのであります、此の問題が解決せざる限りは加州の日本人は一日も安心しては居られません、誠に困た事で御座います。
 以上述べた様な訳で、私は只行つたと云ふ丈で何等の効果はありませんが、只玆に深く感じたのは、会議が総て公明正大と勇気とを以て進みしことは快く感じた次第であります、尚一ツ注意することは、全権の意見は必ずしも輿論とのみ感じなかつたのであります、従て我々の云ふことが確に一部の人に一種の感を与へたことは、自らも多少の効果かと思ふのであります。
 其処で県人としても日米問題は元より其他世界的問題に注意し、国家のため先覚者となり指導者となり尽瘁されんことを希望する次第であります。


(増田明六) 日誌 大正一一年(DK490182k-0004)
第49巻 p.529 ページ画像

(増田明六) 日誌 大正一一年       (増田正純氏所蔵)
十月十九日 木 晴
○上略
本日の来訪は○中略 相田延一氏(埼玉県人会ノ件)○下略
 - 第49巻 p.530 -ページ画像 

埼玉県人会会報 第四号・第四六頁 大正一一年一二月刊 役員会(DK490182k-0005)
第49巻 p.530 ページ画像

埼玉県人会会報 第四号・第四六頁 大正一一年一二月刊
    ○役員会
 大正十一年十一月十六日午後四時、第一回役員会を事務所○渋沢事務所に於て開会す、副会長山川義太郎・加藤政之助、評議員原鉄五郎・松本真平・佐野静雄・滝沢吉三郎・松谷正太郎・増田明六、幹事石川雄之助・相田延一・阪本和三郎諸氏出席左項に就て協議せり。
 一、未回答の会員に向て更に通知を発すること。
 二、会費未払込の会員に向て更に払込の通知を発すること。
 三、基本金蓄積に就て 原鉄五郎氏提案
  相当の基本金を集め其利子に由て県下青年の誘導開発に資すること、現在の成功者若くは成金とも云はるゝ者は死金の一部を基本金に寄附して其名を永久に残すは一策に非ずや、財産を残して下手な子孫に道楽せしむるか或は家庭の財産争をせしむるより、米国のカーネギー式に之を寄附し県民の開発誘導に資するは良策に非ずやとの意見あり、追て熟議の上法案を作ることゝす。
 四、秋期懇親会を県下大宮にて開催すること。
 五、県下にて講演会を開催すること。
 六、副会長は半年交代に専任すること。
               (六月ヨリ十一月迄山川副会長十二月ヨリ翌五月迄加藤副会長)
 七、重大なる件を除く外は、幹事は副会長と協議して事務を行ふこと。
 八、会長より会計監督を置く必要あるべしとの意見に由り非番副会長之に当ることゝす。
          以上