デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
7節 関係団体諸資料
3款 埼玉県人会
■綱文

第49巻 p.544-548(DK490188k) ページ画像

昭和3年7月15日(1928年)

是ヨリ先、当会創立満十五年ヲ経過セルヲ以テ、郷土埼玉県ノタメニ何等カノ貢献ヲナサントノ栄一ノ意見ニヨリ、四月十四日丸ノ内渋沢事務所ニ於テ、当会評議員会開カレ、栄一、委員ヲ指名シ種々研究ス。是日、埼玉会館ニ於テ、当会主催ノ思想問題協議会開カル。栄一、大川平三郎ニ意見書ノ代読ヲ託ス。


■資料

埼玉県人会会報 第一〇号・第七二―七三頁 昭和三年一〇月刊 思想問題協議会 埼玉会館協議会に至る迄の経過(DK490188k-0001)
第49巻 p.544-547 ページ画像

埼玉県人会会報 第一〇号・第七二―七三頁 昭和三年一〇月刊
    ○思想問題協議会
      埼玉会館協議会に至る迄の経過
 昨年十一月二十日電気倶楽部に於ける秋期懇親会席上、会長渋沢子爵御講演の主意(会報第九号掲載)に由り、本年四月十四日丸の内渋沢事務所に於て評議員会を開催せられ、子爵より一場の御挨拶あり、副会長加藤政之助氏代て議長席に就き会議を開かる。
  (一)評議員会開催並に其要点
 県人会も創立以来已に満十五年余を経過し志学の年に相当し、会員も一千名以上に達したれば、徒に現状に満足せず更に内容を充実し郷土のため且は邦家のため奉仕貢献の礎地を造り度し、との見地より評議員会を開催せられたり。
出席者
 会長   渋沢子爵
 副会長  加藤政之助
 評議員  大川平三郎  田中栄八郎  諸井恒平
      金沢冬三郎  平沼久三郎  松崎半三郎
      笠間平右衛門 岸井辰雄   高窪喜八郎
      滝沢吉三郎  松谷正太郎  繁田武平
      小久江成一  松崎伊三郎  田中四一郎
      斎藤茂三郎  野口弘毅   渋谷正吉
      小倉常吉   永田甚之助
 幹事   石川雄之助  相田延一   福島嘉重
      関口児玉之助 増田丑蔵
          以上 二十七名
 - 第49巻 p.545 -ページ画像 
議事 加藤副会長会長に代て議長席に就き、曰く『会長渋沢子爵御老体にて御退席に付自分代て議事に当ります、先づ本会が今後如何にすべきかに就て各位の御意見を伺ひ度し』。
○中略
加藤副会長
 種々御熱心なる御意見があります、之を統一するため、会長より委員の御指名を願ひ、更に研究して貰ふとしては如何です。
渋谷正吉氏
 賛成、人員も御一任…続々賛成の声あり。
加藤副会長
 然らば会長より委員の御指名を願ふこととし本日の会を終らん、其人数は会長と相談して決することゝ致しませう。
閉会
  (二)委員指名 会長は左記諸氏を委員に指名せられたり。
  大川平三郎    繁田武平     小倉常吉
  田中四一郎    本多静六     粕谷義三
  高窪喜八郎    田中栄八郎    松崎半三郎
  平沼久三郎    高橋守平     渡辺湜
  松岡三五郎    出井兵吉     滝沢吉三郎
  原鉄五郎     森田能吉     鈴木梅太郎
  市村高彦     横川重次     町田嘉之助
  坂田清兵衛    村上義之助    川島一郎
  染谷保次郎    寺尾規矩郎
  以上諸氏、但し委員には県人会員以外にも依頼することとなる。
  (三)委員会経過 開会三回、其結果左の如し。
 第一回五月七日第二回六月十三日第三回六月十九日の委員会に於て各種の意見ありしが、結極本会事業の一として、先づ目下の急務たる思想問題に着手することとし、其には先づパンフレツトを作製し配布することに大体の意見一致し、其に就て次の申合をなす。
 (1)パンフレツトに就ては大川氏・粕谷氏・高窪氏・本多氏・出井氏の五氏専ら研究調査の任に当ること。
 (2)埼玉会館に於て思想問題に関する協議会を開くこと、協議会には委員全部を発起人とすること。
 (3)通知範囲は先づ県下中等学校長・小学校長・産業組合長・市町村長・在郷軍人分会長・青年団長各代表者並に教化団幹部等にすること、其人名調査其他に就ては県庁社会課と協議すること。
 (4)日時は七月十五日午前十時とすること。
          以上
  (四)埼玉会館協議会 七月十五日午前十時開会
 案内状
 拝啓 向暑の候益々御健勝奉賀候
 陳者我が県人会は会長渋沢子爵の御高唱に基き、会の事業として我が県下思想の善導に微力を傾注致す事と相成り、之が実行委員として不肖等一同会長の依嘱を相受け申候、就而は学識経験に富ませら
 - 第49巻 p.546 -ページ画像 
るゝ県下各郡初等教育者代表、町村自治行政会代表、産業組合代表在郷軍人分会代表、青年団代表、並に中等学校長各位の御参集を願ひ、右事業の実行方法等に関し御意見拝聴致し度候に付き、御多用中恐縮に存じ候へ共左記の通り万障御繰合せ御来会被下度、此段得貴意候 草々敬具
  昭和三年七月七日            埼玉県人会
   一、日時 七月十五日午前十時 一、会場 浦和町埼玉会館
出席者
  県知事○外五一名氏名略ス
協議会
 石川幹事開会の挨拶をなし、会長渋沢子爵病気にて出席不可能なれば座長推薦を謀る、田中委員の発議に由り幹事の指名に決し、幹事は大川平三郎氏を推薦す。満場賛成
 大川平三郎氏座長席に就き挨拶を述べ、次に幹事をして本会を開くに至りし迄の経過を報告せしむ。
 石川幹事起て、昨年十一月二十日懇親会に於ける渋沢子爵御講演の要点、並に本年四月十四日評議員会の決議、委員会の経過に就き大要を報告す。
大川座長 渋沢子爵の意志を詳細に伝へ、且子爵の意見書を朗読せられ、最後に自己の意見をも述べ、来会者に向て腹蔵なき意見の開陳を希望せらる。
高窪喜八郎氏は適当なるパンフレツトの必要を詳細に述ぶ。
高塚幾次郎氏賛成意見に、実行便利法とし軍人分会と連絡の必要を述ぶ。
  休憩昼食
平野浦和分会長 在郷軍人分会の現在状況を述ぶ。
繁田武平氏勤王主義に就て述ぶ。
田中四一郎氏は特別委員を挙げ意見取纏めの動議を提出す、賛成者多く成立せしかば、座長より左の諸氏を委員に指名す。
大川座長委員指名
  粕谷義三氏    東尚胤氏     平野勝明氏
  高窪喜八郎氏   高塚幾次郎氏   田中四一郎氏
  寺尾規矩郎氏   繁田武平氏
暫時休憩 委員は別席にて協議す。
委員会の報告 別席協議の委員は粕谷義三氏を委員長とし協議し、其結果を報告す。
粕谷委員長 私共は別席にて協議し其結果左の申合を作りました、其を報告致します。
申合事項
 埼玉県人会ニ思想問題委員会ヲ設置シ左ノ事業ヲ実行スルモノトス
 一、思想善導ニ関スル「パンフレツト」ヲ作リテ、之レヲ広ク県民ニ配布スルコト
 二、思想善導ニ関スル講演会ヲ開催シ、又ハ県下各団体ノ要求ニ応ジテ講師ヲ派遣スルコト
 - 第49巻 p.547 -ページ画像 
 三、思想悪化ノ原因ヲ究メ、之レガ防止ニ最善ノ努力ヲナスコト
 四、県当局者ト連絡ヲ保チテ之レガ実行ニ当ルコト
 五、前各項ノ目的ヲ達センガ為メ、県人会ノ委員会以外ニ県下諸団体代表者ニ対シ、会長ヨリ委員ヲ嘱託シ、参加協力ヲ求ムルモノトス
  昭和三年七月十五日
大川座長 只今委員長より報告の申合に就て御意見を伺ひます。
 満場異議なし。
大川座長 大体協議は終りました、就きましては宮脇県知事の意見を伺ひ度いと思ひますが、諸君は如何ですか。
 一同賛成。
宮脇県知事 意見を開陳せらる。
大川座長 閉会の辞を述べ、且暑気の際に於ける労を謝し、尚本日の状況を渋沢子爵に報告し其指揮を受くべきを告げ、是にて閉会す、時に午後三時四十分なり。
          以上
因に大川平三郎氏は其後渋沢子爵を訪問し詳細に報告せられたり。


埼玉県人会会報 第一〇号・第一―二頁 昭和三年一〇月刊 国民思想の善導に就て(DK490188k-0002)
第49巻 p.547-548 ページ画像

埼玉県人会会報 第一〇号・第一―二頁 昭和三年一〇月刊
    国民思想の善導に就て
  七月十五日本会主催思想問題に関する協議会を埼玉会館に開催せるに当り、会長渋沢子爵親しく臨席すべき筈の処医師の注意に由り出席を見合せ、本項所感を認め、大川平三郎氏をして代読せしめられたり。
 国民思想善導の問題が近時頻りに世間に高調せられて居りますが、是は単に今日に於て必要であるばかりでなく、為政者又は社会の指導的立場にある人々の常時心掛けて居らねばならぬ処の要務であつて、而して一般国民としても、亦常に不変不動の信念に基いた思想の確立を維持することは、何よりも大切であると信ずるのであります。
 蓋し人の思想を善導するといふは真に緊切重要にして、且つ至難の事でありますが、仮りに其方法を玆に案すれば種々あるべきも、要は修学上一般の知識を進めて個人の権利より之を誘掖するか、又は孝弟忠恕の道を拡充して義務的に之を完備するの二途あるものと思惟します、而して私は前者を嫌ふのでありますが、切に重を後者に置きたいと思ひます。由来私は論語の一書を奉じ、これを護身の経典とし、青年の時より遵持して居るのであります。明治六年に銀行業者となり実業界に居つた関係上、論語に基く道徳と一般の経済との合致を主義として微力ながら之が実現に勉めて参りましたが、実に容易の事業でないので、老後斯界を退隠したる今日も尚其理想の実現に努めて居ります。現に論語学而篇の第二節には「君子は本を務む、本立ちて道生す孝弟はそれ仁を為すの本か」と謂ふてありまして、最も服膺すべきものと思ひます。凡そ事物は其基礎鞏固なれば自ら道を生じて来るのであります、故に君子は力を其本に尽すのであります。而して孝弟の人は其心和順であつて自然に人を慈み物を愛します故、其処に仁道が生
 - 第49巻 p.548 -ページ画像 
じます、仁は行の本であるから此の孝弟は仁の本であらう、と孔子が曰はれたのであります。実に斯様な信念を持つてこそ、義務を重んじて之を先にするのでありまして、現在の世道人心が徒らに権利を主張し義務を怠る点に思想善導の必要が叫ばれるものと認められます。されば孟子の開口第一に於て「苟くも利を先にし義を後にすれば奪はずんば饜かず」と喝破したるを特に思ひ出して、私の説の重要さが一層明瞭となつて来ると思ひます。尚ほ此の弊習は従来の西洋式の教育上に精神の修養が忘れられて居たからでありませう。従つて速かに我国の教育をして科学的と相俟つて精神的にあらしめるやう革新を図ることが肝要であります。
 要するに我国民思想の善導は現下外来の危険思想が流入しつゝある際でありますから、特に急務でありませうが、如何なる悪思想が襲来したとしても、仁義道徳を極め忠孝の動きない信念を有する堅固なる基礎の上に国民の思想が樹立されてあるならば、少しも恐るる処はないのでありまして、流入の悪思想に染むが如きことは決してないと信じます。重ねて申せば、縦令如何なる流行病の如き危険なる思想も、之を排除し得る精神的の根柢を充分に固めて置くならば迷はされる憂はないから、切に斯かる国民思想を養ひたいものと希望する次第であります。
  昭和三年七月十五日           渋沢栄一