デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
7節 関係団体諸資料
6款 財団法人岡山禁酒会館
■綱文

第49巻 p.611-615(DK490199k) ページ画像

大正12年1月(1923年)

是月栄一、岡山市所在岡山禁酒会館ノ顧問トナル。


■資料

諸会発起趣意書(三) 【(印刷物) 禁酒会館趣意書】(DK490199k-0001)
第49巻 p.611-612 ページ画像

諸会発起趣意書(三)           (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
    禁酒会館趣意書
今ヤ「改造」ノ叫ビハ世界ノ大勢デアリマス、然ルニ其ノ「改造」ノ基礎タル禁酒問題ニ就テハ、何レノ階級モ甚ダ冷淡ヲ極メテ深ク酒害ノ影響スル所ヲ研究スル者ナク、依然トシテ昔ナガラノ弊風ニ囚ハレテ居ルノハ洵ニ残念ノ至リデス。仍テ此飲酒ノ悪習ヲ徹底的ニ矯正スルヲ主旨トシ、別項規則書ニ依リ実用本位営業本位ノ禁酒食堂ヲ設ケルコトニ致シマシタ。之レ実ニ一面ニハ「改造」ノ根本義タル禁酒問題解決ニ資スルコト大ナルト共ニ、一面ニハ又一般民衆ニ清素ナル食事並ニ簡便ナル会合ノ機関ヲ提供スルモノトシテ、最モ時勢ノ要求ニ副フモノト確信シマス。尤モ之ガ経営ニ就テハ余程ノ困難ハ免レナイト思ヒマスガ、我々同主義者ガ真ニ協力一致シテ事ニ当ルナレバ近キ将来ニ於テ必ズ相当ニ成果ヲ挙ゲ、大ニ社会民衆ノ慶福ヲ招徠スルニ相違ナイト信ジマス、私共ハ実ニ飲酒ノ悪風年ト共ニ盛ニナル社会ノ現状ヲ坐視スルニ忍ビズシテ、敢テ微力ヲモ顧ズ奮然蹶起シタ訳デアリマシテ、必ズ凡百ノ困難ニ打克チ誓ツテ美果ヲ収ムルノ決心ヲ有シテ居リマス、冀クハ満天下ノ同志諸兄ガ私共ノ微衷ヲ諒シテ、公共的福利ノ為メニ大ニ御援助ノ栄ヲ賜ハランコトヲ切望致シマス
    禁酒会館規約
第一条 本会館ハ禁酒会館ト称ス
第二条 本会館ハ一般飲酒ノ弊風ヲ矯正シ国民道徳ノ改善ヲ図ルヲ以テ目的トス
第三条 本会館ハ岡山市内山下十八番地ニ設置ス
第四条 本会館ハ宗教宗派ノ如何ヲ問ハズ禁酒実行者並ニ禁酒主義賛成者ヲ以テ組織ス
第五条 本会館ハ目的達成ノ為メ食料品販売・室貸・禁酒食堂ヲ公開シ、清素ナル食事並ニ簡便ナル会合ノ機関ヲ一般民衆ニ提供ス
第六条 本会館設立資金ハ一口金拾円トシ、一人一口以上出金スルモノトス
第七条 本会館ノ経費ハ本会館ノ事業ノ利益金ヲ以テ之ヲ支弁ス
第八条 本会館ノ剰シ得タル剰余金ノ二分ノ一ハ会館ノ基金トシ、他ノ二分ノ一ハ総会ノ決議ニヨリ処置スルモノトス
第九条 本会館ノ事務ヲ処理スル為メ左ノ役員ヲ置ク
   一、理事    七名
   一、監事    三名
 - 第49巻 p.612 -ページ画像 
    但シ役員ハ総会ニ於テ之ヲ選挙シ其ノ任期ハ一ケ年トス
第十条 本会ニ顧問及ビ評議員若干名ヲ置ク、理事会ニ於テ之ヲ推薦ス
第十一条 本会館ハ毎年一回総会ヲ開キ、事業並ニ会計ノ報告、役員選挙、其他重要事項ヲ協議スルモノトス
第十二条 本会館出資者ハ会館内ニ宿泊並ニ用談協議ヲ為ス事ヲ得
第十三条 本会館ハ毎月一回休業シ、同日協議会又ハ禁酒宣伝ヲ為ス

   役員
理事長                 綱島長次郎
支配人                 成瀬才吉
会計                  荻野亀太郎
理事                  河本正二
同                   玉井伊三郎
同                   近藤信夫
同                   三宅保正
監事                  西原力雄
同                   土光午次郎
同                   日下部昇
    評議員(イロハ順)
東京市外中野    伊藤一隆○外一五八名氏名略ス
    顧問(イロハ順)
東京市日本橋兜町   渋沢栄一○外六七名氏名略ス
          岡山市内山下城下電車交叉点前
                    禁酒会館
                    電話   一八五二番
                    振替大阪六三六三三番


岡山禁酒会館回答(DK490199k-0002)
第49巻 p.612-613 ページ画像

岡山禁酒会館回答             (財団法人竜門社所蔵)
  竜門社青淵先生伝記資料編纂所 御中
    十六、一、十七
                    岡山禁酒会館
                 常務理事 高戸猷
謹啓
 一月十日付を以て御照会を蒙り候弊館への御下問の件、左の通り拝答申上候
一、弊館設立当時上京専ら其任に当り候者目今不在に付、適確なるお答申上兼候へども、当時の各書類の調査と、当時より事務担当致居候者の(現主事在務致居候)記憶及其後の顧問推薦経過書類、寄附及出資金出納等の書類一切の調査を綜合致候結果、左の通り御報告申上候、先づ御下問の順序上
一、渋沢青淵先生に顧問の御承諾を蒙り得ました年月
○「自大正十二年一月」(第一推測)「至昭和八年九月」
 右は大正十一年十月頃ヨリ十二年一月中に係員上京致し居候と、十二年二月廿日(十二年三月一日開館に先ち)総役員会を開き、其節
 - 第49巻 p.613 -ページ画像 
顧問推薦の記事有之候、是より以前既に「設立顧問」推薦御承諾蒙り居候名簿中には、先生の御名は拝見致さず候
○大正十三年十一月(第二推測)
 右は大正十三年十一月係員上京、当時の寄附金拝受名簿中、木村清四郎様、明石照雄様等有之《(明石照男)》、此場合明石様或は其他の方を通じて、先生へ顧問御受諾を願出で候やと存じられ候、尤も「十二年一月推測」を確実と致しても、矢張り明石様からお願ひ御取次ぎ下さいましたのではないかと存じますのです
○尚ほ現存の顧問名簿刷り込み印刷物の保存順序が「大正十三年八月三十一日付」の印刷物より以前に相成り候より致すと「十三年十一月推測」が消されて「十二年一月」の方が確実性を持ちますのです御下問第二
二、総会其他の会等に御出席いたゞきました事の有無
○右は全く記録にも記憶にも無之候
三、御寄附金御下渡しの有無
○是も全く記録中に発見致さず候
右の通りお答申上げ候

○顧問御終了の期日「昭和八年九月」の調査出所は昭和八年十月二日役員会議(理事・評議員)に顧問推薦の時の名簿中ニ、先生の御名無之候に付(それ迄は年々推薦替を省略致し居候)推測致申候
尚々序ながら別送
 「財団法人岡山禁酒会館の生立」
 「報告書」(財団法人申請より認可到着迄)
 「財団法人岡山禁酒会館の過去と現在」
お目にかけ上げ候
玆に先生御在世中の御恩義を厚く厚くお礼申上候と共に御編纂の御事の正しき偉大なる御成就を切に切に御祈申上候 頓首
尚々眇たる地方一事業の御関係にさへ御周到なる御調査御照会を蒙り得ました事を厚く厚く御礼申上候
尚只今更に書類調査中
○顧問御承諾期日に就て確実なる印刷物発見致し申候
 即ち大正十二年三月一日―同年八月三十一日ノ六ケ月間の「第一回決算報告書」の末尾に役員及顧問名簿中先生の御名発見致し候、これについて
第二推測の「十三年十一月」は完全に消滅致し「第一推測」の「十二年一月」を以て正確と認められ申候事を申上げ添え候
  ○右ハ当資料編纂所ノ問合セニ対シテ昭和十六年一月十七日付回答セラレタルモノナリ。


渋沢栄一全集 山本勇夫編 第三巻・第三八〇―三八二頁昭和五年九月刊(DK490199k-0003)
第49巻 p.613-615 ページ画像

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