デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
1款 株式会社第一銀行
■綱文

第50巻 p.5-17(DK500001k) ページ画像

明治42年6月14日(1909年)

是ヨリ先、韓国統監伊藤博文、新ニ韓国中央銀行ヲ設立シテ、同国ニ於ケル当行ノ業務ヲ継承セシメントシ、四十年八月以来栄一ト折衝ス。是日栄一、第一銀行ヲ代表シテ韓国度支部次官荒井賢太郎ト其権利義務承継ニ関スル覚書ヲ交換シ、次イデ二十五日其細目ノ協定ヲ遂グ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK500001k-0001)
第50巻 p.5-6 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年         (渋沢子爵家所蔵)
二月二十日 晴 寒
○上略 午後一時第一銀行ニ抵リ、重役会ヲ開キ種々ノ要件ヲ議決ス、韓国支店ニ係ル重要ノ問題ヲ協議ス○下略
  ○中略。
三月三十一日 晴 軽暖
○上略 午前八時過、家ヲ出テ大井村伊藤公爵邸ヲ訪ヒ、公爵ニ面会シテ第一銀行韓国支店ニ関スル要件ヲ具陳シ、其他雑事ヲ談ス、十一時半同邸ヲ去リ○下略
  ○中略。
六月十八日 曇又雨 暑
午前七時起床入浴シ、畢テ朝飧ヲ食シ、後韓国統監ニ進達スヘキ請願書ヲ起草ス(第一銀行ノ事ニ関スルナリ)○中略後曾禰副統監ヲ麻布私邸ニ訪ヒ、第一銀行ノ事○中略等ニテ種々ノ談話ヲ為ス○中略五時第一銀行ニ抵リ、重役会ヲ開キ要件ヲ議決シ、後、七十七銀行ノ事ニ関シ要務ヲ内議ス、畢テ佐々木氏ト統監府ニ提出スヘキ文書ノ事及二十銀行ノ事ヲ内議シ、七時兜町事務所ニ抵リ、書類ヲ調査シ事務ヲ処理シ、夜九時王子ニ帰宿ス
  ○中略。
六月二十五日 曇 暑
午前七時起床入浴シ、畢テ朝飧ヲ食ス○中略客去リテ後統監府ニ進達スヘキ第一銀行ノ要書ヲ浄書ス○中略午飧後第一銀行ニ出勤シ○中略後、第一銀行重役会ヲ開キ要件ヲ議決ス○下略
  ○中略。
六月二十七日 曇雷雨 暑
午前六時起床入浴シ、畢テ朝飧ヲ食ス、曾禰子爵ニ電話ヲ通シ今日ノ往訪ヲ止メ、来ル廿九日頃ニセン事ヲ申告ス○下略
 - 第50巻 p.6 -ページ画像 
  ○中略。
七月五日 曇 冷
○上略 韓国市原盛宏・荒井賢太郎二氏ニ書送《(状)》ヲ送リ、中央銀行改正案ノ事ニ関シ詳細ニ申遣ス○下略
  ○中略。
八月四日 晴 暑
○上略 十二時第一銀行ニ於テ午飧シ、一時銀行集会所ニ抵リ、第一銀行株主総会ヲ開ク、畢テ再ヒ第一銀行ニ抵リテ、佐々木・日下・竹山氏等ト京城総支店建築ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
十月一日 曇 涼
○上略 午後三時大森ニ伊藤公爵ヲ訪ヒ、第一銀行韓国支店ノ事ニ付種々ノ談話アリ、佐々木勇之助・市原盛宏二氏同行ス、鶴原・荒井二氏来会セラル、談畢テ夜飧ヲ共ニシ、公爵ヨリ韓国政略ニ関スル談話アリ夜十時王子ニ帰宿ス
  ○中略。
十月四日 晴 冷
○上略 午後四時築地新喜楽ニ抵リ、第一銀行ニ於テ伊藤統監其他鶴原・荒井・木内・児玉・池田其他ノ諸氏ヲ招宴ス○下略
  ○中略。
十月十一日 晴 冷
○上略 佐々木勇之助・市原盛宏二氏来リ、韓国支店ニ関シ種々ノ協議アリ○下略
  ○中略。
十一月十二日 半晴 寒
○上略 十二時十分新橋発ノ汽車ニテ大磯ニ抵リ伊藤公爵ヲ訪フ、第一銀行ニ関スル事○中略等ヲ詳話ス、午後三時半大磯発ノ汽車ニテ帰京○下略
  ○中略。
十二月三日 晴 寒
午前七時起床入浴シ、畢テ朝飧ヲ食シ、後書状数通ヲ裁ス、韓国荒井市原二氏ヘノ書状モ其中ニ在リ○下略
  ○中略。
十二月三十一日 晴 寒
○上略 十二時第一銀行ニ於テ午飧シ、後兜町事務所ニ抵リ、要務ヲ処理シ且諸方ヘ書状ヲ送付ス、京城市原氏ヘ一書ヲ以テ種々ノ要件ヲ書送ス○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK500001k-0002)
第50巻 p.6-8 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年         (渋沢子爵家所蔵)
二月十日 晴 寒
○上略 四時第一銀行ニ於テ重役会ヲ開キ要件ヲ議決ス、畢テ晩飧ヲ食シ佐々木・市原・土岐・尾高ノ諸氏ト共ニ、事務所ニ抵リテ活動写真ヲ見ル、畢テ韓国ニ於ル第一銀行総支店ノ事ニ関シ、佐々木・市原ト内話シ、十一時王子ニ帰宿ス○下略
  ○中略。
 - 第50巻 p.7 -ページ画像 
三月四日 半晴 寒
○上略 三時築地ニ韓国特使ヲ訪ヒ名刺ヲ通ス、午後四時王子ニ帰ル、五時ヨリ伊藤統監・韓国特使及其一行来会ス、蓋シ第一銀行ニ於テ招宴セシナリ、来賓二十七名許リ、種々余興アリ、来賓皆歓ヲ尽シ、夜十時散会ス
○下略
  ○中略。
五月二十一日 晴 暖
○上略 午後一時○中略畢テ曾禰副統監ヲ訪問シ要務ヲ談シ、後麻布ニ井上侯爵ヲ訪ヒ、又霊南阪ニ伊藤統監ヲ訪ヒ、同シク要務ヲ談シ○下略
  ○中略。
五月二十五日 晴 薄暑
午前六時起床入浴シ、畢テ電話ニテ大隈伯・曾禰子ノ二氏ニ要務ヲ紹介ス○下略
五月二十六日 雨 暖
○上略 午前九時桂総理大臣ヲ三田私邸ニ訪ヒ○中略第一銀行ノ事ニ関シ要件ヲ談ス、十一時曾禰副統監ヲ麻布私邸ニ訪ヒ、第一銀行ノ事ヲ談ス
○下略
  ○中略。
六月七日 雨 暑
○上略 正午第一銀行ニ於テ午飧ス、後、佐々木・市原二氏ト要務ヲ談ス○中略午後四時大森ニテ伊藤公爵訪問ノ約アルヲ以テ、直ニ大井村ニ抵リ、伊藤公ニ面話ス、曾禰・荒井二氏来会シテ、第一銀行支店ニ関スル談アリテ、其改正ニ付テノ手続書ヲ交付セラル、依テ計算ニ属スル事ハ更ニ其掛リノ調査ヲ待テ、荒井氏ニ交渉スヘキ事ヲ答ヘテ、五時半伊藤公ヲ辞シ○下略
  ○中略。
六月十一日 雨 冷
○上略 午前九時荒井賢太郎氏ヲ訪ヒ、第一銀行韓国支店ノ事ヲ談シ○下略
六月十二日 曇 暑
○上略 正午第一銀行ニ於テ午飧シ、後伊藤公爵ヲ大井村邸ニ訪ヒ、第一銀行韓国支店ニ関スル事ヲ談ス、帰途井上侯ヲ麻布ニ訪ヒシモ不在面会ヲ得ス、午後四時第一銀行ニ抵リテ、佐々木・市原二氏ト要務ヲ談シ○下略
  ○中略。
六月十四日 曇 大風暑
○上略 朝来腹痛数回アリテ食慾ナシ、午前十時堀井医師来診ス、是ヨリ先長谷川光五郎ヲ兜町事務所ニ遣シテ、今日伊藤統監ヨリノ案内ニハ佐々木・市原二氏参向ノ事ヲ申シ遣ハス○下略
  ○中略。
六月十六日 曇 冷
○上略 八時朝飧ヲ食ス、佐々木勇之助氏来リ、第一銀行韓国支店ノ事ニ関シ、一昨日伊藤統監邸ニ協議アリシ顛末ヲ聞ク○下略
六月十七日 雨 冷
 - 第50巻 p.8 -ページ画像 
○上略 午前九時曾禰統監ヲ麻布邸ニ訪ヒ、不在ナルヲ以テ、伊藤公爵ヲ霊南坂官舎ニ訪フ、第一銀行韓国支店ノ事及京城電気鉄道ノ事ヲ談話ス、曾禰統監モ来会スルニ付、同シク前二件ヲ詳話シテ、諒諾ヲ得タリ○下略
六月十八日 晴 暑
○上略 午前八時三十分新橋停車場ニ抵リ、曾禰統監ノ韓国行ヲ送ル○中略三時第一銀行ニ抵リ、佐々木・市原・日下ノ諸氏ト韓国支店ノ処置ニ関シ熟議ス○下略
  ○中略。
六月二十五日 雨 冷
○上略 第一銀行ニ抵リテ午飧シ、後市原盛宏氏ト種々ノ要件ヲ談ス、蓋シ同氏今日韓国ニ帰任スルヲ以テ、銀行事務其他○中略ニ関スル要務ヲ談話ス○下略
  ○右ニ市原盛宏ハ「今日韓国ニ帰任」トアルモ、翌二十六日ノ日記ニ尚第一銀行ニテ行務ヲ談ジタル旨記セリ。是日帰任セザリシナラン。
  ○統監更迭ハ明治四十二年六月十四日。(明治・大正・昭和大官録ニヨル)


東京朝日新聞 第八一九三号明治四二年六月一一日 韓国中央銀行問題 渋沢男の談話(DK500001k-0003)
第50巻 p.8 ページ画像

東京朝日新聞  第八一九三号明治四二年六月一一日
    ○韓国中央銀行問題
      △渋沢男の談話
記者は昨十日渋沢男を其事務所に訪ひ、第一銀行に対する打撃程度に関し問ふ所ありしに、男爵は刻下韓国中央銀行問題に付、覚書交付の事実あるを明言し、且つ第一銀行は多年韓国幣制兌換の衝に当り来りて、今俄に其特権を失うは確かに一種の打撃たるを失はざるも、今後交渉の結果、統監府にして我々の要求を容れらるゝに於ては、左したる損害なきを得べき乎、尤も今次交付せられたる覚書通にては銀行側に於て甘諾せざるべく、左りとて第一銀行が法外の要求を為すも官辺に於て容るべきに非ず、本問題は短日月の間に円満の解決は如何あるべきか云々と、問に応じて答ふるさま稍愁色を帯びるが如く見受けられぬ


第一銀行五十年史稿 巻六・第三三―四三頁(DK500001k-0004)
第50巻 p.8-11 ページ画像

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第一銀行五十年史稿 巻六・第五六―五八頁(DK500001k-0005)
第50巻 p.11 ページ画像

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第一銀行五十年史稿 巻六・第五八―六七頁(DK500001k-0006)
第50巻 p.12-14 ページ画像

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株式会社第一銀行第二十六期自明治四十二年一月一日至明治四十二年六月三十日 営業報告書 第二頁刊(DK500001k-0007)
第50巻 p.14 ページ画像

株式会社第一銀行第二十六期自明治四十二年一月一日至明治四十二年六月三十日 営業報告書
                          第二頁刊
    処務要件
○上略
一、六月十四日、韓国度支部ト当銀行トノ間ニ、同国中央銀行設立ニ就キ、権利義務承継ニ関スル覚書ノ取替セヲナス
○下略


東京経済雑誌 第五九巻第一四九五号・第一―二頁明治四二年六月一九日 韓国中央銀行の設立は何を意味するか(DK500001k-0008)
第50巻 p.14-15 ページ画像

東京経済雑誌  第五九巻第一四九五号・第一―二頁明治四二年六月一九日
    韓国中央銀行の設立は何を意味するか
韓国に中央銀行設立の議あるや、随分久しきものにて、少なくとも三ケ年に亘れる問題なり、韓国果して中央銀行の設立を要するか、我が第一銀行の京城支店が、韓国の中央銀行として韓国政府と契約を締結し、韓国貨幣整理事務、韓国官金取扱事務及び銀行券発行に関する業務を執行し、我が政府特に勅令(明治三十八年勅令第七十三号)を発布して、第一銀行の韓国に於ける業務は、我が外務大臣及び大蔵大臣の監督に属せしむることと為し、紙幣発行法を規定し、第一銀行の韓国に於ける業務は、駸々として進歩せる今日に於て、別に中央銀行を設立するの必要あるべからざるを以て、余輩は韓国中央銀行設立の議は、結局斉東野人の言、信ずるに足らずと為し、殆ど一顧をも之に与へざりしが、頃日伊藤公爵が統監を辞するに際し、咄嗟の間に決定せられたるは、近来の珍事と謂はざるべからざるなり、今より之を思へば、統監の交迭が既に決定して、而して其の実行の遅延せられたるは韓国中央銀行設立問題の為なりしものゝ如し、蓋し第一銀行の韓国に於ける業務、特に銀行券発行のことは、前期の桂内閣に於て曾禰子大蔵大臣たり、阪谷男大蔵次官たりし時に決定せられたるものなれば、曾禰子が統監たるに於ては、如何に蛮勇を振ふとも、之を中止して、更に韓国中央銀行を設立するが如きことは、容易に行ふこと能はざるべきなり
伊藤公爵が韓国中央銀行の設立を必要と為したるの理由果して如何、韓国度支部次官荒井賢太郎氏が熱心に之を主張し、尽力したるの精神果して如何、抑々我が帝国が韓国に於て卓絶なる経済上の利益を有することは、列国の斉しく承認せる所にして、現行条約にも明記せられたり、我が帝国が韓国の内政に干渉し、終に我が保護国と為したるものは、要するに此の経済上の利益と、国防上の関係とに基因せるものにして、第一銀行の韓国に於ける業務の如きは、卓絶なる経済上の利益中最大なるものにあらずや、今日に於て之を韓国に回収するは、日韓の間に成立せる経済的関係を根柢より破壊するものにあらざるか、思ふに、韓国政府が、紙幣発行は国家の特権にして、此の特権は外国銀行に賦与すべきものにあらずとの理由を以て、所謂利権回収を主張するに於ては、仮令其の主張は日韓現在の関係に適合せざるにもせよ其の之を主張せる精神は諒とすべきものあるべし、然れども帝国政府
 - 第50巻 p.15 -ページ画像 
の一機関たる統監が、韓国の為に利権回収を主張し、終に之を実行するに至りては何の心ぞや、余輩は之を以て咄々大怪事と謂はざるを得ざるなり、試みに思へ、韓国独立の為に、帝国が鎮海湾其の他に有する国防上設備の撤回を主張せば、帝国は之を黙視すべきか、日韓の関係を根底より破壊するものとして、之を排斥せざるを得ざるべし、又利権回収の為に、帝国が韓国に有する鉄道の買収を主張せば、帝国は之を看過すべきか、其許容すべからざることは多弁を要せざるべし、果して然らば帝国が韓国に於て有する卓絶なる経済上の利益中に在りて、最大なる紙幣発行権、韓国貨幣整理権及び韓国官金取扱権を韓国に回収するは、是れ日韓の間に現存する経済的関係を根柢より破壊するものにして、帝国として之を黙視し許容すべからざることは何ぞ多弁を要せんや、之を要するに、第一銀行の韓国に於ける事業を韓国中央銀行に収むるは、韓国の為に利権回収を意味し、利権回収は経済的関係の破壊を意味し、経済的関係の破壊は我が対韓政策の退歩を意味し、対韓政策の退歩は、統監政治の失敗を意味するものにして、而かも最大失敗と謂はざるべからざるなり


東京経済雑誌 第五九巻第一四九五号・第三―五頁明治四二年六月一九日 韓国中央銀行対第一銀行(DK500001k-0009)
第50巻 p.15-16 ページ画像

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東京経済雑誌 第五九巻第一四九六号・第二―三頁明治四二年六月二六日 第一銀行韓国支店引揚の結果如何(DK500001k-0010)
第50巻 p.16-17 ページ画像

東京経済雑誌  第五九巻第一四九六号・第二―三頁明治四二年六月二六日
    第一銀行韓国支店引揚の結果如何
韓国中央銀行にして成立せば、第一銀行は韓国に在る各支店を之に渡して、韓国より引揚くべしと云ふ、勿論一・二の支店は存置せらるべしと雖、第一銀行韓国支店引揚の結果は、今に於て充分に研究せざるべからざる所なり
第一銀行が韓国支店の元金とせる資本金は三百万円に過ぎずと雖、紙幣発行権を有して、約一千万円の銀行券を発行し、一千万円以上の預金を持して、京城・仁川・元山・平壌・鎮南浦・木浦・群山・馬山・大邱・開城・城津・咸興・鏡城の十四ケ所《(マヽ)》に支店を置き、韓廷及び統監府の為には、官金の出納を為し、商工業の為には銀行一般の業務を取扱ひ、特に日韓の貿易に関しては、本店に無限の資金を有して之れに当れるものなり、然るに一朝にして韓国より引揚ぐる時は、仮令韓国の支店は、債権債務と共に其の店舗及び行員を挙げて韓国中央銀行に引渡すにもせよ、中央銀行の資金は果して第一銀行の如く豊富なるや否や、其行員は重役を更へて果して従前の如く忠勤すべきや否や、世人の信用は果して第一銀行に対する如くなるや否や、韓国に在る我が商人は果して従来受けたるが如き便益を中央銀行より与へらるべきや否や、此等のことを思ふ時は、余輩は私かに此の変革の前途を危まざるを得ず、思ふに統監府は其の便利の為に此の変革を敢行したるも
 - 第50巻 p.17 -ページ画像 
のなれば、中央銀行は統監府及び韓延の為めには却て便利なるや知るべからずと雖、韓国に在る我が商人は種々の点に於て不便不利を感ぜざるべからず、特に日韓の貿易には大影響大打撃を免がるべからざるべきなり
韓国にも特殊銀行としては、九個の農工銀行あり、普通銀行としては漢城銀行・韓一銀行・天一銀行ありと雖、其の資本金は農工銀行全体にて五十八万余円、普通銀行全体にて百五・六十万円に過ぎず、内地に於ける金融機関にして、外国貿易の機関たらず、外国貿易は殆ど全く第一銀行・第十八銀行及び第五十八銀行の韓国支店に依りて弁ぜらるるの景況なり、今試みに此の三銀行が明治四十年に於て、各地へ向けたる為替金額と、各地より受けたる金額とを見るに、左の如し
      各地へ向けたる分

         日本         韓国         外国        合計
                 円          円         円          円
 第一銀行   三三、四二〇、〇七二 三二、八七三、六一七 二、五三三、九四四 六八、八二七、六三四
 第十八銀行   九、五一四、四四一  四、五五〇、六七二   二六七、二五〇 一四、三五九、三六〇
 第五十八銀行  六、六四二、六七六  五、〇九八、四三四   三二一、八〇〇 一二、〇六二、九一一

      各地より受けたる分

         日本         韓国         外国        合計
                 円          円         円          円
 第一銀行   三二、二七一、二五六 四〇、〇七一、七九四 一、四一四、五三一 七三、七五七、五八〇
 第十八銀行   七、三一九、〇四〇  四、五九七、四三五   三五〇、七二一 一二、二六七、一九六
 第五十八銀行  五、九六四、七七二  四、五八五、五〇八   二四一、八六二 一〇、七九二、一四〇

是れ此の三銀行の韓国支店が、並為替手形・電信為替・割引手形・荷為替手形、及び代金取立手形を日本・韓国及び外国の各地へ向けて発し又其の各地より受けたる金額を示すものにして、第一銀行の支店は六・七千万円宛、第十八銀行の支店は一千二・三百万円宛、第五十八銀行の支店は一千一・二百万円宛を取扱ひたるものにして、之に依りて外国貿易も韓国内地の商業も営まれたるものならずや、然るに第一銀行の韓国支店が一朝にして韓国を引揚ぐるに於ては、其の影響の大なるものあるべきや敢て疑を要せざるべし
韓国中央銀行の設立は、統監政治の一大失敗を証するものなりと雖、既に決定したる以上は致方なし、要は唯第一銀行支店韓国引揚の為に及ぼすべき影響をして、成るべく寡少ならしむるの方法を講ずるに在るのみ、第一銀行が多年苦心経営して占めたる利益を韓国中央銀行に収めらるゝに際し、一言半句の抗議も反対もせずして、統監の希望を容れ、其の要求に応じたるは、頭取渋沢男爵の偉大なることを証するものにして、男爵が異議を唱へざるものは、要するに国家的の観念に重きを置きて、銀行の利益をば忍び得べきの範囲に於て国家の為に喜献したるものなり、夫れ既に然り、故に韓国支店を引揚ぐるに際しても、日韓の経済的関係特に外国貿易の消長を顧慮せられて、甚しき影響を与へざることに注意せられんこと余輩の切望に堪へざる所なり