デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
1款 株式会社第一銀行
■綱文

第50巻 p.173-174(DK500030k) ページ画像

大正6年――昭和6年(1917-1931年)

栄一、当行頭取辞任以後、歿年ニ至ルマデ、相談役トシテ、努メテ当行ノ年賀式及ビ株主総会等ニ出席シテ、演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK500030k-0001)
第50巻 p.173 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
一月一日 朝来雲散シテ快晴ナラントセシモ十時頃ヨリ雲多ク夜ニ入リテ風強シ、寒気モ亦凜烈ナリ
○上略 十一時、第一銀行ニ於テ行員ノ年賀式アリ、後、一場ノ訓示演説ヲ為ス○下略
  ○中略。
一月二十五日 雨 寒
○上略 午飧後銀行倶楽部ニ抵リ、第一銀行株主総会ニ出席シ、一場ノ演説ヲ為ス○下略
  ○中略。
五月四日 快晴 軽暖
○上略 午後一時和田英作氏来ル、氏ハ余カ肖像ヲ油絵ニ作ル為メニ特ニ第一銀行ノ依頼ニ応シテ来レルナリ、蓋シ余カ転地シテ病後ノ保養ニ努ムルノ時ヲ以テ絵画ヲ作ルノ便宜トシタルナリ、依テ寓居ノ庭前ニ於テ○中略 午後五時頃ニ至リテ止ム○下略
  ○栄一、五月一日ヨリ十マ日デ大磯明石邸ニ在リ。一月二十五日ノ総会ハ第四十五期定時株主総会。一月一日ノ分ト共ニ演説筆記ヲ欠ク。


竜門雑誌 第三六八号・第五七頁 大正八年一月 ○元旦の青淵先生(DK500030k-0002)
第50巻 p.173 ページ画像

竜門雑誌  第三六八号・第五七頁 大正八年一月
○元旦の青淵先生 己未一月元旦には青淵先生には令夫人・同嗣子敬三君・信雄君・智雄君並に男爵穂積陳重君・同令夫人・同嗣子重遠君等と共に渋沢事務所に出張せられ、例年の通り賀客の祝詞を受け、夫より第一銀行に至り、佐々木頭取以下行員一同の賀詞を受けられ、再び事務所に戻られて、令夫人其他親戚の方々と午餐を共にして祝盃を挙げられ、午後二時半帰邸せられたり。


竜門雑誌 第三七七号・第五九頁 大正八年一〇月 ○第一銀行支店長諸氏招待会(DK500030k-0003)
第50巻 p.173-174 ページ画像

竜門雑誌  第三七七号・第五九頁 大正八年一〇月
○第一銀行支店長諸氏招待会 青淵先生には九月十六日午後三時より飛鳥山邸に於て上京中なりし第一銀行各地支店長諸氏を招待せられたるが、当日出席せられたるは左の諸氏なりしと云ふ。
 佐々木勇之助君  日下義雄君   佐々木慎思郎君
 西園寺亀次郎君  石井健吾君   土岐僙君
 竹山純平君
 藤森忠一郎君   明石照男君   井上徳治郎君
 島原鉄三君    玉木泰次郎君  品川瀞君
 内山吉五郎君   渡辺得男君   佐々木修二郎君
 野口弥三君    杉田富君    野口弘毅君
 西村道彦君    大沢佳郎君   西条峰三郎君
 大塚磐五郎君   竹村利三郎君  永井啓君
 片野滋穂君    永田甚之助君  佐々木興一君
 - 第50巻 p.174 -ページ画像 
 宇治原退蔵君   浅川真砂君   尾上登太郎君
 大橋悌君     山口荘吉君   中村鎌雄君
 湯浅徳治郎君
 青淵先生     渋沢武之助君  渋沢正雄君
 尾高幸五郎君   芝崎確次郎君  増田明六君
 利倉久吉君    白石喜太郎君
  ○第四十六期定時株主総会(七月二十六日)ニハ栄一欠席セル如シ。「集会日時通知表」七月二十六日ノ条ニ当日政治家招待会アル旨記ス。本資料第三十一巻所収「財団法人協調会」大正七年十一月九日ノ条参照。