デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
4款 普通銀行 5. 株式会社第十銀行
■綱文

第50巻 p.376-378(DK500071k) ページ画像

大正15年12月11日(1926年)

是ヨリ先、明治八年五月、第一国立銀行ハ山梨第十国立銀行ノ前身タル甲府ノ興益社ト、コルレスポンデンス契約ヲ結ブ。次イデ明治十年三月、山梨第十国立銀行創立ニ関シ、栄一指導・援助スル所アリ。是日栄一、当行取締役山本彦吉ヨリ請ハレシ、同行五十年史ノ題字ヲ山本ニ交付ス。


■資料

青淵先生六十年史 竜門社編 第一巻・第五〇八頁 明治三三年二月刊(DK500071k-0001)
第50巻 p.376 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編 第一巻・第五〇八頁明治三三年二月刊
 ○第十一章 第三節 第一銀行沿革
    (二)旧国立銀行条例時代(自明治六年至同九年)
○上略
此年○明治八年五月第一国立銀行ハ長崎ノ立誠会社(後長崎第十八国立銀行即チ是レナリ)及甲府ノ興益社(後山梨第十国立銀行即是レナリ)ト始メテ「コルレスポンデンス」ノ契約ヲ締結シテ其取引ヲ開始セリ是レ営業上ノ一進歩ニシテ我国ニ於ケル「コルレスポンデンス」約定ノ嚆矢ナリトス
○下略


青淵先生六十年史 竜門社編 第一巻・第四七三頁 明治三三年二月刊(DK500071k-0002)
第50巻 p.376-377 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編 第一巻・第四七三頁明治三三年二月刊
    第十一章 銀行業
      第一節 緒言
○上略
 明治六年先生官ヲ辞シテヨリ今日ニ至ル二十有六年、常ニ第一銀行頭取ノ職ニ在リ、同行今日ノ隆盛ヲ致セルモノ全ク先生ノ力ナリ、而シテ第一銀行ハ其組織、其紀綱、其業務方針、総テ文明的ニ進歩的ニ最モ規則正シク発達シ来リ、後ニ起レル総テノ銀行ノ為メ最モ完全ノ模範トナリシモノナリ、就中、岐阜第十六・山梨第十・長崎第十八・福岡第十七・東京第二十・岡山第二十二・大分第二十一・仙台第七十七・盛岡第九十・前橋第三十九・館林第四十・下関第百十・弘崎第五十九《(前)》・米沢第百二十五・一ノ関第八十八等、数十ノ国立銀行ノ如キハ最モ直接ノ伝習ト周旋トニヨリ成立セルモノナリ
 - 第50巻 p.377 -ページ画像 
○下略

(栗原信近)書翰 渋沢栄一宛 未詳年二月二五日(DK500071k-0003)
第50巻 p.377 ページ画像

(栗原信近)書翰 渋沢栄一宛 未詳年二月二五日(渋沢子爵家所蔵)
謹啓 陳者昨今又寒気再復偶氷結ヲ顕、兎角不順之気候益御清迪ニ被為渡候段欣賀万祥此事ニ奉存上候、然者兼而申上置候弊行取締役御面謁之儀、明十六日午後五時より花屋敷常盤屋ニ開筵相催候間、此際御繁忙之中乍御迷惑御臨席被遊被下候ハヽ幸甚此他ニ何ヲ加ヘン、依而御案内申上度旁得御意度草々頓首 再拝
  二月廿五日
                      栗原信近
    渋沢殿
       閣下
 追而此品は甚タ以疎品ニは候へ共、連名之ものより献芹之微意御叱留被下度、此段敢而申添候 再拝


(芝崎確次郎)日記簿 明治一三年(DK500071k-0004)
第50巻 p.377 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿 明治一三年    (芝崎猪根吉氏所蔵)
第十月十八日 晴
例刻出頭、甲州葡萄到着ニ付、第十銀行支店より相届キ、直ニ諸方ヘ配達方取計申候、夕刻不残配り手配相付キ暮方帰邸 ○下略


(芝崎確次郎)日記簿 明治一五年(DK500071k-0005)
第50巻 p.377 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿 明治一五年    (芝崎猪根吉氏所蔵)
十月九日 晴
今朝主君ヘ面語、寺方ヘ引合之義上陳致し候
甲府之葡萄本年も例之通り御進物之有無相伺候処、例ニ寄り取入配賦可致旨被申付、銀行ヘ出頭之上、第十銀行ヘ依頼状差出申候 ○下略
   ○中略。
十月十九日 晴
○上略
 今夕甲州より葡萄着致し、銀行ニテ手紙認メ貰、明日より配達之都合申付候
十月廿日
○上略 帰途銀行ヘ出頭、夕刻帰邸、再度銀行ヘ参り、甲州葡萄配達ニ付添手紙相頼、五六軒差出し申候
○下略


(増田明六) 日誌 大正一五年(DK500071k-0006)
第50巻 p.377-378 ページ画像

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