デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
4款 普通銀行 9. 銀行関係雑資料
■綱文

第50巻 p.394-403(DK500078k) ページ画像

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■資料

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛(大正元年)一〇月四日(DK500078k-0001)
第50巻 p.394 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛(大正元年)一〇月四日(佐々木勇之助氏所蔵)
其後益御清適各地御巡回之義と奉遥欣候、当地異状無之、老生も日々一寸なりとも本店ニ出勤、石井氏等と業務承合居候、御省念可被下候過日ハ名古屋明治銀行神野頭取と上遠野専務両人来訪いたし、同行営業ニ関する経歴を縷述せられ、且万一之場合親銀行之地位ニ相立、各種工業会社株式等之担保ニて総額百万円位まて融通相頼度旨被申聞候間、兎ニ角佐々木氏帰京之上ならてハ回答仕兼候旨申示置候、但其内請之義は為念石井ニハ申談置候、御含置可被下候
又一昨日ハ京都田中源太郎氏来訪、同人経営之商工銀行之将来ニ付、懇々談話有之候、詰り二十を合併せしより何か相考候義有之候様相察申候、是又内々申上置候
○中略
  十月四日
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
          梧下
○下略


渋沢栄一書翰 西村道彦宛(大正元年)一〇月三〇日(DK500078k-0002)
第50巻 p.394-395 ページ画像

渋沢栄一書翰 西村道彦宛(大正元年)一〇月三〇日(西村道彦氏所蔵)
拝啓 益御清適奉賀候、然者過日御依頼申上候貴地銀行者ニ相生候手形不正之件ニ付、老生品ニ寄仲裁位地ニ相立可申との義者、四日市銀行ハ全然企望之由ニ候も、他之二行ハ充分之同意ニも無之様子ニ付而ハ、此程日本銀行名古屋支店長塩川氏出京面会いたし候ニ付、色々協
 - 第50巻 p.395 -ページ画像 
議も相尽し候得共、所謂時機尚早とも可申哉ニ付、此際ハ其儘ニいたし置、他日各行共企望之場合ニ於て心配いたし候方と申事ニ打合置申候、右ハ其中塩川君より御聞取も可有之候得共、為念一書申上度如此御坐候 拝具
  十月卅日
                      渋沢栄一
    西村道彦様
        梧下
 尚々過日之貴翰正ニ落手来示拝承仕候、乍序此段申添候也
(封筒別筆)
名古屋市伝馬町 第一銀行支店 西村道彦様 親展
十月三十日 事務所印 渋沢栄一


渋沢栄一書翰 増田明六宛(大正二年)八月一七日(DK500078k-0003)
第50巻 p.395 ページ画像

渋沢栄一書翰 増田明六宛(大正二年)八月一七日(増田正純氏所蔵)
○上略
四日市銀行三輪猶作氏当地まて被参候、近日書面参り候筈と存候、御含可被下候
○中略
  八月十七日               渋沢栄一
    増田明六様
        貴下
   ○栄一、箱根小湧谷ニ避暑中。


渋沢栄一書翰 増田明六宛(大正二年)八月二二日(DK500078k-0004)
第50巻 p.395 ページ画像

渋沢栄一書翰 増田明六宛(大正二年)八月二二日(増田正純氏所蔵)
本月廿日及廿一日附再度之貴翰落手、御申越之件々悉く領意いたし候就而愛知銀行と三井物産会社とヘ別紙之回答差出申候ニ付、写取置早早御発送可被下候、二度之書中種々之来示ハ明後日帰京之筈ニ付、回答相略申候
○中略
  八月廿二日                  栄一
    明六殿
      貴答
   ○別紙欠ク。


渋沢栄一 日記 大正二年(DK500078k-0005)
第50巻 p.395 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年        (渋沢子爵家所蔵)
三月八日 晴 寒
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リ、長崎十八銀行永見氏ノ招宴ニ応ス、第一銀行員数名来会ス、余興トシテ常盤津アリ、夜十時散会○下略
 - 第50巻 p.396 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 弓場重栄宛大正三年一月二日(DK500078k-0006)
第50巻 p.396 ページ画像

渋沢栄一書翰 弓場重栄宛大正三年一月二日(弓場重栄氏所蔵)
新年之御慶芽出度祝納仕候、賢契爾来益御清適欣慰之至ニ候、客年ハ御細書被下賢契御義京城ニ於て一銀行新設相成、其方ニ御転任被成候由詳細御報知被下了承仕候、来示之如く二十有余年一事業ニ御精励被成、今日御転任被成候も同しく銀行業ニ候上ハ、従来之御丹精も其甲斐ある筈ニて、所謂歩一歩適順ニ相進候ものと、別而御悦申上候、何卒向後弥増御注意、万一にも安逸ニ馴れ又ハ急進ニ過くる等之事共無之様祈上候
右ハ疾く拝答可仕之処、居常多忙乍思御疎音ニ打過候、御海恕可被下候 匆々拝具
  大正三年一月二日            渋沢栄一
    弓場重栄様
        拝復
朝鮮京城 京城銀行ニテ 弓場重栄様 拝答親展 東京 渋沢栄一
大正三年一月二日


集会日時通知表 大正三年(DK500078k-0007)
第50巻 p.396 ページ画像

集会日時通知表 大正三年        (渋沢子爵家所蔵)
十一月二日 月 午前十ヨリ午後四マデ 森村銀行新築参観案内


集会日時通知表 大正五年(DK500078k-0008)
第50巻 p.396 ページ画像

集会日時通知表 大正五年        (渋沢子爵家所蔵)
一月廿七日 木 午前八時 会津銀行頭取福西伊兵衛氏来約(飛鳥山邸)


集会日時通知表 大正六年(DK500078k-0009)
第50巻 p.396 ページ画像

集会日時通知表 大正六年        (渋沢子爵家所蔵)
九月九日 日 午後五時 古川銀行開業式古川男爵ヨリ御案内(築地精養軒)
   ○中略。
十月五日 金 正午 住友銀行新築披露ノ件


集会日時通知表 大正七年(DK500078k-0010)
第50巻 p.396 ページ画像

集会日時通知表 大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十五日 火 午後三―四時 飯能銀行千住支店開店披露会ヘ御招待(上野精養軒)


(増田明六) 日誌 大正一二年(DK500078k-0011)
第50巻 p.396-397 ページ画像

(増田明六) 日誌 大正一二年     (増田正純氏所蔵)
八月六日 月 晴
○上略
岩手銀行専務中村省三氏来訪、同銀行新築落成に付き、来十二日竣工
 - 第50巻 p.397 -ページ画像 
式挙行、其際渋沢子爵より電報祝辞を給ハれ《(り)》度き旨の希望談あり、即ち承諾したり


渋沢栄一書翰 控 飯田佐次兵衛宛大正一三年一〇月二九日(DK500078k-0012)
第50巻 p.397 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 飯田佐次兵衛宛大正一三年一〇月二九日(渋沢子爵家所蔵)
拝啓 益御清適奉賀候、然ハ過般御来談ノ総武銀行ノ件ニ付、第一銀行ノ当局ヘ申通候処、快ク引受ラレ、何時ニテモ御来訪相成候ハヾ頭取又ハ常務取締役ニ於テ御引合致度ト申居候、就テハ総武銀行支店ヘ直接通知致候カトモ存候得共、貴下ヨリ御来談有之候義ニ付、当方ヨリハ貴下ニ相通シ、更ニ貴下ヨリ同行ヘ御申通相願候方可然ト存候為メ、甚タ迂遠ノ取扱ノ様ニハ存候得共、玆ニ一書得貴意候次第ニ御座候、右得貴意度如此御座候 敬具
  大正十三年十月二十九日         渋沢栄一
    飯田佐次兵衛殿


諸会発起趣意書(二) 【(表紙) (別筆) 諸会趣意書】(DK500078k-0013)
第50巻 p.397-400 ページ画像

諸会発起趣意書(二)          (渋沢子爵家所蔵)
(表紙)
   (別筆)
   諸会趣意書
     大正十三年十一月江守善六氏、飛鳥山邸ニ子爵訪問、本書ノ金融機関設立計画ニ付名称ヲ附セラレタシトノ依頼アリ
     其後子爵御病気ノ為メ御答延引シタルガ、増田ニ命ジ
     大正十四年二月十九日、東京簡易金融株式会社ト名ツケテハ
     如何ト書通セシメラレタリ明六

(謄写版)
    創立趣意書
輓近社会思想の発達に伴ひ官公衙諸団体に依り夫々特殊の機関設置せられ、各種社会事業漸く其緒に就き、経済設備に関しても職業紹介・授産救援・宿泊救護・公設市場・住宅供給・簡易食堂等、各地に於て経営せらるゝを見る、然れとも社会施設上閑却すべからさる庶民金融機関完備せさるは、一大欠陥たらすんばあらず、念ふに不動産・有価証券又ハ貨物等を所有する人々は、之等を以て銀行其他の金融機関を利用する事を得べきも、月給又は日給に依りて生活し、若くは若干の商品又は生産器具を以て小企業を営みつゝある人々は、適当なる担保物品を有せさる限りは高利を忍んで信用貸の門を叩かさるべからざるなり、此間に処して独り質屋は給料生活者の消費経済、又は小企業者の事業経営に於ても、資産所有者の一時融通に対しても、最も簡便なる金融機関にして、市価を有する殆んと総ての動産は担保の目的たるを得べく、且つ対物信用たる関係上何人が之を持参するも取引を為し得べく、又営業時間の制限緩にして其手続も頗る簡易なり、質屋金融が庶民金融上重用なる地位を占むる事は、大正拾年末の全国質入金額が弐億円に達したるに徴するも首肯し得べく、之等質営業者に対して低利なる資金を豊富に供給し、其機能を充分発揮せしむる事は、社会政策上緊要事項たるに拘はらず、未だ公設質屋の施設備はらさるは聖代の恨事たり。吾人玆に見る所あり、今般株式会社を組織して東京市及其隣接町村の質営業に資金を供給し、当業者に対しては業務改善の
 - 第50巻 p.398 -ページ画像 
便を計ると共に、一般人に対しても低利利用の途を講じ、以て質屋の庶民銀行たる機能を益々発揮せしめんとす、是れ啻に社会事業促進に対する一努力たるのみならす、震火災に因り大打撃を蒙れる市内外幾多の質営業者の復興上焦眉の一急務たるべきなり、坊間投資を俟つ事業多しと雖も、確実なる担保を保管し、市価変動少なく投資期間短かく、而も回収容易にして、利廻り有利なる確実性を帯べる事業を選ばんとせば、質業投資の如き、蓋し第一位に指を屈すべきは識者を俟たずして明かなり、江湖の諸彦、冀くは社会事業後援の為め、帝都復興促進の為め、個人経済発展の為め、揮つて吾人の企劃に賛同せられ、挙つて本業の成立に援助せられん事を
  大正十三年十二月
                     発起人一同

    事業説明書
当会社の特色 当会社は東京市内適当の地に本店を置き、市内各区及び市外枢要地に管理所を設け、各管理所は其区域内の質営業者に対し資金の融通を為すものとす、即ち質営業者の保管する動産を、更に見返担保として管理所の倉庫に保管し、質営業者の発行する手形を割引す、而して各管理所の倉庫に対しては、常に相当の保険を附すべし
当会社の営業 質営業者は何人と雖も、其区域内の管理所に営業資金の融通を申込む事を得べし、管理所は申込人をして其保管する動産を管理所倉庫内に搬入せしむ、管理所は動産の市価を参酌して、融通金額を決定し、之を本店に通知す、申込人は本店に至り、保管動産を見返りとし、手形を発行して融通を受く、管理所に保管する動産は営業時間内何時にても搬出する事を得べし、保管動産を搬出せんとする時は之に代るべき他の動産を搬入するものとす、管理所は保管動産に移動を生したる時は之を本店に通知す、本店は見返り担保の価格著しく逓減したる場合は、増担保又は手形金内入を要求する事あるべし
当会社の利益 一般顧客に対し質営業者は月利計算に依り、一円以上は一円に付き弐銭五厘の利子を附す、故に一ケ年通算すれば三割となるべし、而して月末に質入するか又は月初に受質するも、等しく一ケ月の利子を附するを以て、結局三割五分内外の利子となるべし、質営業者に対し親質たる金融業者は、一ケ月一円に付通例一銭五厘内外、即ち一ケ年通算すれは一割八分内外の利子を附す、而して月利計算なるを以て、前記オドリを計算すれば、結局二割以上の利子となるべし当会社は日歩計算にして、百円に付き四銭内外(倉敷料・保険料等を含む)にて融通するとせば、一ケ年通算すると一割四分六厘の利子となるべし

    起業目論見書
一、当会社は       と称し、本店を東京市に置き、必要の地に支店又は出張所を設る事を得るものとす
二、当会社は一般質営業者に対し、資金の融通、質物の保管、其他之に関聯する業務を営むを以て目的とす
 - 第50巻 p.399 -ページ画像 
三、当会社の営業範囲は東京市及び其隣接町村内とし、適当なる区分法により若干の区域を定むるものとす
四、当会社は株式組織にして、一株の金額は五拾円、資本金総額を壱千万円として、之を弐拾万株に分つものとす
五、当会社は第一回払込金額は一株に付拾弐円五拾銭とし、弐拾万株払込金額合計弐百五拾万円を以て営業を開始す
六、当会社は第一期事業として、市内外に亘り二十ケ所に管理所及倉庫を建設するものとす
七、当会社運転資金は金弐百弐拾万円とし、尚ホ不足を生じたる場合は借入金を為す事を得るものとす
八、当会社の資金は大部分運転資金に充当せらるるを以て、第一期の決算期より所期の配当を受くるを得
九、当会社の存続期間は会社設立の日より三十ケ年とす
十、当会社の負担に帰すべき創立費用は金五万円以内とす

    事業予算書
一金弐百五拾万円也        株式払込金総額
  但シ一株ニ付金拾弐円五拾銭トシ、弐拾万株払込金
 事業資金内訳左ノ如シ
  金五万円也          当会社創立費
  金弐拾五万円也        諸設備費総額
  金弐百弐拾万円也       営業運転資金
 諸設備内訳左ノ如シ
  金四万八千円也     (二、四〇〇)建物買収用地借入費
  金六万四千円也 一軒ニ付(三、二〇〇)管理所二拾棟建築費
  金八万八千円也 一軒ニ付(四、四〇〇)倉庫二拾棟建築費
  金五万円也       (二、五〇〇)電話什器其他設備費

    収支概算書
      一、収入ノ部
一金四拾四万壱千弐百円也     総収入金
   内訳
  金参拾弐万壱千弐百円也
   但シ運転資金ニ対スル利子一ケ年分積算
  金拾弐万円也
   但シ利子収入金ニ対スル複利一ケ年分積算
   並ニ附滞事業ノ雑収入金
      二、支出ノ部
一金七万壱千八百円也       総支出金
   内訳
  金弐万四千円也         諸給料
  金六千円也           営業費
  金弐千円也           交際費
  金壱万弐千円也         保険料
 - 第50巻 p.400 -ページ画像 
  金参千円也           消耗費
  金参千円也           諸雑費
  金壱万参千円也         税金
  金参千円也           修繕費
  金五千八百円也         予備費
      三、利益処分
一金四拾四万壱千弐百円也     総収入金
一金七万壱千八百円也       総支出金
 差引金参拾六万九千四百円也   総利益金
   此処分案左ノ如シ
  金壱万八千五百円也       法定積立金
  金六千円也           別途積立金
  金八千円也           償却積立金
  金壱万円也           重役賞与金
  金参拾万円也          株主配当(壱割二分)
  金弐万六千九百円也       後期繰越金


諸会発起趣意書(二) 【(別筆) 「大正一四、二、一九此の名称ニてハ如何と協議の書面出したり」】(DK500078k-0014)
第50巻 p.400 ページ画像

諸会発起趣意書(二)          (渋沢子爵家所蔵)
                (別筆)
                「大正一四、二、一九此の名称ニてハ如何と協議の書面出したり」明六
日本(東京)簡易金融株式会社
日本(東京)動産金融株式会社
日本(東京)対物金融株式会社
日本(東京)株式会社簡易動産銀行


中外商業新報 第一四六一三号大正一五年一〇月二九日 三井銀行 五十周年紀念祝賀会 廿八日夜帝国ホテルで(DK500078k-0015)
第50巻 p.400 ページ画像

中外商業新報 第一四六一三号大正一五年一〇月二九日
    三井銀行
      五十周年紀念祝賀会
        廿八日夜帝国ホテルで
三井銀行では、本年七月を以て五十周年となつたので記念のため、廿八日午後六時から帝国ホテルに、高橋是清・渋沢子・阪谷男・大倉男・木村久寿弥太・井上準之助・内田嘉吉・白仁武・浅野総一郎・志立鉄次郎・橋本圭三郎・藤山雷太・中川小十郎氏外四十余名の財界諸名士を招き、紀念祝賀会を催したが、デザートコースに入りて、社長三井源右衛門氏立つて五十周年紀念につき挨拶せるに対し、高橋是清氏来賓を代表して答辞を述べ、次で渋沢子爵の三井銀行五十年の過去懐旧談あり、続いて大倉男爵の祝詞等あつて同九時散会した


雑控書類 【(謄写版) 声明書 郷誠之助】(DK500078k-0016)
第50巻 p.400-403 ページ画像

雑控書類                (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    声明書               郷誠之助
本年五月十日夜、時ノ高橋蔵相ヨリ十五銀行整理ノ事ヲ懇嘱セラレタリ、事態頗ル困難ナルヲ自覚セシモ、余ハ成敗利鈍ヲ眼中ニ措カス、
 - 第50巻 p.401 -ページ画像 
水火ニ投スルノ意気ヲ以テ事ニ当ルベシトテ即時快諾セリ、其翌日西野頭取ニ面接シ、爾来各種調査材料ノ提出ヲ求メ、十九日ニ至テ一ノ成案ヲ作成シ、之レヲ蔵相ニ提示セリ、同相ハ案ノ内容ニ付キ説明ヲ聴取セラレタル後、十五銀行ノ整理ハ川崎造船所ノ整理ト密接ナル関係ヲ有スルヲ以テ、同所ノ整理モ併セテ考究セラレタシトノ希望ヲ述ヘラレ、余モ全然同感ナリシヲ以テ、即刻蔵相ハ岡田海相ノ来邸ヲ求メ、同相ヨリ同所ニ関スル大体ノ説明ヲ聴取シ、爰ニ於テ更ニ川崎造船所ノ整理案作成ヲモ受諾セリ、時ニ偶々大阪ノ渡辺千代三郎氏モ同整理ニ参加セラルヘキヲ快諾セラレタルニ依リ、同氏トモ協議ノ上整理案ヲ得、同月廿七日之レヲ蔵海両相ニ提示セリ、而シテ同案ノ骨子ハ結局金参千万円ノ特別融通ヲ求ムルニアリタルヲ以テ、両相モ之レヲ諒トシ、越テ同月卅一日閣議ニ於テ預金部ヨリ右特別融通ヲ為スコトヲ議決シ、之レヲ以テ余ニ対シ同案ノ実行ヲ促進スヘキコトヲ要請セラレタリ、今爰ニ十五・川崎両者ニ対スル整理ノ梗概ヲ述フレハ大要左ノ如シ
 十五銀行整理案
 一、現在ノ資本金及払込金共之レヲ四分ノ一ニ減シ、別ニ資本金弐千五百万円払込六百弐拾五万円ノ新銀行ヲ設立シ、両者ヲ合併シテ資本金五千万円払込壱千八百六拾八万七千五百円ノ銀行トナスコト
 一、資本減少ニ依ルモノ、積立金及重役提供金等ノ合計金七千六百四拾六万参千五百円ヲ以テ欠損償却ニ充ツルコト
 一、第一項新設銀行ノ株式引受ハ宮内省、東西六大銀行及一般華族並縁故者ニ懇請スルコト
 一、日本銀行ニ対シ借入金ノ利子低減ヲ乞ヒ、更ニ宮内省ヘ特別預金及従来ノ如ク金庫事務ノ取扱方ヲ懇願スルコト
 一、開業後ハ年八朱ニ該当スル利益配当ヲナシ、普通積立ノ外年々金六拾万円ノ特別積立ヲナシ、更ニ不動産貸付等ノ整理ヲ為シ、之レヲ増殖シ、銀行ノ内容ヲ強固ナラシムルコト
 一、預金ハ原則トシテ無条件ニ払戻スモノトシ、之レニ対シ八千万円乃至壱億円ノ準備ヲナスコト
右整理案ハ実行上幾多ノ困難ヲ伴フヘキニ拘ラス、幸ニ各方面ノ援助ト多大ナル同情ノ結果、大体ニ於テ後掲川崎造船所ニ関スル部分ヲ除ク外一切ノ諒解ヲ得、成算確立スルニ至レリ
 川崎造船所整理案
 一、資本金ヲ半減シ、更ニ未払込全部ヲ切捨テ払込済トナスコト
 一、半減シタル払込金及積立ノ全部ヲ以テ欠損償却ニ充ツルコト
 一、借入金中無担保ニ属スル合計金四千壱百四拾四万円ハ其七割ヲ優先株ニ振替ヘ其三割ヲ払戻スモノトス、但シ十五銀行ノ分ハ壱千万円ヲ担保貸付金ト為シ、壱千六百六拾九万円ニ対シテハ他ノ貸付金ト同様ノ条件ニテ優先株ニ振替フルモノトス
 一、有担保借入金九千壱百四拾万円ハ其担保物ノ価格ガ借入金ニ対シ遥カニ余裕アルヲ以テ、其担保物件ヲ適当ニ処理シ借入金ノ全部ヲ償却スルモノトス
 - 第50巻 p.402 -ページ画像 
 一、整理及拡張ニ対シ、所要金額左ノ如シ
                円
  一、金 一二、四三二、〇〇〇・〇〇 優先株ニ対スル払戻金
  一、金  五、九一七、〇五一・二四 商業手形
  一、金  五、〇〇〇、〇〇〇・〇〇 社債五九、〇〇〇、〇〇〇円中九月到来支払ノ分
  一、金  一、五〇〇、〇〇〇・〇〇 葺合工場拡張費
  一、金    五〇〇、〇〇〇・〇〇 解雇手当
  一、金  二、八六二、〇〇〇・〇〇 未済支払金
  一、金  一、六〇〇、〇〇〇・〇〇 大倉組トノ係争ニ対スル供託金
                円
  合計金 二九、八一一、〇五一・二四
   内金  一、九〇〇、〇〇〇・〇〇 上海土地売渡代金
  差引金 二七、九一一、〇五一・二四
  外ニ金  五、〇〇〇、〇〇〇・〇〇 運転資金
  再計金 三二、九一一、〇五一・二四
  右ノ内金参千万円ヲ限度トシ、特種銀行ヨリノ貸下ヲ請ヒ、其残余ハ十五銀行ヲシテ融通セシムルモノトス
 一、前項金参千万円ニ対シテハ、工場財団ヲ設定ノ上、一番抵当ト為スモノトス
右整理案ノ基礎ハ同造船所提出ノ諸材料ニ準拠シ、現政府当局モ亦各般精査ヲ遂ゲ、更ニ別案ニ関シテモ考査ヲ加ヘタルモ、結局余等ト同一ノ見解及案ニ帰着セルモノナリ、而シテ政府当局者及余等ノ懸念シタルハ、右案ニヨリテ整理ノ実ハ挙ケ得可シトスルモ、将来果シテ独立自営シ得ルヤ否ヤノ点ニアリ、玆ニ於テ乎呉工廠長伍堂中将ニ嘱シテ製品及工場管理ニ関スル研究ヲ遂ケシメ、尚工場主任ヲ招致シ現実ノ記録ニ依リ精査研究ノ結果、有利ナル薄板工場ノ拡張、諸材料ノ節約、工場管理ノ改善及職工ノ整理等ニヨリ、相当利益ヲ収メ得ルノ確信ヲ得タル次第ナリ
尚整理案実行ニ際シ難関トスルハ、無担保債権ヲ優先株ニ振替フル点ニ存ス、此問題ニ関シテハ渡辺氏ハ殆ト不眠不休ノ努力ヲ以テ折衝ノ任ニ当リ、大体ニ於テ東西各銀行各会社全部ノ諒解ヲ得テ、実行ノ成算ヲ得ルニ至レリ
最近大倉組ノ差押問題発生スルヤ、其計上ナカリシ所以ヲ以テ整理案ノ杜撰ヲ云為スルモノアレト、未タ訴訟中ニ属スル未確定ノ債務ヲ計上スヘキ謂ナキヲ信シタル結果ニシテ、繋争問題ノ存在ヲ閑却セル次第ニハアラス、只其解決ハ他日ノ問題トシテ留保セルノミ、但シ余ハ如何ナル場合ニ於テモ大倉氏カ我執ヲ貫キテ造船所ノ整理ヲ妨碍スルカ如キコトナキヲ信シ、或ル機会ニ於テ示談ノ交渉ヲ試ムヘキコトヲ予期シ、之レニ対シ適当ニ処理スヘキ成案ヲ有ス、忌憚ナク言ハシムレハ、其解決ハ何等至難ナル所以ヲ見ス、苟モ此問題ノタメニ整理案ノ実行ヲ不可能ナラシメタリトノ説ヲ為スカ如キハ、真相ヲ解セサルモノナリ
以上縷述ノ如キ次第ニシテ、十五銀行及川崎造船所ノ整理ニ関シ、余ハ最善ト信スル案ヲ立テ、造船所ノ整理ハ五月卅一日閣議ノ決定ニ基ク預金部ノ融通若シクハ其他ノ方法ニヨリ、参千万円ノ融通ニシテ支障ナカラムカ、成算歴々タルモノアリ、又十五銀行ノ整理ハ造船所ノ
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整理ト相俟テ是亦確算アリ、余ノ為スヘキ凡テニ対シ何等ノ遺漏ナカリシヲ確信セリ、然ルニ政府ハ各般研究ノ結果、実行上ノ手続ニ困難アルヲ発見シ、参千万円ノ融通ヲ不可能トシ、一先ツ従来ノ行懸ヲ一擲スルコトニ態度ヲ決シ、親シク其通告ヲ受クルニ至レリ、余ハ元来大蔵当局ノ依嘱ニヨリテ整理ノ渦中ニ投シタル事情ナルハ既述ノ如シ政府ノ態度ニシテ既ニ斯クノ如キ決定ヲ見タル以上、余カ川崎造船所ニ対スル整理案ハ其根底ガ破壊サレタルモノニシテ、同案ト密接不可離ノ関係ニアル十五銀行ノ整理案モ亦、当然抛棄スルノ止ムヲ得サルニ至リシヲ遺憾トス
此機会ニ於テ余ノ立案斡旋ニ対シ、多大ノ同情ト後援ヲ寄与セラレタル諸賢ニ、敬意ト謝意ヲ表スルノ義務アルヲ信ス
   以上
(別筆)
昭和二年七月十日渋沢正雄氏持参、正雄氏より申上けたる大要。郷男爵ニ於て十五銀行と川崎造船所の整理を引受け、彼是努力したるも結局不結果ニ終り、遂ニ本声明書を発表せさるを得さるに至れり。就て親しく可申上も御多忙中却て恐縮と存じ、正雄氏を経て供覧致し候次第ニ付不悪御諒承被下度云々。子爵より。正に拝承、御尽力の段を承知し、予て拝謝致たるに、此結果を見残念ニ拝《(存カ)》し候、然し将来を期待し居る。正雄をして申上けしむ云々。