デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.419-422(DK500084k) ページ画像

明治43年1月28日(1910年)

是日栄一、銀行倶楽部第十三回定時総会ニ出席シ、委員長トシテ議事ヲ司宰シ、次イデ開カレタル、第七十八回晩餐会ニ出席シテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK500084k-0001)
第50巻 p.419 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年         (渋沢子爵家所蔵)
一月二十八日 晴 寒
○上略 五時銀行倶楽部ニ抵リ総会ヲ開キ、事務及計算ヲ報告ス、畢テ本年ノ委員ヲ撰挙ス、六時ヨリ晩餐会ヲ開ク、大島台湾民政長官・山本達雄・内田定槌ノ諸氏賓客トシテ来会ス、六時半食堂ニ就キ食後一場ノ挨拶ヲ為ス、三賓共ニ各其職務ニ関スル演説アリ、夜九時散会○下略

銀行通信録 第四九巻第二九二号・第六五頁明治四三年二月 ○録事 ○銀行倶楽部第十三回定時総会/○銀行倶楽部第七十八回晩餐会(DK500084k-0002)
第50巻 p.419 ページ画像

銀行通信録 第四九巻第二九二号・第六五頁明治四三年二月
 ○録事
    ○銀行倶楽部第十三回定時総会
銀行倶楽部にては、一月二十八日午後五時より第十三回会員定時総会を開き、委員長渋沢男爵議長席に着き、明治四十二年中事務及決算報告の承認を得、委員満期改選の件は現任委員長の指名に一任することに決し、渋沢委員長より左の通り指名し、午後六時閉会せり(但○印は重任)
  池田謙三君     生田定之君    ○稲延利兵衛君
 ○早川千吉郎君   ○浜口担君     ○加納友之介君
 ○角谷藤三郎君    内藤尚君     ○成瀬正恭君
  安田善八郎君   ○山口荘吉君    ○山本彦吉君
  綾井忠彦君    ○菊池晋二君    ○吉川孝秀君
 ○三村君平君     渋沢栄一君     志村源太郎君
 ○清水虎吉君     土方久徴君
    ○銀行倶楽部第七十八回晩餐会
銀行倶楽部にては一月二十八日午後六時より、台湾総督府民政長官大島久満次・伯剌西爾駐箚公使内田定槌・日本勧業銀行総裁山本達雄の三氏を招待して第七十八回会員晩餐会を開き、食後渋沢委員長の挨拶に続きて、大島・山本・内田の三氏各一場の演説を為し、終て渋沢委員長より重ねて謝辞を述べ、夫より席を別室に移し、一同談話の上午後十時散会せり
 - 第50巻 p.420 -ページ画像 

銀行通信録 第四九巻第二九三号・第三一―三七頁明治四三年三月 ○銀行倶楽部晩餐会演説(明治四十三年一月二十八日) 渋沢委員長の挨拶(其一);渋沢男爵の挨拶(其二)(DK500084k-0003)
第50巻 p.420-422 ページ画像

銀行通信録 第四九巻第二九三号・第三一―三七頁明治四三年三月
  ○銀行倶楽部晩餐会演説(明治四十三年一月二十八日)
    ○渋沢委員長の挨拶(其一)
臨場の諸閣下、会員諸君、久々で私は此銀行倶楽部の晩餐会に出席するの光栄を荷ひました、昨年亜米利加に旅行しましたために、殆ど半年間此処に参列するの愉快を持つことが出来ませぬでした、併し幸に今夕は皆様と相会することを得ましたのみならず、大島長官・山本総裁・内田公使の尊臨を願ひましたところ、皆御臨席を戴きましたのは御互に此上もない佳賓を得て、最も喜びを増す次第でございます、一月匆々に各方面に御関係の多い方々の尊臨を願ひ得られたと云ふことは、委員長の働として聊か諸君に誇り得らるゝだらうと思ふのでございます、是より大島君・山本君・内田君の種々面白い御話を伺ふやうに致さうと存じますが、単に三君の御話ばかりを願ふと云ふては、此席を涜した私が相済みませぬから、半年ばかり此席を欠席致しました償として一言前座を短く申上げて、さうして後談にタツプリと諸君の愉快を尽すことの出来る御話を願ふことに致します
銀行者は日常の事務が所謂錙銖の利を争ふなどゝ人に言はれる方でありますけれども、斯う云ふ晩餐会などに於ては、殆ど歌人と同じ様に居ながらに名所を知ると云ふので、台湾の事が能く分りますし、又伯剌西爾の事も能く分ります、御互に大変に遠方の事も知れると同時に内に於ては流儀違ひの銀行の新総裁の将来の御方針を伺ひ得らるゝと思ふと、彼も是も共に知り得ることが出来るところの頗る興味ある会合と私は思ふのであります(ヒヤヒヤ)、私も序に或は錦上に花を添へないで多少汚す訳になるかも知れませぬが、昨年亜米利加に旅行して参りましたから、亜米利加の旅行談を試みたいのでありますけれども併し是は昨年来諸所に歓迎会の御開きを戴いて、其席に申上げましたから最早申述べる事もございませぬ、殊に此席には亜米利加通の内田君が御在でございますから、斯る御前に於て亜米利加の事を申して若し間違つた事を言ふと御笑ひを受けてはなりませぬから、先づこれは大概に致しますが、併し四十三年の新歳月は御互に銀行者として注意しなければならぬ時期であらうと思ふのでございます、一方には金融が緩漫である、営業上は至つて安楽であるけれども、元来銀行者は唯だ己が安楽で欠伸をして新聞を読むだけが本分ではないのでありますから、もう少しく忙しくするやうにしなければならぬと考へます、此忙しくすると云ふことも、唯だ他働的ばかりを考へて居られぬ、自働的に忙しからしむることが必要ではなからうか、と云つて俄に忙しくすると云ふてトンダ好まぬ忙しさを増すことは御互に慎まなければなりませぬが、追々いろいろの方面に新規な事業が生じ来るやうに思ひます、政府も種々なる営業がある、定めて諸君の御耳にも這入つて居りませう、同時に此銀行界にも幾らか新面目を開くと云ふことを心掛けて、此四十三年の経営を致さなければなるまいと思ひます、併し只今是と申して此会に新案を提出して、玆に一議題として御考究を請ひたいと云ふ程のものはございませぬが、新しい年を迎へると共に相互
 - 第50巻 p.421 -ページ画像 
に注意を深く致したい、倶楽部員とは申すものゝ御同様所謂同人である、同じ業務に従事する諸君でございますから、共に其心得を以て本年の経営を致したいと思ひます、それに付けても幸に前に申上げる如く、斯る三閣下の尊来を請ふて、或は方面の違ふ又は方面の似たる御話を拝聴するのは、即ち吾々の知識を開く一大良法と考へますで、是より三閣下の御演説を拝聴することに致さうと思ひます、先づ大島君から御演説を願ひます(拍手)
○中略
    ○渋沢男爵の挨拶(其二)
唯今三閣下の有益なる御演説を拝聴致しまして、諸君と共に厚く感謝致します、大島長官の台湾の民政に、殖産に、経済に、当初の御経営から段々と進歩して十年の中に加倍の数字を見るに至つたと云ふことは、母国の人民として深く喜ばねばならぬ、畢竟其政治の宜しきを得たる所から、是に至つたのであると、御同様に感謝を表したうございます、而して内地人が兎角に足の遠いのは困難である、もう少し足近かに来るやうにと云ふ仰は、諸君の中には大分御渡航になつた御方があるやうですが、私はまだ足跡台湾に及ばぬのは第一に御申訳がないと、陳謝しなければなりませぬ、併し己れ自身が参らぬからと申して是から追々行く人が多くなると思ひます、尤も是迄も度々さう云ふ事を申上げて、未だ自身参ることが出来ませぬのは甚だ遺憾でありますが、決して怠らぬと云ふ心を諸君と共に持たねばならぬと思ひます、余り遠い将来でなく、どうぞ銀行集会所も出来、手形交換所も出来、東京と台湾との間に金融上の音信が出来ると云ふ時機の来るは、余り遠くはないだらうと考へます、是は決して台湾の長官に諛辞を呈するのではありませぬ、御互にさうありたいと思ふのでございます
又山本総裁より趣味ある御演説を伺ひました、先年銀行者として時に或は議論を闘はせ、又は教を請ふた山本君の是からは、常に御顔を拝する様に至りましたのは深く慶賀するのであります、且つ唯今同君は方面違ひの位地に立つて、昔日は成るべく金は固定させてはいかぬと言つた者が、今日は固定を主張しなければならぬ場合になつた、山本が二枚舌を使はなければならぬのは、是は役目の然らしむる所であるから左様心得るやうに、而して今日は其固定すべからざる金が各銀行の庫中に固定するやうになつて、固定に必要なる金が甚だ少い、詰り鶴の嘴が長過ぎて困る、鴨の脛が短かくつて困るから、どうか此嘴を切つて脛へ接ぎたい(拍手)、斯ふ云ふ御趣意の御演説でありました、果して一方の嘴を短くして一方の脛を長くすることが出来れば工合は宜いけれども、是はどうも吾々がモウ少し外科が進んで行きませぬとさう云ふ治療が出来ないと憂ふるものであります、併ながら山本君の如き良医を得ましたならば、或は出来るかも知れませぬから、共に攻究したいものと思ふのであります
内田君の伯剌西爾の御話は私共始めて伺ひました、殊に人種の事に付いて思ひ当りますのは、私共昨年亜米利加を旅行致しました五十有余人の中の或る一、二人が、時々日本には印度人の血が幾分か混つて(大笑)居るかと尋ねられました、私ではございませぬ(大笑)、そこで答
 - 第50巻 p.422 -ページ画像 
ふるに日本人は神の種であつて、決して印度人抔の血は混つて居らぬと言ひましたけれども、神の種類にもアヽ云ふ顔色があるかと云ふ問を受けたことがありましたが、若し是が南米へ行きましたならば丁度相当である、是は同人種であると云つて、モウ一層の歓迎を受けたかも知れませぬ(大笑)、是は私共旅行中顔の色で度々人の批評を蒙り或は質問を受けましたために、今顔色論が出ましたのでチヨット思付きましたから申述べるのである、決して其人を誹るのではありませぬ、真に一場の滑稽談であります、而して最終に御演説になつた事業に付ての御考は、吾々余り経験の無い者には果して如何かは分りませぬけれども、どうぞさう云ふ輸入税の甚だ高い禁止的の課税のある所で、事業の発展を図ると云ふのには、どうしても向ふへ行つて仕事をするより外に策がない、而して若し日本に金がなければ、向ふの金と此方の人とを以てやることが出来れば、誠に都合の宜い話でありますから直接に経営する人は此席に無いとは思ひますが、銀行者として自然又さう云ふ希望を持つて居る人に接触しないものでもなからうと思ひます、今日の御話は決して唯だ一場の御話と伺はずに、追々之を事実に見たいと思ふのであります、玆に三閣下の極く有益且つ興味ある御演説を拝聴したことを、諸君と共に厚く喜びます、玆に三君の為に健康を祝します(乾盃)
   ○右栄一演説筆記ハ「竜門雑誌」第二六二号(明治四三年三月)ニ転載サル。