デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.422-425(DK500085k) ページ画像

明治43年1月(1910年)

栄一、是月発行ノ「銀行通信録」ニ『明治四十三年の経済界』ト題スル論文ヲ寄稿ス。


■資料

銀行通信録 第四九巻第二九一号・第一五―一七頁明治四三年一月 明治四十三年の経済界 男爵 渋沢栄一(DK500085k-0001)
第50巻 p.422-425 ページ画像

銀行通信録 第四九巻第二九一号・第一五―一七頁明治四三年一月
    明治四十三年の経済界      男爵 渋沢栄一
明治四十三年の経済界に向つて、如何なる観察を持つかと云ふお問に対して卒爾のお答が仕にくい、殊に私は八月十九日に亜米利加に参つて、丁度四箇月を経て帰つて来たので、目下夜を日に継ぎて旅行談の尋問を受けて居るやうな有様だから、未だ内地の事情を知悉するの暇が無い位である、経済界といふものは其やうに三月か四月の間に、えらい変化をするものでは無いけれども、併し今日の有様では殆んど半年に近い時日海外に居つて、日本の様子を見ないで居つたから、未来の観察を述べるには最も不適当な身柄だと思はなければならぬ、況や己れが亜米利加といふ国を見て来たのであるから、平たく言ふと兎角目に悪い習慣を持つて居るといふことを考へなければならぬ、旁々以て此観察は極く正鵠を得るや否やといふことを自身ながらに疑ふ、併し年々年の始めには未来の予言者の如く愚見を述べる例になつて居りますから、お問に対して説が無い、意見が無いと言ひますのも甚だ残念であるから、我信ずるだけのことをお答して見やうと思ふ、第一に私が旅立つ前の観察はどうで有たかと云ふと、経済界は追々順境に向ふと想像した、幸に日本の最も重なる輸出品の春蚕も、各地皆豊作とは言へなかつたけれども左まで悪くはなかつたやうである、秋蚕も先
 - 第50巻 p.423 -ページ画像 
づ良からうと云ふ予想であつたし、況や米は豊年といふ景況であつたからして、最早一年以上休養し来つた経済界は金融も段々緩慢になり金利は追々に下り、戦後の熱に浮かされて過度の進歩を為したものも中には困難に陥つて居る者もあるけれども、追々整理して改良の緒に就いた向もあるといふ位であるから、自然と一般の気合が相援けて、さうして此経済界に活気を生ずるであらうと思うた、然るに其後米作は予想以上の豊作で全国豊年を謳うたにも拘はらず、却て為めに米の価が廉い、此米価の廉いのが寧ろ景気引立の害を為して益々沈衰を来した、如何となれば米を売らうといふには安し、一方には色々仕払はなければならぬ入費が迫つて来る、都下は金が余つて困り地方は寧ろ金融逼迫といふやうな有様である、遂に何れの地方も不景気の声に打たれて、私共帰り匆々に此不景気を如何にして挽回すべきかと云ふやうな説を、友人から聞くのは寧ろ意外の感に打たれる位であつた
併し又静かに考へて見ると、成程米の価の廉いといふことは、地方農民の大に困苦する所であるとすれば、一般の人気が引立つて来ぬ以上は、唯農作の豊年ばかりが直ぐさま不景気挽回といふことは出来得ぬといふも無理ならぬやうに考へられる点もある、抑々此経済界に大なる原動力を与へたものは三十七・八年の戦争であつて、其戦争の時の有様が百事俄かに景気を附けたといふことは事実である、其俄かに景気を附けた事柄は、独り経済界ばかりではない、財政に於ても大にさういふ有様であつた、是は勢ひの然らしむる所、今日善いの悪いのと言ひ得ることではないけれども、勿論軍需品ばかりではない、其以外の総ての方面にも俄かに需要を惹起した、或は石炭も紡績も織布も、又それらを運搬するに就ての運送事業も、総て需要を起した、実はこれは一時の現象であつたけれども、長く続いたから、誰も永続するものゝ如き観念を持つて、此有様が直に打消さるゝものゝ如く思はなかつた、即ち財政上から起る原動力が実に強かつたといふことを覚悟せなければならぬと思ふ、同時に此財政の働きが経済界に対して大なる関係を持つた、詰り十数億の金を借りてそれをドシドシ使ひ出すといふやうな有様から、経済界に一時の仇花が咲いた、そこで三十九年四十年に掛けて経済界が俄かに勃興の有様を呈した、此場合に注意深い人は兎に角、一般の人気は此の如き有様で、自然と国の力は進んで往くものと誤解して、進歩を図つた向がナカナカに多かつた、是は未来を考へぬと云へば言ふやうなものゝ、目前に需要が多かつたから、其需要に応ずるといふ以上は矢張相当の設備をせねばならぬ、左様にせぬと人に後れるといふ観念から力を入れたといふことは、今から見れば愚であるけれども、其場合に於ては多少已むを得ぬ事情があつたかも知れぬ、而して其財政が左様に国費を多くするに付て、俄に租税を増したといふことは、是は一般国民に向つて強い打撃を与へて居ると思ふ、戦時税の増額は確か一億六千万円であつた、それが今日は永久税になつてしまつた、日本の総体の国力といふものが決して六億以上の巨額の歳出に堪へる筈はないのに、俄に一億六千万円も臨時税を課してそれが終に永久税になつたといふことは、此両三年の間に俄に民力が増すか、然らざれば前の割合が甚だ低かつたのであれば別論なれ
 - 第50巻 p.424 -ページ画像 
ども、然らざる限りは巨額の税を俄に増した結果は終始附いて廻つて直に回復するといふことは出来難い訳であると斯ふ考へねばならぬ、戦後速に之を改正することが出来ず、漸く当年の議会に一千万円ばかり減税するといふことに相成つた、税制整理を希望する者から論ずれば甚だ遅々たるものと言はなければならぬ、是等は財政が経済界に対して不景気を与へた原因と言はなければならぬかと思はれる
吾々銀行者も其事は固より知つて居つたけれども、一昨々年の冬頃、税制整理よりも尚ほ先に公債の整理を必要と主張した、蓋し税制の整理も必要であるし、行政の整理も必要である、必要の廉々は数多くあるけれども、如何に希望すると言つた所が、何も斯も一時に遣るといふことは出来はしない、何が一番肝腎であるかと云へば、吾々想ふには今日の場合(一昨々年冬)公債の整理が最も必要である、公債の位置を堅固にすることを努めずに此儘にして置くと、殆んど日本の信用は地に堕ちてしまふと気遣つた、其主なる理由は第一に、銀行者又は一般の富豪の持つて居る公債が段々下落するといふ困難より尚ほ酷いのは、戦後無理に鉄道を国有にした、其鉄道公債五億円程の高を発行しなければならぬ、既に他の公債が下落すれば勢ひ鉄道公債の下るのは無理ならぬ、而して追々其傾が現はれて、八十円台を割つて七十円台にもならうとした為めに、各鉄道会社の重役は是は大変だ、曩に法律を以て無理に鉄道を国有にされて、之れに次ぐに又公債価格が限りなく下落する、法律上公債で買取るといふのだから、割合は好いやうに定めたけれども、取も直さず公債が一割下れば一割だけ鉄道買上の値段が減じたと同じ道理、二割下れば二割だけ知らぬ間に財産を奪はれたと同じ訳になる、それで各鉄道会社が如何にも苦難に思うて銀行者に相談があつた、銀行者も尤もと思うたのみならず、自己に於ても公債との関係が強いから、旁々以て是は由々しき大事といふ点からして、前の内閣に頻に論じ、其後一昨年七月内閣が変つたに就て、現内閣にも八釜しく論じた、幸に現内閣は此鉄道会社若くは銀行者などの意見を尤もとして採用し、国家が財政の信用を保つには、先づ何より先に公債の価格を堅固にするの外はない、それには償還の方法を定める外はない、それで一方には軍費其他に向つて節約を加へ、遂に公債整理の方法を確定して、其事が行はれた、其方が先であつたから、片方の税制整理は自から第二になつたに就て、一方公債に対しては安心を与へたけれども、一般の経済界に対して緩和するまでの働きが及んで居るとは思へぬやうである、して見ると戦後経済界に与へた強い打撃は一部は稍々回復の形を見たけれども、他の一部は未だ十分なる緩和の方法が行はれたと言へぬではないか、故に仮令一方に金利が安くなつても、公債が高くなつても、各地押並べて人気が沈滞して居るものではないかと思ふ
斯く考へて見ると、既に第二の整理方法も行はれんとして大体の療治法が追々に進んで行つたならば、最早健康の回復も左まで遠くはあるまいといふことは言ひ得るであらうと思ふ、今日さういふ時期が見られるかと思ふたのに、案外それが見られぬといふのは、未だ前に受けた原因が全く芟除せられぬであつたと想像する外はない、併しそれも
 - 第50巻 p.425 -ページ画像 
追々に進路が向いて居るから、さすれば丁度昨年の七・八月頃より追追に回復するであらうと想像した不景気は、少し遅れて或は次の期に来るといふことを待ち得られるであらうと思ふからして、其やうに唯不景気にのみ傾くものだと悲観せぬでも宜からうと思ふ
而して又大体に於ての希望として申せば、成程今日日本の税額の甚だ高いといふことは、国民一般の苦痛とする所であるけれども、国家の進運を図るといふ以上は、唯国難といふ神経を起して縮んでしまふといふやうな観念を一般に持つことは甚だ望ましくない、畢竟日本の政治界でも財政でも経済でも、総て維新以後の仕事といふものは、其力より以上を望んで刻苦精励して、始終進歩的気象に依つて、今日まで国運を進めて来たのである、凡そ進歩する国柄の有様は総てさうである、独り日本ばかりではない、何時でも安穏の有様に居て、例へば十貫目の力ある者が八貫目脊負て居るなれば、成程躓いたり倒れたりする気遣ひはないけれども、さういふ考を以て国家を経営して往くならば、楽なやうではあるけれども他邦の進運には必ず押倒されるといふ虞がある、故に幾分か力より強い考を以て国運の進歩を図つて行くといふことは、是までの国是でもあつたし今日も尚ほ必要であらうと思ふ、況や隣国の亜米利加などは、最も其念慮が強くて、最も其働きが鋭い、さういふ国と相伍して此国運を進めて往かうといふのに、唯困る困ると言ふて、慎重とか堅固とかいふ言葉のみを談柄にするやうな人気では、それこそ本当に困るのであるから、私共は余り困るといふことを以て世の中に唱道したくない、もう少し勇気を出さなければいけぬと思ふ、然らばといふて、此仕事を遣つて見たい、斯ういふことに一つ手を着けて見たいと、今直ぐ急激に事業の企てをするといふ意味ではないが、唯悲観にのみ陥つて、世の中を憂へ且つ悲むやうな人気になることは、今日の経済界に採るまじき方針であると思ふ