デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.484-488(DK500103k) ページ画像

明治45年2月16日(1912年)

是日栄一、東京銀行集会所ニ於ケル、第六回議員銀行家連合懇親会ニ出席シテ、演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四五年(DK500103k-0001)
第50巻 p.484 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四五年         (渋沢子爵家所蔵)
二月十四日 曇 寒
○上略 十二時銀行倶楽部ニ抵リテ午飧シ、後、倶楽部晩飧会ノ事ヲ委員一同ト協議ス○下略
  ○中略。
二月十六日 曇 寒
○上略 午後五時銀行倶楽部ニ抵リ、議員銀行者トノ懇親会ヲ開ク、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、畢テ午後十時帰宿ス○下略


銀行通信録 第五三巻第三一七号・第六四―六五頁明治四五年三月 ○録事 第六回議員銀行家聯合懇親会(DK500103k-0002)
第50巻 p.484-485 ページ画像

銀行通信録  第五三巻第三一七号・第六四―六五頁明治四五年三月
 ○録事
    ○第六回議員銀行家聯合懇親会
貴衆両院議員中の銀行家及東京銀行集会所・東京交換所並銀行倶楽部三団体の有志者は、二月十六日午後五時より東京銀行集会所に於て第六回聯合懇親会を開きたり、当日出席者は合計六十七名にして其氏名左の如し
  貴族院 (十八名)
 石橋謹二(干葉)   浜口吉右衛門(東京)   八田徳三郎(広島)
 西川甚五郎(滋賀)  本間金之助(秋田)    土居通博(岡山)
 鎌田勝太郎(香川)  高橋是清(東京)     植笠三右衛門(栃木)
 - 第50巻 p.485 -ページ画像 
 矢島栄助(山梨)   松尾広吉(佐賀)     江原芳平(群馬)
 佐藤助九郎(富山)  木本源吉(奈良)     三島弥太郎(東京)
 美馬儀一郎(徳島)  森田庄兵衛(和歌山)   鈴木周三郎(福島)
  衆議院(十二名)
 岩下清周(大阪)   井上僖作郎(奈良)    伊東要蔵(静岡)
 細野次郎(群馬)   粕谷義三(埼玉)     高木益太郎(東京)
 津久居彦七(栃木)  上柳喜右衛門(長野)   佐竹作太郎(山梨)
 柵瀬軍之佐(岩手)  水間此農夫(宮崎)    鈴木摠兵衛(愛知)
  三団体(三十七名)
 池田謙三(第百)   池田成彬(三井)     岩田音次郎(中井)
 伊沢竹衛(明治商業) 今清水乾三(両羽支店)  早川千吉郎(三井)
 小野英二郎(日本)  小川貞一(丁酉)     藁品槍太郎(新潟支店)
 河合徳兵衛(麹町)  神田鐳蔵(紅葉屋)    加納友之介(住友支店)
 米山梅吉(三井)   吉田源次郎(東海)    成瀬正恭(十五)
 内藤尚(十九支店)  村井吉兵衛(村井)    村井貞之助(村井)
 串田万蔵(三菱)   安田喜八郎(安田)    山田丈太郎(八十四)
 山本彦吉(第十支店) 山口荘吉(二十)     松方巌(十五)
 松尾吉士(正金支店) 益子右馬助(四十一支店) 小島長次郎(尾張屋)
 安藤浩(川崎)    佐々木勇之助(第一)   佐藤善夫(紅葉屋)
 木村清四郎(日本)  志村源太郎(勧業)    渋沢栄一(第一)
 清水虎吉(第三)   柴田極人(西脇)     渋谷俊太郎(藤本支店)
 広部清兵衛(広部)
斯くて一同晩餐後、渋沢男爵発起人を代表して開会の趣旨を演説し、貴族院側より鎌田勝太郎氏、衆議院側より柵瀬軍之佐氏挨拶を兼ねて各一場の演説を為し、最後に高橋日本銀行総裁の演説あり、夫より席を別室に移し一同歓談の上、午後十時散会せり(当日演説筆記は別欄に掲載す)


銀行通信録 第五三巻第三一七号・第三七―三九頁明治四五年三月 ○第六回議員銀行家連合懇親会席上演説(明治四十五年二月十六日銀行倶楽部に於て) 渋沢男爵の演説(DK500103k-0003)
第50巻 p.485-488 ページ画像

銀行通信録  第五三巻第三一七号・第三七―三九頁明治四五年三月
  ○第六回議員銀行家連合懇親会席上演説
          (明治四十五年二月十六日銀行倶楽部に於て)
    ○渋沢男爵の演説
閣下並諸君、今夕は貴衆両院に御席をお占めなさる所の同業者と、東京の同人との懇親の為め此御会合を開きました次第でございます、私も此会に就ては発起人の一人でございましたけれども、総ての準備の不行届は諸君に対して深く謝する所でございます
此会合の開けましたのは多分明治三十九年でございまして、当初から今年まで其間一回丈け休んで、今回が六回目になるやうに記憶致します、原の起りは私は審かに記憶致しませぬけれども、或は三十七年頃戦時税等の関係から、同業者中政治上に心を用ゐられるといふことを企望したのと、同時に又各同業者が東京にお集りである上からには、相会して懇親を厚うし、情意を疎通するやうにといふことを意味して開かれたやうに存じます、爾来玆に六回継続致し来つて居りまするので、私共此会に対する嘱望は、どうぞ毎会成べくたけ独り懇親といふ
 - 第50巻 p.486 -ページ画像 
のみならず、更に進んで此お集りが何か或る事柄に付て裨益し得るやうにありたいと存じ上げる次第でございます、蓋し満堂の諸君も御同意下さるであらうと思ひます、故に此会をして更に継続して往かうといふには、今申上げます如き趣意に依り、此次回からしては唯々懇親会の発起人のみに止めず、諸君のお申合せによりて数名の委員をお造りになつて、毎回に例へば斯ういふ事柄があるとか、又は意見があるから之を発表するとかいふ位迄に為し得られぬものであらうか、但し私は今此処でこれを問題として申上げるのではございませぬが、唯々此会合が懇親を厚うするといふばかりでは、当初これを起した趣旨を追々に発展するとは言ひ得ぬかと恐れまするから、寄々に御考慮下さいまして、若し果して今申上げる様に次回から改めた方が宜からうといふことでございましたならば、十数名の委員をも造り置て、例へば其時々なり又は他日問題ありとすれば相当の方法を設けて攻究に相成るやう私は希望致すのであります、併しこれは発起人に評議したことではございませぬ、又東京の同業者中に於て申合せた案でもございませぬ、唯々私が此席から一個の私見として玆に御参考に呈しますのでございますから、或は之を問題には為し得られぬかも知れませぬが、唯々毎回一同打寄つて食事をして別れるといふだけでは何やら物足りないやうに思ひまするで、何か有効にする工夫は無いかと思ひまして一案を呈しまするのでございます
更に申上げたいと思ひますことは、発起人の総代といふ意味でなく、議席に出ることの出来ぬ銀行者が議場に席を持ちて立法者の位地に立つて御苦労を下さる諸君に対して希望として申上げるのでございます斯く申すと東京の銀行者が一致した意見を私か述べるかといふ御反問がございませうが、決して東京の銀行者の一致した意見といふではございませぬ、或る部分は渋沢個人の説と御聴取りを願ひたいのでございまするが、併し或る点は多数の意見を忖度して申上げると申しても過言では無からうと思ふのでございます、我が経済界の状態は昨年よりして大なる変りはございませぬけれどもお互に銀行業者は唯々単に自家の錙銖の利を得るばかりが本務ではございませぬ、国家の金融機関として一面には経済界を調和し又財政に対しても或は補助し或は警告するといふ程の力を持ちたいと思うて居るのでございます、而して此経済界も数年以来順境に成つた成つたと言ひつゝ未だお互が満足する程の発展とは申せぬ様に考へる、加ふるに財政に於ては諸君各地方で如何なるお感じを持つて居らつしやるか知らぬが、吾々の見る所に於ては明治四十四年迄の財政は実に弥縫糊塗と言はざるを得ぬやうでございます、少し過言に相成るか知れませぬけれども、若し此姿にて推移せんか、或は兌換制度にまで瑕瑾を惹起しはせぬかといふことは蓋し杞人の憂とばかりは申されぬと思ふのでございます、世の中は次第次第に事務多端になる、国事は日に月に鞅掌になる、如何に緊縮を図つても十分に出来ぬ、終に追はれ勝なる経営で其場合を経過する、貿易上の関係も課税が高いから従つて諸物価を低下せしむることは出来ない、同時に輸出入の均衡を得ないで輸入超過を来すと云ふことは是れ亦数の免れぬ訳である、諸君の御承知の如く昨年内閣更迭に就きま
 - 第50巻 p.487 -ページ画像 
して、新内閣の意向は其弥縫糊塗の経営を止めて厳正に緊縮を図るといふに在るやうで有ります、併し声言された所は左様で有るけれども未だ其事実が明かに表はれたとは認められぬ、此事に関しましては諸君も御承知の如く、現大蔵大臣は吾々経済界の人が其職に就かれたのである、吾々山本達雄君の要職に就かれたを喜ぶと同時に、経済界の実状を充分知悉して居るお方であるから、此吾々の衷情を同君の手腕に依つて廟堂に表はして貰ひたいといふことを深く希望いたしまして而かも此席でございます、吾々東京の銀行者三団体が相会して祝賀会を催しました、其祝賀会の席上に於いて、私が総代の位置に立ちまして、前来申上げましたる財政上に就て、或は苦言とも申さねばならぬ程に吾々の憂慮の点を反覆陳上致し置きましてございます、其詳いことはお聞及びもございませぬか知れませぬが、当銀行集会所の通信録に記載されて居りまする、詰り今夕諸君に申上げますのも其趣意は変りませぬのです、唯々願くは此事が席上の一希望に止まらずして、幸にお集りになつた諸君の過半は、皆議席に於て一言一行が天下を動かすことの出来る方々で有る、斯く申上ると渋沢貴殿も若し望むならば其席に連ることが出来るであらう、己れはヂツト控えて居て人ばかり煽動ると仰しやるかも知れませぬが、もう吾々老いたり、決してさういふ位置には立ち得られませぬので、此場合幸に吾々の希望する所を御賛同下さいまするならば、其事柄が貫徹致すやうに御尽力を乞ひたいと切望して止まぬのでございます
数多く述べましても、所謂二兎を追ふ者は一兎も得られぬやうに相成つては如何にも残念でございまするで、吾々の期する所は是非此税制を十分に整理したいと思ふのでございます、隣席に塩に於て有名なる鎌田君が居らつしやいますが此税制の整理には塩の専売などは最も早く着手になるべきものと思ふのでございます、但し鎌田君御自身の経営には如何なる影響を及ぼすかは知りませぬが、所謂大義親を滅すと云ふことが有りますから御懇親は打棄て斯様な苦言を申上げるのを鎌田君必ず之を諒として下さることゝ思ひます、税制の整理は単に塩に止まる訳ではございませぬ、此税制をして整理せしめたならば、一般の経済界に裨益を与へると思ふことは蓋し諸君も御同感で有らうと考へる、又行政の整理でございます、度々言ひ来りて有るが何時も声ばかりで事実に現はれぬ、百言あつて一行なし、所謂画に書いた牡丹餅で、食べることが出来ないといふのが是までの行政整理でございます斯の如きは諸君立法者として議席に列し、政府を監督すべき位置にある人としては、お力の入れ方が未だ薄いと申上げても宜からうかと考へるのでございます、吾々其席に居らぬ者すら唯々銀行集会所にお招き申上げるのみではございませぬ、他の席に於ても随分苦言を呈したは一再にして止まぬのでございます、幸に其の位置に居る諸君は機会のある毎に十分に御審議なされ、独り御審議ばかりでなく時としては飽まで御討論下されたい、但しこれも諸君御希望でないと云へば別段でございますが、蓋し私は御同意下さるであらうと信ずる、果して然らば何卒十分のお尽力を願ひたい、更にもう一歩進んで申上げたいのは、現内閣が如何で有るか分りませぬけれども、是までの慣例として
 - 第50巻 p.488 -ページ画像 
は、政府は兎に角官業に傾くといふは従来の風潮とも申したいやうである、是は国家経済上には寧ろ妨害と申したい、例を挙げて申すも如何でございますから、暫くこれを省きますけれども、着々民業に移して宜からうと思ふことを、益々官の経営にして往く、甚しきは更に進んで官業を増加せしめようといふ如きことまで聞及ぶのでございます是等は諸君にも御同意にて、之を主張せんと致しても発言する機会を得難いと議場にお立ちなさる諸君は仰しやるかも知れませぬが、既に其非をお認めになる以上は必ず発言の機会は沢山有らうと私は思ふので有る、経済上の主義として、どうぞ国家をして官業に傾く弊害を十分に矯正せしめたいと私は深く希望致すのでございます、内にして今申上げまする税制の整理なり行政の整理なり、若くは官業の廃止なり完全に此希望を達しますることは容易でございますまいと思ひまするが、更に進んで時事問題に論及しますれば、隣国の変乱は御互に大に注意致さなければならぬ事では無からうかと思ふのでございます、此事に就ては銀行者が直に或る手段を捕へ来つて申上げる訳ではございませぬけれ共、仮令日本が資本に十分なる力ある国で無いとは云ひながら、此終局に於て列強が金力に依つて種々なる方面に発展して往くといふ場合に、重要の位地に居り別して関係の深い所謂同種同文と言ふて居る帝国にして、何時も後へに瞠若たることはお互誠に残念と思はねばならぬではございますまいか、さらばと云ふて俗に申す火事場泥棒――を心掛て此の変乱に際して、何か得る所を漁ると云ふやうな意味ではございませぬが、何れ現在にも又将来にも、隣国の経済界に対してはお互に金融に従事する者の注目して力を尽さねばならぬことも有らうと思ふ、左様な機会を得ましたならば相共に戮力して適当なる方法を講ぜねばならぬと希望して居りまする、諸君も定めて御考案の有らつしやることゝ考へまするから、斯くお集りの席に於て吾々の抱持する念慮を陳上致すも一の御参考に相成らうかと思ふのでございます。
日常議会に於て弁士の演説にお慣れなすつて居る諸君に余り長談議は却てお耳障だらうと思ひますから、要件を一・三摘んで陳上するに止めまして、唯々前に申上げまする如く、折角の此会合をして次回更に又次回と追々に有力たらしめたいと思ひまするに就ては、諸君の御評議に依つて、私の提案が御採用を得ることゝなりましたならば、追々に御高説を伺ひたうございます(拍手)
玆に諸君と共に臨場各位の御健康を祝したいと思ひます(起立乾盃)