デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.490-493(DK500105k) ページ画像

明治45年3月26日(1912年)


 - 第50巻 p.491 -ページ画像 

是日、長谷場文部大臣・福原同次官・浜尾帝国大学総長等ヲ招待シテ、銀行倶楽部第九十一回晩餐会開カル。栄一出席シテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

銀行通信録 第五三巻第三一八号・第五七頁明治四五年四月 ○録事 銀行倶楽部第九十一回晩餐会(DK500105k-0001)
第50巻 p.491 ページ画像

銀行通信録  第五三巻第三一八号・第五七頁明治四五年四月
 ○録事
    ○銀行倶楽部第九十一回晩餐会
銀行倶楽部にては三月二十六日午後六時より、長谷場文部大臣・福原同次官・浜尾帝国大学総長・土方法科大学長・渡辺工科大学長・坪野高等商業学校長を始め、早稲田大学総長大隈伯・高田同学長・福沢慶応義塾社頭及鎌田同塾長を招待して、第九十一回会員晩餐会を開きしに、長谷場・福原・福沢三氏を除くの外何れも出席あり、晩餐後渋沢委員長の挨拶に引続き、大隈伯・浜尾総長・鎌田塾長及渡辺学長順次一場の演説を為し、夫より席を別室に移し、一同歓談の上午後十時散会せり


銀行通信録 第五三巻第三一八号・第一八―一九頁明治四五年四月 ○教育家招待会演説(明治四十五年三月二十六日銀行倶楽部に於て) 渋沢男爵の挨拶(DK500105k-0002)
第50巻 p.491-493 ページ画像

銀行通信録  第五三巻第三一八号・第一八―一九頁明治四五年四月
  ○教育家招待会演説
         (明治四十五年三月二十六日銀行倶楽部に於て)
    ○渋沢男爵の挨拶
閣下、諸君 今夕の当倶楽部の晩餐会には、久々で大隈伯爵の尊来を得ましたのを御同様深く感謝致す次第でございます、今夕は教育界に御従事の方々に尊臨を乞うて、吾々の段々俗化して行く腸を少し洗濯して戴かう、一夜作りたりとも銀なり金なりの鍍金を掛けて戴かうと斯ういふ考から、教育諸大家の来臨を乞ふたのでございます、吾々ども日常二一天作の五に汲々と致して居りますけれども、此席に集つた者は私を除くの外は、大抵相当の教育を受けた人であつて、前席の早川千吉郎君も大学出身の人である、大抵大学其他の学校の教育を受けて居るのであります、但し斯く申す私は往昔田舎で三字経とか論孟とかいふもので育つた人間で、今日の教育には頗る縁の遠い者でございますから、時々教育家の方々に此銀行倶楽部の晩餐会に光来を乞うて色揚をせぬと段々褪めて参りますから、数年間に一度ぐらゐづゝは願ふ積りでありますけれども、何分吾々の遅鈍なる為に、十分なる効果を奏することを得ませぬのを遺憾と致します
三年ばかり前でございましたが、同じく当倶楽部の晩餐会に鎌田・高田両君の尊臨を乞ひました、其時文部大臣はお出がございませぬで、文部次官・実業学務局長・高等師範学校長等の尊臨を得まして、私は教育上に対して一二の疑問的愚見を述べたことがございました、其要旨は我国の教育は官学が威張つて民学の力が低いやうに見える、それは相当のものでございませうか、又修学年限をもう少し詰めて下さることは出来ぬものでありませうか、などゝいふ愚見を呈したことがございます、併しそれは既往の事でありまして、玆に重ねて申す必要はありませぬが、今夕は幸に大隈伯爵の臨場を得ましたから、どうぞ教育上若くは吾々共の業体に関係ある経済財政に就て、御教示を乞ひた
 - 第50巻 p.492 -ページ画像 
いと望んで居ります、何卒平生の御抱負を十分御示諭下さる様一同期待して居ります、而して私が玆に一言申上げて教育家諸閣下に望みますのは、どうも今日の教育は、教育する者が悪いのか、される者が悪いのか、持合つて善くない以上は、どつちも悪いと言はなければなりませぬが、学理と実際の密着が未だ致し兼て居るではなからうか、此不調和は私共是迄長い間さう言ひつゝ、尚今日もそれであるといふことは甚だ遺憾に存じまするのです、蓋し教へる方々にも多少の欠点があらうが、教はる人々も亦注意の至らぬ所があるであらうと思ふのでございます、是等は学問実験に十分なる蘊蓄のあらつしやる諸大家先生の尊来を得たる機会に、疑問的に申上げるのは、決して無益のことではなからうと思ふのでございます、更にもう一つは、これも先年愚見を呈した中に、日本の民学の力の低いのは其資金の少ない為だといふやうなことを申しましたが、其時に岡田文部次官が資本さへ豊富であれば民学も十分にやれる、亜米利加へ行つて御覧なさい、実に民学が盛であるといふことを言はれたことがありました、其後私は亜米利加へ参りまして、成程岡田君の言はれたことは如何にも其通である、米国は民学の方が総ての設備が完全で、学生が豊かなる教育を受けて居ることを見て感心を致しましたが、併し其感心致した中に、私は多少の異見を持ちましたのは、私が帰国後エール大学の教授が私に書状を送つて、エール大学のみならず亜米利加の教育に対して貴下の感想を言ふて寄越して呉れといふことを求められましたに付て、私は直に答を遣りました、其回答の意味は恰も前に述べました亜米利加と日本の教育の相違に付て、日本より亜米利加の勝る点を一二点述べまして最後に教育に関する経費の点に於ても勿論日本は少ない、亜米利加は之に反して其経費が豊富である、殊に民学は総ての事が贅沢である、エール大学の如きは就中優れたるものであらうと思ふ、斯うお讚め申す言葉の中に、亜米利加で教へる為に一人に費す金額と、日本で同様のことを教ふる為めに一人に費す金額の差は実に莫大と思ふ、而して其差相違する程日本の修学が下等であるといふことは私は疑問であると思ふ、日本の修学費は少ないけれども、教へる点は亜米利加以上に教へるかも知れぬ、亜米利加より金高が少ない程、それ程教育が低いとは思はぬといふことを申してやりました、此答に付て「エール」大学の教授は、少し面当の言葉とでも感じましたか教授は更に書状を送りて、貴下の書翰の意味は頗る意味あるやうに感ずる、此事は米国にて教育に従事する者は大に注意せねばならぬことであるから、私一人で聴かずに、他の同学の教授連中にも十分心得させるやうに致すから左様思つて呉れといふことを申越しましてございます、此事は今夕の教育家諸君に申上げて置きたいのでございます、今日我国が短日月の間に此文明を致しましたのは教育のお蔭である、実に教育は貴いものであるといふことは吾々――吾々ではない我国民が深く感謝致しまするけれども、併し又此教育費が国の費用の重なるものであるといふことも共に考へなければならぬのである、さらば此教育に対する費用を単に節減せむとするか、終に教育を無みする訳になる、教育を益々力めんか、国家の力それが為めに堪へ兼るに至ると申しては過言である
 - 第50巻 p.493 -ページ画像 
けれども、随分それ程に論ずる人もあるのでございます、故にどうしても此場合我国に於ては、努めて教育は少ない費用を以て十分なる効果を奏せしむるといふことに御心掛けを願ひたいといふことを、深く希望して已まぬのでございます、前に申上ぐる学理と実際とを一層適合せしむるやうにして戴きたいのと、又少ない費額を以て教育を完全ならしむるといふことは吾々教育を受くる側からも心せねばなりませぬけれども、教育に御従事下さる方々も深く其点に御注意を願ひたいのでございます、今夕諸閣下の尊臨を得ました感謝の意を表すると同時に、一言希望を申上げて置きますのでございます
呉々も今夕伯爵を始めとして諸閣下の此会に御来駕を得ましたのを倶楽部会員一同深く満足と致し且つ感謝致す次第でございます(拍手)玆に盃を挙げて臨場諸閣下の健康を祝します(起立乾盃)


渋沢栄一 日記 明治四五年(DK500105k-0003)
第50巻 p.493 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四五年       (渋沢子爵家所蔵)
四月二十九日 晴 暖
午前六時半起床入浴シテ朝飧ヲ食ス、後、久万俊泰氏来リ銀行集会所ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
五月二十二日 雨 軽寒
○上略 十二時銀行倶楽部ニ於テ午飧シ、畢テ集会所新築委員ヲ会シテ建築ニ関スル方針ヲ協議ス、五名ノ委員ヲ以テ調査スル事トス○下略
  ○中略。
六月十四日 曇 暑
○上略
久万俊泰氏来リ銀行集会所ノ事ヲ談ス