デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.513-514(DK500114k) ページ画像

大正2年2月7日(1913年)

是日、華族会館ニ於テ、銀行倶楽部主催ハミルトン・ダブリュー・メービー博士講演会並ニ第九十七回晩餐会開カル。栄一出席シテ、同博士紹介ノ挨拶ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正二年(DK500114k-0001)
第50巻 p.513 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月七日 晴 軽寒
○上略
午後銀行集会所久万氏ヨリ電話アリ、来ル十七日ヲ以テメビー博士招宴ノ事ヲ申来ル
○下略
  ○中略。
一月九日 曇 寒
○上略 八時銀行集会所書記長久万俊泰氏来リ、メビー博士ヲ本月十七日ヲ以テ銀行倶楽部晩飧会ニ招待シ、同時ニ集会所楼上ニ於テ其講演ヲ聴問スルニ付、開宴其他ノ手続ヲ協議ス○下略
  ○中略。
二月七日 晴 寒
○上略 午後四時半華族会館ニ抵リ、米国人メビー博士招待ノ手続ヲ打合ハス、五時同氏ノ講演会ヲ開キ、一場ノ挨拶ヲ演フ、午後六時過講演畢リテ銀行倶楽部晩飧会ヲ開ク、会員八十有余名、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、メビー博士ヨリモ謝詞アリ、賓主歓ヲ尽シ、夜十時散会ス


銀行通信録 第五五巻第三二九号・第六三頁大正二年三月 ○録事 銀行倶楽部第九十七回晩餐会(DK500114k-0002)
第50巻 p.513 ページ画像

銀行通信録  第五五巻第三二九号・第六三頁大正二年三月
 ○録事
    ○銀行倶楽部第九十七回晩餐会
銀行倶楽部にては二月七日午後四時三十分より、華族会館に於てメービー博士の講演会を兼ねて第九十七回会員晩餐会を開きたり、当日は会員以外に於て銀行員の聴講を許し、定刻渋沢委員長の紹介に依り、銀行及関税問題に関する博士の演説あり、終て午後六時より晩餐会に移り一同歓談を共にし、午後九時散会せり


竜門雑誌 第二九七号・第七一―七二頁大正二年二月 ○メービー博士招待会(DK500114k-0003)
第50巻 p.513-514 ページ画像

竜門雑誌  第二九七号・第七一―七二頁大正二年二月
 ○メービー博士招待会 銀行倶楽部にては去二月七日午後四時半、目下滞京中なるメービー博士を華族会館に招待して講演を請ひ、且晩餐会を催ふしたり、先づ博士は青淵先生の紹介にて演壇に立ち、謹厳の態度にて徐ろに口を開きて曰く、産業上銀行家程能力智識才能を要するものなきに、此等銀行家諸君と会合するは実に全国実業家に会するの感あり、余の光栄之に過ぎずとの冒頭を置き、進んで経済上の発達は幾多の変遷を経て今や世界共通的となり、為めに世界の平和に至大の貢献を為せるが、就中銀行家が戦争の防止に甚大の力を有するはバルカン戦乱の之を証明する所なりと述べ、更に米国当面の問題たる
 - 第50巻 p.514 -ページ画像 
関税改革及トラスト征伐に論述して曰く
 米国の関税は其始め収入主義にて課せられたるも、其後民主共和の両党対立するに至るや、共和党は之を保護関税主義に改むるに至れり、蓋し保護政策が大に産業を発達せしめたるは疑を容れざるも、同時に実業と政治に不正の聯結を促がしたるは之を否定すべからず斯る弊害は前大統領タフト氏に依りて之を除かんことを企てられたるも、未だ国民の希望を満足するに至らずして、関税改正問題は目下米国の輿論となり居れり、従つて今後関税の低減は漸次其歩を進むることゝならんも、低減せらるゝは羊毛其他日常品に過ぎずして奢侈品は其恩典に浴するを得ざるべし、次にトラスト及独占の弊に対する米国の輿論は既に其高点に達せるが、輿論のトラストに反対するは単に製品を騰貴せしむる為めにあらずして、政府の監督を不能ならしむるが為めなり、現にモルガン及ベーカーの二人は三百二十億弗、即ち七百億の資本を自由に左右するの勢にて、トラストが政府を歯牙に懸けざるは怪むに足らざるなり云々
と演べて大喝采を博せり、斯くて講演後直に晩餐会を開かれ卓上青淵先生の挨拶及同博士の答辞あり、主客互に歓談し午後十時散会せりと
  ○本資料第三十九巻所収「其他ノ外国人接待」大正元年十二月六日ノ条参照。