デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.518-521(DK500116k) ページ画像

大正2年9月25日(1913年)

是日栄一、帝国ホテルニ於テ開カレタル、銀行倶楽部第百二回晩餐会ニ出席シテ、挨拶ヲナス。


■資料

銀行通信録 第五六巻第三三六号・第六六頁大正二年一〇月 ○録事 銀行倶楽部第百二回晩餐会(DK500116k-0001)
第50巻 p.518-519 ページ画像

銀行通信録  第五六巻第三三六号・第六六頁大正二年一〇月
 ○録事
 - 第50巻 p.519 -ページ画像 
    ○銀行倶楽部第百二回晩餐会
銀行倶楽部にては、八月二十五日午後六時《(九)》より帝国ホテルに於て第百二回会員晩餐会を開き、食後渋沢委員長の挨拶に続きて、来賓本野大使・添田博士・川上総領事の演説、及桐島像一・神谷忠雄両氏の挨拶あり、渋沢委員長重ねて謝辞を述べ、更に別室に於て歓談の上午後十時散会せり

銀行通信録 第五六巻第三三六号・第二七―二八頁大正二年一〇月 ○銀行倶楽部晩餐会演説 (大正二年九月廿五日) 渋沢男爵の謝辞(DK500116k-0002)
第50巻 p.519-521 ページ画像

銀行通信録 第五六巻第三三六号・第二七―二八頁大正二年一〇月
○銀行倶楽部晩餐会演説 (大正二年九月廿五日)
○渋沢男爵の謝辞
来賓諸閣下、会員諸君、今夕の晩餐会に於て来賓諸閣下から御懇切なる御演説を承つたのを、会員一同深く喜ぶ次第でございます、但し桐島・神谷の両君は余り辞令が巧みで、ちと商売人の口前のやうでありますが、併し是はお仲間中でございますから別段と致しまして、本野大使閣下よりして露西亜の政治関係を座談的に、吾々の予期以上に御懇切に御訓諭下すつた事を深く感佩致します、斯の如き御談話は或は公衆満座の中ではお避け遊ばされるかも知れぬ、斯く打解けたる吾々の会合であるから、所謂胸襟をお開き下すつたものと別して感謝致します、而して露国の状態の吾々をして大に安心せしむる程度にあることを喜ばしく思ひますのでございます、軍備云々に至つては添田君の説もございましたが、蓋し大使の御言葉も其御趣意に於ては決して添田君と齟齬して居ないだらうと思ふ、想ふに大使も国運を障碍するまでも、尚軍備を拡張せよと云ふ御趣意ではなかつたらう(拍子)、若し唯商売人が欲張根性から、軍備を増すことは絶対的にいかぬと云ふては困るぞよ、国運と云ふものは唯金ばかりに存するものではないと云はれたものであらうと思ふ(拍手)、是は軍備ばかりではない、他の方面にも皆国運が関係して居ります、例へば哲理であれ宗教であれ、斯う云ふやうなものが国力と共に進んで行かなければ、完全な国とは云へぬと思ふ、誠に此処に一人の大金持があつて世界の事情を少しも知らぬ、殆んど無我夢中の人が一緒になつて御覧なさい、其人は大層の金を持つて居る腕力も大層強いとしても、諸君は是と親密にすることを好みますか、私は此文明の世の中に、さう云ふ人と伍するを好まぬ個人に於て既に然り、国家亦同様であらうと思ひますから、大使の御意見は蓋し此処に存することゝ思ひます、単に軍備ばかりではない、他の方面も完備して其国の平和を保持することが出来るやうに注意せよと云ふ御趣意であらうと思ひます、玆に於て添田君の言はれた国力を真正に進めるには第一に経済に力を注がなければならぬと云ふこととは相待つて離るべからず、所謂駢び馳せて相悖らずと斯う解釈して宜からうと思ふのでございます、大使の最終御演説に貧富の懸隔、資本と労力の衝突は我帝国に於ては従来幸に良い習慣が行はれて居るから、目下深い虞はないと思ふけれども、追々世の進歩に伴うて他方の悪習慣が、虎列拉の如く黒死病の如く、其他種々なる伝染病の如く来らぬとも限らぬ、其来らざるを待つより、己れに恃む所があつて、其美風天性を成るべく鞏固にせしむるは、所謂雨降らざるに牖戸を綢繆
 - 第50巻 p.520 -ページ画像 
するものであらう、故に此席に居る人々は深く意を此に留めねばならぬ、此意を留めるのが即人道である、人道を重ずると同時に経済的である、人道と経済とは併行するものであるから、諸君宜しく注意あれとの御忠告は最も親切なる御訓戒である、私も及ばずながら常に心を用ゐて居るのです、元来日本は家族制度の進んで居ります為に、貧窮の予防、若くは困窮に陥りたる者を救恤する方法に付ては、良習慣はあるけれども、其仕方は甚だ下手である、不経済である、一例を云ふならば仏教の喜捨と云ふ字は喜んで捨ると書く、財を捨てゝ顧みぬと云ふのは仏へ対する心としては好いやうでありますけれども為に乞丐が白昼道路に徘徊する、与へる人があるから貰ふ為に徘徊するのである、寧ろ唯謂れなく物を遣らずに相当の方法を以て之に職業を与へるとか、或は保護法を設くれば、其受くる所の乞丐が漫に酒食して一夕の歓びを求めて、直に又困難に陥ると云ふやうにはならぬ、詰り従来の慈善は人道に適つたやうで、頗る不経済なる方法である、今日は段段に改善して参りますけれども、未だなかなか旧弊が多い、現に「堀の内」などへ行つて見ても解る、私は当春荒川堤へ桜見に行つたが、見るも忌はしき乞丐が充満して居る、豊島川の船に乗ると五七人の乞丐が附いて来る、何故かと云ふと、花見に来る人が無分別に施与するから起つたことである、誠に美風が却て害となつて斯る有様を除却することが出来ないのであります、是等の事は誠に些事で斯る席で喋々することではありませぬけれども、要するに社会政策の一部分であつて、御互に大に心を用へて此政策を完全ならしむるものが甚だ必要であらうと思ふ、故に今の大使の御一言は、私の最も敬服して、失礼ながら吾々の方面に迄能くお気をお着け遊ばした、政治上から吾々の実際を能く見て下すつたと感佩して、諸君と共に尚此社会政策を攻究致したいと思ふのでございます
添田君の米国に於て長い間御苦労を願ひましたことに付ては、此お席以外にても屡陳謝の言葉を申しましたが、長途のお骨折は決して容易ではございませぬ、列席の諸君は此事に付ては大に力を添へられたるにより、過日来度々お礼は申上げて置きましたが、斯の如く勤労のあるにも拘はらず、満足な御報知の出来ぬと云ふことは、決して其尽力の致方が悪かつたでもなければ、発起者の落度とも思はぬのでございます、蓋し其事体が事体でございますから急速には運びませぬ、さりながら吾々は遂に其効果を見るであらうと期念して居りますから、どうぞ諸君もお目長に御覧を願ひたい、但しお目長と云うて唯無為に見て居つては困る、其間に亜米利加の輿論に好感情を生ぜしむるとか、又は日本より彼国へ移住する人に対して良い方法を講ずるとか、其お目長に見て戴く間に種々なる努力があらうと思ひます、此等の事に付ては又追々御相談もし、其筋に於て攻究を要する点もあらうと思ひます、添田君の熱烈の御演説中教育問題に付ては、私と早川君が飛んだ引合に出されて、教育制度の悪いのは私共の不都合であるかの如きお言葉でありましたが、是は少し見当違ひであります(笑)、未だ調査会員を言付られたばかりで、吾々は教育に付ては従来無関係の人である添田君以上に教育制度に苦情を言ふ人でありますから、只今の如くお
 - 第50巻 p.521 -ページ画像 
小言を言はれては頗る迷惑します(笑)、併し既に委員の一人となつた以上、九牛の一毛たりとも其責任は持たなければなりませぬ、謹でお忠告に従つて十分改良を図るでありませう
川上総領事の露西亜に対するお演説は、第一に私共伺つて驚きましたのは露西亜の経済の発達であります、露西亜の諸工業などは定めて戦乱の後で数字が退歩するではなからうかと思つて居りましたが、貿易に工業に異常の進歩をしたと云ふことは、実に意外に感ずるのであります、是は定めて露西亜にも其人あつて十分力を尽された結果であらうと思ひます、此事を聞いても吾々が黙つては居られぬ世の中であると思ふ、東の方には亜米利加がドシドシ進歩して来まするし、北の方には露西亜が今のお話の如く発展して参る、西の方には進歩も発展もしませぬけれども種々に動揺混乱して居る(笑)、吾々は実に西も東も多事の世の中と思ひますのみならず、今川上君の露西亜に対する貿易に付てのお言葉は少し耳の痛い訳であります、何だか自分等が意気地のない為に何事も為し得ざるやうな感じも致しますが、お申訳をするではないが、長い間露西亜貿易に付ては、諸説を伺つて或場合には私共大に力を入れやうと思つたのです、数年前其企を致し、彼地にも其人ありとて一の組織を造らうとしたるに生憎彼地の人が死なれた、此方の人も死んだ、両方死んでとうとう仕舞ひと云ふやうなことになりました(笑)、併し露西亜の貿易としては、横浜の原富太郎君の製糸貿易が稍効を奏して今も尚継続して居られるさうでございます、けれどもそれ以外には是と申して指を折るべき貿易の進歩は未だ見ぬやうです、瑣細の漁業とか雑貨とか云ふものはありますかも知れませぬが、此方も彼方も知らぬ同志で経過して居るやうでありますから、幸に川上君の如き熱心に御調査下されて吾々の指南者となつて御指導下さる以上は、今度こそは機会に乗じて其事が実現するであらうと、私は先刻来其事を企望したのであります、若しさう云ふ機会を得ることになつたならば、今夕の此小宴は、大に日露の貿易の先駆者たり得るかも知れませぬと深く喜びまするのでございます(拍手)、玆に来賓諸閣下の御健康を祝します(起立乾盃)


竜門雑誌 第三〇五号・第六六頁大正二年一〇月 東京銀行倶楽部晩餐会(DK500116k-0003)
第50巻 p.521 ページ画像

竜門雑誌  第三〇五号・第六六頁大正二年一〇月
 ○東京銀行倶楽部晩餐会 東京銀行倶楽部にては、本野駐露大使・添田博士・川上総領事・桐島三菱理事・神谷忠雄の諸氏を招待し、九月二十五日午後六時より帝国ホテルに於て第百二回晩餐会を開きたり出席会員約六十名にして、会長青淵先生の挨拶に次ぎ来賓諸氏の演説あり、十時散会せり。