デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.600-605(DK500141k) ページ画像

大正8年1月(1919年)

栄一、是月発行ノ「銀行通信録」ニ『大正八年の経済界』ト題スル論文ヲ寄稿ス。


■資料

銀行通信録 第六七巻第三九九号・第九―一四頁 大正八年一月 ○大正八年の経済界 男爵渋沢栄一(DK500141k-0001)
第50巻 p.600-605 ページ画像

銀行通信録  第六七巻第三九九号・第九―一四頁 大正八年一月
    ○大正八年の経済界
                   男爵渋沢栄一
何時も云ふ言葉であるが、所謂歳月が流るゝ如くして、又銀行通信録の為めに大正八年の経済界に対つて意見を述べるやうな時期に到達しました。相変らずと云ふことが普通の祝賀の言葉であるが、此数年の間は殆ど世界歴史あつて未だ曾て有らざる大戦乱があつたから、是ぐらゐ相変つた事は無い、其相変つた事が玆に漸く雨も霽れ雲も収まつて光輝ある旭日を迎へ得るやうになつたのは、唯々単に帝国の臣民として喜ぶのみでなく、世界の人民として祝盃を挙げなくてはならぬやうに感じます、講和会議の開かれんとする今日、其問題が如何なる点に帰決するか分らぬけれども、二千年の昔孟子の言へる如く寡助之至親戚畔之多助之至天下順之ので、所謂兇暴が亡びて王道が栄えるのであるからして、必ず一時の弥縫でなく永久に平和を期すべき協定が出来るものと期待するのであります
此未来の堅固なる平和を希望するに就て、考慮すべきは米国大統領の
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主張する国際聯盟が如何に協定するか、其規約の条項に依つて我帝国などは、未来の進運に多少窮屈な有様が生じはせぬかと云ふことを、思はざるを得ぬのであるけれども、世界の均衡宜しきを得ると云ふ以上は、唯々一国の都合のみを以て論ずることは出来ないから、所謂助け多きの主義に拠り国際の道徳を高めると云ふことを、各国相共に心掛けねば決して黄金世界を造り出すことは出来ないだらうと思ふ、私の常に唱道する如く、人たる者は個人間の道徳は勿論守らなければならぬ、入つては孝、出でゝは悌、人の為めに計つては忠、朋友と交つては信ならねばならぬ、是等は唯々通常の家庭的でも又は社交的でも若くは営業上に於ても、詰り利害関係の有る事でも無い事でも総て人は道徳に依つて世に立つて行けば、一方に利益を進めると云ふ為めに一方に不道徳に陥るなどゝ云ふことは必ず避け得るものである、即ち個人間の道徳は其処に在る、一国内はそれで宜しいけれども、世界の平和を期するには更に国際道徳が完全でなければいけない、若し一国が自国の致富の為めには他国の迷惑をも顧みぬと云ふことであつたれば、他国も亦これに抵抗するから決して真正なる平和を保つことは出来ない、既往数年間欧洲大戦争の継続したのも、即ち独墺同盟国が自国の利益の為めには、他国の迷惑も損害も顧みぬと云ふ挙動が、遂に斯の如き大禍乱を現出したのであるから、即ち今回の講和会議の結局は必ず此国際間の道徳が充分に講究制定されるであらう、国際聯盟と云ふも蓋し其同盟する国々の道徳を高めて、且つ各国の均制を得ることを努むるに外ならぬであらうと思ふ、前に述べたる道徳観念は勿論必要なるものであるが、さらばと云うて個人としても国家としても、唯々其志操を高尚にして利慾の念を離れるやうになると、国家の富殖繁盛を余所にして遂に物質的文明の進歩を呪ふに至るものである、其例は東洋には多く見るのである、印度も朝鮮も其一つであると思ふ、是等は貪慾の念が少いとか侵略の行為がないとかいふに就ては、大に賞すべき所があるか知らぬけれども、実は為さゞるではなくて能はざるのである、所謂天地の化育に従つて万物の生成を助長する働きが出来ないのだから、決して賛同すべきものではない、故に富を謀り物質文明を進めて行かうとすれば、生産殖利に努力しなければならぬ、生産殖利に努力すると直に貪慾の念が生して、徳義仁愛を忘るゝやうになる、此仁義道徳と生産殖利の両者を合せ得ると云ふことが、国としては真正なる文明国、人としては完全なる人格と言ふべきである、今般の欧羅巴の講和会議は各国の最上の識者の集会で、而も道理に背けば必ず滅びると云ふ殷鑑を目前に見て、未来の平寧を期する為めの会議が開かれるのであるから、必ず完全なものが成立するであらう、幸に帝国も其議員の一に加つて、而も西園寺侯の如き徳望才識共に高き御人、又牧野男爵、其他経験有為の人々が大勢参列することは洵に慶賀すべきことである、殊に私の喜ぶのは、従来是等の事柄には政治家軍人等に止つて、実業界の人士の参列した例は聞かない、然るに此度は数名の実業家も随行することとなつたのは、想ふに世界未曾有の変乱だから、其最終会議も自ら未曾有の事があるのであらう、其は他の国々からも同しく来会するであらうが、帝国からも実業界の人の加つ
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たと云ふことは、甚だ目新しく感ずる所である
更に一歩進んで評すると、如何に協約が完全に制定しても唯々其規則法度の書付のみでは効果はない、即ちそれは人に依つて行はれるのであるから、第一に人が善良でなくてはいかぬ、ビスマークは嘗て一も金、二も金、三も金と言つたと聞いて居るが、私は之を一も人、二も人、三も人と言ひたい、詰り規則法度は其書いたものに力があるではなくて之を行ふ人に在るのである、例へば個人間の道徳は勿論、更に進んで国際間の道徳を高めるにも、其国際間の人に道徳心が強くなければいかぬのである、此度の講和会議に於ても此道徳心の向上に就て宗教に依るが宜いとか、哲学が必要であるとか、人の思想と云ふものは如何にしたら向上するかと云ふやうなことは、必ず種々なる学問上の研究が提出されるであらうと思ふ、又提出されることを希望するのである、私は吾人間にしても此事は、充分に研究して見たいと考へて居る
私が事業界に入つて生産殖利を専心に努力する事になつたのは四十五年以前のことである、実業に身を投じたいと思ふたのは其前からであるが、銀行者になつて直接に実務に当つたのは明治六年からである、学問も浅く才能も乏しいから完全な事は為し得られなかつたけれども唯々前に述べたる主義だけは飽くまでも維持して踏誤らなかつた積りである、即ち仁義道徳を完全に守りつゝ物質の文明を進める、さなければ決して、真正なる富を維持し社会の隆昌を来すことは出来ないと深く覚悟して居つたのであるが、此長い歳月の中に或は左様なる観念が私の経営せし事物の進歩を遅滞せしめたかも知れませぬ、殊に個人間は兎も角も国際間になると、他の政治家学者等からは反対意見を聴いたことも屡々あつたけれども、私はどうしてもそれではいかぬと云ふことを今も尚ほ深く信じて居ります、実は此欧洲の大戦乱が如何に帰着するか、其帰着の模様に依つて、私の信ずる所が誤つて居るか、又は天理に適うて居るかと云ふことを正確に判断し得る一大試験と思うて、私は其結果を是非自己の生存中に見たいものだと希望して居つた、然るに前に述る如く兇暴が亡びて仁義が栄え此講和会議の成立するのを見て、玆に始めて侵略主義は必ず敗れ、王道は常に勝を制するものだと云ふことの明瞭になつたのを見ると、単に実業界の小事にのみ適した例とは言へぬ、詰り貪慾はどうしても永続すべからざるもの仁義は何時でも栄えるものだと云ふことが、明瞭に証拠立てられたので、五十年の宿望が全然貫徹したと思ひました
前に述べたのは既往五年に亘る大戦乱の終熄して、講和会議が如何に協定されるであらうかと云ふ想像と、平素私の経済方面から企望する世界の平和は、どうしても国際道徳を進めて行かねばいかぬと信じて居つたことが、正確に明示されたと思ふ為めに、其所感を述べたに過ぎぬのである、次に我帝国の大正八年以後の経済界に就て、未来に属する私の想像を述べやうと思ひますが、将来の我が経済界は、もしも国際聯盟の協定に依つて幾分窮屈なることが生ずるかも知れぬけれども、今日の進運を維持して行かうとするには、相変らず進取の気象を保つて行かなければならぬと思ふ、換言すれば飽迄も積極の方針を以
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て進まねばならぬと思ひます、経済界の重要事項と云ふものは第一に金融、即ち銀行の経営、次は運輸、陸運と海運、其次は各種の工業、其工業中にも最も重要の事柄は製鉄、若くは木綿紡績と蚕糸事業である、其他にも数限りなくありますけれども、私は此重要品の二・三に対つて意見を述べやうと思ふ
世界の傾向が事物は漸次集中するに相違ないと思ふ、現に英吉利の現状を見ても銀行の数が段々少なくなつた、さうして其力が太くなる、即ち追々に集中して行くのである、仏蘭西も亜米利加も同様であらうと思ふ、先進国の有様が皆さうなつて来る、我邦の経済界は維新以降海外のそれを模倣したのであるから、いつでも一歩を後るることは免かれぬ、有体に言へば常に一籌を輸するのであるが、殊に現今の我銀行界の有様は余りに分立に過ぎると思ふ、故に之を合同して大きくする方法がありはせぬか、果して何銀行と何銀行とを合併したら宜からうと云ふまでは、私には言へぬけれども、大に合同すべき余地があると思ふ、此間倫敦の銀行家ホールデンと云ふ頭取が其銀行の合同に就て一大演説をした、私は此ホールデン氏の演説を見て、彼の強大なる銀行にして、又旧習古格を重むずる気風の英国民でありながら、尚ほ時勢を看破して、両銀行ともに長い歴史を持ちつゝ合同したのを見ても、如何に集中が必要かと云ふことは想像されるのである、而して此金融に就て私が玆に一寸注意して置きたいのは、此大正八年の春は数年間の景気に連れ、調子に乗つて行き過ぎた商工業者には多少破綻を生ぜざるを得まいと思ふ、其結果は或は小恐慌と云ふやうな有様を見るかとまで惧れざるを得ぬのである、此時に当りて銀行者は最も荘重の態度を以て、成るべく能く注意して之を未然に防ぐのみならず、若し其事が発しても事を大ならしめざるやうにありたいと思ふ、それには銀行者間で各自徳義を重んじて、我さへ損害を免るれば宜いと云ふ考を止めて欲しい、即ち是が商業道徳である。もしもさう云ふ場合に於て、己れさへ善ければ宜いと云ふ心にてこれを処すれば、其恐慌を益々強めて其の人自身も損害を遁るゝことは出来ぬのである、好景気の時に己れが多く取引をして自己の収益を増したいと考へた人が、破綻に際会すると先んじて災害を免れやうとする人である、我一人利益を得たいと競ふ人は、我一人損失を免れたいと思ふ人である、斯の如きは一致を欠き、共同の利益を害するものであるから、共に倶に損害に陥り、攪乱を来すやうになり行くのである、徳義ある銀行家は、必ずさう云ふ事はせぬものであるから、私は左様な金融界たらしめたくないと希望する、是は目下にさう云ふ事が生じはせぬかと惧れるに依つて、玆に一言を添へたのであります
更に他の重なる事業、即ち船・鉄若くは蚕糸・木綿紡績等に就て、二三の希望を述べて置きたいと思ふ、一体船舶の関係は、国家の商工業を盛大にし其富を造るに就て此上もない重要なもので、維新以後政治家も実業家も深く玆に注意したから、我邦の船舶事業は比較的進歩して居ると云つて宜い、唯々偶然に進んだのではない、種々なる議論を重ね考慮を尽し、政府も大に保護を加へ、民間亦大変に努力して、玆に至つたのである、故に四囲環海の国柄に相応するの働きは為し得ら
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るゝやうにあるけれども、翻つて英米両国に比較すると、実に微々たる感をなさゞるを得ぬと思ふ、私は数字を以て玆に船舶の噸数を言ふだけの調査はせぬけれども、或は何分の一と云ふ位のものと思ふ、既に昨今俄に船賃の暴落すると云ふに付ても、余程注意をせぬと、折角戦争の影響を受けて意外に進むだものが、数年にして亦惨憺たる有様に陥りはせぬかと懸念する、これを防禦するには何等かの方法に依つて合同せしむるが宜いかと思ふ、世界に航行する航路に就ては、国家は尚ほ相当なる保護を与へて、其航路が外国の有力者の独占にならぬ様にして置かなかつたならば、日本の商工業に大なる不便を惹起せぬとは限るまいから、是も余程の注意を要する、戦時中幸に伸びた海運事業が一時の僥倖であつて、戦争が熄むと直に元の杢阿弥に終らぬやうにしたいものである
更に工業に就て考慮すると、各種の工場が戦争の影響で、海外からの輸入が杜絶した為めに、日本品の需要が増して且つ割合が高くても買人があると云ふからして進展した事物が多いやうである、併し是等も若し海外から向後より割安なる品物が来るやうになつたならば、折角内地に勃興した工業も舶来品の為めに圧倒されることが無いとも言はれないから、当業者は特に注意せねばならぬが、細事は暫く措いて、前にも述べた鉄の事業の如きは未だ他の工業に較べては幼稚と言はなければならぬ、政府にては長い間尽力して居るから、八幡製鉄所は見るに足るべきものがあらうけれども、民間の鉄工所は他の事業に比較し得ぬほど微力のものである、此度の戦争関係から俄に起つた製鉄工場の数はなかなか多いやうであるけれども、前段に縷述した船舶と同じやうに、他国の安い品物が大に輸入される場合になつたならば、それこそ大風の為めに軟き草や木が吹倒される如き有様に頽敗してしまひはせぬかと思はれる、果して然りとすれば、数年間に出来た所の鉄工所は算を乱して倒壊して、残るは政府の鉄工所のみと云ふやうになりはせぬか、斯の如きは我が工業界の経営が余りに遠慮の無い仕方だと世界の識者に嗤はれることなきを保せぬのである、故に此場合如何にするかと云ふなら矢張合同法に依るの外なからうと思ふ、私の希望する所は、政府が八幡の製鉄所を民業に移して相当の方法を講ずるが一番宜いと思ふ、官民合同の趣旨に依つて基礎鞏固にして大規模なる鉄工所を組織するは容易の事と思ふ
繊維工業は実際にも学理にも余程進歩して居るけれども、未だ完全とは言へないだらう、殊に支那に対する関係が、蚕糸に付ては何等の着手もない、而して支那の蚕糸は、其性質から論じても、桑田の豊富な所から見ても、気候の蚕業に適して居る点から考へても、なかなかに生産力の盛大なるものと思ふから、我邦の斯業界から視ては成るたけ之に相当の力を添へて其事業を増進せしめ、彼国にも利益ありて我当業者にも同じく利益あるやうな仕向がしたいものである、是等の事は従来私は多少の経験を持つて居るから当業者に対して屡々意見を述べたことはあるけれども、未だ適切なる方法の設立に至らぬのは甚だ物足らぬやうに考へる
木綿紡績の事業は現に当業者が完全なる組織と経営とを以て追々に進
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歩して行つて、私共が明治十二・三年頃に予想したどころでなく、今日の盛況は真に驚嘆の外はないけれども、是とても更に将来を考察すると、どうしても支那と聯絡して進んで行かなければならぬ事業と思ふ、既に玆に着眼して、上海若くは其他の地方に着手された邦人もあるやうだから、大いに其注意の行届いたことを喜んで居るけれども、他の有力なる会社も更に進んで、唯々内地のみに屈托せずに目を海外に放つてもらひたいものである
南洋印度地方に向つて雑貨輸出の有様が戦争の影響から大そう進んだやうに承つて居る、是等は我商工業の発展には此上もない喜ぶべきことであるけれども、それに就て屡々粗製濫造と云ふことの苦情を聞くのは心苦しく感ずるのである、殊に平和克服の後は欧洲の製品も亦昔日の如くに相競うて来るから、自然と其処に優劣を論ずるやうになるだらうと思ふ、今までが一人舞台であつたとすれば向後はさうはいかない訳になるから、これに当る人々には覚悟が必要であらうと思ふ
前にも述べる通り戦乱は終熄しても、世の進運は益々進むべきものであつて、又進めて行かなければならぬのだ、故に私は思ふ、総じて世の中は実業界ばかりでなく何事も優者は勝ち劣者は敗れる、所謂優勝劣敗の理法は人類には免かれぬもので皆平等にはいかぬものである、智愚賢不肖又は勤惰の差別に由つて、必ず人には等差を生ずる、是れは天意も王道も決して制裁はしない、併ながら弱者の肉を強者が喰ふと云ふ即ち大が小を圧すると云ふことは、天道に背き道徳から全く排斥すべきものである、故に優勝劣敗は已むを得ぬけれども、弱肉強食は絶対に不可なりと云ふことを私は主義として居るのである、実業界も尚ほ其通りで、何処までも優者となることは努めなければならぬことであるから、上来述べた仁義道徳、又は忠恕とか謙譲とか云ふやうな人の美徳を失つてはならぬけれども、事業に対して䠖跙逡巡して時機を失するやうなことがあつたら、即ち劣者に終つてしまふのであるから、其局に当る人は充分なる努力が無ければならぬ、私の述べ来つた希望の如く進んで行つたら、大正八年以後は世界の平和と共に我が国運の隆昌を期することが出来るであらうと思ふ