デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 金融関係諸会 1. 鰻会
○鰻会ノ成立ニ就イテハ資料ヲ欠クモ、明治中期以後金融界ト政界トノ連絡機関トシテ久シク存続シ、経済界ニ遺シタル業積少シトセズ。而シテ一面ニハ社交的機関タリシモノノ如ク、会自体ノ記録ハ存セズ。
■綱文

第51巻 p.105(DK510022k) ページ画像

明治43年7月8日(1910年)

是日栄一、日本銀行集会所ニ開カレタル鰻会ニ出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK510022k-0001)
第51巻 p.105 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年        (渋沢子爵家所蔵)
七月八日 曇 暑
○上略 六時永代橋畔ノ日本銀行集会所ニ抵リ鰻会ニ出席ス、桂首相モ来会ス、種々ノ談話アリ○下略


銀行通信録 第五〇巻第二九八号・第六〇―六一頁明治四三年八月 ○鰻会の開会(DK510022k-0002)
第51巻 p.105 ページ画像

銀行通信録 第五〇巻第二九八号・第六〇―六一頁明治四三年八月
    ○鰻会の開会
昨年四月以来暫く会合を見ざりし都下重なる銀行家の組織に係る鰻会は、久々にて去る七月八日午後六時より永代橋畔なる日本銀行舎宅に於て会合を催したるが、当夜出席せしは来賓として桂侯爵・渋沢男爵・小田切満寿之助の三氏、会員側は松尾男爵・高橋男爵・豊川良平・木村清四郎・三村君平・佐々木慎思郎・佐々木勇之助・池田謙三・相馬永胤の九氏なり、当夜は別に際立ちたる演説なかりしも、先づ渋沢男爵は来る五十年の大博覧会までには是非一大公会堂建設の必要なる旨を述べ、更に食後高橋男爵より満洲視察談、小田切氏より欧米視察談ありたる後話題は時事問題に移り、今日の如く金融緩慢にして金利低落せるに拘らず、新事業の起らざるは畢竟経済界の過渡期なるが為めにて、決して悲観すべきに非ず、今後尚金融緩慢の状態を持続する時は、必ず新事業の現出を見るに至るべしと云ふに意見一致し、猶桂侯爵は将来起るべき事業は成るべく発見・発明を基礎とし、学術と実験とを結合したるものならざる可らざる所以を述べ、各自歓談の上午後十時半散会せり