デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 金融関係諸会 4. 鮟鱇会
■綱文

第51巻 p.106-108(DK510025k) ページ画像

明治44年1月18日(1911年)

是ヨリ先明治四十年一月十八日、鮟鱇会開カレ、栄一参加出席ス。是日栄一、日本銀行集会所ニ開カレタル当会ニ出席シ、爾後屡々当会ニ出席ス。


■資料

竜門雑誌 第二二四号・第四二頁明治四〇年一月 ○青淵先生と鮟鱇会(DK510025k-0001)
第51巻 p.106-107 ページ画像

竜門雑誌 第二二四号・第四二頁明治四〇年一月
○青淵先生と鮟鱇会 日露間の風雲方に急なりし明治三十七年一月十八日、経済界の有力家大蔵大臣官邸に会し、国債募集の下相談を為し
 - 第51巻 p.107 -ページ画像 
たる当日、鮟鱇汁の旨かりしは紀念中の紀念なりとて当日列座の人々は四年の星霜を経し四十年一月十八日、日本橋浜町三野村別邸に宴を開きて鮟鱇会と名づけたり、当日会合したる人々は曾禰前蔵相・阪谷蔵相・若槻次官及大蔵省の各局長、松尾臣善・添田寿一・安田善次郎・園田孝吉・池田謙三・早川千吉郎・佐々木勇之助・高橋新吉・豊川良平・相馬永胤諸氏にして青淵先生にも出席せられたり


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK510025k-0002)
第51巻 p.107 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四〇年         (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 曇 風寒              起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後六時頃浜町日本銀行集会所ニ抵リ、松尾氏ノ招宴ニ出席ス、曾禰・阪谷其他銀行者来会ス、午後十一時散会帰宅ス
○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK510025k-0003)
第51巻 p.107 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年         (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 雨 寒
○上略 夜ハ鮟鱇会ノ案内ヲ受ケ居タルモ、風邪且天候悪シキヲ以テ電話ニテ断リ遣ス○下略


中外商業新報 第八一七二号 明治四二年一月二〇日 鮟鱇会演説(DK510025k-0004)
第51巻 p.107 ページ画像

中外商業新報 第八一七二号 明治四二年一月二〇日
    鮟鱇会演説
永代橋畔なる日本銀行舎宅に於て十八日夜開催の鮟鱇会席上桂蔵相が述べられし演説の要旨左の如くなりと云ふ
 鮟鱇会の起原は熟知せらるゝが如く、日露開戦に際し軍資募集に就き銀行家意向の存する所を知らんと、時の蔵相曾禰子の主唱にて当年の今日を以て本会の発会を見るに至れる次第なるが、抑も本会の発意は寧ろ予にあり、当時予は不幸にも四十度余の病に犯され病床にありし為め到底諸君と相見る得ざりしを以て、終に曾禰蔵相の来邸を請ひ、嘱するに本会の事を以てしたり、然るに爾来とも本会に出席の機を得ず、頗る遺憾とせし所なるに本夕幸に玆に諸君と相会し誠に欣言に堪へず、想ふに一国の基礎は経済の上に立てざるべからず、決して武力にのみ待つべきにあらず、而して今後国富の増進は一に実業家たる諸君の奮励に期待する所なれば、希くは本会発会当始の勇気を以て今後に処せられんことを乞ふ云々


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK510025k-0005)
第51巻 p.107 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年         (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 曇 寒
○上略 四時日本銀行集会所ニ抵リ鮟鱇会ニ出席ス、松方・阪谷ノ諸氏来会ス、種々ノ余興アリ、食事畢テ九時過王子ニ帰宿ス○下略


竜門雑誌 第二七三号・第六五頁明治四四年二月 ○鮟鱇会の開催(DK510025k-0006)
第51巻 p.107-108 ページ画像

竜門雑誌 第二七三号・第六五頁明治四四年二月
○鮟鱇会の開催 日露戦役中故曾禰氏等の主催にて財務当局及び銀行家一堂に集り鮟鱇を酒肴として軍国の財政を協議したる所謂鮟鱇会は一月十八日紀念日なるを幸とし、日本銀行主人側となり、同日午後五時より永代橋畔日本銀行舎宅に於て新年宴会を兼ね祝宴を張り席上種
 - 第51巻 p.108 -ページ画像 
種の懐旧談あり、青淵先生亦た一場の演説を為し、主客歓を尽くし、午後十時散会せり、同夜の出席者左の如し
 松方侯爵・阪谷男爵・青淵先生・目賀田男爵・若槻礼次郎・荒井覚太郎・益田孝・大倉喜八郎・近藤廉平・浜口雄幸・安田善次郎・妻木頼黄・橋本圭三郎・豊川良平・早川千吉郎・相馬永胤・菅原通敬・仁尾惟茂・高田慎蔵・馬越恭平・山崎四男六・志村源太郎・浅野総一郎・佃一予・加藤正義・池田謙三・松方巌・安田善二郎・佐々木勇之助・三島子爵・山川勇木(以上来賓)松尾臣善・高橋是清・山口宗茂・首藤諒・木村清四郎・島郁太郎・深井英五・桜田助作(以上主人側)
   ○栄一ノ演説筆記ヲ欠ク。


渋沢栄一 日記 大正二年(DK510025k-0007)
第51巻 p.108 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 晴 寒
○上略 常盤屋ニ抵リ鮟鱇会ニ出席ス、若槻大蔵大臣、阪谷・目賀田・高橋ノ諸氏来会ス、夜十一時帰宿ス
(欄外記事)
 [瓢屋常盤屋共ニ種々ノ余興アリタリ


渋沢栄一 日記 大正四年(DK510025k-0008)
第51巻 p.108 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日
○上略 夜六時河田屋ニ抵リ水町日本銀行副総裁ノ開催スル鮟鱇会ニ出席ス、阪谷・高橋・目賀田・池田・早川・松方・佐々木氏等来会、夜九時半散会○下略



〔参考〕竜門雑誌 第一八九号・第一二頁明治三七年二月 ○日露交戦録(其一)(DK510025k-0009)
第51巻 p.108 ページ画像

竜門雑誌 第一八九号・第一二頁明治三七年二月
    ○日露交戦録(其一)
○上略
三十七年
○中略
△一月十八日 曾禰蔵相府下の重なる銀行家を招待して公債発行上の相談を為す
○下略