デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
4節 保険
1款 東洋生命保険株式会社
■綱文

第51巻 p.223-224(DK510059k) ページ画像

大正2年3月14日(1913年)

是日、生命保険協会ニ於テ、当会社主催、第一銀行幹部招待会開カル。栄一出席シテ挨拶ヲナス。


■資料

(東洋生命保険株式会社) 社報 第二号・第二一―二三頁大正二年三月 第一銀行幹部諸氏招待会(DK510059k-0001)
第51巻 p.223-224 ページ画像

(東洋生命保険株式会社) 社報  第二号・第二一―二三頁大正二年三月
    第一銀行幹部諸氏招待会
第一銀行と東洋生命保険会社、而して我社の急速なる大発展、此の原因と結果とは既に社会の認知する所にして、又我社の根本義と謂ふべきなり。
時は三月の十四日、恰かも第一銀行支店長会議を機とし、頭取渋沢男爵閣下を始め、同行幹部各支店支配人等三十余名の諸氏を麹町区有楽町生命保険協会に招待し、諸氏が我社に対し平素深甚の同情と絶大の後援とを与へられ居る厚意を謝せんが為め、一夕の小宴を催ふせり。午後五時半、余興室にて小さんの落語『野ざらし』は軽妙の絶技に来賓の頤を解き、六時半大食堂を開き、主客歓談興感極りなく、やがて三鞭の盃を挙げ、尾高社長は起つて一場の挨拶を述ぶるや、予て同行幹部の一員として我社の為に助勢せる朝鮮銀行総裁市原盛宏氏も今夕来会せられたるを以て、氏は莞爾として立て、『余ハ三年以前尾高社長ガ当社ノ組織変更ニ着手スル際、其ノ株式割当ノ評議ヲ聴キ頗ブル疑惑ト苦痛トヲ以テ之レニ対シタリキ、然ルニ爾来僅カニ三星霜、昨ノ未知ハ今ノ既知ト化シ、市場ニ当社ノ株式ヲ求メントスルモ容易ニ一株ダモ得ベカラズシテ、試ニ其ノ価ヲ問ヘバ一株十二円五十銭払込ノモノ七十五円以上ニシテ、追付ケ百円ニモ至ルベシト、余ハ素人ナレバ保険事業盛衰ノ内容ヲ知ルコト能ハズト雖ドモ、株式ノ高価ナルハ即チ其内容ノ堅実無比ナルヲ察スベシ、是ニ於テ余ハ尾高社長ノタメ会社ノタメ大ニ祝意ヲ表セザルヲ得ズ、元来余ハ生命保険会社ナルモノヽ招宴ニ対シ頗ブル不快ノ経験ヲ有ス、然ルニ今夕ハ反対ニ大ナル満足ヲ禁ゼザルヲ得ズ、之レ他ナシ、今夕ノ御馳走ハ保険勧誘ノ伏線ニ非ズシテ最モ喜ブベキ会社盛況ノ報告ナレバナリ、況ヤ最初イヤイヤ引受ケタル株式ハ、今日其ノ価格払込額ノ六倍トナリ、行ク行クハ十倍ニモナルトイフ事ヲ承ハルニ於テヲヤ、是レ余ガ東洋生命ノ招待ニ限リ無キ大愉快ヲ感ズル所以ナリ』
次に渋沢男爵閣下満面に笑を湛へられつゝ徐ろに開口、諧謔の辞を交へられて
『東洋生命保険会社ハ余ニ対シ契約高一千万円ヲ加フル毎ニ祝宴饗応ノ先約アリ、而シテ今夕ハ其ノ約束以外ニ毎年春季ニ開ク可キ第一銀行支店長会議ヲ機トシテ、会社ハ又必ズ我々ヲ招セラルヽトノ事ナルガ、会社ノ大発展ノ現状ニ鑑ミ今年ノ如キハ従前ノ弐千万円ニ加フルニ必ズ新タニ弐千万円ヲ進ムルヤモ知ルベカラズ、然ラバ余ハ今年ハ三回ノ饗応ヲ受クルノ結果ニ至ル、豈ニ喜バシカラズヤ、然レ共憾ムラクハ支店長諸氏ハ参千万円ノ宴会四千万円ノ宴会ノ際ニハ、遠ク地ヲ距ツルガ故ニ之レニ加ハルヲ得ズ、余ハ独リ諸氏ニ代リテ其ノ祝宴ニ列シ、其ノ盛況ヲ見ルノ快ヲ壟断スベシ、然レドモ社長及ビ会社ノ
 - 第51巻 p.224 -ページ画像 
諸氏ヨ、苟モ当社目下ノ現況ニ安ンズルアラバ幸運ノ神ハ永久ニ吾人ノ頭上ニ留マラザルベシ、因テ余ハ猶ホ層倍ノ奮闘努力ヲ将来ニ向テ要求ス』
当夜卓に珍味あるなく佳酒あるに非ず、頗ぶる不用意大に招待の実を欠ぎ、来賓諸氏の満足を買ふに至らざりしも、和気洋々春一堂に満ち撤宴後猶ほ別室に渋沢男爵の行司の下に社長対西園寺氏、土岐氏対本社古田氏、石井氏対野口弥三氏の烏鷺数番の逐鹿あり、又階下の玉突台は多数の来賓に取巻れ目の廻る光景なりき、而して和気靄々の裡同夜十時散会す、当夜来賓の氏名は左の如し
 渋沢男爵・日下義雄・土岐僙・市原盛宏・三島太郎・八十島親徳・増田明六・織田雄次・石井健吾・西園寺亀次郎・野口弥三・野口弘毅・杉田富・中川知一・湯浅徳次郎・広瀬市三郎・西村道彦・河野正次郎・西条峰三郎・清水百太郎・大塚磐五郎・大沢佳郎・中村歌次郎・竹村利三郎・玉木泰次郎・永田盛章・内山吉五郎・佐々木与一・江藤厚作・明石照男・沼間敏朗・大野富雄・宇治原退蔵