デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
4節 保険
1款 東洋生命保険株式会社
■綱文

第51巻 p.289-290(DK510077k) ページ画像

大正14年2月21日(1925年)

是月二十日、木村雄次当会社社長ニ当選就任ス。是日栄一、ソノ来訪ニ接ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一四年(DK510077k-0001)
第51巻 p.289 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一四年         (渋沢子爵家所蔵)
一月二十八日 半晴 寒
○上略 四時過事務所ニ抵リ、油谷氏来話ス、東洋生命保険会社木村雄二氏来《(木村雄次)》リ、社業ノ概況ヲ詳述ス○下略
  ○中略。
二月二十一日 晴 寒
○上略 木村雄次氏来リ、東洋生命保険会社ノ事ヲ談ス○下略

 - 第51巻 p.290 -ページ画像 

(東洋生命保険株式会社)第弐拾六回事業報告書 第一―六頁 大正一五年二月刊(DK510077k-0002)
第51巻 p.290 ページ画像

(東洋生命保険株式会社)第弐拾六回事業報告書
                      第一―六頁
                      大正一五年二月刊
  自大正十四年一月一日至大正十四年十二月三十一日 事業報告書
             東京市麹町区永楽町一丁目一番地
                   東洋生命保険株式会社
大正十四年一月一日ヨリ同年十二月三十一日ニ至ル、第二十六回事業年度ニ於ケル当会社業務ノ成績及諸統計ヲ報告スルコト左ノ如シ
○中略
    八、其他重要ナル事項
一、大正十四年二月二十日取締役ノ互選ニヨリ、木村雄次取締役社長ニ、大原万寿雄常務取締役ニ当選、何レモ同日就任セリ
○下略


東洋生命社報 第二三号・第六頁大正一四年三月 【謹啓 不肖去大正十一年七…】(DK510077k-0003)
第51巻 p.290 ページ画像

東洋生命社報  第二三号・第六頁大正一四年三月
謹啓 不肖去大正十一年七月浅識菲才の身を不顧当会社の専務取締役として就任仕り、爾来生命保険の社会的使命と不肖の重責とに鑑み、日夜粉骨砕身ひたすら契約者各位の御眷顧に孤負せざらんことを心窃に期待罷在候処、幸にして当会社も各位の御同情に依り其後着々改善発展の途に向ひ、今や内務事務整理も殆んど一段落を告げ、羽翼玆に成りて将に積極的大飛躍に入らんとするの一転機に際会致し候事、顧みて聊か不肖志の空しからざりしを喜び候衷情希くは大方諸君子の御諒解を得べき儀かと被存候、然処不計も曩に再び渋沢・佐々木両閣下の御慫慂と、重役各位の御推挙とに依り不肖今回当会社社長の席を汚すことゝ相成候段、汗顔忸怩誠に自ら揣らざるの甚しきもの有之候も幸に従来大方各位の御愛顧に縋り駑鈍に鞭ちて精進努力致さば、或は此重任を辱しむることも無かるべきかと庶幾致し居り候儀、何卒微衷の存する処御酌取被下、倍旧の御引立の程伏て奉懇願候
  大正十四年三月一日
                   社長 木村雄次