デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
4節 保険
6款 扶桑海上保険株式会社
■綱文

第51巻 p.318-321(DK510087k) ページ画像

大正6年11月10日(1917年)

是日栄一、当会社発起人会ニ出席シ、取締役及ビ監査役ヲ指名ス。


■資料

扶桑海上保険株式会社発起人会議事録(DK510087k-0001)
第51巻 p.318-320 ページ画像

扶桑海上保険株式会社発起人会議事録
              (住友海上火災保険株式会社所蔵)
(写)  扶桑海上保険株式会社発起人会議事録
大正六年拾壱月拾日午後壱時、東京市麹町区有楽町壱丁目壱番地扶桑海上保険株式会社楼上ニ於テ発起人会ヲ開ク
 発起人参拾弐人此議決権数弐拾万個ノ内
   出席者 子爵伊東二郎丸氏・井上公二氏・八十島親徳氏・橋本喜造氏・尾城満友氏・森村開作氏・小倉正恒氏・山下亀三郎氏・松木鼎三郎氏・三倉滋氏・加藤正義氏
       計拾壱人此議決権数 拾壱万弐千四百個
   委任状ヲ以テ代理ヲ委任セラレタルモノ
 - 第51巻 p.319 -ページ画像 
       渋沢敬三氏代理渋沢男爵 男爵森村市左衛門氏 男爵古河虎之助氏 男爵藤田平太郎氏 男爵住友吉左衛門氏 原六郎氏 川崎芳太郎氏 佐々木勇之助氏 伊藤長次郎氏 服部金太郎氏 安部幸兵衛氏 村井保固氏 金子直吉氏 内田信也氏 菊地吉蔵氏 成瀬正行氏 河内研太郎氏 筏井寿夫氏 石井健吾氏 古谷久綱氏 岸本兼太郎氏以上弐拾壱人代理三倉滋氏
       計弐拾壱人此議決権数 八万七千六百個
      合計 参拾弐人此議決権数 弐拾万個
創立委員長加藤正義氏議長席ニ着ク
創立委員長加藤正義氏創立ノ経過ヲ説明スルコト左ノ如シ
 一、発起人脱退
  一、発起人尼崎伊三郎氏発起人中ヨリ脱退シタキ旨申出アリタルヲ以テ、創立委員ノ決議ヲ以テ之ヲ承認シ、五月弐拾六日附ヲ以テ主務官庁ニ認可申請書類ノ訂正ヲ届出タリ
  一、発起人土居通夫氏死亡ニ付、九月九日附ヲ以テ主務官庁ニ認可申請書類ノ訂正ヲ届出タリ
一、事務所ノ移転
  創立事務所ハ始メ森村銀行内ニ置キシカ手狭ナルニ付、八月参拾壱日現在ノ場所ニ移転シタリ
一、定款ノ変更
  会社ノ都合及ヒ主務官庁ノ注意ニ依リ定款ヲ左ノ通リ変更シ、九月七日附ヲ以テ主務官庁ニ認可申請書類ノ訂正ヲ届出タリ
 一、本店ハ始メ神戸市ニ置ク筈ナリシモ後東京市ニ置クヲ便宜ト思考シ、定款第参条「会社ハ本店ヲ神戸市ニ、支店ヲ東京市及ヒ神戸市ニ置キ、出張所・代理店ヲ便宜ノ地ニ設ク」トアルヲ「会社ハ本店ヲ東京市ニ、支店ヲ大阪市及ヒ神戸市ニ置キ、出張所・代理店ヲ便宜ノ地ニ設ク」ト変更シタリ
 一、主務官庁ヨリノ注意ニ依リ左ノ参項ヲ変更シタリ
  イ、会社ノ目的中ニ「並ニ其再保険」ナル文字ヲ挿入セルコト
  ロ、定款第弐拾弐条第弐項トシテ左ノ壱項ヲ加ヘタルコト
   商法第百六拾条又ハ第百八拾弐条ノ規定ニ依リ招集シタル総会ノ議長ハ株主中ヨリ互選ス
  ハ、定款第参拾条中会社ノ負担ニ帰スヘキ設立費用「金弐万円以下」トアルヲ「金弐千円以下」ト訂正セルコト
 以上数度ノ訂正ヲ経テ、拾月弐拾五日附ヲ以テ主務官庁ヨリ発起認可ノ指令ヲ得タリ、依テ創立委員協議ノ上至急株式引受書ヲ蒐集シ拾月参拾日株数総数ノ引受アリ会社成立シタルヲ以テ、直チニ株式第壱回ノ払込ヲ為シ拾壱月七日之ヲ終了シ、即チ本日発起人会ヲ開会セリ
 一、創立費ハ金参千八百九拾六円七銭也ニシテ其明細ハ別紙○略ス ノ如ク追テ検査役ノ検査ヲ受クル筈ナリ
以上ヲ以テ創立経過ノ報告ヲ終リ、取締役及ヒ監査役ノ選任ヲ行フ
 - 第51巻 p.320 -ページ画像 
議長ハ先ツ選挙ニ依ルヘキカ指名ニ依ルヘキカヲ諮リ、山下亀三郎氏「重役ノ選任ハ指名ニ依ルコトトシ、是カ指名ヲ渋沢男爵ニ御一任シタシ」ト述ヘ、一同異議無ク議長之ヲ認ム、即チ渋沢男爵
 定款ニ依レハ取締役七名・監査役参名ナレトモ、取締役弐名ハ都合ニ依リ将来ニ留保シ、今回ハ取締役五名・監査役参名ヲ選フニ止メ度シ、依テ夫々次ノ如ク指名スヘシ
              取締役 加藤正義氏
                  松木鼎三郎氏
                  井上公二氏
                  小倉正恒氏
                  森村開作氏
              監査役 金子直吉氏
                  八十島親徳氏
                  岸本兼太郎氏
ト述ヘ一同之ヲ承認ス、次テ
議長ヨリ重役報酬ノ件ヲ附議スヘキ筈ナルモ都合ニ依リ之ヲ撤回スヘキ旨ヲ告ケ、閉会ス
閉会後渋沢男爵ヨリ左ノ通リ一場ノ感想談及ヒ注意アリ、重役一同其注意ノ趣旨ヲ体スヘキ旨ヲ述ヘテ散会ス
 思慮周密ナル加藤氏ヲ始メ有力ナル重役諸君ヲ得タルハ我等株主一同ノ満足スル処ニシテ、此等ノ諸氏カ誠心誠意本会社ノ為メ御尽力下サル上ハ我等株主モ亦中心ヨリ信頼スル処ナリ、抑モ日本ニ於ケル海上保険業ハ斯ク云フ自分ノ率先尽力セシモノニシテ、今ノ東京海上ノ如キモ専ラ自分ノ企画ニ基ケルモノナルカ、今ヤ時勢ノ進運ハ同社ノ外ニ尚有力ナル同種保険会社ヲ要スルモノト思ハルルニ付自分ハ当初東京海上ヲ創設セシ心得ト同様ノ心得ヲ以テ此新会社ノ創設ヲ発起尽力セシモノナリ、希クハ徐々トシテ堅実ナル土台ヲ作リツツ万全ノ発達アランコトヲ云々
  大正六年拾壱月拾日


竜門雑誌 第三五四号・第一五九頁大正六年一一月 ○扶桑海上保険会社創立総会(DK510087k-0002)
第51巻 p.320 ページ画像

竜門雑誌  第三五四号・第一五九頁大正六年一一月
○扶桑海上保険会社創立総会 山下亀三郎の主唱にて、青淵先生を始め森村・古河・藤田・住友・鈴木商店其他、財界の有力者を以て創立計画中なりし扶桑海上保険会社(資金一千万円)は、愈々其筋の認可を得たるを以て、十一月十日有楽町なる同社創立事務所に於て発起人会を開き、創立委員長加藤正義氏より創立事務報告、次に取締役及び監査役の選挙を行ひたる結果、青淵先生の指名により左の諸氏就任に決し、玆に会社の成立を告げたる由。因に同社は目下其筋に対して事業免許申請中に付、本年内には開業の運びに至るべく、又事業開始後は、大阪・神戸に支店を、其他出張所・代理店を便宜の地に設置する筈なりと云ふ。
  △取締役 加藤正義(社長) 松木鼎三郎(専務) 森村開作 井上公二 小倉正恒
  △監査役 金子直吉 八十島親徳 岸本兼太郎

 - 第51巻 p.321 -ページ画像 

損害保険研究 第四巻第一号・第二四二―二四三頁昭和一三年二月 我国火災保険会社の沿革(其二) 疋田久次郎(DK510087k-0003)
第51巻 p.321 ページ画像

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