デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正12年11月17日（1923年）

是日栄一、大蔵大臣井上準之助ヲ訪問シ、火災保険金支払ノ件ニ関シテ懇談ス。

渋沢子爵親話日録　　第一　自大正十二年十一月至同年十二月　高田利吉筆記
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（財団法人竜門社所蔵）
○十一月十七日
○上略
△午飧後井上大蔵大臣を御訪問○中略　火災保険金支払の事につきても篤と考慮せられんことを求めらる
○下略
　　○中略。
○十一月廿二日
○上略
△十時頃東京商業会議所に赴き、大震災善後会の幹事と共に火災保険金一件につき関係者と談議せらるゝ所あり
○下略

国民新聞　　第一一四二三号　大正一二年一一月一四日
　　　　火保財団法人案拒絶
　　　　　　渋沢子爵藤山会頭列席の際
関西側岡崎神戸海上・田羅尾大阪海上の両名は、十三日午後一時東京商業会議所に渋沢子爵・藤山会頭並に会議所火保委員等と会見した、右は関西側の代表者二名が既報財団法人を組織するの件に就て、会議所並に渋沢子爵の賛成を得る為めであるが、財団法人組織に依る一億八千万円の借入れは云ふ迄も無く、保険会社側が直接間接に其の責任を負はず、保険料を引上げて其利益を積立てる計画であるが、之は実際的に為し得ざる事であるとて不同意の決意を表明したので、岡崎・田羅尾の両名は玆に該計画は水泡に帰するの止む無きに至つたが、会議所側の観測に依れば、財団法人格を提げて来た真意に付て次の如き判断を下して居るが、十四日は各務会長と渋沢子爵並に会議所側火保
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委員が会見する事となつた
　　　　　　関西案の策略
　関西案の真相を探究すれば、其の不誠意なる事は勿論で、而も責任観念の無いのには驚くの他はない、而も政府が多額に貸せば、二割でも三割でも支払ふなぞと云ふに至つては最早や問題にならぬし、基礎健全なる会社が薄弱な会社と連帯責任を負ふ事は、全部の賛成を見るに至らない事も明かである、関西側該案と云つても、十一社中の五社は東京案に賛成し、残りの六社が有する意見で、斯くの如くして徒らに日月を推移せしむる事は、結局議会の問題とする考へではあるまいか、兎に角保険会社が十一月の半に至つても依然議論のみに没頭して、何等の進捗を見ぬ事は甚だ遺憾である

火災保険支払ニ関スル書類　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
（書入レ、朱書）
［火災保険問題ニ関スル関西側ノ対案
（謄写版）
　　　　社団法人ノ目的
本協会ハ左ノ目的ヲ以テ設立ス
一、大正拾弐年九月関東地方ノ大震災ニ起因セル火災ノ罹災契約者ニ対シ、各火災保険会社ヨリ提供スル犠牲金額、及ビ政府ヨリ借入ルル援助金額ヲ適当ニ分配シ、将来之ヲ政府ニ返納スル責務ヲ遂行スル事
二、火災保険思想ノ涵養普及ヲ図ル事
三、防火設備及ビ消防ニ関スル研究
四、火災保険業者ト被保険者トノ間ニ生ジタル紛議ノ仲裁協調ヲ為ス事
（書入レ）
　右ニ付岡崎藤吉・多羅尾源三郎両氏ヨリ大正十二年十一月十三日東京商業会議所ニ於テ陳述アリ、又一案カト思ハレタルモ、主トシテ各務氏カ本問題ニ付鞅掌シ居ルヲ以テ、同氏ノ意見ヲ聞ク必要アリ依テ十四日朝面会セラレントシタルモ、同氏ノ都合ニテ其意ヲ不得為メニ山科氏同日午後面会シ、其意見ヲ求メタルニ「已ニ下阪協議済ナルニ、又シテモ上京後斯ノ如キ案ヲ提出スルハ、関西側ニ全然誠意ナキ為メニシテ慨嘆ノ至ナリ、若シ過般ノ東京側案ニテ被保険者納得セザル時ハ別ニ案ナキニ非サルモ、此関西案ハ絶対ニ同意致難云々」ト答ヘタル由ニテ、山科氏ヨリ同日午後話アリ、依テ関西側ニハ反対ノ旨、回答スルコトニ打合ハセタリ

　　　　社団法人設立ニ関スル覚書
一、日本ニ於ケル火災保険業者ハ社団法人ヲ組織シ、各社関東罹災契約ニ対スル未経過保険料ヲ提供スル事
二、社団法人ハ罹災地契約高ノ　割相当額ヲ政府ヨリ借入レ、其額ヲ見舞金トシテ被保険者ニ贈与スル事
三、借入金ノ返済ハ五ケ年間据置キ五十ケ年賦トスル事
四、借入金ノ利子ハ年　分トスル事
五、各社ハ別ニ定ムル所ノ社団法人設立契約書ニ基キ、年々所定ノ賦
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課金ヲ社団法人ニ納付スル事
六、第一項ノ提供金及別項ノ賦課金ノ据置期間中ニ於ケル蓄積高並ニ年々ノ賦課金ハ、必要ナル経費ヲ除キ全部第三項年賦返済金ニ充ツル事、但其額ガ年賦返済金ニ足ラザル場合ニハ第三項ノ年限ハ其部分ニ対シ延期サルヽモノトス
七、政府ハ火災保険業ニ同業組合法ヲ適用シ、該組合外ノ会社ノ営業ヲ認可セザル事
八、火災保険料率ハ公定トシ、違反者ニハ制裁ヲ付スル制度ヲ設クル事
九、各会社ハ火災保険業ヲ廃止シタルトキハ社団法人ノ社員タル資格ハ自然ニ消滅スル事
十、第五項ノ納付金ニ対シテハ所得税ノ賦課並ニ責任準備金ノ積立ヲ免除スベク、政府ニ於テ適当ノ手続ヲ為ス事
十一、将来火災保険業ヲ国営ニスル場合ニハ、社団法人ノ残存債務ハ其儘政府ニ引継グ事
　　　　　　　　　以上

火災保険支払ニ関スル書類　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
（謄写版）
　　　　関東案ト関西案トノ対照
一、関東案ハ政府ヨリノ借金ガ資産以上トナルモノ多数アリ、然カモ夫等ノ会社ハ契約ノ多キ従来ノ有力会社ニシテ、是等ハ多額ノ負債ヲ為シタル後ハ信用失墜シ、経営非常ノ困難トナルハ洵ニ明瞭ニシテ、多数契約ハ資産豊富ノ会社ニ集マリ行クベシ、故ニ此案ハ保険者ノ立場ニ非常ナル幸不幸ヲ招来スルコト
　関西案ハ契約上ヨリ得ル保険料ニ対シ、一定歩合ノ提供ヲ為スモノナルカ故ニ、多キ契約ヲ為スモノハ多クヲ負担シ、少キ契約ノモノハ少ナク負担スル訳ニテ、此見舞金提供ガ会社ノ信用ニ消長ヲ来ス事ナク、経営存立上ニ何等ノ影響ヲ与ヘズ尤モ公平ナルコト
二、関東案ハ種々ナル面倒ノ法律命令ノ制度等ヲ為ス要アルコト
　関西案ハ右ノ如キ要ナキコト
三、関東案ハ借入金ノ償還ニハ利益ヲ以テ之ニ充ツルモノナルガ故ニ利益ナキトキハ償還不能則チ貸倒ヲ生スル事アルベキヲ想像シ得ラルヽ事
　関西案ハ保険料ノ一部ヲ償還ニ充ツルヲ以テ、日本ノ火災保険ガ存在スル限リハ正確ニ償還シ得ルヲ以テ、貸倒ノ生スル事ナキコト
四、関東案ハ内地元受会社ニ就テノミノ案トシテ、外国会社及再保険会社ハ別ニ考慮セラルベキモノトナリ居リテ、被保険者ニ対シ又保険者ノ立場ニ於テモ差別的ノ処置トナル事
　関西案ハ内地元受会社、同再保険会社ヲ同様ニ包容シ得ル外、外国会社モ包容シ得ルノ可能性アル事
五、関東案ハ株主総会通過ニ対スル可能性ニ乏シク、則チ通過非常ニ困難ナル事
　関西案ハ株主総会ノ通過ニ心配ナキ事
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六、関東案ハ他日法律命令ノ改廃又ハ政府ノ方針変更ニ基ク保険者ノ権利義務ニ消長ヲ来ス危険アル事
　関西案ハ此懸念ナキ事
七、関東案ハ支払ニ等差ヲ付スル事、則チ小口契約ニ厚ク、逓次大口契約ニ薄クスルト云フガ如キ事ハ、各社ノ契約内容ガ異ナルヲ以テ統一的歩合ヲ定ムル事ハ不可能ナル事
　関西案ハ政府ノ意嚮又ハ一般被保険者ノ要望ナル場合ハ之ヲ行ヒ得ル事
八、関東案ハ負債償還ヲ了セザル内ハ、会社ハ解散出来ザルコト
　関西案ハ右ノ拘束ヲ受ケザル事
右関東案ト関西案トヲ対照セバ、大要右ノ如キモノデアルガ、保険界ニ精通セザル人ハ関西案ニ対シ
「社団法人ノ会員カ漸次退社シテ、契約書ニ基ク納付金ヲ為スモノ少数ニ至リ、為メニ政府ヨリノ貸付金カ償却不能ニ陥ユル恐ナキヤ、此不安アル為メ結局政府ハ該社団法人ニ対シ貸付ヲ肯ゼルベシ」
ト云フ懸念ヲ生スル人アルベキモ、之ハ関東案モ関西案モ支払後ハ総テノ保険業者ヲ網羅シタル保険業組合ヲ組織シ、政府公認ノ下ニ相当ノ保険料率ヲ定メ、其収入保険料ノ一部ヲ以テ右ノ納付金ニ充当スルモノナルヲ以テ、社団法人ノ会員ガ減少スレハ残余会員ハ夫レ丈ケ収入増加ヲ来シ、結局全体ノ収入保険料ハ同一ニシテ、然カモ経費ヲ省キ得ル事トナリテ、寧ロ会社ノ減少スル程利益多クナリテ納付金多額トナル勘定ナレバ、各会社別々ニ貸付クルヨリハ遥カニ此方政府トシテシテモ安心ナル訳ナレハ、関東案ヲ承諾スルナラバ関西案ハ喜ンデ同意スベキ筋合ノモノナリ、又各会社別々トスレハ、強固ナル会社ハ之ヲ償還シ尚多額ノ余裕アルニ反シ、貧弱会社ハ倒産シテ償還ノ不能ノモノ相応ニ出ヅベキ懸念アレバナリト云ヘリ

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