デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

2章 交通・通信
1節 海運
2款 東洋汽船株式会社
■綱文

第51巻 p.476-482(DK510104k) ページ画像

大正13年12月10日(1924年)

是日栄一、当会社社長浅野総一郎以下重役十名ノ連署ニナル、当会社ト日本郵船株式会社トノ合併斡旋ノ懇願書ヲ受領ス。


■資料

日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類(DK510104k-0001)
第51巻 p.476-478 ページ画像

日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類
                     (渋沢子爵家所蔵)
粛啓 向寒之砌益御清栄之段大慶至極奉存候、然者海運界之現状ト弊社ノ業態トニ付尊意ヲ煩ハシ度義有之、卒爾ヲ顧ミズ左ニ披陳仕候間御多用中恐縮ニ御座候ヘドモ何卒御一粲ヲ賜リ度奉切願候
海運界ノ萎靡不振今日ヨリ甚シキハ無ク、本邦当業者ノ疲弊困憊亦想像ノ外ニ有之、今ニシテ何等カ急遽之ガ対策ヲ講スルニアラザレバ、多年幾多ノ犠牲ヲ払ヒテ漸ク獲得セル世界各地ニ対スル吾航権モ、一朝ニシテ萎靡シ去ルノ止ムヲ得サルカ如キ不祥事ヲモ見ルニ至ランカト憂慮被致候、而シテ翻テ欧米各国ノ現状ヲ看レバ、近来孰レモ自国海運業保護ノ色彩愈濃厚ヲ加ヘ来リ、殊ニ米国政府ノ如キハ、戦時中豊富ナル資力ニ任セテ建設セル彼尨大ナル商船隊ヲ維持センガ為メ、年々五千万弗以上ノ巨額ノ国帑ヲ費スモ敢テ辞セズ、一面又外国船ニ対シ種々ノ方法ニ依リ圧迫ヲ試ムルノ挙ニ出デ、飽迄自国貿易ノ助長ト国防ノ充実トヲ図ラントスルノ方策ヲ執ルニ決シ、国論亦挙ゲテ之ニ賛スルノ状勢ト相成、吾人ヲ脅カスコト頻リナルモノ有之候、左レ
 - 第51巻 p.477 -ページ画像 
バ此ノ如キ環境裡ニ此強敵ト相対峙シテ吾航権ヲ支持セン事、既ニ容易ナラザル決心ヲ要スル義ニ有之候コト何人モ認ムル所ニ可有之ト存候、聞ク処ニ拠レバ英国ニ於テハ、夙ニ政府指導ノ下ニ有力ナ船舶業者ノ大合同ヲ試ミ、其内容ヲ充実シテ外敵ニ当ラントスルノ陣容既ニ成リ、今ヤ着々其歩武ヲ進メ居候由ニ御座候、翻テ吾国ヲ見レバ朝野一部有識者ノ間ニ船舶合同・優秀船建造ノ急務ヲ論議セラレ居候モ、未ダ挺身之ガ実現ニ努メントスルノ熱誠有力ノ士ヲ欠キ、歴代ノ政府当路者亦逡巡事ヲ決セラレザルガ為メ何等ノ進展ヲ見ルニ至ラズ、常ニ遺憾ニ存居候次第ニ御座候、而カモ之ヲ自然ノ推移ニ委センカ、復再ビ収捨《(拾)》スベカラザルノ惨状ニ陥ルベキハ火ヲ見ルヨリモ瞭ニシテ、吾人直接此業務ニ携リ斯界内外ノ情勢ヲ知悉致居候者ハ、一層憂懼ノ念深キヲ相覚申候、而シテ刻下此難境ニ処スルノ途多々可有之候ヘドモ、一般財界不振ニシテ政府亦財政緊縮方針ヲ採ルニ決シ候今日、直ニ政府之財的援助ヲ望ミ得ベカラザル事情モ可有之候ニ付、差当リ船舶業者ノ一大団結ヲ造リ、船舶ノ整理改良ヲ試ムルト共ニ、一面経費ノ節約ヲ図リ、以テ自彊ノ途ヲ講ズルコト最モ其可能性ニ富メル急務歟ト被考申候、殊ニ独逸賠償問題解決ト共ニ世界ハ今ヤ更始一新ノ時代ニ入ラントシ、各国競フテ之ニ処スルノ途ヲ講ジツヽアリ、吾人モ協同一致陣容ヲ新ニシテ之ニ当ラサレバ、世界経済戦ノ落伍者タルベキハ瞭々タル処ニシテ、船舶合同ノ如キハ実ニ時勢ニ適合シタル企ト存候、弊社ニ於テモ米国ノ圧迫ニ直面シテ悪戦苦闘ヲ続ケ来リ候結果近時瘡痍漸ク深キヲ覚来リ、経営ノ前途ニ付不尠苦慮罷在候様ノ実情ニ有之候、就テハ多年ノ懸案ト相成居候日本郵船会社トノ合併問題ニ付、此際更ニ考慮致度決意仕候、実ハ当問題ニ付テハ先般御繁務中一方ナラザル御配慮ニ預リ候甲斐モ無ク、不幸遂ニ成談ヲ見ルニ至ラズ遺憾ニ存居候ニ付、今回ハ前後ノ事情ニ鑑ミ一切無条件ヲ以テ、一ニ閣下ノ御裁量ニ依リ右合同ノ件至急相運候様、再ビ御斡旋ヲ賜リ度一同只管奉懇願候、邦家ノ重大問題ニ付日夜御多端ニ被為在、殊ニ昨今向寒ノ折柄御尊体ヲ煩ハシ候義誠ニ恐懼ニ堪ヘザル次第ニ御座候ヘドモ、弊社創立以来絶ヘズ御高配相蒙リ居候御縁故ト御温情ニ鎚《(縋)》リ、悃願申上候次第何卒御諒察ノ上何分ノ御力添ニ預リ度奉願候、右ハ定テ御迷惑之義トハ奉拝察候ヘドモ、幸ニ私共衷情御酌取ノ上御聞済御成下候ハヾ、独リ弊社ノ幸福タルノミナラズ、国家海運ノ前途ニ光明ヲ与ヘラルヽ義ト乍恐奉存候 頓首再拝
  大正十三年十二月十日
             東洋汽船株式会社
              取締役社長 浅野総一郎(印)
                取締役 大川平三郎(印)
                取締役 白石元治郎(印)
                取締役 伊藤祐忠
                取締役 浅野良三
                取締役 原鎗三(印)
                取締役 関根要八(印)
                取締役 橋本梅太郎(印)
 - 第51巻 p.478 -ページ画像 
                取締役 高野省三(印)
                監査役 塚原周造(印)
                監査役 田中栄八郎(印)
    子爵渋沢栄一殿
           閣下


(浅野総一郎)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年一二月一七日(DK510104k-0002)
第51巻 p.478-479 ページ画像

(浅野総一郎)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年一二月一七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
 弊社船舶ノ件ニ付毎度御尽力ヲ煩ハシ厚ク御礼申シ上ケ候、猶又今般モ拙者初メ重役一同連署ヲ以テ御願申上候船舶合同ノ儀、何率御執成被下度書面ヲ以テ御願申上候
 就テハ小生等ノ希望トシテ左ノ要求ヲ御願ヒ申上度候
一、船舶合同ノ主旨ハ、船舶ト之ニ属スル営業トヲ以テ新会社ヲ設立願ヒ度キコト
一、旧会社ハ新会社ノ株券ヲ以テ各社トモ従来ノ通リ維持シ度キコト
 此ノ二ケ条ノ簡単ナル船舶評価並ニ船舶ニ附帯スル営業、属スル財産ハ新会社ノ所有ト為シ、船舶並ニ財産ノ評価ハ、渋沢子爵殿並井上準之助殿ニ無条件ニテ御決定相願ヒ度存シ候
二白
 御参考マテニ弊社船舶時価評価評御提出申上候《(表)》
  大正拾参年十二月十七日
                  東洋汽船株式会社
                      浅野総一郎
    渋沢子爵殿


    東洋汽船船価調(大正十三年十二月三日)

船名       総屯数重量屯数     船齢    原価            大正十三年六月末帳薄価格   見積価格       屯当
            屯        年              円             円            円    円
天洋丸    一三、四〇一・六六総屯  一七、三   四、九三三、一二一・九四    六七七、九一九・三四  四、〇二〇、〇〇〇  三〇〇
春洋丸    一三、〇三九・四八総屯  一四、〇   四、八九八、五一二・五七  一、四七一、八八三・四〇  四、五五〇、〇〇〇  三五〇
コレア丸   一一、八〇九・九六総屯  二三、九   四、六一七、七七九・八九          〇     二、三六〇、〇〇〇  二〇〇
サイベリア丸 一一、七九〇・一一総屯  二三、三   四、四一七、四九九・四五          〇     二、三六〇、〇〇〇  二〇〇
ペルシア丸   四、三八〇・八四総屯  四三、四     二七八、二五一・四五          〇       一三二、〇〇〇   三〇
安洋丸     九、二五六・五二総屯  一一、一   一、五〇八、二三九・〇〇    七五三、三五一・九三  二、三一二、五〇〇  二五〇
静洋丸     六、五五〇・一〇総屯  一一、六   一、一四九、一六三・二四    五九二、六九七・五五    四五八、五〇〇   七〇
楽洋丸     九、四一八・五七総屯   三、一〇  四、九四〇、八五二・三九  四、三三三、六六六・五七  三、七六〇、〇〇〇  四〇〇
銀洋丸     八、六〇〇・一八総屯   三、七   四、五〇九、五〇五・〇六  三、九九〇、四八二・四〇  三、四四〇、〇〇〇  四〇〇
墨洋丸    約八、六〇〇・一八総屯    、一  約四、九〇〇、〇〇〇・〇〇  四、九〇〇、〇〇〇・〇〇  三、六一二、〇〇〇  四三〇
紀洋丸    一〇、五〇〇・〇〇重量  一五、二   一、五二二、七〇五・四三    五〇二、九〇一・一三    一一六、六四〇  一二〇
朝洋丸     八、八一一・〇重量    五、九   七、一八六、二五三・二四  四、八七四、六六二・三五  一、一四四、〇〇〇  一三〇
香洋丸     八、七六九・〇重量    五、七   七、〇九七、二六四・七四  四、八四七、六九三・二一  一、一三一、〇〇〇  一三〇
明洋丸     八、八〇〇・〇〇重量   四、五   二、二八六、五六三・七二  一、九四〇、二一五・一七  一、三〇二、〇〇〇  一五〇
麗洋丸     八、六九〇・八七重量   四、三   二、二九三、二三九・四七  一、九七一、五四六・九七  一、三〇三、五〇〇  一五〇
巴洋丸     八、七七〇・〇八重量   四、一〇  二、七二七、六三六・〇〇  二、三六五、五六九・三一  一、三一五、五〇〇  一五〇
美洋丸     八、七九九・一八重量   四、〇   二、七六七、三四五・四六  二、四二四、一八七・六三  一、三二〇、〇〇〇  一五〇
福洋丸     八、八一七・五四重量   四、三   二、六五二、九二四・〇九  二、三三三、七三〇・六六  一、三〇五、〇〇〇  一五〇
旺洋丸     八、八一七・五四重量   三、〇   二、七七〇、三〇三・六四  二、四六三、四一二・六八  一、三〇五、〇〇〇  一五〇
 - 第51巻 p.479 -ページ画像 
寿洋丸    約八、七〇〇・〇重量         約二、七七〇、〇〇〇・〇〇  二、七七〇、〇〇〇・〇〇  一、三〇五、〇〇〇  一五〇
合計                        六七、四五七、一六〇・七六 四三、二一三、九二〇・二九 三八、五五二、六四〇





(井上準之助)書翰 渋沢栄一宛 大正一四年一月一一日(DK510104k-0003)
第51巻 p.479 ページ画像

(井上準之助)書翰 渋沢栄一宛 大正一四年一月一一日
                  (渋沢子爵家所蔵)
              (別筆朱書)
              大正十四年一月十一日
                  井上準之助氏来状
        (栄一書入レ)
        大正十四年 於湯河原客舎
        一月十三日 落手即日閲了
○上略
  正月十一日
                      井上準之助
    渋沢子爵殿
  二申
 船之方ハ旧臘逓信大臣ニ面会仕リ候、郷男爵トモ連絡ハ保チ居リ候得共、未タ白仁君帰京不致進捗不致苦慮致居リ候


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK510104k-0004)
第51巻 p.479-480 ページ画像

渋沢栄一日記 大正一四年          (渋沢子爵家所蔵)
一月二十九日 晴 寒
○上略 九時事務所ニ抵リ○中略 郷男爵来訪、曾テ協議中ニ在ル日本郵船・東洋汽船合併談○中略 ニ付種々意見ヲ交換ス○下略
一月三十日 大雪 寒甚
○上略 午前十時郷男爵事務所ニ来リ○中略 汽船会社合同ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
二月二日 晴 厳寒
○上略 二時過○中略 郷男爵・井上準之助・大橋新太郎氏等ト、日本郵船会社・東洋汽船会社合同ノ事ヲ談ス
○下略
   ○中略。
二月八日 晴 軽寒
午前七時半起床○中略 浅野総一郎氏来リ○中略 船舶事業ニ付意見ヲ陳述セラル
○下略
   ○中略。
二月二十三日 快晴 寒
午前八時起床洗面シテ朝飧ス、浅野総一郎氏来リテ東洋汽船会社併合ノ事ニ付種々談話ス○下略
   ○中略。
三月十一日 半晴 軽寒
○上略 浅野総一郎氏来話ス、船舶会社ノ事ニ付種々ノ内談アリ○下略
三月十二日 朝雷雨 寒
○上略 午後東京ナル井上準之助・郷誠之助二氏ヘ書状ヲ発送ス、前者ハ船舶合同ノ事、後者ハ製鉄綱事業ノ根本政策ニ関シテ其意見ヲ促ス為メナリ○下略
 - 第51巻 p.480 -ページ画像 
   ○中略。
三月十四日 曇 寒
○上略 午前浅野総一郎氏来リ、東洋汽船会社ノ営業実況及将来ノ意見ヲ縷述ス○下略
   ○中略。
三月十九日 雷雨 寒
○上略 午前十一時井上準之助氏来訪ス、昨夜来電話ノ交渉アリタルナリ
○中略 又日本郵船・東洋汽船両社併合ノ一案ニ付テ井上氏ニ於テ爾来執リ来レル手続ヲ詳細ニ説明セラル、依テ余ハ帰京後ニ犬養逓相ト会見シ、更ニ郵船幹部ノ諸氏ニ内話スヘキ事ヲ打合ハス○下略
   ○中略。
三月二十一日 晴 寒
午前八時起床洗面朝飧ヲ畢リ、浅野総一郎氏来リ、船舶合同ノ事ニ付種々ノ談アリ○中略 犬養逓相来リ訪フ、兼テ協議シ来リタル船舶合同問題ニ付従来ノ沿革ト余ノ取リ来リタル趣旨トヲ説明シテ、政府ノ方針及逓相ノ意見ヲ促ス、逓相ノ期念モ詰リ大同小異ニシテ、可成民間ニ於テ具体案ノ成立ヲ希望スル旨明答セラル、大橋新太郎来ル、船舶ノ事○中略 談話ス○下略
三月二十二日 快晴 寒
○上略 午飧後井上準之助氏来ル、船舶合同ノ件○中略 等ヲ協議ス○下略
三月二十三日 雨 寒
午前八時起床洗面ト朝食トヲ畢リテ浅野総一郎氏ノ来訪ニ接ス、汽船会社ノ合同ニ関シテ内情ヲ報スル為メナリ○下略
三月二十四日 晴 寒
午前八時起床洗面朝食例ノ如クシテ後、浅野総一郎氏ノ来訪アリ○中略
大橋新太郎氏来話ス、会議所問題ト郵船・東洋合併問題ニ付種々ノ談話ヲ為ス○下略
   ○中略。
三月二十七日 曇 軽寒
○上略 井上準之助氏来ル、頃日来協議シ来レル船舶ノ事○中略ニ付種々ノ協議ヲ為ス○下略
   ○中略。
三月三十日 曇 軽寒
○上略 井上準之助氏来リ○中略 及船舶事業合同ノ一案ニ付談話ス○下略
三月三十一日 晴 軽寒
○上略 日本郵船会社長白仁氏来話ス、同社ト東洋汽船トノ合同ニ付曾テ逓信大臣トノ談話及井上氏ト内話ノ次第ヲ懇切ニ説明ス○下略
   ○中略。
四月五日 雪 寒甚シ
○上略 浅野総一郎氏来リ、船舶関係ノ事ヲ談ス○下略
   ○栄一、三月二日ヨリ大磯ニテ療養、二十日帰京、引続キ在邸療養。


渋沢栄一書翰控 井上準之助宛 大正一四年四月一五日(DK510104k-0005)
第51巻 p.480-481 ページ画像

渋沢栄一書翰控 井上準之助宛 大正一四年四月一五日 (渋沢子爵家所蔵)
(朱書)
大正十四年四月十五日付井上準之助氏宛総長親書写シ
 - 第51巻 p.481 -ページ画像 
爾来御疎情ニ打過候得共益御清適之条奉賀候、就者過般来御高配被下候船舶合同問題ニ付而ハ先頃白仁社長ニ会見いたし、懇切に愚見開陳可成取急き郵船会社幹部之御協議相進候様依頼致置候も、其後何分之回示も無之、現状如何相運候哉、起居不自由之病躯別而関心仕居候、殊ニ仄聞する処によれは近日御発途御旅行之由ニ付、過刻も電話にて御近状相伺候義ニ御座候、何卒此上とも御配算被下、何と歟此際協定相成候様希望致候、右拝願旁可得貴意匆々如此御座候 敬具
  四月十五日
                      渋沢栄一
    井上賢台
       玉案下
 尚々老生引続き宿痾全癒無之外出難出来候ニ付、其後何方へも訪問相いたし兼、郷男爵ニも今以会見不仕候、自然御逢之機会も有之候ハヽ可然御伝声被成下度候也


東京朝日新聞 第一四一三〇号 大正一四年九月二六日 郵船と東洋汽船の合同を前提として 北米航路の新造船 逓相より非公式に閣議へ(DK510104k-0006)
第51巻 p.481-482 ページ画像

東京朝日新聞 第一四一三〇号 大正一四年九月二六日
  郵船と東洋汽船の
    合同を前提として
      北米航路の新造船
        逓相より非公式に閣議へ
北米航路サンフランシスコ線の新船建造問題に就ては、予め浜口蔵相の諒解済みであるから、安達逓相は廿五日の定例閣議に郵船・東汽合同確定のいきさつ並びに優良船建造問題を非公式に報告し、加藤首相財部海相の諒解を深むるところがあつた、然して安達逓相が船会社に提示した所謂「経済的新船案」は極秘に附せられてゐるが、聞く所によると左の如きものである
 プレシデント型貨客船三隻、何れも一万五千トン級デーゼルエンジン式・速力十八ノツト
然して新船建造迄には約二年を必要とされる結果、当然十五年度予算には同運航費の補助は計上されず十六年度以降となる筈で、右三隻の新船建造は二隻を三菱造船所において、一隻を川崎造船所において建造する模様であると
    合併は
      逓相の斡旋で
多年海運界の暗せうと見られ、北米航路サンフランシスコ線の優良船建造の先決問題とされてゐた郵船・東洋汽船の合同は、いよいよ安達逓相の
 斡旋 によつて決定し、近く具体的に実現を見るまでに立ち至つた即ち同問題は過般来十五年度以降の逓信省航路補助にからみ、サンフランシスコ線に就航せる東汽の天洋・春洋の二船が船齢満期となるに就ては、当然新船入れ換へを必要とせねばならぬが、現在の東洋汽船の状態では如何ともなし難い運命にある、こゝにおいて船舶合同問題あるひは安田の東汽援助が伝へらるゝに至つたが、最近安達逓相は北米航権の維持に就ては郵船・東洋合同の外なしと腹を定め、一途同問
 - 第51巻 p.482 -ページ画像 
題の解決に努力した、即ち逓相の腹は
一、理論上は航路自体が主である以上、航路の改廃が問題となる、然しサンフランシスコ線は海運国策上到底廃止する事が出来ない、然らば其経営者の如何は第二次的の問題に帰着し、必ずしも東汽の既得権を絶対に尊重するには当らない
二、併し実際上の問題となると、北米航権の維持は郵船・東汽合同の外に採るべき途がない
といふにあつて、いよいよ郵船・東汽の合同を
 条件 として、新船建造まで天洋・春洋の二船を代船として認め、今までに近い補助金を与へる事に最後的決定を与へ、来年度以降の航路補助案は二十五日午後大蔵省に送付するところがあつた