デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

2章 交通・通信
2節 陸運
3款 神戸電気株式会社
■綱文

第51巻 p.511-515(DK510109k) ページ画像

大正5年10月27日(1916年)

是ヨリ先、神戸市、当会社ヲ買収セントセシモ、両者間ノ交渉整ハズ。神戸商業会議所会頭滝川儀作・兵庫県知事清野長太郎調停ニ起チ栄一ヲ仲裁者ニ擬シ、是日神戸市並ニ当会社ニ対シ、会頭及ビ知事ニ仲裁者ノ選定ヲ委任サレタキ旨ヲ諮ル。市会ハ是ヲ諒承シタルモ当会社ハ是ニ同調セズ。即チ栄一仲裁ノコト止ム。


■資料

神戸市電気事業買収顛末 第一一頁大正七年三月刊(DK510109k-0001)
第51巻 p.511 ページ画像

神戸市電気事業買収顛末 第一一頁大正七年三月刊
○上略
明治四十四年七月十五日、神戸電気鉄道株式会社は主務大臣より電灯及電力供給事業兼営の許可を受けたり。是より先、神戸電灯株式会社は、之に対抗する為競争態度に出づるあり、斯くて両者競走の結果は市の永久的利益にあらざるに依り、合併の議は遂に各当事者の容るゝ所となり、大正二年五月一日神戸電気株式会社の設立を見たり。
○下略


神戸市電気事業買収顛末 第二二頁 大正七年三月刊(DK510109k-0002)
第51巻 p.511-514 ページ画像

神戸市電気事業買収顛末 第二二頁 大正七年三月刊
    五 仲裁及契約
是より先き、市と会社との交渉の遂に破裂するに至るべきを逆睹したる、清野知事及滝川商業会議所会頭は、両者間を調停せむとし、種々画策する所ありしが、愈々市より両大臣に対し処分申請書の提出せられたるを以て、知事は二十六日午前九時三十分を以て、鹿島市長及内村・秋山両氏を県庁に招致し、懇談の末、左記の覚書を示したり。
○中略
十月二十七日に至り、滝川会頭より、左記書面を以て仲裁者選定を清野知事及滝川会頭に一任すべき申出ありたり
 以書翰啓上致候、陳者昨日御拝顔の折得貴意申候神戸電気株式会社買収一件に就ては、可然仲裁者を選定し、之に御一任相成候場合、其選定は清野知事並に小生に御委嘱被成下候様致度、右に就ては自然市会の決議を要せらるゝ事と存候間、此際至急其手続相願度此段申進候 敬具
  追て神戸電気株式会社専務取締役内村氏へも同様の意味を以て照会申上候間、為念申添置候
   十月二十七日
            神戸商業会議所会頭 滝川儀作
    神戸市長 鹿島房次郎殿 侍史
○中略
 - 第51巻 p.512 -ページ画像 
市長は十一月八日委員会を開きて之を諮問し、其同意を得、翌九日を以て左記回答書を送致し尽力を依頼したり。
 拝復 本月六日附を以て神電買収の件に関し、会社の総会並に市会の議決に依らずして仲裁の歩を進むる方却て円満解決の目的を達し得べしと信ぜらるゝを以て、此趣旨に依り本件を委託すべき様御来示相成、敬承仕候、就ては本市に於ても貴会議所の誠心誠意責任を以て市の公益上適当なる御解決を得る義と相信じ、本件を貴会議所へ御委託可仕候間至急円満に進捗候様御尽力被成下度、此段御答申上候 敬具
  大正五年十一月九日
                 神戸市長 鹿島房次郎
是より先き清野知事及滝川会頭は、私かに仲裁者として渋沢男爵を依頼せむとし、男亦之に応ずるの意なきにあらざりしも、仲裁者としては市会及株主総会の無条件委任を以て立つにあらざれば、到底其効果を全からしむること能はずと為し、之を要求したるも、会社に於ては到底総会の議決を経ること能はざりしを以て、渋沢男爵は玆に仲裁の任に当るを辞退したり。然れども滝川会頭は之を以て已むべきにあらずとし、自ら仲裁者として市長及会社専務取締役の委任状のみを以て進んで其局に当ることとなりしなり。十一月十日清野知事は顛末書を公にして、此間の消息を発表したり、其全文左の如し。
 神電買収問題は、滝川会頭の斡旋により、之を法律問題と為さず円満に解決し、将来此種問題に関する好模範を貽さんことに予も全然賛成し、去月二十六日予の地方官会議招集に応じて出発せし翌二十七日、滝川会頭より鹿島市長及内村専務に致せる書面中「然るべき仲裁者を選定之に一任相成候場合、其選定は清野知事並に小生に一任云々」とあるを認諾し、市会及会社総会に於て絶対無条件に仲裁に附するの決議を為す暁は、予も公然会頭と協同して仲裁者を選定する手続を取らむとせしなり、元来本件の如き公益問題と経済上の実際問題と相衝突せる場合に於て、仲裁者たるべき適任者を個人中に物色し、特に進歩せる常識の判断と、計算数字の観念に明かにして、而も一面大都会たる神戸市と大会社との上に立ち、閲歴声望十分の権威ある人を求むるときは、現在に於て渋沢男爵に勝る人なしと信ずるに於て、滝川君と余の意見合致し居りしを以て、偶々客月七日渋沢男下神せられし当時、既に買収問題に関する市と会社の協議不調の兆候を呈せし際なりしを以て、予は当時公人として未だ相互当事者と何等接触することなく、超然たる位地に立ちしも、予め他日協議不調の場合を予想し、同男爵に本問題の一斑を語りて、其意向を聞き置きたり、其後買収問題の険悪に傾きし際、滝川会頭の上京を機とし、滝川会頭及予と協同の資格を以て、本件破裂の場合同男爵に仲裁調停方を懇願し、以て予め他日の場合に処し、同男の裁定に依り調停局を結ぶの方法を講じ置けり。而して其後市と会社との協議不調に帰し、遂に十月二十一日、市会に於て内務大臣・逓信大臣に向け特許命令により相当の処置あらんことを申請するの決議を為し、二十四日右上申書は予の許に達し、予をして始めて公然
 - 第51巻 p.513 -ページ画像 
職務上本問題に接触するに至らしめしを以て、直に相互当事者を招致し、報償契約に対する相互の意志を確かめ、其契約を有効とする旨双方当事者とも公言せられ、其意見一致せらるゝを聴き、相互当事者に向ひ更に冷静なる再考を促し、一面滝川会頭に向ひ、挺身調停の難局に立たむことを依嘱したるものなり。
 滝川会頭は、之より先き陰に陽に本件の為に尽瘁せられ、爾来寝食を忘れ病躯を忍び、東奔西走相互の間に斡旋せられ、其労苦は予も市民の一人として感謝に堪へざる所なり。然るに滝川会頭は当初より深く謙抑せられ、本件破裂の場合仲裁者の位置に立つ者は、高徳経歴ある人格者たらざるべからずと為し、年少菲才の身を以て之に当るは、越爼分を過ぐるの嫌ひありと謙遜せられ、予と協議の上渋沢男に悃願し、仲裁者たるべき内諾を求められたる由来あるを以て渋沢男をして愈々公然仲裁者たらしめ、其裁定を絶対無上の最終判決と為し、其裁定をして無効に終らしむるが如き虞れなき様、周到なる準備を為さゞるべからざる責任は、同会頭と予の両人共同負担する所と為れり、為に同会頭より二十七日附を以て市及会社に対し仲裁一任の事を希望せし場合、先決問題として市に於ては市会を開き、会社に於ては株主総会を開き、以て仲裁一任の事を決議せられむことを要求せしものなり。然るに重役諸君は会社の事情此際総会を開くは、却つて事局をして円満なる解決に至らしむるの道にあらずと為し、其苦衷を滝川会頭に訴へられ、会頭より予に其旨を伝へ来れり。予も深く重役諸君今日の立場に同情するものにして、重役諸君従来の経歴現在の地位に対しては、予一個人としては十分之に敬意を表するものにして、総会を開かざるも仲裁の事は其責任を以て必ず之を通過解決せしむべしとの明言に対し之を信頼せむとす。去りながら予が官憲としての立場より、飽迄周到に理窟責の研究を尽し、法理の上より考究する時は、予一個人として重役諸君の徳義と責任に信頼するの自信を以て、之を直ちに他人に要求するは無理なる筋合にして、総会に於て会社の意志を決定せしめ万全の策を取るを見合し、単に重役の明言のみを以て、直ちに渋沢男に立つて仲裁者たらむことを、公然依嘱するには不十分の点ありと謂はざるを得ず。万一我国公有の宝物たる同男の名声に対し、一点の瑕疵を与ふるが如き事あらんか、独り官憲として周到の思慮を欠きたるの譏りを来すのみならず、渋沢男に対する予の責任は到底罪業消滅の途なきを以て、予は遺憾ながら渋沢男に仲裁を依頼せし関係は、今日に於て之を取消し、予の態度を明白にせざるべからざる必要に遭遇せしものなり。
 商業会議所の位置は、市監督者たる官憲の立場と其状況を異にし、必らずしも予の立場程に理窟つぽく講究するの要なかるべく、却つて重役諸君の徳義と、道徳上の責任に信頼し、以て万事を調理せらるゝ事、其性質上適当の事ならむ。
 之を要するに、本問題の無事円滑に処理せられ、将来の都市問題に干し好模範を示さるゝ事は予の熱心希望する所にして、滝川会頭が本件に関し昼夜寝食を安んぜず尽力せるゝの誠意は、今や相互当事
 - 第51巻 p.514 -ページ画像 
者を動かし、当初同君に於て主張せられし、市会及総会の開会を経て、第三者たる渋沢男を煩はす事なく、本件の処理一切を挙げて、商業会議所に一任し、其公平妥当なる裁定に依らむとする事は、将来本市円満の為に祝福希望して已まざる所にして、予も亦間接に之が助力を吝むものにあらず。滝川会頭と協同して渋沢男を仲裁者たらしむるの計画は、理窟上之を中止するの已むを得ざるの結果に立ち至りしも、之が為本件を冷酷なる法律問題として、争議渦中に入るゝは予の本意にあらざるなり。
斯くて神戸商業会議所会頭は自ら紛議仲裁の任に当ることゝなり、会社亦之に同意したるを以て、十一月十三日之に関する覚書を作成し、滝川会頭に交付せり、即ち左の如し。
    覚書
 神戸電気株式会社の事業物件等売買に付仲裁御委任致候に就ては、左記の事項御裁定相成度候也
      記
  一、売買価格算定の件
  一、売買契約約款を定むるの件
  一、売買契約履行の時期を定むるの件
          以上
  大正五年十一月十三日
                  神戸市長 鹿島房次郎
    神戸商業会議所会頭 滝川儀作殿
   ○栄一日記・竜門雑誌ニコノ記事ヲ欠ク。


竜門雑誌 第三四一号・第五九頁大正五年一〇月 青淵先生関西旅行 随行 白石喜太郎記(DK510109k-0003)
第51巻 p.514 ページ画像

竜門雑誌 第三四一号・第五九頁大正五年一〇月
    青淵先生関西旅行
                   随行 白石喜太郎記
○上略
十月九日 月曜日
 先生には午前九時より清野知事を訪問せられ○中略 此の間の御動静は神戸新聞に稍詳しく記されたれば玆に掲ぐ。
 前夜竜門社総会にて講演をした渋沢男は、九日も朝から西常盤へ押し寄せる訪問客に接して、彼の老体に少しの疲労も見せず快談に時を移して居たが、約束の時間になつたからと九時過に西常盤を出て知事官舎に清野氏を訪ふた。
 能く語る男爵に饒舌の清野知事、何方からも尋ねる、応答る、問ふ話す、傍の者には合槌一つ打ち込む隙も見ない。
○下略
   ○栄一、第一銀行頭取退任披露ノ為メ十月七日東京ヲ発シ、同日神戸ニ着。


神戸市史 同市編 本編各説・第二九一―二九三頁大正一三年六月刊(DK510109k-0004)
第51巻 p.514-515 ページ画像

神戸市史 同市編 本編各説・第二九一―二九三頁大正一三年六月刊
○上略
 線路は斯くして漸次に延長せるも、而かも前記諸線と東西貫通の幹線三哩五十一鎖との合計七哩半にして、予定線路の半に過ぎず。然る
 - 第51巻 p.515 -ページ画像 
に会社は其営業状態年を逐ひて良好に、株主の配当亦大に増加せるに拘らず、線路の延長に着手せんとせず。此の如きはこれ特許に伴ふべき市の主張条件に悖るのみならず、為めに市民の被るべき不便甚だしく、到底黙過し難きものありしを以て、市は断然此の事業を市の経営に移し、以て速かに未成線を完成し、併せて早晩行はるべき市区改正事業の実地に資する所あらむとし大正五年市営に関する必要なる調査を遂げ略々其成案を得るに及びて、之を七月二十日の市参事会に提出し、其承諾を得たれば、市長は七月二十二日神戸電気株式会社専務取締役内村直俊と交渉を開始せり。其条件は会社の事業及び営業設備並びに物件の全部、其他営業に伴ふ一切の権利義務の代償として、同会社に其大正二年上半期より四年下半期に至る満三年間の利益配当平均額の二十倍を与ふることとし、年六分利附市公債証書額面一千七百万三千六百円を交附せんとするにありしが、会社は此交渉に対し屡々協議を重ねて而かも決する所なく、荏苒久しきに弥りしを以て、市会は交渉の進捗を図らむが為め、九月十一日協議委員十四名を選任し、以て会社側の委員と折衝せしむることゝせしも、価格に関し議速に熟するを得ず。爰に於て市は到底協議により円満なる解決に達すること難しとなし、将に内務大臣の裁断に俟たむとするに至りしかば、兵庫県知事清野長太郎・商業会議所会頭滝川儀作等之を憂慮し、種々調停に尽力する所あり、渋沢栄一を以て調停者に擬せんとせしも、会社が無条件の調停委任を肯んぜざりしにより事成らず。滝川儀作は此頓挫に屈せずして百方斡旋の末、会社側委員の同意を得たる仲裁々定書を発表するに至りしかど、株主総会は紛擾を重ね、此裁定書も決定を見るに至らず。然るに大正六年二月に至り会社側の意見漸く一致を見、三月二十三日の総会に於て定款に追加するに解散に関する条項を以てし売買契約を承認することとなりしかば、市も亦三月二十四日を以て買収委員会を開き契約書は三十日市会の承認する所となりしが、其契約の要点としては、監督官庁が譲渡を許可せる月より起算し、第三月目の第一日を以て買収期日とし、物件全部に対する代償として、年六分利附市公債証書額面一千九百四十六万二千四百五十円を、買収期日より六ケ月以内に交附し、尚ほ別に現金百八十八万五千九百二十八円を買収期日より一ケ月以内に交附すること、貯蔵物品に対しては買収期日に於ける時価と等額の市公債を交附すること、及び大正五年十一月一日以後買収期日迄の間に財産に増減ある時は、相当金額を買収決定額より増減すること、買収後従来会社に勤務し来れる使用人をば買収後も成るべく解任せざること等を規定し、此契約の承認と同時に市会は市公債発行に関する条例を定め、又経営準備金として三千五百円の追加予算を議せり。○下略