デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

2章 交通・通信
2節 陸運
5款 富士身延鉄道株式会社
■綱文

第51巻 p.523-534(DK510111k) ページ画像

明治45年4月26日(1912年)

是ヨリ先、小野金六・堀内良平等、富士駅ヨリ大宮・身延ヲ経テ甲府ニ至ル鉄道ヲ敷設センコトヲ計画ス。栄一、其企画ニ賛成シ、当会社創立ニ尽力ス。四十四年六月二十三日免許ヲ得、軽便鉄道法ニ依リテ指定セラル。是日、当会社成立ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK510111k-0001)
第51巻 p.523 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年       (渋沢子爵家所蔵)
七月二十二日 曇 冷
○上略 午後四時半築地精養軒ニ抵リ、身延軽便鉄道会社ノ事ニ関シ小野・中野・牟田口氏等ト協議ス○下略


竜門雑誌 第二七九号・第六四―六五頁明治四四年八月 ○富士身延鉄道発起会(DK510111k-0002)
第51巻 p.523 ページ画像

竜門雑誌 第二七九号・第六四―六五頁明治四四年八月
○富士身延鉄道発起会 富士身延鉄道発起委員会は七月二十二日午後四時より築地精養軒に開き、出席者は青淵先生・牟田口元学・中野武営・佐竹作太郎・根津嘉一郎・小野金六諸氏外数名にして発起人総代小野金六氏より既往の経過を述べ、且つ第一、二十二日迄に各方面よりの株式申込数五万株に達せるを以て残り三万株は発起人・賛成人の内引受株数未定の者百余名に対して決定を求め、八月中に発起人総会を開き会社創立の順序を定むる事とし、第二、株主の希望によりては払込の際某大銀行に於て融通を与ふる事に内約成立し居れる事を報告し、第三、工事施行方法は、第一回払込金四十万円を以て先づ富士駅大宮町間七哩を起工し来年六月頃迄に竣成し、現在鉄道馬車・荷馬車其他の収入十三万五千円を得べきを以て、当分一割内外の利益配当を実行し株主に安心を与へたる上、大宮・身延・甲府間四十九哩を同時に起工し、一気呵成に全線竣功を図る事等を決議し散会したりと。


青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年八月(DK510111k-0003)
第51巻 p.523-526 ページ画像

青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年八月
                    (渋沢子爵家所蔵)
    富士身延鉄道株式会社
一、創立   明治四十五年四月廿六日
一、資本金  四百万円(創立当時)
       八百万円(大正十年六月増資、但し富士駅・身延間の鉄道及その沿線の修築、停車場の修繕、停車場構内線路の増設並に富士川橋梁建設のため)
       壱千六百万円(大正十五年二月増資、鉄道の電化、身延・市川大門間十八哩の鉄道延長工事、大宮町駅と大宮町との連絡馬車鉄道建設等の
 - 第51巻 p.524 -ページ画像 
ため)
一、場所   東京市日本橋区本町四の九(創立当時)
       同 京橋区南槙町五番地(明治四十五年六月此処へ移転)
       同 同 南伝馬町一の六(大正三年一月此処へ移転)
       同 麹町区内幸町二の四(大正九年三月此処へ移転)
一、創立当時の関係人
       小野金六・中野武営・根津嘉一郎・浅野総一郎・井上敬次郎・堀内良平等
       右発起人
       渋沢栄一等
       右賛成人
一、青淵先生との関係 賛成人たり
一、創立の目的
       定款第二条 当会社ハ左ノ事業ヲ為スヲ目的トス
       一、省線東海道線富士駅ヲ起点トシ大宮町ヲ経由シ山梨県西八代郡大河内村(身延停車場所在地)ニ至リ更ニ延長シテ同県東八代郡西山梨郡ヲ経、省線中央線甲府駅ニ至ル間ニ鉄道ヲ敷設シ、一般ノ旅客貨物ノ運輸業ヲ営ム事(以上創立当時の定款)
       一、当会社鉄道沿線其他適当ノ場所ニ於テ、木材及木炭並ニ醋酸等ノ製造販売ヲ為シ並ニ植林ノ事業ヲ営ム事(以上大正七年五月の定款改正の際追加)
       一、会社線大宮町駅前ヨリ大宮町市街ニ於テ馬車軌道ノ営業ヲ為ス事(大正十五年二月改正定款の際追加)
一、創立迄の沿革 特筆する事なし
一、創立後の沿革
       イ起業目論見書の概要
       ○本会社ハ軽便鉄道ヲ敷設シ、一般ノ旅客・貨物ノ運輸営業ヲナスヲ以テ目的トス
       ○起点東海道線富士駅停車場、終点中央線甲府駅停車場、その間五十六哩
       ロ明治四十五年五月鉄道敷設地ノ測量及買収ニ着手
       ハ大正元年十二月富士鉄道会社ノ特許権(富士駅・大宮町間鉄道敷設権及鈴川・長沢間馬車軌道特許権)譲受ノ認可ヲ得タルヲ以テ、直ニ同会社ノ権利義務一切ノ引継ヲ了シ、同月廿八日附ヲ以テ富士駅・大宮間ノ工事請負契約ヲ締結シ工事ニ着手セシメ、大正二年一月一日ヨリ鈴川・大宮町間及富士駅・長沢間ノ馬車鉄道営業ヲ開始
         当時ノ決算期ニ於ケル馬鉄 純益四千円余
         ソノ次期ニ於テハ馬鉄 損失金千六百円
       ニ同二年七月富士駅・大宮町間汽車鉄道六哩四分敷設竣成シテ、運転営業開始
       ホ同三年一月大宮町・身延間廿哩ノ鉄道起工着手、予
 - 第51巻 p.525 -ページ画像 
定費用百八十七万余円
       ヘ同年二月大宮町・芝川間開通営業開始(富士駅・芝川間拾壱哩余)
        当半期間鉄道営業 純収弐万九千円
        馬鉄 〃 〃  〃 参百余円
       ト同七年五月臨時株主総会ニ於テ決議ヲ得タル山林兼営事業ニ要スル立木(楢・粟其他)総林積六万五千七百三石三分、苗木一万本、その他此代金一万七千五百五拾二円二十一銭六厘ヲ以テ払下ヲ受ケ、尚八十三町歩ヘ人工部分林設定ノ儀山梨県知事ヨリ許可ヲ受ケタリ
       チ同年五月省線鈴川駅、当会社線入山瀬間四哩七十一鎖余、及之ニ附属セル営業用什器一式ヲ根方軌道株式会社ヘ譲渡
       リ同年十月富士駅・内船南部間《ウツブナナンブ》(廿一哩十四鎖)運輸営業開始
        当決算期ニ於テ、馬鉄・汽車・山林ノ三営業ヨリ得タル収益ニヨツテ年五分ノ配当ヲ行フ
       ヌ同八年四月富士駅・甲斐大島間(廿四哩五十八鎖)運転営業開始
       ル同九年五月富士駅・身延間(廿七哩)開通営業開始当期年七朱配当
       ヲ同九年十二月富士川橋梁架設工事開始(延長二百間鉄製釣橋也)
       ワ同十年六月資本金八百万円に増資シテ事業拡張ヲ行フ
       カ同年同月身延・市川大門間十八哩鉄道新設工事着手
       ヨ同十二年八月富士川橋梁完成
       タ大正十五年二月資本金ノ倍額増資ニヨリ、鉄道ノ電化ニ着手シ、古河電気工業株式会社ヘ鉄塔ノ注文ナド行フ
        他方ニ大宮町駅前ヨリ大宮町ニ通ズル馬鉄ヲ開通経営スルコトニ着手
一、営業概況 創立以来社業順潮、創立当時ニ於テモ失損ヲ出シタルコトナシ、但シ明治四十五年ノ創立ヨリ大正九年ニ至ル間、即チ富士駅ヨリ身延マデ開通スル前マデハ大シタル収益ヲ見ズ、年五分配当ヲ行フカソレデナケレバ利息配当(年五分位ノ割合)ヲ行ツタニ過ズ、シカシ大正九年身延マデノ鉄路運輸営業ヲ開始スルヤ業態一新シテ、九年下半期ニハ年七分、十年上半期ニ年一割ト順次増配シテ、今日マデ一割配当ヲ続ケテヰル

    富士身延鉄道株式会社
富士身延鉄道開通ニ就テノ当面ノ目的ハ、東海道線ト中央線トノ連絡
 - 第51巻 p.526 -ページ画像 
ヲ図リ、駿河・伊豆・遠江・参河地方及ビ甲斐・信濃・越後・越中等八ケ国間ノ生産物有無相通ズルノ途ヲ円滑ナラシムル其一也、日蓮宗総本山身延ハ日蓮聖人埋骨ノ霊場ニシテ篤信ノ徒常ニ雲集ス、本鉄道ハ是等参詣者ノ往復ヲシテ便利ナラシムル其二也、富士・四日市両製紙会社ニ要スル材料及製品ノ運搬其三也、下部温泉ヲ初メトシテ本栖精進湖畔及富士山麓ハ、風光明媚ニシテ内外観光ノ客来遊スルモノ漸ク多シ、是等ノ旅客ヲ誘致スルニ於テ便利アル其四也、本邦中部ニ於ケル天与ノ良港タル清水港ノ発展ヲ促進セシムル其五也、抑モ駿河湾ニ面セル岳南沿線一帯ノ地気候温暖地勢平坦ニシテ、実ニ天恵ノ工業地トシテ前途大ニ期待スルニ足ルモノナリ、則チ此地ヲ経由シテ起点タル富士駅ト終点タル甲府市ヲ連結スルモノナレバ、甲府市ガ四通八達ノ要衝トナリ、将来益殷盛ヲ来スべキハ吾人ノ喋々ヲ要セザル所也


    富士身延鉄道株式会社
      現況(昭和二年八月調)
一、所在地 東京市麹町区内幸町二の四
一、資本金 壱千六百万円
一、営業  (昭和二年上半期営業報告書による)
      鉄道 東海道線の富士駅・身延間二十七哩
         営業収入 四十五万七千円 純収二十九万四千円
      山林 営業収入 十五万余円 純収三万一千円
      橋梁 一個 延長 二百間
         営業収入 九千弐百円 純収八千五百円



堀内良平談話筆記(DK510111k-0004)
第51巻 p.526-527 ページ画像

堀内良平談話筆記          (財団法人竜門社所蔵)
            昭和一二年九月二五日 於丸ノ内ビル富士山麓鉄道株式会社 高橋善十郎・新井静子聴取
    青淵先生と富士身延鉄道株式会社について
富士身延鉄道は最初甲駿鉄道(或は駿甲鉄道)として敷設を計画し、免許を得たのであつたが、失効となつてゐたのを明治四十四年に至つて、小野さんや私達が敷設認可を申請したのであつた。
抑々富士身延鉄道を建設しようと云ふことになつた訳は、この地方の物資は富士川を航行する船で交通運輸の便をはかつてゐたが、富士川は甲州中の水が集まるので、一度雨が降るとその水害のために運輸が杜絶して了ふと云ふ結果、県会議員なぞと共に色々研究し水害に対する善後策を練り、産業の開発を図るためには是非とも鉄道を作らねばならぬと云ふことになつた。そして岩淵・大宮間の官設予定線を作つて呉れと鉄道院に申出たところ、後藤新平は国費が足らぬ時だから急に作れぬが、甲州には実業家が多いのだから、私設で作つては何うかと云ふ話であつた。そこで私が小野さんに話し、小野・牟田口・佐竹の諸氏が集つて私設鉄道を作らうと云ふことになつた。だが、甲府から富士迄は一遍に出来ないから、富士駅と身延間二十七哩で半分造らうと云ふ事になり、資本金二百万円、小野金六さんが委員長、私が常務委員といふことになつた。そして渋沢子爵の処に賛成を請ひに行つたところ、此事はまへから静岡の人から頼まれてゐて、何とかして作
 - 第51巻 p.527 -ページ画像 
りたいものだと思つてゐた。併し身延迄では産業開発にならぬ、甲府迄にしなければ意味をなさぬ。さうすれば私も一臂を藉さう。小野さんの委員長はいゝ。――かう子爵は仰有られた。そんな事で子爵の仰有る通り延長して甲府迄にしたらと云ふ事になり、資本金も倍額の四百万円といふ事になつた。そして渋沢子爵にお金を頂き、又先生の紹介で、静岡の尾崎伊兵衛氏(静岡三十五銀行頭取、静岡商業会議所会頭)に会つて話した処、大いに賛成され、三十五銀行でも株を持ち尾崎さんも賛成人になられ、静岡県にも株主が出来た。また当時東京鉄道株式会社が市に買収されたので、私が其の大株主に手紙を出し、身延鉄道の株を買ふ様に勧めたら忽ち五万株の予約が出来た。かうした結果、それから仕事は進行し、小野さんが社長で私が専務取締役で始めた。然し当時は日露大戦に出遭ひ、物価が騰貴して工事が困難となり却々渉らず、四十三年に出願し、四十四年に許可が出、四十五年四月に会社が成立した。
其の頃恰度鉄道補助法が出来て私設鉄道の建設を補助すると云ふ事で興業銀行が一万株持つてくれたので創立が容易になつた。株式の募集では私が先生から紹介状を頂いて有力な人達の処を歩き廻つて賛成人を得、鉄道院の方も交渉は私が凡てしたのだつた。子爵は御自分の名前であつたか何うか判然しないが、株は確かに持つて居られた。そして役員ではなかつたし、株主総会にも出席はされなかつたが、小野さんや私が始終伺つては工事の近況、総会の模様なぞ報告してゐた。
富士身延鉄道といふのは富士鉄道を買収したのでありましたが、この富士鉄道は実は富士製紙が材木や製品の運搬の為に作つた馬車鉄道で富士駅・大宮間六哩三十二鎖、その途中の元吉原から吉原を経て鈴川迄三哩七十一鎖の間に敷設されてあつた。で、官設予定線は富士川に沿つて岩淵・大宮間を通じたものであつたが、富士身延は月台の近くに四日市製紙工場があり、大宮・元吉原間に、また富士駅に富士製紙工場があつたので、富士鉄道の馬車軌道を買収することになつた。ところが富士製紙の社長が小野金六さんで、同社の重役である新海栄太郎さんが馬車軌道の社長であるから、買収は容易でありました。それで、大正九年三月かに身延まで開通した。その前に小野さんが逝くなられ私が社長になり、甲府まで全通したのが昭和二年二月であつた。兎に角最初身延までといふ事になつてゐたのが甲府迄全通したのは、全く渋沢子爵の御力であつた。(完)


青淵回顧録 渋沢栄一述 小貫修一郎編 下巻・第一三〇五―一三〇六頁昭和二年一二月再版刊(DK510111k-0005)
第51巻 p.527-528 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕富士身延鉄道株式会社所蔵文書 【監第七八〇号 免許状】(DK510111k-0006)
第51巻 p.528 ページ画像

富士身延鉄道株式会社所蔵文書
東京府経由  収受 四十四年六月二十四日宿直   文書課長
          亥土甲五七七
監第七八〇号

    免許状
              富士身延鉄道株式会社発起人
                      小野金六
                        外弐拾九名
右申請ニ係ル、静岡県富士郡大宮町ヨリ山梨県甲府市ニ至ル軽便鉄道ヲ敷設シ、旅客及貨物運輸ノ営業ヲ為スコトヲ免許ス
軽便鉄道法第三条ニ依ル認可申請ハ、明治四十五年六月二十二日迄ニ之ヲ提出スヘシ
  明治四十四年六月二十三日
           内閣総理大臣 公爵 桂太郎 

 - 第51巻 p.529 -ページ画像 


〔参考〕富士身延鉄道株式会社所蔵文書 【命令書】(DK510111k-0007)
第51巻 p.529-531 ページ画像

富士身延鉄道株式会社所蔵文書
      文書課長

    命令書
                 富士身延鉄道株式会社
                 発起人
                      小野金六
                        外弐拾九名
明治四十四年六月二十三日監第七八〇号免許状ヲ下付シタル軽便鉄道ニ付テハ、左ノ条件ヲ遵守スヘシ
  明治四十四年六月二十三日
          内閣総理大臣 公爵 桂太郎 

第一条 工事ハ軽便鉄道法第三条ニ依ル工事施行ノ認可ニ指定シタル期限内ニ著手シ竣功スヘシ
 天災事変其ノ他正当ノ理由アルトキハ前項期間ノ伸長ヲ申請スルコトヲ得
第二条 技術ニ関スル事項ヲ担任セシムル為主任技術者ヲ置キ届出ツヘシ、之ヲ変更シタルトキ亦同シ
 主任技術者ヲ不適任ト認ムルトキハ其ノ解任ヲ命スルコトアルヘシ
第三条 工事ノ一部又ハ全部竣功シ運輸ヲ開始セムトスルトキハ許可ヲ受クヘシ
第四条 旅客及荷物ノ運賃(割引運賃ヲ含ム、以下同シ)其ノ他運輸ニ関スル料金ハ認可ヲ受クヘシ、之ヲ変更セムトスルトキ亦同シ
 政府ハ公益上必要ト認ムルトキハ運賃及料金ノ変更ヲ命スルコトアルヘシ
第五条 旅客及混合列車ノ発著時間度数ヲ定メ認可ヲ受クヘシ、之ヲ変更セムトスルトキ亦同シ
 天災事変其ノ他已ムヲ得サル事由ニ因リ一時変更ヲ為シタルトキハ直ニ之ヲ届出ツヘシ
第六条 政府ハ他ノ鉄道又ハ軌道トノ連絡運輸又ハ直通運輸ヲ命スルコトアルヘシ
第七条 営業ノ全部又ハ一部ヲ休止シ又ハ廃止セムトスルトキハ許可ヲ受クヘシ
第八条 他ノ業務ヲ営ミ又ハ社債ヲ募集シ若ハ鉄道及之ニ属スル物件ヲ担保トシテ負債ヲ為ストキハ認可ヲ受クヘシ
第九条 鉄道ノ貸借又ハ営業ノ管理委託ヲ為サムトスルトキハ貸借又ハ管理委託ニ関スル契約書ノ謄本ヲ添ヘ、双方連署ノ上認可ヲ受クヘシ
第十条 他ノ会社ト合併セムトスルトキハ合併ノ事由及方法ヲ記載シ双方連署ノ上認可ヲ受クヘシ
第十一条 鉄道ヲ譲渡セムトスルトキハ譲受人ト連署ノ上許可ヲ受クヘシ
第十二条 政府ハ監査員ヲ派遣シ工事ヲ監視セシメ、又ハ鉄道ノ設備
 - 第51巻 p.530 -ページ画像 
並運輸保線ノ方法ヲ監査セシムルコトアルヘシ
 監査員ニ於テ説明ヲ求メ又ハ関係書類図面ノ検閲ヲ求メタルトキハ之ヲ拒ムコトヲ得ス
 工事カ工事方法書又ハ法令若ハ法令ニ基キテ発スル命令ニ違ヒタルトキハ、其ノ改築又ハ工事ノ停止ヲ命スルコトアルヘシ
 鉄道ノ設備又ハ運輸、保線ノ方法カ不適当ナリト認ムルトキハ何時ニテモ必要ナル施設ヲ命シ、若危険ナリト認ムルトキハ運輸又ハ使用ヲ停止スルコトアルヘシ
第十三条 政府ノ派遣シタル官吏ニ於テ鉄道ニ関スル会計及財産ノ検査ヲ求メタルトキハ之ヲ拒ムコトヲ得ス
第十四条 陸海軍官憲ニ於テ鉄道ヲ軍用ニ供スルコトヲ命シタルトキハ之ヲ拒ムコトヲ得ス
 前項ノ場合ニ於テハ明治三十七年勅令第十二号鉄道軍事供用令及同年陸軍省令第三号鉄道軍事輸送規程ニ準スルモノトス、但シ其ノ料金ハ客車一輛ニ付其ノ定員数ニ当該客車等級ノ運賃ヲ乗シタルモノノ二分ノ一、貨車ハ貸切料金ノ二分ノ一トシ、二十哩以下ノ輸送ニ在リテハ二十哩分ノ料金ヲ給ス
第十五条 鉄道線路一部免許失効シ又ハ取消サレタル場合ニ於テハ、公益上必要ト認ムルトキハ他ノ全部又ハ一部ノ免許ヲ取消スコトアルヘシ
第十六条 左ノ場合ニ於テハ免許ハ其ノ効力ヲ失フ
 一、免許状ニ指定シタル期限内ニ工事施行ノ認可ヲ申請セサルトキ
  又ハ其ノ申請ヲ為スモ認可ヲ得サルトキ
 二、工事施行認可申請前ニ会社成立セサルトキ
 三、工事施行ノ認可ニ指定シタル期限内ニ工事ニ著手セス、又ハ之ヲ竣功セサルトキ
 四、営業ノ全部ヲ廃止シタルトキ
第十七条 政府ハ公益上必要ト認ムルトキハ何時ニテモ鉄道及附属物件ヲ買収スルコトアルヘシ
 前項ノ場合ニ於テ本鉄道ノ連絡上必要アルトキハ延長線ノ一部又ハ全部ヲ併セテ買収スルコトアルヘシ、買収価格ハ最近六営業年度間ニ於ケル建設費ニ対スル益金ノ平均割合ヲ、買収ノ日ニ於ケル建設費ニ乗シタル額ヲ二十五倍シタル金額トス
 前項ノ益金トハ、営業収入ヨリ営業費(借入金ノ利子ヲ除ク)賞与金ヲ控除シタルモノヲ謂ヒ、益金ノ平均割合トハ、六営業年度間ニ於ケル毎年度末ノ開業線建設費合計ヲ以テ同期間ニ於ケル益金ノ合計ヲ除シタルモノヽ二倍ヲ謂フ
 買収ノ日ニ於テ運輸開始後未タ六営業年度ヲ経過セサル場合、又ハ第三項ノ金額カ建設費ニ達セサル場合ニ於テハ、政府ハ其ノ建設費以内ニ於テ協定シタル金額ヲ以テ第三項ノ金額ニ代フ
 鉄道及附属物件ノ状態不完全ナルトキハ、其ノ補修ニ要スル費額ハ買収価額ヨリ之ヲ控除ス
 前項補修ニ要スル費額ニ付協議調ハサルトキハ、政府ノ選定シタル鑑定人ノ意見ヲ徴シ政府之ヲ定ム
 - 第51巻 p.531 -ページ画像 
 買収代価ハ公債証書ヲ以テ交付スルコトアルヘシ、此ノ場合ニ於テハ券面金額ニ依リ四分利付公債証書ヲ以テ之ヲ交付シ、五十円未満ノ端数ハ之ヲ五十円トス
第十八条 政府カ将来本鉄道ニ接近シ並行シ又ハ之ヲ横断シテ鉄道ヲ敷設スル場合ニハ、起業者ノ費用ヲ以テ本線路ノ全部又ハ一部ノ移転・改築若ハ一部ノ廃止ヲ命スルコトアルヘシ
 前項ノ場合ニ於テ本線路ノ全部ノ廃止ヲ要スルトキ又ハ之カ為営業ヲ継続スルコト能ハサルニ至ルトキハ、起業者ハ本鉄道及附属物件ノ買収ヲ申請スルコトヲ得、此ノ場合ニ於テハ買収価額ハ建設費以内ニ於テ政府之ヲ指定スヘシ
 前条末項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
第十九条 政府カ将来鉄道敷設法ニ依リ、予定線ヲ敷設スル為必要ト認ムルトキハ、線路ノ変更ヲ命シ又ハ工事方法ヲ指定スルコトアルヘシ
第二十条 政府ハ公益上必要ト認ムルトキハ、工事方法ノ変更ヲ命シ又ハ本命令書ヲ変更スルコトアルヘシ
第二十一条 将来定メラルル法令ノ結果トシテ本命令書ノ条項ニ変更ヲ来スコトアルモ之ヲ拒ムコトヲ得ス
○軽便鉄道法第三条
 免許ヲ受ケタル者ハ免許ニ指定シタル期限内ニ線路実測面工事方法書及工費予算書ヲ提出シ主務大臣ノ認可ヲ受クベシ、但シ会社ニ在リテハ定款ヲ添付スル事ヲ要ス



〔参考〕(富士身延鉄道株式会社) 総会決議録(DK510111k-0008)
第51巻 p.531-534 ページ画像

(富士身延鉄道株式会社) 総会決議録
                (富士身延鉄道株式会社所蔵)
    創立総会決議録
明治四拾五年四月弐拾六日午後弐時、東京市麹町区有楽町壱丁目壱番地東京商業会議所ニ於テ、富士身延鉄道株式会社創立総会ヲ開キ、予テ通知シタル議題ニ付審議セリ、其決議要領左之如シ
    現在株主人員 九百七拾八名
    総株数    八万株
     内
      出席株主 七百参拾八名(委任状共)
      此株数  六万弐千百六拾九株(同)
開会ニ先チ発起人総代小野金六氏議長席ニ就キ、会社創立ニ関スル左記ノ報告ヲナス
  一 会社創立ニ関スル事項報告書
一 富士身延鉄道株式会社計画ニ付、明治四拾参年弐月拾日、発起人総代市川文蔵ヨリ、富士鉄道株式会社ニ向テ買収ニ応スヘキヤ否ヤノ照会書ヲ発セリ
二 明治四拾参年参月弐拾九日、富士鉄道株式会社長鈴木政正氏ヨリ同社重役会ノ決議ヲ経テ、権利義務一切ヲ代金拾壱万円以上ニテ買収ニ応スベキ旨ノ回答アリタリ
 - 第51巻 p.532 -ページ画像 
三 明治四拾四年参月九日、発起人会ヲ開キ、事業目論見書及定款ヲ作成セリ
四 明治四拾四年参月拾日、富士身延鉄道株式会社発起人小野金六外弐拾九名ヨリ、軽便鉄道法ニヨリ大宮町・甲府間四拾九哩間ニ鉄道敷設認可申請書ヲ東京府庁ニ提出セリ
五 明治四拾四年五月四日、富士身延鉄道株式会社発起人総代小野金六ト富士鉄道株式会社取締役新海栄太郎・宮幡寛三・植田隆トノ間ニ両社合併若クハ買収ノ件ニ付覚書ヲ交換セリ
六 明治四拾四年六月弐拾参日、内閣総理大臣ヨリ曩ニ提出シタル大宮町・甲府市間ニ鉄道敷設ノ免許状ヲ下附セラレタリ
七 明治四拾四年六月弐拾五日、創立事務所ヲ東京市日本橋区本町四丁目九番地ニ置ク
八 明治四拾四年七月三拾壱日、築地同気倶楽部ニ於テ発起人総会ヲ開キ、創立委員ノ選挙ヲ行フ、其人名左ノ如シ
  小野金六 佐竹作太郎 根津嘉一郎 山中隣之助 牟田口元学
  中野武営 桂二郎 堀内半三郎 松永正名 星野嘉兵衛 矢島栄助
九 明治四拾四年拾二月弐拾弐日、同気倶楽部ニ創立委員会ヲ開キ、本社株式壱万株ヲ四拾五年壱月拾五日ヨリ弐拾日迄ノ間ニ於テ公衆募集ニ附スル事ニ決ス、及取扱銀行トシテ左記銀行ヲ依頼スル事ニ決ス
  日本興業銀行 三井銀行 第一銀行 安田銀行 帝国商業銀行
  浪速銀行東京支店 第十銀行東京支店 東京割引銀行 商栄銀行
  紅葉屋銀行 横浜若尾銀行 左右田銀行 三十五銀行 第十銀行
  若尾銀行 吉原銀行
十 前項ノ決議ニ基キ、四十五年一月十五日ヨリ二十日迄ノ間ニ於テ株壱円株《(万)》ヲ公衆募集ニ附セリ
十一 一月二十一日賛成人ニ向テ株式申込書ノ提出及申込証拠金壱円払込ノ通知ヲ発セリ
十二 三月十五日ヨリ二十日迄ノ間ニ於テ、株式第一回払込金証拠金共金五円払込ノ通知ヲ発セリ
十三 三月廿三日附ヲ以テ株金未払込者ニ催告書ヲ発シタルニ、期日ヲ経過シ失権株ニ対シテハ四月九日新規引受人アリ、直ニ払込ヲ実行シタリ
十四 四月十日附ヲ以テ二十六日創立総会ノ通知ヲ発セリ
右報告終テ、小野金六氏ヨリ創立総会開会ニ付議長ノ選挙ヲ行フヘキ旨ヲ宣シ、株主杉本勝三郎氏引続《(杉本勝二郎)》キ小野氏ニ議長タラン事ヲ望ミ、満場一致之ヲ賛シ、則チ小野氏議長タル事ヲ快諾シテ開会ヲ宣ス
  第一 定款変更案ヲ議題ニ附ス(案文左ノ如シ)
 第二条 (略之)
 第二十三条  (略之)
 第二十四条  (略之)
 第二十六条  (略之)
 第二十八条  (略之)
 - 第51巻 p.533 -ページ画像 
 第二十八条ノ二(略之)
 第三十一条  (略之)
 第三十四条  (略之)(○以上別載定款ニ見ユル如シ〔原註〕)
本案ニ対シテハ株主杉本勝二郎・新海栄太郎・近藤修孝諸氏ニ交ル々原案全部賛成説ヲ唱ヘ、満場一致ヲ以テ原案ヲ可決セリ、亦杉本勝二郎氏ヨリ定款第四条東京ノ下ニ市ノ一字ヲ加フル事、第九条売買譲与ノ四字ヲ取得ノ二字ニ訂正スル事、第十三条定時ノ二字ヲ削ル事等ノ動議ヲ提出シ、凡テ可決シタル後、斎藤沢吉氏ヨリ第三十三条但書ヲ重役賞与金及交際費ハ純益金ノ百分ノ五以内トストノ修正ヲ発議シ可決確定シ、最後ニ武田宣明氏ヨリ第二条目的事項中ニ身延ノ二字ヲ加ヘ其他二・三字句ノ修正アラン事ヲ求メタルカ、結局其取捨ヲ重役ニ一任スル事ニ決セリ
  第二 取締役監査役報酬ノ件
(略之)
  第三 取締役監査役選任ノ件
小野議長ヨリ今回ハ都合上取締役八名・監査役四名ノ選挙ニ止メタシトテ議場ノ同意ヲ求メタルニ対シ、株主杉本勝二郎氏之ヲ賛成シ、且ツ取締役・監査役ノ選挙ハ投票ヲ省略シテ議長ノ指名ニ一任シ、亦条件トシテ議長モ取締ノ一員タルベシトノ動議ヲ提出シ、満場一致賛成ヲ表シタルヲ以テ、議長ハ左ノ如ク指名セリ
 取締役 牟田口元学 根津嘉一郎 山中隣之助 堀内半三郎 竹村欽次郎 堀内良平 浅川六三 小野金六
 監査役 佐竹作太郎 松永安彦 小曾根喜一郎 古原専蔵
  第四 商法第百三十四条ニヨル調査報告ノ件
(中略)
    調査報告書
明治四十五年四月二十六日富士身延鉄道株式会社創立総会ニ於テ、下名等ハ検査役ニ選任セラレタルニ依リ、商法百三十四条ノ規定ニ依リ詳細ナル調査ヲ遂ケ報告ヲ為スコト左ノ如シ
一 株式総数引受ノ事
  発起人及賛成人引受株数 六万六千二株
  公衆募集入株数 壱万参千九百九拾八株
  総計八万株ノ引受アリタル事ヲ認ム
二 株式総数払込済之事
  壱株ニ付金五円ノ払込ハ明治四十五年四月九日迄ニ完了シ、全部即金四拾万円ハ三井銀行外十五ケ銀行ニ払込アリタルコトヲ認ム
三 会社ノ負担ニ属スヘキ創立費用金壱万参千九百五円四銭ハ、正当ニ支出シアリタルヲ認ム
四 証拠金ノミヲ払込ミ第一回払込ヲナサス、商法第百参拾条ニヨリ失権トナリ会社ノ所得トナリタル金額壱千百六拾五円アリタリ
  右調査ヲ遂ゲ正確ナル事ヲ証ス
  明治四十五年四月二十六日
                   検査役 雨宮亘
                   同   中根乕四郎
 - 第51巻 p.534 -ページ画像 
                   同   原亮一郎
右終テ、議長ヨリ富士身延鉄道株式会社ノ成立シタル旨ヲ述ベ、創立総会閉会ヲ宣ス、于時午後四時ナリ
創立総会閉会後出席シタル取締役ハ別室ニ於テ取締役会ヲ開キ、武田宣明氏ヨリ発議セル定款第二条ノ字句ヲ左ノ通リ修正セリ
 第二条 (略之)(○鉄道馬車営業ノ区間ヲ記セザル他別載定款ト全ク同ジ〔原註〕)
右ノ通リ相違無之候也
  明治四十五年四月二十六日

                議長  小野金六(印)
                取締役 根津嘉一郎(印)
                    山中隣之助(印)
                    堀内半三郎
                    竹村欽次郎(印)
                    堀内良平(印)

                    浅川六三
    財産目録  明治四十五年五月三十一日現在

  種類             金額
 未払込株金      参、六〇〇、〇〇〇・〇〇〇
 創立費           壱参、九〇五・〇四〇
 建設費           壱弐、七〇九・壱九〇
 仮出金              参〇〇・〇〇〇
 預金           参七八、壱四壱・六五六
 現金                弐〇・〇〇〇
    合計      四、〇〇五、〇七五・八八六

    貸借対照表 明治四十五年五月参拾壱日現在

図表を画像で表示貸借対照表 明治四十五年五月参拾壱日現在

      借方                    貸方  科目      金額            科目      金額 未払込株金 参、六〇〇、〇〇〇・〇〇〇   株金     四、〇〇〇、〇〇〇・〇〇〇 創立費      壱参、九〇五・〇四〇   仮受金        壱、弐弐〇・〇六六 建設費      壱弐、七〇九・壱九〇   開業前配当金     参、八五五・八弐〇 仮出費         参〇〇・〇〇〇 預金      参七八、壱四壱・六五六 現金           弐〇・〇〇〇 合計    四、〇〇五、〇七五・八八六   合計     四、〇〇五、〇七五・八八六 



   ○栄一ノ富士身延鉄道株式会社持株ハ営業報告書ニヨレバ左ノ如シ。
     明治四五年上半期 参○○株 東京 男爵・渋沢栄一
     大正 二年下半期 同 同 同
     大正 三年下半期 同 同 同
     大正 四年上半期 同 同 渋沢同族株式会社々長 渋沢敬三