デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
1節 綿業
3款 東洋紡績株式会社
■綱文

第52巻 p.161-165(DK520016k) ページ画像

大正13年8月9日(1924年)

是日、当会社社長斎藤恒三、前社長伊藤伝七ノ危篤ニ陥リシヲ報ジ、ソノ叙位ニツキ栄一ニ謀ル。栄一伊香保ニアリ、且ツ微恙ヲ発シタルヲ以テ、コレヲ農商務大臣高橋是清ニ通ジ、佐々木勇之助ヲシテ折衝セシム。八月十二日伊藤伝七歿シ、正六位ニ叙セラル。


■資料

(斎藤恒三)書翰 渋沢栄一宛大正一三年八月九日(DK520016k-0001)
第52巻 p.161-162 ページ画像

(斎藤恒三)書翰  渋沢栄一宛大正一三年八月九日 (渋沢子爵家所蔵)
                    (別筆朱書)
                    大正十三年八月九日
                       斎藤恒三氏
拝啓
残暑之候ニ御座候処、愈々御清穆之段奉慶賀候、陳ハ伊藤氏も過日来段々衰弱相加リ、多分本月中ニハ大変化有之様被存候処、昨日来急激ニ変化ヲ来し、本日楠本博士之診断ヲ受候処、最早危篤状態ニテ、両三日ニ切迫致候様被申聞候ニ付キ、不取敢電報ヲ以テ右之次第御報申上候次第ニ御座候、就而ハ本人ハ永ク実業界ニ貢献致候耳ナラス、現
 - 第52巻 p.162 -ページ画像 
ニ貴族院議員ニモ有之候事故、此際相当之叙位ニ浴候事相叶候ハヽ、本人之満足ハ勿論家門之光栄不過之様被相察候ニ付キ、本日相談旁庄司氏上京被致候間、委細本人より御聞取之上閣下之御配慮ヲ煩度、右御願旁得貴意度 早々拝具
  八月九日                斎藤恒三
    渋沢子爵
        閣下


東洋紡績会社書類(DK520016k-0002)
第52巻 p.162 ページ画像

東洋紡績会社書類             (渋沢子爵家所蔵)
   伊香保木暮武太夫別館
    渋沢子爵
      電報 至急私報
伊藤伝七氏叙位ニ付御配慮願ヒ度ク庄司乙吉夕刻参上致シマス
                          増田
  大正十三年八月十一日発電
  ○右ハ渋沢事務所ヨリノ発電控。


東洋紡績会社書類(DK520016k-0003)
第52巻 p.162 ページ画像

東洋紡績会社書類            (渋沢子爵家所蔵)
  大正十三年八月十二日発電報写
   上州伊香保木暮別荘十三号
    渋沢子爵                 佐々木
伊藤氏叙位ノ事ハ本日総理官邸ニ高橋農相ヲ訪ヒ委細懇願セシニ、既ニ閣下ヨリノ電報ニテ承知ノ様子ニテ引受ケラレタリ、但シ先例モアリ、従五位ニナルハ六ケ敷キ旨話サレタリ、総理ニハ自分ヨリ話ストノ事ニ付面会セズ、委細書面ニテ申上グ。


(佐々木勇之助)書翰 渋沢栄一宛大正一三年八月一二日(DK520016k-0004)
第52巻 p.162-163 ページ画像

(佐々木勇之助)書翰  渋沢栄一宛大正一三年八月一二日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆朱書)
                  大正十三年八月十二日
                     佐々木勇之助来状
拝啓仕候、陳ハ昨夜御電報ニて、伊藤伝七君病気危篤ニ付叙位之事に関し、御帰京之上其筋へ御請願可被遊筈之処、少しく御発熱有之御帰京難被成ニ付、御代理として加藤・高橋両大臣ニ拝顔之上懇請可致旨被仰越拝承仕候、本日庄司氏之帰京を待受、委細同氏より承り農商務省へ同行いたし候処、同省ハ本日神田橋へ移転最中ニて、次官以下ハ宮邸ニて事務を取り居り、大臣ハ閣議ニて首相官邸へ参り候との事ニ付、庄司氏ハ次官ニ面会之為め富士見町之官邸ニ赴き、小生ハ首相官邸へ罷越し閣議之終るを待、先つ高橋農相へ面会いたし委細相話し候処、已ニ閣下より御電報有之候由ニて能く承知いたし居り、可成ハ従五位ニと存られ候も、先例も有之由ニて六ケ敷、六位之外ニハ致し方有之間敷と話し有之候、依て伊藤氏之紡績事業ニ貢献せられたる事不少事と、篤実温厚之人なる事をも相話し能々相頼ミ置申候、依て加藤首相ニも御面会いたし相願可申哉と申候処、首相へハ自分より能く相話し可申候間、子爵に宜敷可申上旨被申聞候、依て首相ニハ別段御面会不致帰行之上、午後再ひ庄司氏と面会、委細相話し且其大要を電報
 - 第52巻 p.163 -ページ画像 
ニて申上候義ニ御座候、庄司氏より承り候処ニても、御発熱有之候とも格別之事ニハ不被為在候旨承り安心ハ仕居候へ共、何分残暑も中々強く候間御充分ニ御静養被遊候様奉祈念候、先ハ右申上度如此御座候
                           敬具
  八月十二日                勇之助拝
    渋沢子爵閣下


(伊藤栄治郎)書翰 増田明六宛大正一三年八月一一日(DK520016k-0005)
第52巻 p.163 ページ画像

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東洋紡績会社書類(DK520016k-0006)
第52巻 p.163 ページ画像

東洋紡績会社書類            (渋沢子爵家所蔵)
  奈良県生駒町谷田
    伊藤栄治郎殿            渋沢栄一
      電報
尊大人遂ニ御逝去ノ由哀悼ノ情ニ堪ヘス謹テ弔意ヲ表ス
  大正十三年八月十三日


(斎藤恒三)書翰 渋沢栄一宛大正一三年八月二二日(DK520016k-0007)
第52巻 p.163-164 ページ画像

(斎藤恒三)書翰  渋沢栄一宛大正一三年八月二二日
                     (渋沢子爵家所蔵)
            (別筆朱書)
            大正十三年八月二十二日 斎藤恒三氏来状
拝啓 残炎尚難去候処如何御起居被遊候哉、過日庄司君拝趨之節ハ、少々御不例ニ有之候由、其後之御経過如何ニ御坐候哉、定而早速御全快御清遊相成候事ナラント遥察罷在候次第ニ御坐候
陳ハ伊藤氏叙位之件ニ付テハ不容易御配慮ヲ煩候為メ、好都合ニ諸事相運候結果、正六位之恩典ニ浴候事ハ、独故人耳ナラス家門之光栄之ニ過サル次第ニテ、遺族モ非常ニ満足被致居候趣ニ御坐候、乍延引玆ニ更而小子よりも閣下之御配慮ニ対し厚ク御礼申上候、尚又葬儀之節ハ遠路態々増田氏ヲ御遣相成リ、幸ニ名古屋より小子事同車致候ニ付キ、諸事御相談して無漏取計置候間何卒御休心被下度、尚書外委曲同氏より御聞取被下度願上候
先ハ乍延引過日之御礼旁右之件々得貴意候 以上 早々拝具
 - 第52巻 p.164 -ページ画像 
  八月廿二日                斉藤恒三
    渋沢子爵
        閣下


伊藤伝七翁 絹川太一編 年譜・第一〇頁昭和一一年八月刊(DK520016k-0008)
第52巻 p.164 ページ画像

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〔参考〕創立二十年記念東洋紡績株式会社要覧 同社編 第九六―九九頁昭和九年六月刊(DK520016k-0009)
第52巻 p.164 ページ画像

創立二十年記念東洋紡績株式会社要覧 同社編 第九六―九九頁昭和九年六月刊
    年譜
○上略
      大正五年
○中略
五月 山辺丈夫氏取締役社長ヲ辞任、取締役副社長伊藤伝七氏社長ニ就任ス
○中略
      大正九年
○中略
六月
○中略
      取締役社長伊藤伝七・取締役服部俊一ノ両氏辞任ス
○中略
      取締役斎藤恒三氏ハ社長ニ、同阿部房次郎・同岡常夫ノ両氏ハ専務取締役ニ就任ス
      伊藤伝七氏ヲ相談役ニ推薦ス
○下略



〔参考〕伊藤伝七翁 絹川太一編 第二三八―二四〇頁昭和一一年八月刊(DK520016k-0010)
第52巻 p.164-165 ページ画像

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