デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
1節 綿業
5款 綿業関係諸資料 2. 台湾棉花栽培組合
■綱文

第52巻 p.289-299(DK520023k) ページ画像

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■資料

台湾に於ける棉花 台湾棉花栽培組合編 第一―一二〇頁 大正三年七月刊(DK520023k-0001)
第52巻 p.289-299 ページ画像

台湾に於ける棉花 台湾棉花栽培組合編 第一―一二〇頁 大正三年七月刊
  第四回事業報告
    第一、台湾棉花栽培組合組織
方今我帝国海外貿易は、輸入超過の趨勢を示し、天下識者の深憂とする処にして、其輸入の最も多額なるものは実に棉花に在り、明治四十年には一億二千五百万円の棉花輸入額なりしが、大正二年に至ては更に倍加して二億三千三百五十九万九千円の多額に上り、而して之れが加工製品輸出額は一億二千十二万一千円、此内加工費及利益金二割五分を引去る時は九千九万一千円となる、即ち残余の一億四千三百五十万八千円は全く内地に於て消費せらるべき処の棉花の代価にして、此多額なる金額は国家独立の要素たる衣・食・住の一なる被服に要する国民必須の経費にして誠に寒心に堪へざるものあり、若し夫れ此趨勢を雲煙過眼に付し去らんか、帝国財政の基礎を危ふし、国家経済上多大の困難に遭遇するに至らん、此棉花輸入を防止せんとせば、帝国版図内に於て棉花生産を企図するの外良策なかるべし、於玆乎往年伊藤公爵朝鮮統監たりし当時、朝野の識者をして大日本棉花栽培協会を組
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織し、朝鮮に於て米国陸地棉の栽培を経営せしめられ遂に今日の発展を見るに至れり、是れ素より朝野識者幾多の苦辛経営の結果に外ならずと雖も、伊藤公先覚の著鞭に起因せるものと云ふべし、又往年桂公爵第二回内閣を組織せられ、首相と蔵相を兼て国家財政の枢機を握らるゝに当つて、輸入超過は正貨準備の基礎をして益々危ふせんとするに際会し、拓殖局総裁の任を帯べるを好機とし、棉花輸入を防止せん為め、帝国版図に棉花生産を提唱せられたり、当時民間に在ても、棉花輸入及び消費に直接の関係を有する諸士に於て、此感を同うせらるる者ありて、台湾に棉花試作を企図せるに至れり、明治四十四年七月男爵安場末喜氏は是等民間有志の意を含みて台湾に渡航せられ、佐久間総督に向ひて台湾に棉花栽培を経営せんとするの意見を陳供せられたりしが、佐久間総督は明治三十九年初夏莅任の年の晩秋南部各地を巡視し、其天候土壌の棉花栽培に好適するを覚知せられ、爾来数年、台北の総督官邸に於て、棉花圃を設け米棉試植を為し、其生産棉種を参邸官民に観覧せしめ居らるゝ如く、最も熱心なる台湾棉花の主唱者なりしを以て、安場男の陳供は総督の頗る慫慂せらるゝ処となれり、玆に於て総督府当局と種々交渉の結果、遂に明治四十五年五月当組合は左記の諸氏に依て組織せられたり
      台湾棉花栽培組合規約
 第一条 本組合は民法の組合に関する法則に遵ひ之を組織す
 第二条 本組合は台湾棉花栽培組合と称す
 第三条 本組合の目的は台湾に於て棉花栽培に適する土地の払下又は貸下を受け、棉花の栽培並に之に附随する事業を営むを以て目的とす
 第四条 本組合の事務所は之を に置く
 第五条 本組合の資本は五万円とし、之を二十口に分ち一口の金額を二千五百円とす
 第六条 組合員の氏名住所並其引受口数如左
         東京市外向島須崎町二百三十七番地
                      和田豊治
         兵庫県明石郡舞子ケ浜
                      武藤山治
         名古屋市東区白壁町二丁目二番地
                      斎藤恒三
         大阪市東区北久太郎町二丁目
                      谷口房蔵
         大阪市南区天王寺北山町五千四百五十一番地
                      藤野亀之助
         東京市麹町区紀尾井町三番地
                      岩下清周
         大阪市西区靱南通三丁目十三番地
                      志方勢七
         大阪市南区天王寺堂ケ芝町五千六百二十ノ一
                      山辺丈夫
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         東京京橋区木挽町九丁目
                      朝吹英二
         東京麻布区竜土町六十七番地
                      飯田義一
         東京赤坂区新阪町四十三番地
                      山本条太郎
         東京赤坂区新阪町四十二番地
                      小室三吉
         東京麻布区一本松町二十四番地
                      安場末喜
 第七条 組合員は其出資額を一時に払込むべきものとす
 第八条 組合員中より三名の業務執行員を選定し、之に組合の業務の執行を委任す
 第九条 業務執行員の任期は一箇年とす、但重任を妨けず
 第十条 業務執行員以外の組合員は業務を執行することを得ず
  但組合員は何時にても業務及組合財産の状況を検査することを得
 第十一条 業務執行員は組合の業務を執行するの権限を有するも、事の重大なるものは組合員総会の議に附すべし
 第十二条 組合員は如何なる場合と雖も第三者をして己れの地位に代らしむることを得ず
  但第十三条の場合は此限に非ず
 第十三条 組合員隠居又は死亡したるときは、其権利義務は当然家督相続人に於て之を承継す
 第十四条 組合員は如何なる場合と雖も、組合員以外に其持分を譲渡し、又は之を担保に供することを得ず
 第十五条 組合員は破産・禁治産又は除名の場合を除くの外、他の組合員全体の同意を得るに非ざれば脱退することを得ず
 第十六条 組合員損益分配の割合は其持分に応じて之を定む
 第十七条 業務執行員は毎年一月及七月の両度に組合員総会を招集し、前半季の損益計算書・貸借対照表及事務報告書を提出し、承認を経べきものとす
 第十八条 臨時の要件ある場合には、業務執行員は何時にても臨時組合員総会を招集することを得
  組合員二名以上の請求あるときは、業務執行員は臨時組合員総会を招集することを要す
 第十九条 総会を招集するには、会議の目的たる事項を記載したる書面を以て会日より七日以前に通知を発することを要す
  但緊急の必要ある場合には此日限を短縮することを得
 第二十条 組合員の議決権は其持分に応じて之を定む
 第廿一条 総会の議長は業務執行員之に任ず
 第廿二条 総会の議事は出席組合員の議決権の過半数に依り之を決す
  可否同数なるときは議長之を決す
      以上
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   明治四十五年五月十八日
此組織なると共に安場男爵を以て業務執行員とし、横沢次郎を以て理事者として渡台せしめ、業務の実施に著手せしむる事となれり
    第二、棉花試作農圃地及耕作者
当組合設立当初に在て、台湾に於ける原野未墾地の払下又は貸下を受けて、之を開墾し棉花を栽培せんとの議ありし、依て土地を実地踏査せるに、何れも辺境僻隅の地にして、其未墾地を開墾せんとするに当りては、経費多額を要するのみならず、農労働者不足なるを以て、台湾人と内地人とを論ぜず、移民の計画を採らざるを得ず、如此の計画を施行せんか、棉花栽培事業は第二次の施設に属し組合の目的を達する容易ならず、依て現に既墾地にして田畑として耕作者ある処の官租地貸下を受けて、之れに棉花を栽培するの捷路なるに如かざる方針を議定せられ、即官租地〓耕を出願せり、然るに官租地は一人に対し十甲以上の〓耕は許可せられざるの規定あるにも拘はらず、総督府は特別の詮議を以て、本事業を保護奨励せられん為め、従来耕作なしつゝありし数百名の許可を取消し、改めて当組合に左記四百十五甲余の官租地〓耕を許可せられたり
  台南庁下嘉祥外里拕仔庄官租地六百二十九筆二百三十九甲四歩八厘四毛二糸
  台南庁下長興上里大湾庄官租地七百九十五筆百七十五甲七歩三糸
右の両地を以て組合の農圃と撰定せしも、是れ必ずしも此土地悉く棉花栽培に好適の地なりとは云ひ難し、南部一帯の各地に於て他に猶好適の土地は多々あるべきなれども、農場の経営に便にして且既墾地にして直に棉花の栽培せられ、之れが〓耕を得らるべき官租地中、台南を中心として集団地なるは此両地を措て他に得べからず、而して其拕仔庄官租地中八十甲余は旱天田にして、夏季は稲作となり、棉花の栽培は不利なるも、冬季休閑時に在ては之を利用し得べく、又六十甲余は原野なるも、布哇棉種カルポニカ又は恒春在来種ペルピアン種の如き多年性なる者を造林的の試作に利用せんとし、他の百甲余の地は畑地にして砂壌土而かも南方に大崗山を負ひ東北に竹林の囲繞するありて、自然に防風林となり棉花栽培に好適地たり
大湾庄の如きは一帯に低地にして夏季は雨水停留し、〓耕地中百三・四十甲は稲田となり、浸水せざる畑地は三・四十甲に過ぎず、然れども此地多くは砂壌土にして、冬季は其大部分に棉花を栽培し得るの利あり、特に台南より東方里余にして内外官民が棉花栽培の状況を観覧するに当りては、其往来頗る利便にして、棉花試作場としては亦以て好適と云ふべし
大湾庄農圃官租地百七十五甲余、其筆数七百九十五筆、之れが耕作者は四百二十三人、又拕仔庄農圃の官租地二百三十九甲余、其筆数六百二十九筆、之れが耕作者百三十人、農民の総数実に五百五十三名の多きに分布せられたり、此農民等は素より未だ棉花思想のあるべき筈もなく、而かも農民の状態として旧慣を墨守し、新事業は容易に欣ばざるのみならず、種々の疑念を生じ棉花栽培を肯んぜざる者なきにあらざる状況なるを以て、当時台南庁警視沢井警務課長は庁長代理として
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西岡財務課長・色部殖産係長等と同行して、何れも其実地に臨場し多数の農民を招集して、棉花栽培の国家的産業たる所以を説諭せられ、彼等の疑念を氷解せしむるのみならず、之れが栽培を大に奨励せられたり、然れども農民等は未だ曾て棉花を栽培せし事なければ、其成育収穫等に対して到底不安の念を去る能はざるを以て、彼等をして安堵し之れが栽培に従事せしむるは、組合の試作事業として緊急の要務なるに依り、即左記の如き農民保護の趣旨に基き、耕作契約を締結して以て栽培の成績を挙ぐるを得たり
      耕作契約

   別記耕地の耕作契約如左
 一 耕作者は組合の指揮に従ひ本耕地に棉花の栽培を為す可し
 二 本耕地生産の棉花は組合の定むる価額に依り組合に売渡す可し
 三 棉花を栽培して其の収穫価格が左記金額に達せざる時は、組合に於て其の不足額を補償す
       拕仔庄の分
    一等地 官租等級十二等十三等 一甲金百円
    二等地 官租等級十四等十五等 一甲金八十円
    三等地 官租等級十六等十七等 一甲金六十円
    四等地 官租等級十八等十九等 一甲金三十円
       大湾庄の分
    一等地 官租等級十二等 一甲当金二百円
    二等地 官租等級十三等 一甲当金百三十円
    三等地 官租等級十五等 一甲当金七十円
 四 耕作者は小作料として官租と同一の金額を組合に納付す可し
 五 輪作其の他組合の必要に依て棉花を耕作せしめざる場合は、耕作者は他の植物を栽培することを得
   此場合の小作料は第四項に同じ
 六 左記の場合は組合に於て第三項補償の責を負はざるものとす
   一 非常の天災其の他不可抗力の場合
   二 耕作者が組合の指揮に違背し為めに棉花の減収を来したる場合
 七 耕作者精励の功に依り収穫の増加又は綿質優良の者等に対しては、審査を尽して賞与金を支給す可し
 八 本契約の義務を履行せざる時は双方何時にても契約解除することを得
      以上
   大正 年 月 日       〓耕者
                   台湾棉花栽培組合
                   業務執行員
                    男爵 安場末喜

上記の耕作契約は、一面農民保護の趣旨に出でたるものと雖も、又一面には農民の惰性を喚起し、不良の農民に於ては手入除草等を等閑に付し、棉花の発育不成績なるにも拘らず、猶且補償を要求せんとするが如き者あり、之れに依て鑑みるに、如此契約は農民に対する勧業奨
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励の趣旨に違ひ、却て害悪を生ずるものあり、故に或る試作時代に止むを得ざるも、将来は該契約の如きは断じて締結せざるのみならず、現契約の如き適当の時期に於て更改するの必要を感知せり
如此頑冥固陋の農民に依て新事業たる綿花の試作栽培に従事せしむるは、頗る困難不利の事に属す、依て寧ろ雇傭専属の農民を以て之れに充つるの便且利なるに如かざるべしと雖も、若し夫れ此試作事業にして良好の成績を得んか、更に各地方適地に耕圃を拡大し、栽培の普及を図り、産額の増大を企てざるべからず、此時に当りては猶地方一般の農民に依て経営せざるを得ず、されば当初より指導教養を要する此農民に依て此産業の発達を得るや否やを試むる一段、以て一個の試験事業と云ふべく、而かも農圃附近、地方農民の親敷目睹視撃し、棉花思想の普及せる利便あるのみならず、雇傭専属の農民を以て之れに充つれば、経済上多大の不利あるを以て、即当初より一般農民に依て著手するに至れり、然れども既往三年間、此農民を指導監督して此試作成績を見るに至りしは此間幾多の苦辛困難云ふに堪へざるものあり
○中略
    第十四、棉花栽培に関する発展の計画
当組合は大正元年冬季の試植は其成蹟を確実にし夏季播種の成育も佳良の状況を呈し居るに至り、台湾に於ける棉花栽培事業は実に帝国刻下の緊要なる国家的産業にして、今日に於て栽培奨励の大策を樹立し之れが経営に貢献せん事を主唱し、有志を求め、即ち二十四名の連署を以て左記の請願書を、大正二年十月十日付を以て総督府に提出せり大正三年一月八日右連署者中の一人山本条太郎氏在東京総督府出張所に於て内田民政長官と会見の結果、官租地中南部に於て棉花栽培に適合せる一部を選定して提出する事となり、依て二月より余○当組合理事横沢次郎は実地を踏査し、即ち別記の追願書及び其土地に関する調査書を調製し五月一日付を以て東京に於て総督府当局に提出せり、同時に阿緱庁下に於ける山林原野合計五千四百三十九甲余及嘉義庁下に於ける山林原野一千四百九十七甲に対し、棉花を主として予約開墾を出願せん為め予定存置願書を安場男名義を以て提出せり
右の外台南庁下に於て嘉祥外里拕仔庄官有原野二百四十五甲、及観音内里姑婆〓庄・様仔脚庄の地先一帯、下淡水渓中洲原野六百五十五甲余に対し、棉花を主として予約開懇願書を安場男名義に依て提出せり以上土地に関する問題は、素より総督府に於て慎重の審議を要せらるる為め、未だ解決を得る能はず、之れが解決を得るは組合の事業百尺竿頭一歩を進むるの時運に到来すべきものなりと信ず
      官租地全部払下請願
棉花栽培の目的を以て左記の方法に依て全島に散在せる官租地全部を御払下被成下度、此段奉請願候
 猶別紙に理由の卑見を陳供致置候間、御参考被成下度懇望の至に御座候
        払下方法
一、明治四十三年一月一日現在官租地一万一千一百八十五甲八分九厘五毛七糸、其筆数一万六千七百三十二筆の払下を請願致候
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二、前項以外に増加せる官租地をも一切一括して払下を請願致候
三、払下の官租地価格は総督府の御指定を相仰ぎ可申候
四、払下代価の上納は十箇年賦上納を御許容相成度候
五、年賦上納金に対しては一箇年四朱以下の利息を付して上納可致候
六、払下の御詮議御決定の上は、下名等発起者となりて内地及台湾を通じて資金相当の株式会社を組織し、以て其責任及業務を明確に可致候
七、前項株式会社組織に当ては別に案を具して御認可を可相仰候
八、払下は確実に成立せる株式会社に御下命可相成結果と相成可申候
九、依之本件払下は単に下名等一部に局限せるものに無之、広く公衆と共に台湾開発に従事可致候
十、払下の土地に対しては棉花栽培を為すは勿論なるも、業務進捗上及土地整理上等の必要に依て、多少の土地の異動変換あるは例外として予め御承認相願置候 以上
   大正二年十月十日
          請願者連名
             東京市麻布区一本松町二十四番地
                      安場末喜
             東京市日本橋区兜町
                      渋沢栄一
             東京市京橋区木挽町九丁目
                      朝吹英二
             東京市麻布区竜土町六十七番地
                      飯田義一
             東京市赤坂区新阪町四十三番地
                      山本条太郎
             東京市向島須崎町三百三十七番地
                      和田豊治
             東京市赤坂区新阪町四十二番地
                      小室三吉
             東京市麹町区紀尾井町三番地
                      岩下清周
             東京市日本橋区小網町一丁目
                      柿沼谷蔵
             横浜市南仲通三丁目
                      安部幸兵衛
             東京市麻布区富士見町四十四番地
                      賀田金三郎
             東京市日本橋区堀江町二丁目八番地
                      井上篤太郎
             兵庫県明石郡舞子ケ浜
                      武藤山治
             大阪市東区北久太郎町二丁目
                      谷口房蔵
 - 第52巻 p.296 -ページ画像 
             大阪市西区靱南通三丁目十三番地
                      志方勢七
             大阪市南区天王寺堂ケ芝五六二一番地
                      山辺丈夫
             大阪市南区天王寺北山町五四五一番地
                      藤野亀之助
             大阪府下堺市
                      尼崎熊吉
             大阪市東区高麗橋通二丁目
                      八代祐太郎
             岡山県下倉敷紡績会社
                      大原孫三郎
             名古屋市東区白壁町二丁目二番地
                      斎藤恒三
             大阪府下岸和田紡績会社
                      寺田甚与茂
             台湾台北市新起街一丁目
                      木下新三郎
             台湾台南市七良境町
                      富地近思
        官租地払下請願理由書
下名等惟みるに、方今我邦海外貿易は連年輸入超過の傾向を呈し、国家経済上誠に深憂に堪へざるものあり、此輸入超過は主として棉花輸入激増の基因にして、昨大正元年に在ては実に二億八十二万四千二百円の巨額に達せり、而して之に加工したる綿糸・綿織物等の輸出額は八千八百九十五万九千九百三十三円となれり、故に加工費を差引約一億三千万円の原棉は、実に帝国内に於て費消せるものなり、如此巨額の輸入棉に対して輸入防遏し、更に進で輸出発展を企図するも、到底一朝にして其奏効を得難きは素より論を俟ず、少くも国内に於ける消費棉は帝国版図内に於て生産せしめ、以て自栽自給の計図を立てざれば、国家独立の要素たる衣食住の一要素を欠き、邦家の前途に於て洵に憂慮に堪へざるものあり、然るに顧るに、内地に在ては棉花の生産僅少にして到底数ふるに足らず、曩に此憂を抱く朝野の有志は、朝鮮に於て朝鮮棉花栽培協会を組織せられ、米国陸地棉の栽培を奨励し其貢献尠からず、遂に昨明治四十五年三月十八日、朝鮮総督府は棉花に関する一大訓示を発せられ、直轄経営を以て大に奨励を実施せられたり、然れども朝鮮に於ける棉作地の四十三年の調査に依れば、僅々四万八千七百三十四町歩に過ぎず、猶発展の余地を存するも、到底刻下帝国必需の原棉供給は得て期待すべからず、於玆乎棉花業に直接間接に関係を保てる京阪各地有志十数名の発起を以て、台湾に棉花を試植せんことを企図し、明治四十五年五月を以て台湾棉花栽培組合を組織して其試植に著手せり、既に大正元年冬季の試植は其成績を確実にし夏季播種の成育も佳良の状況を現呈し居るに至れり、之に依て之を観るに、台湾に於ける棉花栽培事業は、実に帝国に於ける刻下の緊要な
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る国家的産業にして、今日に於て栽培奨励の大策を樹立し之れが経営に貢献せんとするは、誠に時宜に適切なる施設と謂ふべし、宜なる哉大正二年三月五日帝国議会衆議院に於て台湾棉花栽培奨励の建議案提出せられ、審議の結果之を可決して政府の施設を促すに至れり
下名等此国家的産業を施設経営し、以て報効の務を為さんとするに当りて、其最も至難を感ずるものは棉花栽培の地積を得るの一段に在り棉花栽培は素より全島各地の既墾田畑其他山脚僻地の寸地尺土に至る迄、農家各自に栽培奨励せんとするに当ては、先以て各地に模範農圃に棉花栽培を経営し、之に依て地方農民をして実地を目撃自得せしめ漸次に指導啓発するの要あり、然れども只単に一小区域の模範的農圃に止まらず、更に進んで自営自作の有利なることを知覚せしむるの要あり、此経営の地積を求めんとせば、全島各地に散在せる官租地全部の払下を受け、以て此施設を企図するの良法適宜なるを知得せり
明治四十三年一月一日現在の官租地調査に依れば、官租地一万一千一百八十五甲八分九厘五毛七糸あり、其散在分布せる地方を見るに、台北・宜蘭・桃園・新竹の各庁下所謂北部台湾には僅々七百十甲余に過ぎず、台中以南に至て其数漸次に増加し、就中熱帯圏内に在る嘉義・台南・阿緱の各庁下に至て最も多数を占め居りて、棉花栽培には天候土質何れも頗る恰当せる地積なり
抑々官租地は、領台前清国政府時代に於て、人民が無断に官地を開墾耕耘し居りしものを、清政府が是れに小作料を課し、官租と称し納付せしめつゝありしものなり、領台の際も旧来の慣行を変ぜず、単に官租取扱規定なる一種行政命令に依て取扱はれ、普通田畑の地租と同様に徴収せられ、土地調査の際にも是れが処分を決行せられず、今猶官有財産管理規則以外に措かれ、一種の変法異例に依て経過し来れり、如此は何れの時か是れが整理処分を断行せらるゝの必要を生ずるの時機到来すべきや明なり
聞く処に依れば、従来此官租地払下を請願せるもの屡々ありし、然れども何時も其要求すべき土地は、有利有益の箇々の場所のみなりし、若し如此箇々別々に有利なる土地のみを払下ぐるとせば、其収入は零砕なる年々の雑収入に過ぎず、遂に政府は不利益なる荒地のみを所有するの結果に帰せん、斯くては之れが処分の宜しきを得たるものにあらざれば、寧ろ保留せらるゝの利益なるに如かざるを以て今日に至れりと
又聞く処に依れば、均しく既墾田畑より地租と云ひ官租と称して徴税せらるゝは、税制の統一を欠き且つ官租の〓耕契約取扱の如き種々煩雑の事務あるを以て、官租地の処分を断行し、一は以て税制の整理を計り、一は以て事務の簡捷を計らんことを各地方官よりの提議あり、督府内に在ても林野調査の結了を待ちて、之れが処分を為すの議既に暗流しつゝありと云ふ
今や中央政府に在ては行政財政整理を断行せられ、国家財政上正貨準備の基礎を鞏固にせん為め、輸入を防止し輸出を促進せんことを画策せらる、此時に当て下名等国家的産業たる棉花栽培事業を経営し、以て輸入防止の策を講ぜんとするは、国家の憂を憂とし、政府当局と其
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感を同うせるものなり、果して然りとせば、今日に於て一は行政整理の為め変法異例の官租地払下を断行せられ、一は国家的産業たる棉花栽培の地積を得せしめらるゝは、誠に一挙両得機宜を得たるものと謂ふべし
官租地は、四十三年税務年報に依れば一万一千一百八十五甲八分九厘五毛七糸あり、此官租は十一万〇百三十一円九十五銭あり、今是れが払下を求むるに当り、其価格は素より督府の明示を待たざれば知る能はざるも、此巨額の財源は督府は採て以て他の新事業を企図せらるゝの便宜を得らるべし、従来請願せるものゝ如く、零砕なる納付金と同一の談にあらず、是又官租地整理の一得と云ふべく、若し夫れ棉花栽培奨励の実施せらるゝとせんか、其費途の如き此財源を転用して大に其施設を試みらるゝ亦以て一良案と云ふべし
官租地を払下げられたりとせば、其土地よりは地租として官租十三万〇百三十一円余の約三分の一強なるべく、今仮りに其計算を挙ぐれば官租地一万一千一百二十八甲となる、之れが田租は平均七則とし一甲に付五円六十銭即田租額二万〇八百七十六円八十銭となる、残り三分の二は畑地とし其畑租を平均七則三円四十銭として畑租額二万五千三百五十円四十銭となる、合計地租額四万六千二百二十七円二十銭を計上するを得べし、然らば官租八万三千九百四円は政府の損失となるの外形あるも決して然からざるべし、現今官租の徴収は地租と同時に徴収せられ、別に経費を要せざるが如しと雖も、実際に於て其経費も尠少ならず、若し当該官憲に於て此官租事務の省かるゝとなれば、必ずや之れに対する費額の余裕を生ずるを見るべく、特に繁雑なる其事務を省き当該政務の簡捷を来すこと論を竢たざる処なるべく、果して然りとせば、経費の節減と事務の省略とを得、而かも税制統一を計り、其利益僅々八万余円に価するものにあるざるべく、況んや巨額の財源を得て、別に新事業を経営せらるゝの利便あるに於てをや、或は曰はん、官租地を払下の結果従来此土地に依て衣食せる幾多の農民は、其衣食の料を失ひ、忽ち路頭に彷徨するに至るべしと、此義一見或は然らん、然れども是れ其実際を講究せざるの杞憂に過ぎず、仮令払下を断行せらるゝも、其土地を他の用法に使用するにあらず、均しく耕耘を業とする棉花栽培を為すものなれば、必らず其土地に対して耕耘者を要する論なし、故に払下を受くると同時に、従来の〓耕者農民をして個人として耕作せしめざるを得ず、此農民と此土地の更に分離する能はず、仮りに農民が地主の変換に依て小作を為さずと主唱するもの猶之を引き止めて耕耘せしむるの必要こそ生ずべけれ、農民と土地とを分離せしむるの要何れにか存せん、如何にしてか従来の〓耕者たる農民をして窮迫せしむるの変態を生ずべけんや、現に台湾棉花栽培組合が台南庁下大湾庄及拕仔庄に官租地〓耕転換の実況に於ても、何等の苦情を生ずるものなく、地方農民と円満に進捗せるの事実に徴するも明晰たるを得べし
又或は曰はん、官租地の地主が政府と会社と変換したりとて棉花栽培の奨励となるべけんやと、是れ又単調の非難に過ぎず、会社の官租地の地主たりし以上は、会社は先づ全島枢要の各地に支店を置き、職員
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を配置し、所有地耕作者たる農民と密接なる関係を生じ、棉花栽培を奨励し教導指示するのみならず、或は収穫の保証を与へ、或は資金の融通を与へ、或は小作料の設定をなし、或は生産棉花の買収を為す等所謂地主と小作者、親と子の親密なる利害干係を生じ、以て棉花栽培の先駆者となり、近隣接続の土地に向つて新しく栽培の実現を目睹了解せしめ、各地方の農民をして期年の間に棉花栽培の思想を喚起伝播せしむるの捷路となるべし
以上官租地払下請願の理由卑見陳供致候間、御詮議の御参考に供せられ、願意御採用被成下度奉懇願候

      官租地払下に関する追願
             男爵渋沢栄一外二十三名総代
             東京市麻布区一本松町二十四番地
  大正三年五月一日          男爵 安場末喜
  台湾総督 伯爵 佐久間左馬太殿
      官租地払下に関する追願
曩に大正二年十月十日附男爵渋沢栄一外二十三名の連署を以て、棉花栽培を主たる目的として官租地全部の払下に関し請願致置候処、今や南部台湾に於ける棉花栽培の試作は良好の成績を得、猶且耕作上幾多の改良施設を要すべく候得共、之を要するに重要産業として経営し得べきことを確信致候に就ては、事業の基礎を確立致度候間、先以て南部台湾各地に散在せる官租地中棉花栽培に適合せる一部分の払下を蒙り、之に依りて自園自営の計画を立て、加之地方一般農民に棉花栽培の思想を普及し以て斯業の発展を企図致度候間、左記官租地払下の御詮議被成下度、此段奉請願候
        払下請願官租地
 阿緱庁下 五百五十五甲八分八厘六毛七糸
 台南庁下 八百八十八甲二分三厘三毛七糸
 嘉義庁下 六百九十八甲二分一厘三毛六糸
  合計二千百四十二甲三分三厘四毛
 此官租地の位置は別紙堡図に於て赤色を以て表示致置候、其座落・甲数・筆数・租額等は別冊一筆調書に依り御参照被成下度候
右請願払下の御詮議相成候に当り左記の件々御承認相仰度候
 一、官租地払下に対して先其価格を調定御垂示相成度候
 二、右御垂示の価格に対し連署者は熟議協定可仕候
 三、地価は十箇年賦納付を予め御許容被成下度候
 四、価格の決定致候上は払下御許可の予約の指令御下付被成下度候
 五、其払下予約に基き連署者は株式会社又は財団法人を組織可仕候
 六、払下は会社又は財団法人組織後二箇月間に正式の指令を下付せられ土地受授を結了被致度候 以上
            右
              男爵渋沢栄一外二十三名総代
                    男爵 安場末喜