デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
2節 蚕糸・絹織業
1款 社団法人大日本蚕糸会
■綱文

第52巻 p.334-338(DK520031k) ページ画像

大正3年10月26日(1914年)

是日、当会本部ニ於テ、銀行・生糸貿易商・製糸業者ノ各代表及ビ当会役員ニヨル、蚕糸業救済ニ関スル懇談会開カル。栄一出席シ、益田孝外四名ヲ右救済方法ノ審議及ビ実行委員ニ推薦ス。

次イデ栄一、右委員等ト共ニ、日本銀行・横浜正金銀行・第一銀行其他関係銀行主脳者ト会見シテ、生糸救済資金ノ融資ニツキ尽力ス。


■資料

大日本蚕糸会報 第二七五号 大正三年一二月 蚕糸業救済懇談会;中央に於ける銀行家の会合(DK520031k-0001)
第52巻 p.334 ページ画像

大日本蚕糸会報 第二七五号 大正三年一二月
    △蚕糸業救済懇談会
 十月二十六日午前九時より蚕糸業救済に関する懇談会を本会事務所に開き、渋沢男爵・水町日銀副総裁・井上正金頭取・池田三井銀行理事・紫藤生糸検査所長、其他横浜生糸貿易商同業組合より小野光景・若尾幾造・原富太郎・茂木惣兵衛・渋沢義一・木村庫之助・渡辺文七等の数氏、製糸家尾沢琢郎氏等十三名、本会より松平会頭・吉川副会頭、益田・本多・吉池の各理事会合し、種々懇談する所あり、結局委員を選びて救済の方法を審議することとし、渋沢男爵は益田・小野・原・尾沢・今井の五氏を委員に推薦し、本会理事者之れに参加することとなり、委員は居残りて審議を尽し、一案を作成したり。
    △中央に於ける銀行家の会合
 翌二十七日より二十八日に至るの間、益田其他の委員諸氏は渋沢男爵・吉川副会頭等と共に日本銀行に三島総裁を訪ひ、委員の作成したる提案に就き懇談を為したる結果、十月二十九日を以て日本銀行に勧業・興業・正金・台湾・第一・第十五・三井・三菱・安田・第百等の総裁・頭取等の主脳者集会し、協議の末此等各銀行家は製糸業に対し充分の好意を以て之を援助し、出来得る限りの便宜を与ふべしとのことに打合せ、日本銀行は直に電報又は電話を以て全国の支店出張所に示達する所あり、尚三島総裁・渋沢男爵より吉川副会頭及吉池理事に右の趣旨を回答せられたり。


中外商業新報 第一〇二四五号 大正三年一〇月二九日 ○生糸救済交渉委員の日銀訪問(DK520031k-0002)
第52巻 p.334-335 ページ画像

中外商業新報 第一〇二四五号 大正三年一〇月二九日
    ○生糸救済交渉
      委員の日銀訪問
 - 第52巻 p.335 -ページ画像 
生糸々価の激落に伴なふ本邦蚕糸業の大打撃を憂ひ、重なる生糸業者生糸関係金融業者及び蚕糸会幹部等は過般蚕糸会東京本部に会合し、之が救済方法を凝議し、或種の成案を得たるを以て、之れを実行するが為め委員を推選し、銀行方面に交渉することゝなりしが、二十八日渋沢男・吉川男・益田孝・尾沢琢郎・原富太郎の諸氏、委員として日銀に三島同行総裁を訪問し、右決議の要旨を懇々説述する所あり、之に対し三島総裁は其採否に付き何等の言明を与へざりしも、兎に角生糸救済は刻下の大問題たるを肯定し、日銀は生糸資金に対し是迄種々の便宜を与へ居れるも、特殊の方法とては未だ考案し居らず、されど今後に於て益々製糸家の便宜を開くに吝かならずとの挨拶あり、委員諸氏は之にて別れを告げたりと、尚生糸業者は救済意見の貫徹を期するが為め、近々の内蚕糸会大会を開催する企ての由なるが、同時に日本銀行に於ても生糸資金に関係ある銀行家を招き、其救済方法を協議する筈なりと


中外商業新報 第一〇二四六号 大正三年一〇月三〇日 ○生糸救済協議 銀行家日銀に会合(DK520031k-0003)
第52巻 p.335 ページ画像

中外商業新報 第一〇二四六号 大正三年一〇月三〇日
    ○生糸救済協議
      銀行家日銀に会合
生糸の暴落に伴ひ蚕糸界救済の必要益々加はれるより志村勧銀総裁・志立興銀総裁・井上正金頭取・山成台銀理事、渋沢男・佐々木勇之助(第一)・早川千吉郎(三井)・三村君平(三菱)・安田善三郎(安田)・松方巌(十五)・池田謙三(第百)の諸氏は二十九日正午日銀に参集し、日銀側よりは三島同行総裁・水町副総裁・木村理事列席し、午餐を共にしたる後、渋沢男より生糸救済資金の融通に付き製糸家の希望を述べ之に対する各銀行家の質問あり、互に意見を交換したる後、生糸の救済は各銀行に於て充分の好意を以て之に処し、営業上差支なき限り出来得る丈の便宜を与ふるに談じ合ひ、午後三時半散会したり
   ○「竜門雑誌」第三一八号(大正三年十一月)ニハ上掲十月二十九日・三十日ノ記事ノ要約ヲ掲載ス。ココニハ略ス。


大正三、四年 蚕糸業救済の顛末 河杉信勇編 第三四―四一頁 大正六年七月刊(DK520031k-0004)
第52巻 p.335-338 ページ画像

大正三、四年 蚕糸業救済の顛末 河杉信勇編 第三四―四一頁 大正六年七月刊
 ○第三 当業者の打撃と救済問題
    三、全国製糸家大会と安値非売同盟
○上略 横浜蚕糸貿易商同業組合にありては、八月廿八日臨時総会を開き生産調節に関し、九月二日午前九時全国製糸家大会を横浜市役所に開催することに決し、年産額五百梱以上の全国製糸家に宛電報を以て出席方を促かせり、当日来会せる者約八十名、之に組合員を合せて百余名に上り、小野光景氏座長席に着き、先つ糸況不振の経過を報告し、其善後策として生産の調節を講するの要を説き、之か実行案を作製する為め二十五名の委員を挙けて正午休憩を宜し、午後委員会を開きて左の議案を作製し、直ちに大会に附議せるか、中に一・二の異論ありたるも、結局大多数を以て之を可決し、午後五時半散会せり。
    決議
 一、朝夕の夜業を廃止すること。
 - 第52巻 p.336 -ページ画像 
 一、十一月三十日限り繰業を休止すること。
 一、春挽製糸は信州地方に於ては明年三月一日、他府県に於ては二月一日以前に於ては開業することを得す。
 一、九月二日以前に締結せし先約定は前各項の限りにあらす。
  但し横浜蚕糸貿易商同業組合へ申出て其の承認を経るものとす。
 一、本会に於て決定せし事項は地方組合と横浜蚕糸貿易商同業組合と協同して其実行を期すること。
 一、時局の必要に応し、横浜蚕糸貿易商同業組合は臨時製糸家大会を招集するものとす。
更に組合にては地方組合及製糸家宛左の書面に右の決議書を添へ、三日附を以て夫々通牒せり。
 粛啓 時下残暑の候御清福の段奉慶賀候、陳者客月四日附書翰を以て時局に対する救済方法として、生糸操業短縮の件申上置候得共、今回更に各地方製糸家より御相談有之、至急を要する場合に付、便宜上不取敢昨二日当地に於て五百梱以上出荷被成候全国製糸家の協議会相開き、熟議の末左記の通り決定致候、就ては貴方組合へも右の次第申上置候得共、何卒御同業者御協議被成下、本決議是非実行せられ候様何分御尽力に預り度、此段得貴意候也
 追伸、甚だ御手数に候得共御賛否至急御一報被成下度此段願上候
  大正三年九月三日 横浜蚕糸貿易商同業組合
 以上、当業者の苦心惨澹たるものありたるも、一方戦局は益々拡大し、其終局殆んと逆睹す可からさると同時に、市場の形勢亦日に非となり、十月下旬に入るや信州上一番七百円也てふ未曾有の暴落を告け中に二・三売り急ける向は既に六百八拾円をも売靡き、糸価の崩落底止する所を知らさらむとす、於是乎、当業者の憂慮更に切なるものありて、横浜蚕糸貿易商同業組合は之か応急策に就き鋭意画策する所あり、一方大日本蚕糸会にありても之に策応して寄々協議の結果、十月廿六日蚕糸会本部に協議会を開き、渋沢男・水町日銀副総裁・井上正金頭取・横浜側委員及蚕糸会役員等参集して慎重議を凝らし、委員として益田孝・原富太郎・小野光景・今井五介・尾沢琢郎の五氏を挙け結局左の二案を作製せり。
 第一案 政府若しくは日本銀行より此際救済資金として総額四千万円見当の融通を請ふこと。
 第二案 従来生糸資金として融通し居れる資金は、生糸滞積の為めに返済困難也、従て今後其期限到来の場合には、之か支払を猶予し、其手形の切替を為し、日銀更に再割引を為すこと。
斯くて右委員は廿八日日本銀行に正・副総裁と会見し、上記の二案を提けて逐一交渉する所ありたるか、第一案は金融界現下の事情に徴し到底交渉に応し難きも、第二案は一応有力銀行と申合せたる上、確答すへしとのことにて、遂に廿九日各有力銀行家との会見となり、其結果銀行団の意嚮も亦目下の事情に鑑み、資金回収上充分好意的態度に出つへしと云ふに一致したれは、資金融通の上には多大の便宜を得、当業者の打撃も為めに間接的には軽減せらるゝことゝなりたるか、然かも当時の事情は到底之れのみに依りて満足し得へきにあらす、第一
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案の交渉既に拒否せられたる以上、進んで積極的応急策を講ずるの要ありとし、横浜側は同月廿八日午後組合事務所に役員会を開き、慎重審議の結果、市況の情勢に応じ、一方生産を制限すると共に、他方糸価維持の為め牢乎たる盟約を確立して、安値の非売実行を為すに若かすと、即ち原案を作製して同日組合有志臨時総会を開き、小野組長より今日迄の運動経過を報告し、次て原案を修正補足して左の規約を訂盟し、書面を添へて一同連署の上二十九日付を以て全国各製糸家宛送達せり。
      規約
 今般生糸市場の状勢に応し、生産を調節し、価格を維持する目的を以て、同志相謀り、左記条項の実行を確守するものとす。
 第一条 現時の糸価を維持する為め、信州上一番格七百円以下にては盟つて之を売却せさること。
  但し上一番以外の品も総へて上一番七百円格を標準と為すこと。
 第二条 前条の目的を達する為め、本年十一月十日以後は全国製糸家に向て絶対に休業を希望すること。
  但し先約定品に対しては此限にあらす。
 第三条 我等同志は前条十一月十日以後は為替付の荷物を荷受けせさること。
  但し先約定品は此限にあらす。
 第四条 横浜定期市場へ現物の売繋きを為さゝること。
 第五条 同業者は互に徳義を主んし、他店の取引先に向て取引を為さゝること。
 第六条 市場現今の在荷其大半を減少せし場合には、協議の上各条章の盟約を解除することを得。
 右は各自の誠意を以て記名調印する者也。
  大正三年十月二十九日 横浜蚕糸貿易商有志(廿五名連署)
規約第一条但書に基く他品の格付は凡そ次の如し。
   ヱキストラ 不定 準優等 七百五拾円
   上武一番 七百拾円 信州上一番 七百円
      報告書
 拝啓 時下秋冷の候益々御健勝の段奉賀候、陳者此度の戦乱は実に曠古の大事件にして、蚕糸貿易に及ほす影響甚大に有之、且平和克復の期全く予測す可からざる状態に有之候間、之か救済の為め政府当局に対し、事情を具伸し、又銀行業者に対し状況を開陳し、百方攻究尽力仕候得共、糸況は日に益々沈衰し、縦令一段の安値にて販売するも、米国の商状として却て需要者をして逡巡せしめ、延いて取引を一層沈静ならしめ、其極如何なる惨状を呈するやも測り難き現況に御座候、然るに此儘放任致置候時は、荷物は益々堆積し、其結果は更に低落を重ね候事、自明の理に候得者、此際糸価を維持するの策を講ずるは、最も焦眉の急と存候間、今回同業者協議の末、別記の通り規約決定仕候、就ては一日も早く糸況恢復致候様、来る十一月十日限り断然繰業御休止被成下度此段特に得貴意候 敬具
 爾来、暴落に暴落を重ねたる糸価も、此規約に依りて辛うして安値
 - 第52巻 p.338 -ページ画像 
を堰止し、十二月に入りては蚕糸業救済見越しに信州上一番七百五拾円に引返へせるも、其運命未だ逆睹す可からさると共に、一方市中在荷は十一月末五万壱千梱を算し、歳末尚四万梱を存し、市場は兎角供給過多の趨勢を呈するに至りたれは、組合は大正四年二月二十六日更に緊急協議会を開き、蚕糸救済方法の確立する迄、春挽延期を製糸家に慫憑することに決し、前規約に二・三の訂正を加へ、前回同様連署を以て各製糸家に対し、左の如く通知する所ありたり。
○下略