デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
3節 毛織物業・製帽業
2款 東京帽子株式会社
■綱文

第52巻 p.467-470(DK520051k) ページ画像

明治43年2月28日(1910年)

是日栄一、日本橋偕楽園ニ於テ開カレタル当会社株主総会ニ出席ス。其後モ、株主総会・創業二十周年祝賀会等ニ出席シ、マタ屡々馬越恭平・土肥脩策・早速鎮蔵等当会社首脳者ノ来訪ニ接シ、社業ノ状況ヲ聴取ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK520051k-0001)
第52巻 p.467 ページ画像

渋沢栄一日記 明治四三年        (渋沢子爵家所蔵)
二月九日 朝雨後晴 寒
○上略
早速・土肥二氏来リ、帽子会社ノ会計ニ関シ報告スル所アリシモ、尚ホ重役会ニ協議シテ後申来ルヘキ旨ヲ示シテ書類ヲ返却ス
○下略
   ○中略。
二月十六日 晴 寒
午前七時起床入浴シ畢テ朝飧ヲ食ス○中略 早速鎮蔵氏来リ東京帽子会社ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
二月二十八日 曇 寒
○上略十二時偕楽園ニ抵リ、東京帽子会社株主総会ニ出席ス○下略


(八十島親徳)日録 明治四三年(DK520051k-0002)
第52巻 p.467-468 ページ画像

(八十島親徳)日録 明治四三年    (八十島親義氏所蔵)
八月九日 終日雨
午前十時帽子会社ノ重役会ニ臨ム、製造モ順況ニシテ本分両工場ニテ毎月各一千打位ツヽノ出来高ナリ、売立モ本月廿日頃ヨリ開始ノ訳ナルガ前景気ハヨキ方也ト○下略
   ○中略。
九月十一日 半晴
朝柳島ナル帽子会社分工場ニ至ル、重役会也、去月ノ洪水ハ、同工場十二日ノ夕刻ヨリ二十七・八日頃マテ浸水、地上五・六尺、事務所床上三尺余ニ及ヒタレハ其間作業不可能ナリシ為ノ損害ノ外、製品倉庫中ノ製品約八・九百打ヲ濡ラシタルニ付、総損害ハ約七千余円ニ及ヒタリ、又来年輸入税ノ引上(一打七円半)(現在ハ従価一割)ニ伴ヒ、フワーノ帽体ヲ輸入シ約一千打位試製スヘク、其結果ニヨリ将来ハフワーノ原料輸入ノ上、全然製造スルニ至ラン方針トナス○下略
   ○中略。
十一月廿二日 晴 寒シ
朝帽子会社重役会ニ臨ム、帽子同盟会員宮内良助失敗、二万円計ノ手形仕払延期ヲ承諾スルノ不得已ニ至リシ件アリ、販売ノ方法確実ノ域
 - 第52巻 p.468 -ページ画像 
ニ達セス、時々困却ノ事ヲ生スルナリ○下略


(八十島親徳)日録 明治四四年(DK520051k-0003)
第52巻 p.468 ページ画像

(八十島親徳)日録 明治四四年    (八十島親義氏所蔵)
二月九日 晴 烈風
○上略 十時帽子会社ノ重役会ニ臨ム、本年度決算ハ水害ノ直接損失七千五百円等アリシ為メ配当著シク減シ六分ノ案也、外ニ東京帽子商人同盟会解散ニツキ、従来ノ競市場ニテ売立ヲ廃シ、自由販売ノ方法ヲ取ルノ外ナキニ至リ、頗ル困却ニ付、同盟会再興ノ方ニ導クヘキヤ否ヤ等ノ重要問題アリ、未決ノマヽ三時解散○下略
   ○中略。
二月二十日 晴
○上略 午后兜町ニテ帽子会社重役会ヲ開キ、東京帽子屋同盟会解散善後策(再興セシムル事)ヲ協議ス○下略
   ○中略。
九月十四日 晴 暑シ
○上略午後馬越氏来訪、帽子会社当局者取換ノ必要等ニツキ男爵ノ伝言及卑説ヲ陳ブ
○下略


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK520051k-0004)
第52巻 p.468 ページ画像

渋沢栄一日記 明治四四年         (渋沢子爵家所蔵)
九月十日 晴 暑
午前七時起床入浴シテ朝飧ヲ食ス○中略 土肥修策氏来リ帽子会社ノ事ニ付種々ノ意見ヲ述フ、且書面ヲ提出セラル○下略
   ○中略。
十月三日 曇 冷
○上略 午前十時半事務所ニ抵リ、馬越恭平氏ノ来訪ニ接シテ、帽子会社ノ事ヲ協議ス、又早速・土肥ノ諸氏ト会話ス○下略
   ○中略。
十月二十六日 晴 冷
午前七時半起床半身浴ヲ為シテ後朝飧ヲ食ス、土肥修策氏来リ東京帽子会社ノ事ヲ談ス


渋沢栄一 日記 明治四五年(DK520051k-0005)
第52巻 p.468 ページ画像

渋沢栄一日記 明治四五年         (渋沢子爵家所蔵)
一月七日 晴 寒
午前八時起床入浴シテ朝飧ヲ食ス、畢テ安田久之助氏来リ、帽子会社営業ノ状態ヲ談話ス○下略


(八十島親徳)日録 明治四五年(DK520051k-0006)
第52巻 p.468-469 ページ画像

(八十島親徳)日録 明治四五年     (八十島親義氏所蔵)
二月二日 雨
○上略午後二時ヨリ竹川町大日本ビール楼上ニテ東京帽子重役会、馬越会長・土肥支配人ト会シ諸事協議、総会ハ来ル二十七日ト定ム、利益七万七千余円アリ、資本ニ対シ殆五割也、株主配当率ハ年一割五分、重役賞与ハ百分ノ十三・四、又賞与ノ分配率ノ事ナド相談ス○下略
   ○中略。
 - 第52巻 p.469 -ページ画像 
二月二十七日 少雨
○上略 十一時偕楽園ニ至ル、帽子会社定時総会也、馬越氏会長トナリ、計算其他承認ヲ求ム、満場一致可決、此度ハ資本十六万七・八千円ニ対シ一ケ年八万円ノ利益、株主モ大ニ満足セリ、配当ハ年一割五分ニ止メ、主トシテ財産減価償却ニ充テタリ○下略


中外商業新報 第九二八一号 明治四五年三月二日 東京帽子会社拡張(DK520051k-0007)
第52巻 p.469 ページ画像

中外商業新報 第九二八一号 明治四五年三月二日
    東京帽子会社拡張
馬越恭平氏を社長とせる同社は、支那革命に伴ふ断髪令実行にて同国帽子販売業者より競争にて販売方の申込を受け、其為め今期決算は一割五分配当の好成績を挙げたるが、今回資本金二十二万五千円に対する未払込株金五万六千二百五十円を本年六月払込む事とし、直に五十万円に増資し、将来の拡張を計る筈にて、目下夫々各工場増築を計画中也と


渋沢栄一日記 明治四五年(DK520051k-0008)
第52巻 p.469 ページ画像

渋沢栄一日記 明治四五年         (渋沢子爵家所蔵)
五月十日 晴 軽寒
午前六時半起床入浴シテ朝飧ヲ食ス○中略 土肥脩策氏来リテ帽子会社ノ事ヲ談ス○下略


東京帽子株式会社毎月報告表 大正二年一二月 刊(DK520051k-0009)
第52巻 p.469 ページ画像

東京帽子株式会社毎月報告表 大正二年一二月 刊
十二月一日 会社創業二十周年紀念祝賀会ヲ浜町花屋敷常磐屋ニ於テ開催シ、左ノ創業以来ノ功労者ヲ招請セリ
 蜂須賀侯爵・渋沢男爵・益田孝・飯田義一・高松豊吉・堀江助保・阪田貞一・佐々木勇之助・早速鎮蔵氏ノ九名(内益田・堀江・阪田・早速四氏不参)


渋沢栄一日記 大正四年(DK520051k-0010)
第52巻 p.469 ページ画像

渋沢栄一日記 大正四年         (渋沢子爵家所蔵)
二月廿五日 晴
午前七時起床入浴後朝飧ヲ食シ、畢テ土肥脩策氏来訪シテ帽子会社ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
二月廿七日 曇
○上略午前九時早稲田大隈伯邸ニ抵リ○中略 畢テ偕楽園ニ抵リ、帽子会社株主総会ニ出席シ、馬越氏ト種々協議ス○下略


渋沢栄一日記 大正七年(DK520051k-0011)
第52巻 p.469 ページ画像

渋沢栄一日記 大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
二月二十五日 晴 寒気厳ナラス湯河原ト差異ナキニ似タリ
○上略 午後十一時半第一銀行《(前)》ニ抵リ、更ニ偕楽園ニ抵リテ帽子会社株主総会ニ出席ス、午飧ヲ共ニシテ○下略


渋沢栄一日記 大正八年(DK520051k-0012)
第52巻 p.469-470 ページ画像

渋沢栄一日記 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
二月三日 大雪 厳寒、昨夜ヨリ降雪朝来積テ七寸以上ニ及フ、庭園皚々寒威殊ニ凜冽タリ
 - 第52巻 p.470 -ページ画像 
○上略 六時ヨリ浜町常盤屋ニ抵リ、帽子会社ノ招宴ニ出席ス、同族多ク来会ス、種々ノ余興アリ、夜十一時散会○下略


渋沢栄一日記 大正九年(DK520051k-0013)
第52巻 p.470 ページ画像

渋沢栄一日記 大正九年         (渋沢子爵家所蔵)
三月二日 曇 寒
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リ、帽子会社ノ招宴ニ応ス、同族多ク来会ス、種々ノ余興アリ、夜十時帰宅○下略