デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
5節 製糖業
1款 大日本製糖株式会社
■綱文

第52巻 p.520-525(DK520064k) ページ画像

大正8年5月3日(1919年)

是日、当会社社長藤山雷太、就任十周年ヲ祝シ、自邸ニ於テ園遊会ヲ催ス。栄一、書翰ヲ送リテ祝意ヲ表ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK520064k-0001)
第52巻 p.520 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年          (渋沢子爵家所蔵)
五月二日 曇 軽暖
○上略 藤山雷太氏ヨリ電報ニテ明日ノ園遊会ニ強テ出席セサルヨウ申シ来ル○下略
五月三日 晴 軽寒、午前ヨリ大風夕方ニ至リテ歇ム
○上略 藤山製糖会社長ヨリ電報ニテ、此日同社ノ祝典ニ出席ノ約アルモ病後ノ健康ニ害アルヲ恐レテ見合ハセノ事ヲ通シ越シタリ、依テ其意ニ従ヒ欠席ノ事ヲ電報ニテ回答ス○中略十一時秀雄来リ、本日ノ出京ヲ見合ハ《(ス脱カ)》ヘキ事ヲ告ケラル、即チ製糖会社長藤山氏ヘ特ニ一書ヲ作リ、水辺ヲ使トシテ本日ノ欠席ト其厚意トヲ陳謝ス○下略
  ○栄一、五月一日ヨリ病後静養ノタメ大磯ノ明石別宅ニ滞留中。


藤山雷太伝 西原雄次郎編 第三六九―三七三頁昭和一四年一二月刊(DK520064k-0002)
第52巻 p.520-522 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕日糖最近廿五年史 大日本製糖株式会社編 第九九―一〇二頁昭和九年四月刊(DK520064k-0003)
第52巻 p.522-523 ページ画像

日糖最近廿五年史 大日本製糖株式会社編  第九九―一〇二頁昭和九年四月刊
 ○第三、遂行篇
    三六、整理完成
 藤山社長は就任の当初十年を期して整理を完成す可しと声明せり。而して大正八年下半期第四十八回の考課状に添付せる整理の経過次の如し。異常の好成績と云ふ可きなり。
      整理経過
 去る明治四十二年七月整理案編成当時の負債勘定中、年賦其の他の方法を以て整理す可き債務総額は、
  金壱千四百万八千九百八十九円九拾弐銭
なりしが爾来整理頗る好調に進捗し、当期末迄に償還せられたるもの
 - 第52巻 p.523 -ページ画像 
  金壱千参百四拾六万七千七百九拾七円七拾参銭
内当期中に償還せるもの
  金壱万参千弐百八拾九円七拾六銭
    大里工場買収社債、及び無担保債務に対する延滞利息年賦償還金
にして、尚決算後今日迄に債務残額
  金五拾弐万七千九百円
    台湾銀行信託社債(年賦借入金更改分)償還金
  金壱万参千弐百九拾円拾九銭
    大里工場買収社債、及び無担保債務に対する延滞利息年賦償還金
 小計金五拾四万壱千百九拾円拾九銭
を完済せり。
 又、前顕債務に附随せる利息中、当期間に
  金壱万八千四百七拾六円五拾銭
    台湾銀行信託社債(年賦借入金更改分)利息
を仕払ひ、決算後今日迄に支払を了したるもの
    台湾銀行信託社債(年賦借入金更改分)利息
にして、去る明治四十二年下半期以降整理又は仕払済の利息累計額は
  金七拾九万五千参百八拾四円
    第一回日本興業銀行信託社債利息
  金七拾九万五百六拾弐円五拾銭
    第二回同社債(大里工場買収社債更改分)利息
  金五拾弐万五千百四拾五円八拾参銭
    大里工場買収社債利息
  金四拾六万五千四百七拾弐円拾銭
    台湾銀行信託社債(年賦借入金更改分)利息
  金百六万七千参百五拾八円九拾九銭
    無担保債務利息
  金参拾七万弐千九拾壱円拾六銭
    延滞利息(明治四十二年十月迄分)
  合計四百壱万六千拾四円五拾八銭
なり。之に前掲元金償還額を合算する時は、実に
  金壱千八百弐万五千四円五拾銭
の巨額に達し、是等は皆明治四十二年下半期以降毎期利益金及び資産整理回収金を以て整理又は仕払はれたるものにして、当初明年末を以て終了の予定なりしが、満十ケ年の今日整理完了せらるゝ事となりたり。



〔参考〕(大日本製糖株式会社) 二十五周年祝賀会誌 同会社編第六八―七〇頁昭和九年七月刊(DK520064k-0004)
第52巻 p.523-525 ページ画像

(大日本製糖株式会社) 二十五周年祝賀会誌  同会社編
                      第六八―七〇頁昭和九年七月刊
 ○四、挨拶及祝辞
    祝辞
○上略
 - 第52巻 p.524 -ページ画像 
  男爵 若槻礼次郎殿
○中略
 当時大日本製糖会社は、各方面に色々履行せられなければならない債務が沢山あつたやうであります。其支払をせられなければならない義務の中には数百万円の砂糖消費税の未納金があつたのであります。此関係からして大蔵省も亦大日本製糖会社の整理内容に立入つて、如何にして整理せられるか、或は整理が出来ないのか、それを知らなければならない立場に立つたのであります。其時初めて私は日糖の整理案の如何なるものであるかと云ふことを、どうしても見なければならぬやうになつて、初めて其会社の状態を知ることになつたのであります。大日本製糖会社と言ふが如き大会社が整理に附せられたと云ふ場合に於て、其死活の問題が一に税金の問題であると云ふことに相成りまして、税金の関係が大日本製糖会社を活かすか殺すかの岐れ目であると云ふことに相成るならば、それなら法律の許す範囲内に於て出来るだけの手心を加へて法律を執行せなければならぬと云ふのは、当時大蔵省の人間の考であります。御承知の通り債務ならば、債権者が期限を延ばすとか何とか言つて相談が出来るのでありますけれども、税金は法律に於てちやんと其徴収の時も徴収の方法も定めてあるのでありますから、宜い加減な官庁の任意でどう斯う致しませうと云ふことは出来ないのであります。
 併し只今申上げる通りに、日本に於て今日は沢山な大会社が出来ましたが、当時は大日本製糖会社位な大会社は余り多くなかつたのであります。而も非常に利益は多く、さうして会社は確であると云ふことでありましたから、日本の人は固より外国人迄も日糖会社の株を持つて、現に帝国に在勤して居つた外国の使臣すらも大日本製糖会社の株を持つて居ると云ふ位に、非常な信用のある会社が一朝にして破綻すると云ふ場合でありまするが故に、是が税金の関係だけでさうなるならば、成べく会社の復活に便になるやうな法律の執行をしなければならぬと云ふが当時の大蔵省の考であつたのであります。併ながら、之を考へると共に、本当に大日本製糖会社は復活するのであるや否や、折角好意を以て法律の執行を最大限度に於て手心を加へて居つて、而して結局会社は成立たぬと云ふことになつて、税金全部が損失になると云ふことになつたんでは、それは政府の役人としても申訳のないことであるのみならず、又国民に対しても誠に相済まぬ次第でありまするから、整理案などは果して実行が出来るや否や、実行してそれで会社が復興するや否や、而して安心して大蔵省の税金は損にならないや否や、其心証を得なければ大蔵省の当局としては、容易に整理案を見ても法律の執行に対して手心を加へると云ふことは出来ないのであります。処が其心証を大蔵省に得せしめる役目を勤めることは藤山君であつたのであります。藤山君が誠に緻密なる計算を、今でも皆様御承知の通り当時からそれでありましたが、誠に巧妙なる弁舌を以て会社の状況を説かれて、将来斯様にして決して政府には迷惑を掛けませぬと云ふことを言はれた為に、大蔵省は遂に最大限度の手心を加へて法律を曲げず、而して大日本製糖が活立つて行くやうにする其途に出た
 - 第52巻 p.525 -ページ画像 
のであります。斯様にせしめたのは一に藤山君の力であつたのであります。想ふに藤山君が大蔵省以外の他の債権に対して整理案を納得して承認せしめられたのも亦、大蔵省を説得せられたと同じ努力を以てなされたことであらうと存ずるのでありまして、大日本製糖会社を更生せしめるが為に立派な整理案を作つて、而して今日は此の祝賀会を開いて、藤山君の功績を称へなければならぬやうになされたのは、総て藤山君の精力と誠意との結果であると申上げて宜しいと思ふのであります。(拍手起る)
 当時藤山君の立てられた整理案に対して色々債権者間には意見があつたらうと思ひます。左様なことは私は一つも存じません。唯藤山君の整理案を何とかして成立せしめて、会社を活かしたいと云ふことに最も援助を与へられたのは桂公爵・渋沢子爵・豊川良平・早川千吉郎等の諸君であつたのでありますが、是等の諸君は今日皆故人になられて、此席上に之を見ることの出来ぬことは恐らく藤山君も御遺憾であらうと存じます。桂公の下に次官を勤めて居りました私としては、どうしても玆に藤山君の非常な御努力であつたと云ふことを申上げて、諸君の御記憶を新たにするのが私の義務であると存じますから、是たけのことを申上げて置きます。
○下略
  ○右ハ昭和九年四月二十七日藤山社長就任二十五周年記念祝宴ニ於ケル祝辞ノ一節ナリ。