デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
6節 窯業
2款 日本煉瓦製造株式会社
■綱文

第52巻 p.533(DK520067k) ページ画像

大正4年1月27日(1915年)

是日及ビ七月二十四日、栄一、日本橋倶楽部ニ於テ開カレタル当会社定時株主総会ニ出席ス。大正七年三月十四日、浜町常盤屋ニ於ケル当会社三十年記念会ニモ出席シ、懐旧談ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四五年(DK520067k-0001)
第52巻 p.533 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四五年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十二日 晴 寒
午前八時起床スルモ風邪気ニ付、半身浴ヲ為シ、後褥中ニ在テ朝飧ヲ食ス○中略諸井恒平来リ、煉瓦会社ノ事○中略ヲ談話ス○下略


(八十島親徳)日録 明治四五年(DK520067k-0002)
第52巻 p.533 ページ画像

(八十島親徳)日録  明治四五年    (八十島親義氏所蔵)
一月廿四日 曇
○上略 十一時ヨリ日本橋クラブニ日本煉瓦会社総会ニ臨ム、配当ハ依例一割六分、然カレトモ政府事業縮少或は鉄筋コンクリート流行ノ為、煉瓦事業ノ前途ハ楽観スヘカラストイヘリ、取締役補欠選挙ニハ諸井恒平氏ノ希望ニテ、其弟諸井四郎及部下伊藤新作ヲ就任セシム○下略


渋沢栄一 日記 大正四年(DK520067k-0003)
第52巻 p.533 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年         (渋沢子爵家所蔵)
一月廿七日 晴
○上略 十二時日本橋倶楽部ニ抵リ、日本煉瓦会社ノ総会ニ出席ス○下略
  ○中略。
七月廿四日 晴
○上略 正午日本橋倶楽部ニ抵リ、日本煉瓦会社ノ総会ヲ開キ、要件ヲ議決ス○下略


渋沢栄一 日記 大正七年(DK520067k-0004)
第52巻 p.533 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十九日 寒強シ 少シク曇ルモ雨ニ至ラス
○上略
午前諸井恒平氏来リ煉瓦会社ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月三日 曇 寒
○上略
諸井恒平氏来リ、煉瓦会社ノ謝儀トシテ目録ノ金員ヲ寄贈セラル○下略
  ○中略。
三月十四日 晴 日ヲ追フテ寒威ノ減スルヲ覚フ
○上略 六時浜町常盤屋ニ抵リ、煉瓦会社三十年紀念会ニ出席ス、一場ノ懐旧談ヲ為ス、余興数番アリ、来会者三十人余ニテ盛会ナリ○下略
  ○栄一演説筆記ヲ欠ク。