デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
7節 造船・船渠業
1款 株式会社東京石川島造船所 付 株式会社石川島飛行機製作所
■綱文

第52巻 p.577-578(DK520077k) ページ画像

大正15年8月13日(1926年)

是月、当会社ニ労働争議アリ。是日栄一、渡辺得男・白石喜太郎ニ命ジテ事情ヲ調査セシム。


■資料

渋沢栄一書翰 渡辺得男・白石喜太郎宛(大正一五年)八月一三日(DK520077k-0001)
第52巻 p.577 ページ画像

渋沢栄一書翰  渡辺得男・白石喜太郎宛(大正一五年)八月一三日
                    (白石喜太郎氏所蔵)
副啓 過日新聞紙にて一覧いたし候石川島造船所之職工不穏之趣記載有之、引続き新井等之尽力にて調停相成候旨詳細に報道有之候、右ハ何等之事情にて相発し、何様ニ協議出来候事なる哉、其要旨無関係者にも正確に了解し得る様正雄ニ御打合相成、早々御通報被成度候
○中略
  八月十三日
                        栄一
    渡辺 白石 両兄梧下
○下略


渋沢栄一書翰 白石喜太郎宛(大正一五年)八月一九日(DK520077k-0002)
第52巻 p.577 ページ画像

渋沢栄一書翰  白石喜太郎宛(大正一五年)八月一九日 (白石喜太郎氏所蔵)
○上略
石川島造船所職工ニ不穏之挙動有之候云々ハ、昨夕正雄当方ニ来訪、夫々承合了解仕候、又田園都市会社之事も秀雄より之書状ニて分明いたし候
  八月十九日
                        渋沢栄一
    白石喜太郎様
         貴答
○下略


石川島重工業株式会社一〇八年史 同社社史編纂委員会編 第三七二―三七三頁 昭和三六年二月刊(DK520077k-0003)
第52巻 p.577-578 ページ画像

石川島重工業株式会社一〇八年史 同社社史編纂委員会編
                      第三七二―三七三頁昭和三六年二月刊
 ○沿革史編 第二編 第四章 戦後反動不況期における当社
    第七節 労務対策
〈労働争議の続発〉
 第一次世界大戦はわが国の労働運動にとつても大きな転換期を画した。労働者の総数は戦前より飛躍的に増大した。労働運動はより大規模に、そしてより組織的に行なわれるようになつた。大戦中の物価と賃金の上昇の跛行は、労働者の生活をいつそう困難にしたので、労働運動は急速に発展し、労働組合は各地に結成された。戦後、失業の脅威が加わると、同盟罷業は激増し、大正八年(一九一九)には全国で四九七件という空前の記録を示した。
 当社においても、すでに大正七年八月社会主義思想の研究および実践を目的に、労働団体である啓成会が結成され、大正八年はじめには会員数は二〇名を越えた。
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 大正八年(一九一九)七月一九日、当社の鉄工約七〇〇名が主体となつて、三割の賃上げを要求して同盟罷業にはいつた、のちには全職工に波及し、参加人員は約三、五〇〇名に達し、大規模な争議となつた。当時の職工の給料は、諸手当を含めて、最低月に三〇円から最高一五〇円であつた。七月二二日諸手当を本給になおし、さらに日給の約二割強を増額する条件で罷業は解決した。ついで同年一〇月二八日若松分工場に争議がおこつた。八時間労働の実行と賃金増額を要求して、一一月八日まで部分的怠業を行つた。会社は八時間労働制と一割増給を認めて、解決した。
 大正一〇年(一九二一)には全国的に激しい同盟罷業が続発し、神戸の川崎・三菱両造船所をはじめ、関西・京浜地区のおもな造船所にあいついで、労働争議がおこつた。当社の啓成会は、同年七月に造機造船工労働組合へ組織を拡大した。不況とともに臨時工は多数解雇され、労働不安は社内に広がつていた。生活難のため、賃金引上げと退職手当の増額を要求して、一〇月八日から本社工場は同盟罷業にはいつた。同月一三日つづいて深川分工場にも争議がおこつたので、当社は本社・分工場とも休業し、争議の解決にあたつた。約四〇日間にわたる同盟罷業も、争議の深刻化を懸念してあつせんに乗りだした大迫海軍大将の調停で終結した。分工場は一一月二日、本社工場は一一月一一日から作業を再開し、一一月末にいたり平素の状態に復した。組合側は五三名の解雇者を出した。翌一一年(一九二二)五月一一日不当解雇者の復帰を要求して本社工場に同盟罷業が起つたが、一九日解決した。組合幹部一六名が解雇された。同一五年(一九二六)七月二二日、旋盤工三名の解雇から端を発し、賃上げ、除隊後の無条件復職保証、罰金制度の廃止を目的に、本社工場・深川分工場に同盟罷業がおこつた。会社は賃上げ以外の要求の一部を認めたので、八月一〇日妥結した。ついで同年九月一三日ふたたび賃金増給を要求し同盟罷業がおこつたが一八日終結した。
  ○右ハ刊行ニ当リテ追補ス。尚、右原本ハ横組ミ、数字ハ算用数字。