デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
8節 鉄鋼
4款 株式会社大島製鋼所
■綱文

第53巻 p.52-57(DK530012k) ページ画像

大正6年11月15日(1917年)

是日、日本橋倶楽部ニ於テ、浅野総一郎・大川平三郎・白石元治郎等ノ発起ニ係ル当会社創立総会開カル。渋沢同族株式会社、株主トナル。


■資料

竜門雑誌 第三五四号・第一五九頁 大正六年一一月 ○大島製鋼所創立総会(DK530012k-0001)
第53巻 p.52 ページ画像

竜門雑誌 第三五四号・第一五九頁 大正六年一一月
○大島製鋼所創立総会 株式会社大島製鋼所(資本金六百万円)は十一月十五日日本橋倶楽部に於て創立総会を開き、創立委員長大川平三郎君より諸般の報告をなし、次で創立に関する一切の手続を議了し、玆に会社の設立を了したる由なるが、尚ほ取締役及び監査役並に相談役には左の諸氏就任に決せりと云ふ
  △取締役 大川平三郎(社長) 松野千勝(常務) 大倉発身 白石元治郎 田中栄八郎 黒板伝作 原正幹
  △監査役 山田馬次郎 渋沢武之助 綿貫吉秋
  △相談役 大倉喜八郎 浅野総一郎


株式会社大島製鋼所定款 第一―八頁刊(DK530012k-0002)
第53巻 p.52-54 ページ画像

株式会社大島製鋼所定款 第一―八頁刊   (渋沢子爵家所蔵)
    定款
      第一章 総則
第一条 本会社ハ株式会社大島製鋼所ト称ス
第二条 本会社ハ鋳鋼・鍛鋼及諸機械ノ製造販売並ニ之レニ関聯スル事業ヲ営ムヲ以テ目的トス
第三条 本会社ハ本店ヲ東京府南葛飾郡大島町ニ置ク
 但シ業務ノ都合ニ依リ適当ノ地ニ支店又ハ出張所ヲ設クルコトアルヘシ
第四条 本会社ノ公告ハ本店所在地所轄区裁判所ノ登記公告ヲ為ス中外商業新報ニ掲載ス
      第二章 資本及株式
第五条 本会社ノ資本金ハ金六百万円トシ、之レヲ拾弐万株ニ分チ、壱株ノ金額ヲ金五拾円トス
第六条 本会社ノ株券ハ壱百株券・拾株券及壱株券ノ参種トシ、総テ記名式トス
第七条 株金払込ノ時期及金額ハ取締役会ノ決議ニ依リ之ヲ定メ、少クトモ二週間以前ニ其通知ヲ発送スヘシ
第八条 株主若シ払込期日ニ払込ヲ怠リタル時ハ金壱百円ニ付キ一日金四銭ノ割合ヲ以テ延滞利息ヲ支払ヒ、尚ホ之レカ為メニ生シタル損害ヲ賠償スヘシ
第九条 株式ノ売買譲渡ヲ為シタル時ハ、本会社所定ノ書式ニヨリ該株券ヲ添ヘ名義書換ヲ請求スヘシ
 - 第53巻 p.53 -ページ画像 
 相続遺贈其他法律上ノ手続ニヨリ株式ヲ取得シ又ハ氏名変更ノ為メ名義書換ヲ為サントスルトキハ、請求書ニ其事実ヲ証明スヘキ書類ヲ添付スヘシ、又場合ニヨリ相当ト認ムル保証人弐名以上ヲ立テシムルコトアルヘシ
第十条 株券ノ併合分割ヲ求メ、若クハ之ヲ毀損シタル為メ其引換ヲ求メントスルトキハ、本会社所定ノ書式ニヨリ請求ヲ為スヘシ
 株券ヲ亡失シ、又ハ甚シク汚損シ、更ニ其ノ交附ヲ受ケントスルトキハ、弐名以上ノ保証人連署ヲ以テ其事由ヲ記載シタル書面ヲ提出スヘシ、本会社ハ請求者ノ費用ヲ以テ其ノ旨ヲ公告シ、三十日以上九十日以内本会社ニ於テ定ムル期間ヲ経過シ故障ナキモノト認メタルトキハ、新株券ヲ交附スヘシ
第十一条 株券名義書換ハ一枚ニ付金拾銭、新株券交附ハ一枚ニ付金参拾銭ノ手数料ヲ徴収スヘシ
第十二条 株主其住所氏名又ハ印鑑ヲ変更シタルトキ、又ハ相続ノ開始アリタルトキハ、直チニ之ヲ届出ツヘシ
 外国又ハ一週間以内ニ郵便物ノ到達セサル地ニ住所ヲ有スル株主ハ一週間以内ニ郵便物ノ到達スヘキ内地ニ仮住所又ハ代理人ヲ定メ、本会社ニ届出ツヘシ、其変更アリタルトキ亦同シ、本条ノ届出ヲ怠リタル為メ書類ノ不到着又ハ遅延ヲ生スルコトアルモ、本会社ハ其責ニ任セス
第十三条 本会社ハ総会前三十日以内ノ期間ヲ定メ公告ヲ為シ、株券ノ名義書換ヲ停止スルコトアルヘシ
      第三章 役員
第十四条 本会社ノ取締役ハ七名以内、監査役ハ参名以内トシ、弐百株以上ノ株式ヲ所有スル株主中ヨリ総会ニ於テ選挙ス
第十五条 取締役ハ互選ヲ以テ社長一名ヲ置ク、業務ノ都合ニヨリ専務取締役・常務取締役ヲ置クコトヲ得
第十六条 取締役ノ任期ハ満参ケ年、監査役ノ任期ハ満弐ケ年トス、但シ在任中ノ最終ノ決算期ニ関スル定時総会以前ニ其任期ヲ満了スルトキハ、該総会ノ終結スルマテ其任期ヲ延長ス
第十七条 取締役・監査役ニ欠員ヲ生シタルトキハ、株主総会ヲ開キ補欠選挙ヲ行フ、此場合ノ任期ハ前任者ノ残期トス、但シ取締役・監査役全員ノ選挙ヲ行フ場合ハ前条ノ任期ニヨル
 在任者ノ数カ法定ノ人員ヲ欠カサルトキハ、取締役会ニ於テ必要ト認ムル時期マテ前項ノ選挙ヲ延期スルコトヲ得
第十八条 取締役ハ在任中、其所有スル株式弐百株ヲ監査役ニ供託スヘシ
 監査役ハ取締役退任後ノ株主総会ニ於テ其責任解除アリタル後前項ノ株式ヲ返還スヘシ
第十九条 取締役・監査役ノ報酬ハ株主総会ノ決議ヲ以テ之ヲ定ム
      第四章 株主総会
第二十条 定時総会ハ毎年五月・拾壱月之レヲ開会ス
第二十一条 総会ノ議長ハ取締役社長之ニ任シ、議事ヲ整理ス、取締役社長差支アルトキハ他ノ取締役之ニ任ス
 - 第53巻 p.54 -ページ画像 
第二十二条 総会ノ決議ハ出席株主議決権ノ過半数ニヨル、可否同数ナルトキハ議長之ヲ決ス
 議長ハ自己ノ議決権ヲ行フコトヲ妨ケス
第二十三条 総会ニ於ケル株主ノ議決権ハ一株毎ニ一個トス、但シ株金払込ヲ怠リタル株主ハ、其払込ヲ為スマテ議決権ヲ行フコトヲ得ス
第二十四条 株主若シ代理人ヲシテ議決権ヲ行ハシメントスルトキハ其法定代理人又ハ本会社ノ株主ヲ以テ代理人トスルコトヲ要ス
第二十五条 総会ノ決議ハ決議録ニ記載シ議長及出席株主弐名以上之ニ署名捺印スヘシ
      第五章 計算
第二十六条 本会社ハ毎年四月・拾月ニ於テ決算シ、損益計算書・財産目録・貸借対照表・営業報告書等ヲ総会ニ提出シテ其承認ヲ受クヘシ
第二十七条 本会社ノ損益計算ハ毎期総収入金ヨリ諸支出金・償却金及賞与金ヲ控除シタル残額ヲ純益金トス、但シ賞与金ハ総収入金ヨリ諸支出金ヲ差引キタル残額ノ十分ノ一ヲ超過スルコトヲ得ス
第二十八条 本会社ノ純益金ノ分配ハ、法定積立金トシテ其百分ノ五以上ヲ控除シ、残額ヲ株主ニ配当ス、但シ計算ノ都合ニヨリ別途積立金及後期繰金ヲ為スコトアルヘシ
第二十九条 株主配当金ハ其計算期最終ノ株主ニ払渡スモノトス
第三十条 別途積立金ハ株主配当金ノ補充其他臨時必要ニ応シ之ヲ支出スルコトヲ得
      第六章 附則
第三十一条 本会社ノ負担ニ帰スヘキ設立費用ハ金五千円以内トス
    以上
  大正六年拾月参日


青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年十月十二日(DK530012k-0003)
第53巻 p.54 ページ画像

青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年十月十二日
                   (渋沢子爵家所蔵)
    大島製鋼所
                取締役 白石元治郎氏談
                   昭和二年十月十二日日本鋼管会社事務所に於て
 大島製鋼所には渋沢子爵の御尽力はなかつた様です。此会社は浅野さんと大川さん二人の相談で出来た会社で、渋沢家は唯株主となられました。其関係から武之助さんが役員と成られたのです。


大川平三郎君伝 竹越与三郎編 第三八二―三八三頁 昭和一一年九月刊(DK530012k-0004)
第53巻 p.54-55 ページ画像

大川平三郎君伝 竹越与三郎編 第三八二―三八三頁 昭和一一年九月刊
    第二十一、製鉄事業
○上略
 今一つの製鉄事業は株式会社大島製鋼所であつて、関東では唯一の大製鋼所である。大型船材・大車軸等を製造する設備を持つて居る。
 大川君の歌沢友達に山田昌邦といふ老人があつた。氏は東京製綱会社の社長であつた。大島製鋼所は此の会社の分工場で、線材の製造を
 - 第53巻 p.55 -ページ画像 
目的として計画されたものであつたやうである。ある時大川君が歌沢の一声を唸るべく山田昌邦氏に招かれたとき、談偶々製鋼工場の問題となり、山田氏は大川君に対し、此の工場を引受けないかとの交渉があつた。山田氏の話はあまりに突然であつたので、大川君も一時は浚巡したが、浅野総一郎君に相談し、直に両人で買収の話を進めた。然るに此の事を聞いた大倉喜八郎翁が加入したしと申込んで来たので、大川・浅野・大倉三派で五百万円の株式会社を組織し、東京製綱の分工場を買収し、大川君が社長として経営の任に膺つた。時に大正六年七月である。
○下略


株式会社大島製鋼所第一回報告書 大正七年上半期 第一―五頁刊(DK530012k-0005)
第53巻 p.55-56 ページ画像

株式会社大島製鋼所第一回報告書 大正七年上半期
                       第一―五頁刊
  第一回報告書
                  株式会社大島製鋼所
○中略
    ○事業報告書
      一、営業概要
本期間ハ東京製綱株式会社ヨリ事業継承後第一期ニ属シ、作業諸般ノ準備整頓セサルカ故ニ、営業成績ニ就テハ大ニ顧慮セシ所ナルモ、従業員一同非常ニ奮励努力シ、加之市況モ好調ヲ持続シ予期以上ノ成績ヲ挙ケ得タルハ慶祝スヘキ処ナリ
前会社カ米国ニ注文シタル主要機械タル二千噸水圧鍛錬機モ来着シ、目下其ノ据付ヲ急キ居リ、尚大型ノ旋盤・平削機・起重機等主要ナル諸機械順次来着シテ、製産額増加ノ効果ヲ顕ハシツツアリ、工場建築拡張モ不遠完成シテ作業ニ便利ヲ与ヘ、製産額漸次増加シテ、遂ニハ現今ニ倍スルニ至ルヘキ見込ニシテ、事業ノ前途ハ益々有望ナリト云フニ躊躇セサルナリ
      二、創立総会並株主総会
大正六年十一月十五日東京市日本橋区浜町日本橋倶楽部ニ於テ創立総会ヲ開キ、創立ニ関スル事務報告、定款ノ改正、取締役ノ選任ヲ為シ会社成立ヲ告ケ、引続キ株主総会ヲ開キ、役員報酬額ヲ決議セリ、此ノ出席人員壱百七十七名、株数拾壱万千弐百拾五株ナリ
○中略

    貸借対照表
      負債之部
一金六百万円               資本金
一金参万円                身元保証金
一金五千八百七拾参円九拾四銭       従業員積立金
一金壱百参拾七万壱千弐百拾円参拾六銭   借入金
一金参拾八万四千壱百参拾参円六拾七銭   仕入先
一金九拾六万壱千九百参拾六円弐拾参銭   支払手形
一金八万壱千円              未払金
一金八万壱千壱円             仮収入
 - 第53巻 p.56 -ページ画像 
一金参拾弐万九千五百九拾四円六拾六銭五厘 当期純益金
 合計金九百弐拾四万四千七百四拾九円八拾六銭五厘
      資産之部
一金四百五拾万円             払込未済資本金
一金百拾四万七千七百壱円七拾弐銭六厘   地所・建物
一金七拾万八千九百六円八拾銭四厘     機械・器具
一金七拾九万七千参百八拾七円       原料・燃料
一金参拾五万九千五百六拾弐円拾壱銭    貯蔵品
一金四拾万八千四百五拾五円弐拾六銭    半製品
一金五万壱千八拾九円六拾四銭       副生物
一金七拾八万弐千参百五拾八円六銭     得意先
一金弐拾参万四千六百八拾壱円参拾五銭   受取手形
一金参千九拾八円八銭           仮支出
一金四万四千八百八拾円七拾六銭五厘    銀行預金並現金
一金参万九千七百九拾壱円四拾九銭     製品
一金拾六万六千八百参拾七円五拾八銭    増設物
  合計九百弐拾四万四千七百四拾九円八拾六銭五厘



株式会社大島製鋼所第一回報告書 大正七年上半期 付・第二頁刊(DK530012k-0006)
第53巻 p.56 ページ画像

株式会社大島製鋼所第一回報告書 大正七年上半期
                       付・第二頁刊
 ○株主氏名録
    株主氏名録(大正七年四月三十日現在)

  株数 府県別 氏名
○上略
  壱、〇〇〇 東京 渋沢同族株式会社
○中略
    五〇〇 東京 渋沢武之助

○下略


青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年十月十二日(DK530012k-0007)
第53巻 p.56-57 ページ画像

青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年十月十二日
                    (渋沢子爵家所蔵)
    株式会社大島製鋼所
一、創立       大正六年十一月
一、場所       東京市外大島町(創立当時より現在まで)
一、資本金      六百万円(創立当時より現在まで)
一、創立当時の関係人 取締役社長 大川平三郎
           常務取締役 松野千勝
           取締役   田中栄八郎・白石元治郎・大倉発身・黒板伝作・原正幹。
           監査役   渋沢武之助・山田馬次郎・綿貫吉秋。
           右創立総会により選ばれたる役員
一、青淵先生との関係 株主。但し武之助氏は創立当時より監査役、尚ほ大正十五年取締役に推さる。
一、創立の目的    定款総則第二条
 - 第53巻 p.57 -ページ画像 
           本会社ハ鋳鋼・鍛鋼及諸機械ノ製造販売並ニ之ニ関聯スル事業ヲ営ムヲ以テ目的トス
一、創立迄の沿革   特筆する事なし
一、創立後の沿革   創立と同時に東京製綱株式会社より事業を継承し作業諸般の準備を行ふ。東京製綱が米国に注文の二千噸水圧鍛錬機来着据付け、其他起重機等到着
一、営業概況    イ創立後一年大正七年十一月十一日欧洲大戦休戦条約発表により、造船界其他戦時生産社会の急激なる変象により需要激減したるも、前期好景の惰勢により大正八年上半期は一割二分
          ロ同八年下半期には斯業界不振に反し賃銀・原料品価格の騰貴により業績揚らず、年五分に減配、次期即ち九年上半期には無配当
          ハ同十年に至り、造船界退嬰且海軍八八艦隊計画遂行繰延べとなり、鉄材相場噸当り二百円に低落と日用品騰貴の為め、生産費相補はず。依て水圧鍛錬工場の作業縮少其他の経費節減したるも、下半期には参万二千円の損失を生じ、前期利益金を差引き尚ほ壱万八千円の捐失金額を後期に繰越す
          ニ同十一年上半期には華府軍縮会議に依り、我国八八艦隊編成計画中止され、国内製鋼設備過剰となり、同業者間の競争激成さる。製品価格大いに低落して引続き損失金七千円を加ふ。斯くて十二年下半期迄に持越されたる損失額参十参万円、但し内十一万円は十二年九月の震災による被害額也。
          ホ同十三年は帝都復興事業初り、東京市電気局の電車用車台其他鋳鋼部分品の注文
           印刷局・浅野セメント両株式会社より復旧工事の引受により、製鋼所稍活況有り、一方社業に新機軸を見出す為め、百五十万円の借入金により前記評価損失額を整理断行
          ヘ同十五年に入り製紙事業繁忙となり、富士・樺太両製紙会社よりパルプ機械等の製紙機械の注文有り。業態稍々面目を革め借入金の償還に努む。