デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
8節 鉄鋼
7款 日本鋼管株式会社対株式会社浅野製鉄所紛議裁定
■綱文

第53巻 p.99-100(DK530019k) ページ画像

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■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK530019k-0001)
第53巻 p.99 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年        (渋沢子爵家所蔵)
九月二十一日 曇 冷
○上略 六時浜町常盤屋ニ抵リ、北海道製鋼所ヨリノ饗宴ニ出席ス、山内室田等ノ諸氏主人トシテ周旋ス、夜十一時散会帰宿ス○下略


渋沢栄一書翰 八十島親徳宛 (大正七年)八月二〇日(DK530019k-0002)
第53巻 p.99-100 ページ画像

渋沢栄一書翰 八十島親徳宛 (大正七年)八月二〇日 (八十島親義氏所蔵)
○上略
今日武之助当地へ被参、製鉄事業ニ付新計画相立、浅野氏之鉄工所と契約之上一工場設置之意見申聞有之、幾分か植村氏とも話合致候由ニ申居候、又浅野氏とも一応下引合相試候も、相当之契約致呉候趣被申候、乍去此目的其ものが当家之主義ニ適当せさる点有之候のミならす工場之建築技師之指定及原料之供給等中々之注意を要し候義ニ付、兎ニ角来ル廿五日老生帰京まて貴兄と植村氏とニ篤と相談およひ、確定的ニ不相成程度ニて完全之調査致し、帰京後貴兄とも充分熟議之上ニて可否決定可致と相答置候、就而ハ本人より能々御聞合被下、出来得
 - 第53巻 p.100 -ページ画像 
る丈け御取調置可被下候、且又植村氏へも前段之趣旨貴兄よりも御申通し被下度候
右無事御帰京を祝すると共ニ当用申上度如此御坐候 敬具
  八月廿日
                         渋沢栄一
    八十島親徳様
          梧下
○下略
   ○右ハ伊香保ヨリノ発状。
   ○右製鉄所設立計画ハ計画ノミニ終リ成立セズ。