デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
9節 汽車製造
1款 汽車製造合資会社(汽車製造株式会社)
■綱文

第53巻 p.105-109(DK530021k) ページ画像

大正元年10月14日(1912年)

是ヨリ先、当会社其組織ヲ変更シ株式会社トナサントスル議アリ。栄一、井上馨・平岡熙等ト協議ヲナシ、六月十八日及ビ八月十日ノ両臨時社員総会ニ於テ其議可決セラレ、是日、合資会社ヲ解散
 - 第53巻 p.106 -ページ画像 
シ、新タニ汽車製造株式会社創立セラル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四五年(DK530021k-0001)
第53巻 p.106 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四五年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 晴 寒
○上略 平岡熙氏ヨリ電話ニ接ス○下略
   ○中略。
一月二十九日 晴 寒
○上略 午前十時帝国ホテルニ抵リ、汽車製造会社々員会ニ出席ス、長谷川正五・瓜生・羽野、毛利男等来会ス、畢テ午飧ヲ共ニシ○下略
   ○中略。
五月二日 曇 暖
○上略
朝、平岡熙氏ヨリ電話ニテ汽車製造会社ノ事ヲ通知セラル
○下略
   ○中略。
五月九日 雨 寒
○上略 午前十時帝国ホテルニ抵リ、汽車製造会社々員会ヲ開ク、大倉・高田・羽野ノ諸氏来会ス、会社将来ノ経営ニ関シテ種々ノ協議ヲ為ス
明後十一日ヲ以テ更ニ余ト瓜生・長谷川・門野諸氏会同シテ株式会社組織ニ付原案作成ノ事トシ、畢テ午飧ヲ共ニス○下略
   ○中略。
五月十四日 晴 暖
○上略 午後二時、事務所ニ抵リ、書類ヲ点検シ来人ニ接ス、汽車製造会社ノ事ニ付、瓜生・葛野・長谷川氏等来会ス○下略
   ○中略。
六月十七日 雨 暑
○上略 葛野・長谷川二氏来リ、汽車製造会社ノ事ヲ談ス○下略
六月十八日 晴 暑
○上略 午前十時麻布ニテ井上侯爵ヲ訪へ、汽車会社ノ事及種々経済上ノ事ヲ談ス○中略午後四時、三井集会所ニ抵リテ汽車製造会社々員会ヲ開ク、井上侯爵来会セラル、各会社員種々ノ談話ヲ為シ、畢リテ晩飧ヲ共ニシテ夜九時過散会ス
   ○中略。
七月一日 晴 暑
○上略 午前九時半住友吉左衛門氏ヲ麻布ノ家ニ訪へ、汽車製造会社増資ノ事ヲ談ス○中略十一時高輪ニ森村氏ヲ訪へ、開作氏ニ面会シテ汽車会社ノ事ヲ談ス○下略


(汽車製造株式会社)第弐拾参回営業報告書 自明治四十五年一月至大正元年十二月 第二―一一頁刊(DK530021k-0002)
第53巻 p.106-107 ページ画像

(汽車製造株式会社)第弐拾参回営業報告書 自明治四十五年一月至大正元年十二月
                       第二―一一頁刊
    第弐拾参回営業報告書(自明治四十五年一月至大正元年十二月)
      総会
○上略
同年○明治四五年五月廿八日、臨時総会ヲ招集シテ社業拡張計画ニ関スル事
 - 第53巻 p.107 -ページ画像 
項ヲ附議セシモ、出席社員少数ノ為メ決議ヲ見合セ、更ニ六月十八日東京三井集会所ニ臨時総会ヲ開キ、左ノ事項ヲ決議セリ
一、本会社ノ組織ヲ変更シテ株式会社トナス事
二、新株式会社ノ定款ハ別冊ノ通リトスル事(別冊省略《(原註)》)
三、本会社ノ資本金七拾四万九千四百円ヲ以テ新株式会社ノ資本ニ充テ、之レヲ壱株金五拾円全額払込済ノ株式壱万四千九百八拾八株ニ分チ、各社員ヲシテ其出資額ニ応当スル株数ヲ取得シテ、新株式会社ノ株主タラシムル事
四、新株式会社ノ役員ハ、井上侯爵閣下ノ推選ヲ待テ本総会ノ継続会ヲ開キ選任スル事
五、組織変更ニ関スル法令上必要ナル書類ノ作成、公告及催告等ヲ総テ本会社ノ業務担当社員ニ一任スル事
六、組織変更ハ債権者異議申出期間満了ト同時ニ功力ヲ生スルモノトス
七、新株式会社ニ変更ノ上ハ其資本ヲ金弐百七拾万円ニ増加シ、設備ノ完成ヲ期スル事
八、増加資本額ニ対スル株式引受高ハ予メ各社員ヨリ其引受承諾書ヲ申受クル事
大正元年八月十日、東京帝国ホテルニ臨時総会ヲ招集シ、六月十八日ノ臨時総会ノ継続会ヲ開キ、左ノ事項ヲ決議セリ
一、取締役ニ瓜生震氏・今村繁三氏・長谷川正五氏ヲ、監査役ニ毛利五郎氏・羽野知顕氏ヲ選任ノ事
二、取締役及監査役ノ報酬ヲ年額八千弐百円ト定ムル事
右決議後取締役会ヲ開キ、長谷川正五氏ヲ専務取締役ニ互選シ、会長ハ当分同氏兼任ノコトヽシ、平岡熙氏ヲ相談役ニ推選セリ
同年十一月二日、東京帝国ホテルニ於テ臨時総会ヲ開キ、左ノ事項ヲ決議セリ
一、本社ノ資本金ヲ弐百七拾万円ニ増加スル事
二、増加資本額ニ対スル株式壱株ノ金額ヲ金五拾円トシ、其第壱回払込ヲ金拾弐円五拾銭トスル事
○中略
      庶務要件
一、本期間大阪・東京両区裁判所ニ登記シタル事項左ノ如シ
○中略
 十月十四日 合資会社解散ノ件
 同日    株式会社ニ組織変更ノ件
 同日    取締役三名、監査役二名選任ノ件
 十二月十三日 資本金増加及取締役・監査役各壱名増員選任ノ件
○下略


(汽車製造株式会社)第弐拾参回営業報告書 自明治四十五年一月至大正元年十二月 第二一―二四頁刊(DK530021k-0003)
第53巻 p.107-108 ページ画像

(汽車製造株式会社)第弐拾参回営業報告書 自明治四十五年一月至大正元年十二月
                      第二一―二四頁刊
社会ノ進運ト鉄道ノ発達ニ鑑ミ、本社ノ事業亦タ大ニ拡張ノ必要ヲ認メ、其ノ発展策ヲ企画スルコト数年、其ノ間井上侯爵・渋沢男爵両閣
 - 第53巻 p.108 -ページ画像 
下及平岡熙君等熱心尽力斡旋ノ功ニ由リ、漸ク昨年六月及八月ノ両度臨時総会ヲ招集シ専業拡張ノ方針ヲ決議シ、合資組織ヲ変更シテ株式会社ニ改メ、資本金増加ノ引受ヲ協定シ、玆ニ多年希望ノ拡張計画確定ニ至リタルハ本社ノ為洵ニ慶賀スル所ナリ
既ニ拡張計画確定セル上ハ、速カニ之カ準備ニ着手シ其ノ設備ノ完成ヲ期セサル可カラス、然ルニ之カ遂行上、先ツ欧米各国ニ於ケル斯業界工場ノ現状ヲ視察シ、以テ参考ニ資スルノ必要ナルト、新ニ購入スヘキ諸機械ノ実地研究ハ共ニ緊急ノ要件タルカ故ニ、直ニ洋行ノ意ヲ決スルト同時ニ、一面工場増築ノ設計ヲ建テ、以テ洋行不在中其工事ヲシテ著々進捗セシムヘキ方法ヲ示定シ、同年九月二日技師一名ヲ随ヒテ倉皇渡欧ノ途ニ上リ、爾来殆ント昼夜兼行其ノ目的ヲ達成センコトニ努力シ、英・独・米三国ノ視察研究ヲ遂ケ、同年十二月十四日横浜入港船ニ拠テ帰朝セリ
此ノ旅行日数僅カニ一百日ニ過キスト雖モ拡張事業並ニ作業上ニ資スル所蓋シ尠ナカラス、自今益々本社ノ為貢献スル所アラムコトヲ期ス
目下工場ノ増築其ノ他諸般設備ノ完成ヲ督励シ、既ニ本店ニ在テハ製缶工場ノ増築略ホ竣工シ、支店ニ在テハ事務所ノ移転ヲ結了シ、又購入機械ハ漸次到著ニ従ヒ直ニ仮据付ヲ為シ、以テ其ノ利用ヲシテ一日モ等閑ニ附セサラムコトヲ期セリ、玆ニ欧米視察ノ効果並ニ拡張準備事業ノ一班ヲ特ニ一言シテ参考ニ供スル耳
  大正二年二月 専務取締役 長谷川正五
    汽車製造株式会社株主名簿(大正元年十二月三十一日現在)

  旧株     新株     合計   住所    氏名
 一、九七二  五、一三三  七、一〇五 東京 男爵 毛利五郎
 一、二三二  三、二〇七  四、四三九 同  男爵 岩崎久弥
   八八〇  二、二九〇  三、一〇七 同  男爵 渋沢栄一
 一、四八〇  一、二二六  二、七〇六 大阪 男爵 住友吉左衛門
   七四〇  一、九二六  二、六六六 東京    今村繁三
   七四〇  一、九二六  二、六六六 同     大倉喜八郎

○中略
    株主    三十二名
       旧株 壱万四千九百八拾八株
    株数 新株 参万九千〇拾弐株
       合計 五万四千株


渋沢栄一 日記 大正二年(DK530021k-0004)
第53巻 p.108 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年          (渋沢子爵家所蔵)
二月八日 晴 寒
○上略 午後二時帝国ホテルニ抵リ、汽車会社総会ニ出席ス○下略


渋沢栄一 日記 大正三年(DK530021k-0005)
第53巻 p.108-109 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正三年          (渋沢子爵家所蔵)
二月二日 曇 寒威凜烈ナリ
○上略 九時長谷川正五氏来リ、汽車製造会社工場一覧ノ誘引アリ、依テ野口・長谷川・増田三氏ト共ニ会社ニ抵ル、自働車ニテ旅宿ヲ発シ、
 - 第53巻 p.109 -ページ画像 
途中人車ニ替へ、工場ニ着シテ各処ヲ一覧シ、十時三十六分梅田発ノ汽車ニテ西京ニ赴ク○下略
   ○栄一、京阪地方旅行中。

渋沢栄一 日記 大正一四年(DK530021k-0006)
第53巻 p.109 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一四年         (渋沢子爵家所蔵)
三月八日 晴 軽寒
○上略 大阪汽車製造会社々長長谷川正五氏来訪ス、同会社爾来ノ状況ヲ聴取ス○下略