デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
10節 化学工業
1款 大日本人造肥料株式会社
■綱文

第53巻 p.156-158(DK530028k) ページ画像

昭和3年3月5日(1928年)

是日栄一、築地新喜楽ニ於ケル当会社招待会ニ出
 - 第53巻 p.157 -ページ画像 
席シ、演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 昭和三年(DK530028k-0001)
第53巻 p.157 ページ画像

集会日時通知表 昭和三年         (渋沢子爵家所蔵)
三月五日 月 午後六時 二神駿吉氏より御案内(新喜楽)


竜門雑誌 第四七五号・第八七―八九頁 昭和三年四月 ○青淵先生説話集 大日本人造肥料会社招待会にての演説(DK530028k-0002)
第53巻 p.157-158 ページ画像

竜門雑誌 第四七五号・第八七―八九頁 昭和三年四月
 ○青淵先生説話集
    大日本人造肥料会社招待会にての演説
 斯かる御席で申上げる程の事ではないが、此会社の今日になる迄に如何に苦しんだかを、一寸御話致したいと思ひます。
 私は元来百姓の家に生れたので、農事には多少の趣味を持つて居つたのです。自分が田舎で農業をやつてゐた時、売つてゐた肥料は、〆粕とか鯟粕とか糠とかいふもの丈けであつて、どうしても農事の改良には、肥料といふものが重大な関係がある事を考へました。
 丁度其頃故高峰博士が、肥料は天然肥料のみではいけぬ。百姓が、手肥の外、ホシカ〆粕の類しか使つてゐないが、燐酸窒素を完全に含んだ肥料が必要であり、殊に地質に適切なものが大切である事を、高峰博士から聞いたのであります。其処で高峰と相談をして、肥料事業を起す事になつたのが明治十九年で、二十年には益田君が欧米へ行く事になつたので、材料の買入其他を依頼しました。益田君は三井物産に、私は第一銀行に関係して居りました。
 人口其他から、我国の将来に取つて農業の進歩が大切の事を感じ、試験的に人造肥料事業をやる事を、益田君等に相談して出来た会社、それが今日田中・二神君等担当の此人造肥料会社の抑々の起りであります。最早四十有余年の歳月を経て居ります。
 其間火災にも逢ひ、数多い困難に当りました。例へば製品の普及に就ても、藍の産地へ過燐酸を送つて藍の肥料に用ひた所、是等は目的が違つて窒素肥料に過燐酸を使つたので、酒好きに牡丹餅を与へたやうな結果になつたのです。又或時の如き、越中の水田へ使つて、水に流れて仕舞つたやうな失敗もありました。
 所で高峰博士は、例のタカヂヤスターゼの事で米国へ行かねばならぬ事になつたのです。こちらがまだ成功せぬ内に米国へ行かれては、杖に離れた座頭のやうなもので、全く途方に暮れましたが、色々の事情で、余儀なく同氏は去る事になりました。其内工場は火災に逢ふ。会社は倒れるばかりになつたが、種々な苦心で維持に努め、爾来世の中の進歩と共に、当所二十六万円の会社が、今日では百倍以上の三千五百万円といふ大会社になつたのであります。顧みて感慨に堪へない次第で御座います。
 此会社も現在では、田中・二神両君などが力を入れて呉れて居りますが、まだ一般農業に対しては、総ての文化の進歩に比して、世の中の力の入れ方が足りなくないかと思ひます。これは今日心の中で不満に思ふ所であります。どうしても農業に対しての文化がもつと進まなければならないと思ふ。農業に対する仕方がわるいから田舎から若い者が飛び出す様な事にもなります。農業に対する教へ方が迂遠であり
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ます。決して満足とは申し兼ぬるだらうと存じます。
 今日御尊来を頂いたのは田中・二神両君の御案内でありますが、実は人造肥料に専ら力を入れて頂きたい方々に、私が人造肥料会社の創立者として農業に関し愚痴がましい昔語りを一言申述べさせて頂きたいと思ひ、折角の御馳走の前に愚痴乍ら申上げる次第で御座います。
 要するに今日農業が徹底的に進歩してゐないのは、一つには政治の仕向けもよくないところがあるからだと思はれます。微力ながら人造肥料を四十年前に組立てたのは、矢張これ丈の必要を感じたからであります。電力なども、まだ農業に応用する道があらうと考へます。若い者が自分の村を離れて、他の土地へ走る事も、やり方に依つて無くならうと思ひます。我田へ水を引くやうですが、農事に対して、もつと皆様の御注意を願ひたいと思ふのであります。
 今夕は、人造肥料会社の為めに御相伴として出て、一言会社の成立と、未来の希望を述べさせて頂きたいと存じ、玆に参上致して、老ひの繰言を御聞きに入れた訳で御座います。(三月五日新喜楽にて)



〔参考〕田中寿一所感(DK530028k-0003)
第53巻 p.158 ページ画像

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