デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
10節 化学工業
7款 其他 3. 雑
■綱文

第53巻 p.201-202(DK530037k) ページ画像

 --


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK530037k-0001)
第53巻 p.201 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年        (渋沢子爵家所蔵)
十二月五日 晴 寒
午前○中略阪東宣雄・堀田賢三二氏ノ来訪ニ接シテ、堀田氏塗料事業ノ事ヲ談ス○中略近藤廉平氏ヲ訪ヘ、堀田氏塗料事業ヲ談話ス○下略


渋沢栄一書翰 八十島親徳宛 (大正五年)一〇月二五日(DK530037k-0002)
第53巻 p.201 ページ画像

渋沢栄一書翰 八十島親徳宛 (大正五年)一〇月二五日 (八十島親義氏所蔵)
○上略
別冊ハ今朝徳川達孝伯之名刺持参来訪せし平塚と申人より差出候化学工業会社設立ニ関する目論見書にて、一覧候処にてハ相当之事業とも相見ヘ候得共、関係者之人格及技術者之技能及是迄松本ニ於て経営致来候実況等如何有之候哉、取調之上可然との見込相立候ハヽ、幾分之加入もいたし候方と存候、可成回答取急候由ニ付書中御通知仕候、御講究可被下候
微恙格別ニも無之ニ付、明日ハ出勤致度と存居候
右可得貴意匆々不一
  十月廿五日
                          渋沢栄一
    八十島親徳様
          梧下


渋沢栄一 日記 大正八年(DK530037k-0003)
第53巻 p.201 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
二月二十二日 雨 寒
○上略 午後三時事務所ニ出勤ス、高峰博士来リ、染物工業会社ヲ日米協同組織ニ経営スルニ付一案ヲ示サル○下略
   ○中略。
二月二十六日 晴 寒
午前○中略西沢之助氏来リ、染料会社設立ノ事ヲ依頼セラル○下略


(増田明六)日誌 大正一二年(DK530037k-0004)
第53巻 p.201-202 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一二年      (増田正純氏所蔵)
二月廿六日 月 晴
定刻出勤
本日の面会者如左
○中略
(原本数字欠字)
       氏 日本化学塗料事業資金増加ニ関する件
○下略
   ○中略。
三月七日 水 晴
定刻出勤
本日面会者
 - 第53巻 p.202 -ページ画像 
○中略
二山崎茂啓氏 東京化学塗料会社資本増加の件
○下略
   ○中略。
三月十三日 火 曇
定刻出勤
本日の来訪者如左
○中略
一竹田政智氏 田園都市会社及化学塗料会社の件に付き来談
○下略
   ○中略。
三月廿一日 水 晴
定刻出勤
本日の来訪者
一吉野浜吉 日本化学塗料会社ノ件
○下略
   ○中略。
三月廿三日 金 晴
定刻出勤
来訪者如左
○中略
六吉野浜吉氏 日本化学塗料会社の件
○中略
午後六時田園都市会社ニ於て日本化学塗料会社増資の件ニ付き会議す
渋沢秀雄・竹田政智・山崎 《(原本欠字)》・吉野浜吉の四氏及小生出席、種々意見の交換を為したるが、結局現時の工場状態にて壱ケ月五万封度の製造を吉野氏ニ於て保証引受くる旨言明したるニ付き、元より此会合は製造力を五万封度迄増加セんとするニありしを以て、同氏ニ於て斯く保証するニ於てハ今更増資の必要を見さるべしと意見一致し、此上ハ山崎・吉野両氏ニ於て戮力奮勉すべしと談合し、秀雄氏の夕食馳走の下ニ会食し、午後九時半辞去す