デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
11節 瓦斯
1款 東京瓦斯株式会社
■綱文

第53巻 p.221-223(DK530042k) ページ画像

大正元年12月(1912年)

是月栄一、当会社ヨリ、明治天皇御大葬当夜ノ照明ニ供セシ篝火器具ヲ記念トシテ贈ラル。


■資料

(福島甲子三)書翰 大正元年一〇月(DK530042k-0001)
第53巻 p.221-223 ページ画像

(福島甲子三)書翰 大正元年一〇月      (渋沢子爵家所蔵)
謹啓仕候、諒闇の秋とて雲の色虫の声もたゝならす覚え候、先般御大葬儀に就きては我か東京瓦斯会社は篝火の御用命を忝うし候、申上くる迄も無之事に候へとも、我か瓦斯事業は 明治天皇の御治世に類なき進歩発展を致し候事に付 畏き御聖徳御恩頼の万分の一にも報い奉らむと、瓦斯供給力に不足なからしめむ為十分の注意を以て諸般の設備を致し 御当日に万一遺算故障等無之様社員一同心を尽し、石炭は北海道新夕張炭を精撰し、特に本支管を埋設し、又庭燎御用材の如き専ら清浄なるものを撰ひ、丸ノ内用落葉松は長野県北佐久郡真楽寺山産のものを相用ひ、御祭場用赤松は千葉県山武郡沢村字植草産のものを相用ひ候次第に御座候、然る所幸ひに 御当日無事に御用相果し候のみならす、大方の御賞讚を忝うし候事全く平素御眷顧を給はり候に依り候事と感銘罷在候、扨 御当日相用ゐ候器具は御用命当時其形式に非常に苦心仕り、美術意匠家・画家諸氏と相計り候て文明の光力を古雅なる器具に盛り候次第に候、然るに右器具を空しく庫中に収め置き候よりも、常に御懇命蒙り候各位の御庭園に御備付置成下され候はゝ、永久に光輝赫々たりし 明治天皇の御聖徳を忍ひ奉り候一端にも相成申すへきかと存し、右器具に更に聊か意匠相加へ呈上仕候間、幸ひに御受納給はり候はゝ、光栄の至りと奉存候、先は右申上候
                        匆々敬具
 - 第53巻 p.222 -ページ画像 
  大正元年十月
                      福島甲子三
          殿
 再伸先般 御大葬儀の際某新聞誌上に掲載仕候先帝御聖徳と瓦斯事業といへる一文、御寸暇の際御通読の栄を給はり候はゝ忝く、別紙相添へ申候
(別紙)
    先帝御聖徳と瓦斯事業
         東京瓦斯会社支配人 福島甲子三謹話
畏くも 明治天皇の御大葬に付瓦斯の御用を仰付けられたるは我か社無上の光栄とする所にして、一般需要の瓦斯は当日各会社工場休業の為め手控へ勝ちなるも御送り火として宮内省にて九十二ケ所、御篝火として東京市四十基、三菱社二十五基、麹町区四基、神田区五基、日本橋区十基、浅草区五基、本所区十六基、東京瓦斯会社神田・芝・四谷・本郷・浅草・本所各営業所及日本橋・京橋各派出所等を通して二十二基、其他個人として清水組の二基を始め所々の献納あり、一夜約百六万立方呎、当日は通計九百五十万立方呎の瓦斯を製造し、以て御間に合せむ考にして、当夜各所の遥拝は午後十二時を期して一斉に行はれ、殊に御大葬殿にては徹宵との御事なれは周到なる設備を施して万々遺憾なきを期し居れり
回顧すれは、戦後東京に開かれたる四十年の大博覧会開設の際なりき当時会社は巨費を投して瓦斯館を設け、瓦斯諸機械を陳列したりしに同七月二日 明治天皇御臨幸の旨仰出されたるか、其御行幸の一日前夕刻に至り、会事務局より瓦斯は臭気ありて畏れ多けれは御目障りにならぬ様陳列所を閉鎖せよとの厳命ありしかは、予は畏れ多き事乍らも当局の命令を甚た遺憾とし、株主に対しても相済まさることなれは事務局に向ひ再三訴ふる所ありたるも更に要領を得す、予は帰宅後煩悶懊悩の極終宵眠る能はす、翌日も快々として社務を見つゝありしに愈 御臨幸遊はされ、正午貴賓館にて御昼餐中 先帝陛下には畏れ多くも瓦斯を用ひて製したる菓子を進め参らせよとの御勅諚ありたれは事務局員等は周章措く所を知らす、至急支配人に来場すへしとの電話ありたれは、予は 聖旨の難有さに感激し奉り、取るものも取敢へす直ちに風月堂主人を同伴して会場に馳せ参し、漸く午後三時に至りて瓦斯を用ひて謹製したる菓子を、外国館の楼上に御休憩中の大御前に捧け奉りたるに、更に菓子焼瓦斯器具を見せよとの御諚ありたれは、当時博覧会の審査部長たりし本社々長高松博士は、直ちに 天顔に咫尺して瓦斯器を天覧に供し奉り、且つ委曲御説明申上けたれは、先帝陛下には竜顔麗はしく御傾聴遊はされたり
其後十月 皇太后陛下叡覧の栄を賜はりたるか、爾来瓦斯の熱にて電気起り、独り炊爨のみならす灯火熱用共に効力優秀にして、且つ電気に比し低廉に安全にかつ臭気無きこと一般に知れ亘りたれは、需用益益盛大となり、当時漸く八百四十万円の資本は五年後の今や四千五百万円の巨額に上り、供給より云ふも一日約二百五十万立方呎余の瓦斯は、今や約八百万立方呎、即ち五ケ年間に二十二割、一ケ年の平均四
 - 第53巻 p.223 -ページ画像 
割四分を増加し、又之を引用家に見るも著しく増加し、四万三千二百二十一戸のものか、今や二十五万七十四戸となり、五ケ年間に四十七割八分余、一ケ年の平均九割五分余の増加を示すに至れり、此盛況を見るに至りしもの畢竟 先帝の殖産興業に大御心を寄せられたるの結果に外ならす、此博覧会に於ける 先帝の御勅諚は、我瓦斯事業発達の大楷梯を形成せしものにして、御聖徳の偉大なることは予等当事者の夢 忘るゝ能はさる所なり、依て弊社は予の建議を用ひ、永く先帝陛下の御聖徳を記念し奉らむか為め、有栖川宮殿下より給はりし熱灼光華の題字を初め、宮内省及ひ朝野知名の士に乞ひて瓦斯に因める国風を集め、装禎して御代の光と題し、恭しく乙夜の覧に供し且 今上皇后両陛下及各宮殿下に捧呈し、以て謹て御聖徳を頌し奉り、併て献芹の微衷を致したりき、然るに今計らすも 明治天皇御大葬殿御正門前に於て一時間千立方呎を焼く三尺四方の大篝火を始め、其他左右六ケ所の御門柱に十二ケ所及ひ天皇皇后御行幸啓の御道筋に都合八十九ケ所建設の御用を仰付られたれは、予等は無上の光栄として感激措く能はす、此国家非常の場合に神聖にして侵すへからさる聖地にて庭燎御用を仰付られたれは、奮励努力以て此大命を全ふせむ事を欲するものなり


渋沢栄一書翰 福島甲子三宛 (大正元年)一二月一六日(DK530042k-0002)
第53巻 p.223 ページ画像

渋沢栄一書翰 福島甲子三宛 (大正元年)一二月一六日 (福島甲子三氏所蔵)
(別筆)
拝啓 益御清適奉賀候、然ハ恐れ多くも先般
御大葬之際ハ御社ニ於て篝火之御用命を被受候処、首尾克御果し相成候段誠ニ御名誉至極と奉存候、就而今度は右御記念とし而当日御用相成候器具拙園へも備付置候様と特ニ御寄送被成下、難有拝受仕候、右ハ永く保有致し御厚意を記憶可致と奉存候
先ハ御礼旁申上度、如此ニ御坐候 敬具
  十二月十六日
                      渋沢栄一
   東京瓦斯会社
    支配人福島甲子三様
   ○前掲贈呈状日付ハ大正元年十月ナルモ、実際器具ヲ受ケシハ同年十二月ナラン。