デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
11節 瓦斯
2款 北海道瓦斯株式会社
■綱文

第53巻 p.273-279(DK530048k) ページ画像

明治43年7月14日(1910年)

是ヨリ先、栄一、高松豊吉・久米良作・福島甲子三・大橋新太郎・梅浦精一・園田実徳等ト共ニ、北海道各都市ニ供給スベキ瓦斯会社ノ設立ヲ出願ス。是日、東京瓦斯株式会社ニ栄一等集会シテ、同道ニ於テ瓦斯事業ヲ創設セントスル他ノ出願者トノ統一ニ付キ、代表者及ビ交渉委員ヲ選挙ス。右ハ北海道ニ於ケル各地ノ瓦斯事業ヲ一会社ニ統一経営セシメントスル道庁ノ主意ニ依ル。

十一月十二日、東京商業会議所ニ当会社発起人総会開カル。栄一、発起人タリ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK530048k-0001)
第53巻 p.273 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年          (渋沢子爵家所蔵)
七月十四日 半晴 暑
○上略 午前十時東京瓦斯会社ニ抵リ、北海道ニ創設スヘキ瓦斯事業ニ付発起者会ヲ開キ、要務ヲ協議ス、畢テ高松・久米・福島氏等ト談話シ
○下略
   ○中略。
十一月八日 晴 軽寒
午前七時起床、入浴シテ朝飧ヲ食ス、後久米良作・鈴木寅彦二氏ノ来訪ニ接シ、北海道瓦斯事業ノ経営ヲ談話ス○下略


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第一五頁 昭和六年一二月刊(DK530048k-0002)
第53巻 p.273 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
               竜門雑誌第五一九号別刷・第一五頁
               昭和六年一二月刊
    明治年代
  年 月
四三 一〇 ―北海道瓦斯株式会社発起人―明、四四、六、―〃株主―大正一三、九。


竜門雑誌 第二六七号・第六二頁明治四三年八月 ○北海道瓦斯業統一(DK530048k-0003)
第53巻 p.273-274 ページ画像

竜門雑誌 第二六七号・第六二頁明治四三年八月
○北海道瓦斯業統一 北海道各都市に於ける瓦斯事業は三十七・八年来識者に認識せられ、函館・室蘭・小樽・札幌・旭川の如きは明治三十九年来各三・四組の出願を見るに至り、当局も其何れに許可すべきやの処置に困じたる結果、本年六月十三日付を以て取扱上大体一会社をして各地の瓦斯事業を統一経営せしめたしとの意見を附し、各出願人に総代を選挙し、八月十五日までに北海道庁に出頭すべく示達したるが、曩に函館・小樽・札幌に瓦斯経営を出願したる青淵先生・高松豊吉・久米良作・福島甲子三・大橋新太郎・梅浦精一・園田実徳外十余名は去七月十四日午前十時より東京瓦斯会社に会合し、代表者選挙
 - 第53巻 p.274 -ページ画像 
並に統一上他の出願者に交渉を為すべき委員の選挙を行ひたるに、久米良作・梅浦精一・園田実徳の三氏当選せりとなり


竜門雑誌 第二七〇号・第七七―七八頁明治四三年一一月 ○北海瓦斯認可(DK530048k-0004)
第53巻 p.274 ページ画像

竜門雑誌 第二七〇号・第七七―七八頁明治四三年一一月
○北海瓦斯認可 青淵先生外五十八名の発起出願にかゝる、北海道各市区に於ける瓦斯企業を目的とする北海道瓦斯株式会社は、去る二十一日付を以て札幌・小樽・函館の三区に於て瓦斯管敷設の認可を得たるが、元来道長官が北海道拓殖の意味を以て各方面の出願者を合同せしめたるだけ、其の認可条件の如きも頗る寛大にして、全部十八条より成れり、其大要を摘記すれば次の如し
 一、本許可の有効期間は許可の日より満三十五箇年とす、但し期間満了一箇年以前に営業の継続を出願するときは、更に三十箇年以内の期間を以て之が許可を与ふることあるべし
 一、許可を受けたる日より一箇年以内に、会社を成立せしむべし
 一、会社成立の日より六ケ月以内に、詳細なる実施設計図面及び工事施工の順序方法を定め、其施行の許可を受くべし
 一、瓦斯使用料金額其他の変更に就ては許可を受くべし、但し公益上他の必要ありと認むるときは、料金の変更を命ず
 一、公益上必要ありと認むるときは、会社に対し特に区町村を指定して瓦斯事業の経営を命ずることあるべし
 一、許可取消、許可期間の満了、又は会社の目的たる事業の変更其他、法律上の事由に依り、本許可の消滅したる場合に於て瓦斯管其他営業上必要なる物件の全部、又は一部を其所在地の公共団体に於て買収せんとするときは会社は之を拒むことを得ず
右の如くなるが、会社の創立に関しては東京瓦斯株式会社関係者其衝に当り、二十八日午後三時より同社楼上に関係者の会合を開き、発起人総会に対して協議したるが、聞く所によれば資本金を三百万円として四分の一、七十五万円を払込み、差当り起業すべき工区に対する資本の分割は左の如くなりと
 札幌     十七万五千円
 小樽     二十八万五千円
 函館     二十三万五千円
 運転資本   五万円
 創立費    五千円
其の創立事務所は東京瓦斯株式会社内に置き、発起人村山駒之助氏之を担当し、委員長には青淵先生を推すことに内定したりといふ
   ○創立委員長ニハ高松豊吉選任サル。


中外商業新報 第八八〇八号 明治四三年一一月六日 北海道瓦斯発起会(DK530048k-0005)
第53巻 p.274-275 ページ画像

中外商業新報 第八八〇八号 明治四三年一一月六日
    北海道瓦斯発起会
札幌・函館・小樽等北海道各地の瓦斯企業を道庁の勧誘に依り合同し三百万円の資本を以て北海道瓦斯株式会社を設立するに決し、去二十一日認可ありしを以て愈々来る十二日午前九時東京商業会議所に発起人会を開き、設立事務を進捗せしむる筈、因に四分の一払込七十五万
 - 第53巻 p.275 -ページ画像 
円を以て第一期事業とし、札幌十七万五千円、函館二十三万五千円、小樽二十八万五千円の三区に経営計画の筈なり


中外商業新報 第八八一五号 明治四三年一一月一三日 北海道瓦斯発起総会(DK530048k-0006)
第53巻 p.275 ページ画像

中外商業新報 第八八一五号 明治四三年一一月一三日
    北海道瓦斯発起総会
北海道瓦斯会社発起人総会は十二日午前東京商業会議所に開会、発起者五十九名中三十余名出席、渋沢男欠席の為め大橋新太郎氏座長に就き、先づ久米良作・藤沢幾之輔両氏より北海道庁に対し瓦斯管敷設出願手続の顛末を報告し、次で(一)定款編成の件(二)株式分配の件(三)証拠金払込期日及び取扱銀行の選定の件は挙げて創立委員に一任する事に決し、但し株式六万株の分配は発起人五十九名にて五百株宛を平等に分担し、残株三万〇五百株の処置は創立委員に一任することゝし、次に創立委員選定に就き多少の紛紜を生じ、暫時休憩懇談の上座長より左の十六名を指名せり
 高松豊吉  久米良作  鈴木寅彦
 村山駒之助 藤沢幾之輔 井出百太郎
 宮島鎗八  兼松熙   井上角五郎
 福沢桃介  肥田景之  大和田荘七
 浅香茂明  梅浦精一  園田実徳
 野原勇助
尚来る十四日午前十時より商業会議所に於て創立委員会を開き、常任委員として二名乃至三名を挙げ、以て創立準備を進捗せしむる筈なりと云ふ


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK530048k-0007)
第53巻 p.275 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年     (渋沢子爵家所蔵)
一月三十一日 雨 寒
○上略 十時兜町事務所ニ抵リテ、北海道瓦斯会社設立ノ事ニ関シテ高松・久米・鈴木、一方ニハ園田・肥田・井上・浅香及梅浦ノ諸氏来会シテ熟議ス、蓋シ昨年来ノ紛議ヲ調停シテ双方協和シタルニ依ル、会談畢テ書類ヲ点検シ○下略


竜門雑誌 第二七三号・第六六―六七頁明治四四年二月 ○北海瓦斯の創立(DK530048k-0008)
第53巻 p.275 ページ画像

竜門雑誌 第二七三号・第六六―六七頁明治四四年二月
○北海瓦斯の創立 小樽・札幌・函館其他重なる地方に於て瓦斯事業経営の許可を得たる北海道瓦斯株式会社は資本金三百万円とし、青淵先生・高松豊吉・久米良作・大橋新太郎・渡辺福三郎・伊藤幹一・前島密・中野武営・園田実徳・梅浦精一・奥田正香・田中新七其他六十名の発起にて設立され、株券は既に割当済となり、三月十五日迄に証金を払込ましめ、四月上旬創立総会を開き、成るべく急速に工事を進捗せしめ、明年一月より点灯する計劃なるが、先づ第一期計劃としては函館・小樽・札幌の三市に事業を開始し、第二期に至りて旭川・室蘭・根室・釧路等の諸市に及ぼす予定にて、函館・小樽は各十万人札幌は七万余の人口を有し、石炭低廉にして気候寒冷なるを以て瓦斯需用の割合多く、我国瓦斯事業中多望なるものゝ一なるべしと云ふ

 - 第53巻 p.276 -ページ画像 


〔参考〕工学博士高松豊吉伝 高松博士祝賀伝記刊行会編 第三二五―三二八頁 昭和七年三月刊(DK530048k-0009)
第53巻 p.276-277 ページ画像

工学博士高松豊吉伝 高松博士祝賀伝記刊行会編
                    第三二五―三二八頁
                    昭和七年三月刊
 ○第十五章 会社
    北海道瓦斯株式会社
           東京瓦斯株式会社顧問 鈴木寅彦
 私が高松博士を知つたのは博士が東京瓦斯会社の社長であつた時で丁度私の先輩久米良作氏が同会社の副社長であつた関係から、博士と知り合にもなり又懇親にもなつた次第である。
 北海道瓦斯会社の発端は、明治四十年頃瓦斯事業勃興の時代で、当時函館・小樽及札幌に瓦斯事業の設立を北海道庁へ出願する者が多かつた。然し其頃北海道長官であつた河島醇氏は、斯の如き事業は公営を可とすべきもの、即ち市営と為すべきものであるとの信念を持つて居られたやうであつたが、偶々久米氏が北海道に於ける炭山の実況を視察の為め渡道の序があつて三都市の状況を調査した結果、何れも単独にて公共事業を経営することは困難であらうと言はれたので、長官も余儀なく之を確実なる会社に許可すべき決心を示された。是に於て渋沢子爵・高松博士等を始め東京瓦斯会社関係の人々より出願することゝし、博士を出願人総代として私は村山駒之助氏と共に実務を取ることになり、愈々会社設立の許可を受けて明治四十四年六月廿九日資本金三百万円を以て北海道瓦斯株式会社が設立され、取締役五名の内高松博士を会長に、私を専務取締役、村山駒之助氏を取締役兼支配人肥田景之氏を監査役に任じ、尚ほ東京瓦斯会社技師工学士大沢直重氏を技師長に嘱託した。
 会社成立後高松会長は経営事務の方面を私と村山氏に一任し、技術の方面は大沢技師長に依嘱し、唯責任上各方面の大体に就て注意されたので、仕事が予定よりも早く進みて至大の便利を得た。
 其当時瓦斯機械は内地で製作が出来なかつた為め、独逸国バマーグ会社製の機械を使用して見たが案外に工合能く大に満足を得た。併し偏鄙の土地では一般に瓦斯の本性を知らず、瓦斯で炊ひた飯は臭いとか毒だとか云ふ人が多く、相当の技術者でさへ瓦斯管は出来るだけ深く埋没して貰ひたい、浅いと水道の水が沸いて困るからと云ふ人もあつた位で、此誤解を説明する為め大に困難を感じた。扨愈々営業時代に移つてから、其発達が比較的手間取つたのは、各市共に電灯の勢力が強く、又冬間には寒気と吹雪で商店を早く閉ぢるから、明るい白熱マントルの瓦斯灯でさへ需要が少かつたのと、土地の習慣上廉き薪炭を盛んに焚き烈火を起して酷寒を凌ぐから、瓦斯煖炉の如き稍々高尚な器具の需要が少かつた為めであるが、博士は其間に処して倦むことなく、熱心に我々を指導して瓦斯事業の発達を図られたのは洵に感謝する所である。
 私は博士と同行して北海道へ参り函館・小樽・札幌の各地で有志者を集めて会社設立の披露を為し、博士より瓦斯の性質、用途等に就て懇切な講演を為して大に瓦斯需要者に便利を与へた。函館に於ける披露会の席上に同所の控訴院長一瀬勇三郎氏が居られ、同氏と高松博士とは南校時代の学友であつたにも拘らず、東京大学卒業以来互に就職
 - 第53巻 p.277 -ページ画像 
の方面を異にした為め、約三十年間音信不通で生死の程も解らなかつたが、今日久し振に面会して御互に無事を祝することを得たのは、畢竟瓦斯の御蔭であらうと一笑された。是れより博士と私は北海道各都市の巡回を卒へ、夫々適当の場所に営業所を設けて事務を取扱はしめ帰京後は益々該地に於ける瓦斯事業の発展に努めたが、博士は大正四年一月取締役会長の職務を辞退されたので、其後任として久米良作氏が社長に、太田半六氏が専務取締役に選ばれ、私は単に取締役として勤務したが、幸に北海道に於ける瓦斯の事業も年々発達して会社の基礎も漸く堅固となるに至つたのは、高松前会長を始め先輩諸氏の御尽力の篤きに依ることゝ深く感謝致すのである。



〔参考〕青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年九月八日(DK530048k-0010)
第53巻 p.277-279 ページ画像

青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和二年九月八日
                  (渋沢子爵家所蔵)
    北海道瓦斯株式会社
一、創立   明治四十四年六月
一、場所   東京市麹町区有楽町一ノ三(明治四十四年九月)
       同市同区同町一ノ一(大正二年一月此所へ移転)
       北海道札幌区北四条東四丁目御料地(同八年十月此所へ移転)
       同 同区苗穂町三百七十三番地(同十年九月此所へ移転)
       東京市麹町区丸ノ内一ノ六(同十四年二月此所へ移転)
一、資本金  三百万円(創立当時より現在まで増減なし)
一、創立当時の関係人
       男爵渋沢栄一・高松豊吉・久米良作・大橋新太郎・男爵前島密・中野武営・福沢桃介等
       右発起人
一、青淵先生との関係
       発起人たり、但し創立後株主たる外役員としての関係なし
一、創立の目的 設立趣意書参照(事務所に在り)
       定款第一条
       本会社は北海道に於て左の業務を営むを以て目的とす
       一、瓦斯の製造及供給
       二、瓦斯副生物の精製及販売
       三、瓦斯器械製作及販売
       四、前各号の事業に附帯の業務
一、創立迄の沿革 特筆する事なし
一、創立後の沿革
       イ明治四十四年下半期 札幌区北四条御料地第十一番地四千八十五坪二合五勺を借入、函館区大字亀田村字村内七十二番ノ四、同六十七番ノ乙、同七十二番ノ一、同百六十番宅合計四千百四十八坪を買収して瓦斯工場敷地とす
        機械・器具・諸材料
        ○瓦斯製造機械 瓦斯製造機械は高田商会を介し、独逸伯林市ベルリン・アンハルト機械製造株式会
 - 第53巻 p.278 -ページ画像 
社に注文
        ○鋳鉄管 鋳鉄管は釜石製鉄所製品購入の契約を為したり。但急速を要するものは一時東京瓦斯株式会社より融通を受くる事とせり
        ○錬鉄管・鉛管・工具類、其他諸材料 錬鉄管・鉛管・工具類、其他諸材は目下購入又は借入の手続中なり
       ロ小樽営業所及塩谷瓦斯製造所工場敷地に就き四十五年四月十九日道庁の認可を受く
       ハ明治四十五年上半期 小樽営業所及瓦斯溜敷地として同区入舟町二十二番地の五、同番地の六、同町字奥四十一番地の三、同町六十番地の二、同町百四番地の二、畑宅地合計千四百八十七坪六合二勺を買収し、塩谷瓦斯製造所工場敷地として鉄道院より忍路郡塩谷村八百三十二番地の内鉄道用地三千百二十五坪を、同郡同村字稲穂沢千八十四番地の二山林三千百八十四坪を提供して交換を受け、孰れも北海道庁長官より敷地として使用認可を受く
        機械・器具・諸材料
        ○高圧装置機械塩谷瓦斯製造所用高圧装置諸機械は高田商会を介し、独逸伯林ベルリン・アンハルト機械製造株式会社へ注文
        ○瓦斯溜組立 札幌・函館・小樽に於ける瓦斯溜の組立を東京石川島造船所へ注文
        ○瓦斯溜製作及組立 塩谷に於ける瓦斯溜製作及組立を東京石川島造船所へ注文
        ○竈室鉄骨 札幌・函館・塩谷に於ける竈室鉄骨の製作及組立を東京石川島造船所へ注文
        ○瓦斯竈 瓦斯竈材料耐火煉瓦及バマーグ式石炭瓦斯発生竈等の築造を品川白煉瓦株式会社へ注文
        ○汽缶・煙突 汽缶・煙突は東京石川島造船所・函館船渠株式会社・東京瓦斯株式会社より購入手続を了す
        ○建築埋管材料 工事用セメント・煉瓦及建築埋管用諸材料は北海道セメント株式会社其他より夫々購入手続を了す
        ○乾燥瓦斯計量器其他 乾燥瓦斯計量器・錬鉄管・鉛管・雑器具等を品川瓦斯器製作所・金門商会其他より夫々購入手続を了す
       ニ大正元年九月支店を札幌区に設置す。又同日札幌・小樽・函館の三区に各営業所を設置し、後志国忍路郡塩谷村に製造所を設置
一、営業概況 イ大正元年下半期より営業開始す。札幌営業所にては同年九月卅日点火開始、小樽営業所は同十二月二十
 - 第53巻 p.279 -ページ画像 
三日、函館営業所にては同十月七日各々点火開始
        同半期に於ける瓦斯製造量
         札幌 三百八万五百立方呎
         小樽 四十二万四千百立方呎
         函館 三百四十一万五百立方呎
        之から生ずる収入は三営業所を総合して
         瓦斯収入 一万四千円
         副生物収入 三千円
         雑収入 五千円
        斯くて同半期に年五分を配当す
    三営業所別瓦斯製造量(単位百立方呎)

  大正三年下半期  六年下半期  七年下半期 十三年下半期 十四年下半期 昭和二年上半期
札幌 一一九三三八 一三七九六八 一六八四八七 一七三二一〇 一八二一五五 一八八一二〇
小樽 一六六九八六 二〇一六四一 二四五九〇一 二二六四六八 二七八九八三 四一三二一九
函館 一八六一一三 二四一五九二 二四九六四七 一七四五三二 一九六六六六 二二〇六〇〇
合計 四七二四三七 五八一二〇一 六六四〇三五 五七四二一〇 六五七八〇四 八二一九三九

右は大正三年より昭和二年まで製造量の変遷著しき年を抄出したり
    三営業の瓦斯製造より生ずる収入の合計(単位千円)

  大正三年下半期 六年下半期 七年下半期 十三年下半期 十四年下半期 昭和二年上半期
瓦斯収入  一二七   一六二    二〇〇   二四二    二八〇     三一九
副生物収入  二四    三五    一三四    一七     八〇      九〇
雑収入     三     七     二四    一五     一七      三二
合計    一五四   二〇四    三五八   二七四    三七七     四四一
配当    年七分 年三分五厘    年五分   年五分    年五分   年六分五厘