デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
14節 取引所
1款 東京株式取引所
■綱文

第53巻 p.448-450(DK530077k) ページ画像

明治45年3月(1912年)

是ヨリ先、当取引所新株直取引ノ受渡ニ付キ紛議ヲ生ジ、一時、其取引ノ休止ヲ見ルニ至リ、監督官庁ヨリモ之ガ規正ニ関スル令達アリ。是月発行ノ東京経済雑誌、之ニ関スル栄一ノ談話ヲ掲載ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四五年(DK530077k-0001)
第53巻 p.448 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四五年      (渋沢子爵家所蔵)
三月二日 曇 寒
○上略 午飧後事務所ニ抵リ、諸方ヘ書状ヲ裁ス、米人雑誌記者来リ話ス
株式取引所問題ニ付某氏来話ス○下略


竜門雑誌 第二八六号・第一二―一三頁 明治四五年三月 ○株式取引所の由来 青淵先生(DK530077k-0002)
第53巻 p.448-449 ページ画像

竜門雑誌 第二八六号・第一二―一三頁 明治四五年三月
    ○株式取引所の由来
                      青淵先生
  本篇は、青淵先生談話の要領なりとて東京経済雑誌三月号に掲載せるものなり。 (編者識)
明治初年、余は欧米先進国の産業の発展に鑑み、我が邦に於ても、亦資金の集中を図り、之れを以て産業を起すの必要を感じたれば、先づ我が邦に於て未だ多く其の例を見ざる株式会社の組成を図り、以て経済界の発展を促さんことに努力せり、而して株式会社の起るや、其株
 - 第53巻 p.449 -ページ画像 
式は之を自由に移転し得ざるべからず、自由に之が売買譲渡を為すには、其売買取引専門の市場なかるべからず、是に於て余は卒先して株式取引所設置の必要を唱道し、同志を糾合し、自ら発起人として、其設立許可の願書を政府に提出せり。
当時大蔵卿は大隈伯にして、伯も余の此挙に就て大に賛同を表せられたるが、時の大審院長として有名なりし判官故玉乃世履氏は、之れに反対せられたり、其反対の理由とする所は、株式取引所は全然賭博者流の会合する所なれば、斯かる公開賭博所を許可するは法律上将た又風教上許すべからずとするにあり、故に大隈伯は許可に意ありしも、大審院長の反対激しかりしかば伯も之を如何ともすること能はず、其設立は不許可となれり。
後ち一・二年を経、我が司法省にては、仏国の法律家ボアソナード氏を招聘し、法典編纂の事業に従事せしめたるが、偶々玉乃氏、ボ氏と会し、取引所は賭博所なりとの意見を述べ、且つ我が邦にて曾つて取引所設置を主張する者ありしが遂に之を許可せず、今日に及べりと語りしが、ボ氏は之を聴いて大に其不可なる所以を反駁し、取引所は欧米先進国何れも之を設置せざる無く、取引所なる機関は経済上、財政上必要なる機関にして、決して賭博場と同一視すべきものに非ず、又法律上も之を否認し得べきものに非ざるを縷々述べられたれば、流石の名判官も大に悟る所あり、自ら大隈伯及び余等を訪問して前非を悔ひ、直に株式取引所設置の許可を与ふるに至れり、是れ我が東京株式取引所の濫觴なりとす。
斯く我が取引所に就ては、名判官たる玉乃氏すら之を賭博場視せられたるが、世間一般が取引所に対する感想も亦斯くの如かりしことは想像するに難からず、今日に於ては世間も大に取引所の性質を知悉するに至りたれば、斯かる誤想を懐く者甚だ尠きに至りしは喜ぶべき所なるが、由来取引所は経済界の大取引機関として欠くべからざるものなれども、其間に亦弊害の伴ふこと尠からざれば、其弊害の由つて来る所を探究し、其弊を除去することは必要なり、今日の株式組織の取引所を根本的に改善すべきや否やは大問題なれば、之は慎重なる講究を要することなるが、之に附随せる弊害の如きは其の制度の改善を為して、速に之れが除去に努めざるべからずと信ず。



〔参考〕東京株式取引所五十年史 同所編 第四〇―四二頁 昭和三年一〇月刊(DK530077k-0003)
第53巻 p.449-450 ページ画像

東京株式取引所五十年史 同所編 第四〇―四二頁 昭和三年一〇月刊
 ○第二章 本所の沿革
    第四節 自明治三十七年 至大正四年
○上略
 明治四十二年十月起工したる増築工事は、爾来一年二箇月を経て全部竣成を告げ、其の他、各種の通信・衛生設備も完成し、四十四年一月四日より新市場に於て定期取引を開きたり。
 此の時に当り、直取引は益々盛況を告げたるが、同年(四十四年)四月末に於て本所新株直取引受渡に関し紛議を生じたるを以て、一時其の売買を休止するの必要を認め、定款第十条に拠り、四月二十七日以後之が売買を休止したるが、越えて五月二十一日、農商務大臣は東
 - 第53巻 p.450 -ページ画像 
京府庁を経て、直取引に関し左の令達を伝へたり。是れ独り本所のみならず、全国の取引所に対し、一様に伝達せられたる所のものなれども、主として本所に於ける本所新株直取引に制限を加へたるものにして、世に所謂、直取引禁止令と称するもの是れなり。左の如し。
 取引所ニ於ケル直取引ハ其ノ本質ニ於テ現物ノ授受ヲ目的トスヘキモノタルヤ論ナシ、然ルニ往々空相場ニ流レ、動モスレバ賭博ニ陥ラントス、而シテ近時其ノ弊害最モ甚シク殆ト極端ニ達セントス、為メニ世ヲ害シ人ヲ賊ヒ、延イテ財界ノ安寧ヲ妨クルコト不尠ト認ム、依テ此際左記各項ヲ実行スヘシ
 (一)如何ナル売買方法ニ依ルヲ問ハス、苟モ直取引ノ名ノ下ニ預合勘定其他差金取引ヲ為スヲ厳禁スヘキハ勿論、直取引ニ付競売買又ハ糶売買ヲ為スノ方法ハ之ヲ停止シ、定款ニ規定アルモノハ之ヲ改正シ、以後相対売買、又ハ入札売買ノ方法ニ依リテ真ニ現物売買ノ実ヲ挙クベシ
  但シ、国債・地方債ニ限リ当分ノ内、競売買又ハ糶売買ヲ為スモ差支ナシト雖、現物ノ授受ヲ実行スヘキハ勿論ナリトス
 (二)直取引ノ受渡ニ付テモ、必ス役員立会ノ上取引所ノ責任ニ於テ現実ニ売買取引ノ物件及代金ノ授受ヲ執行スヘシ
 (三)将来直取引ニシテ再ヒ差金取引ノ弊ニ陥ラントスルノ傾向アルトキハ、取引所ハ直ニ之ヲ停止スル様予テ此点ニ留意スヘシ
 (四)株式取引所ニ於ケル直取引仲買人特設ニ関スル定款中ノ規定ハ遅クモ本年十一月限之ヲ削除スヘシ
 追テ本文通達事項一乃至三ハ、本年六月末日ヲ期シ悉ク実行スヘシ又右実行ノ期日等ハ至急決定ノ上、其旨農商務大臣ヘ当庁ヲ歴テ報告スヘシ
 仍て本所は五月二十七日を以て通達事項一乃至三は、七月一日より実行す可き旨届出で、且つ国債及地方債証券以外の直取引の競売買及び糶売買は六月三十日限り停止したるが、同時に曩に休止したる本所新株の相対売買を七月一日より開始することとしたり。斯くて四十一年以来、漸次旺盛を致したる直取引は右の一撃に依り殆んど閉息し、復昔日の俤なきに至りたるが、尚ほ政府の意を受けて国債証券の週間取引(毎火曜日限)を八月十五日より開始することゝしたれば、是等の諸変革に伴ひ、定款並に営業細則にも重要なる改正を行ひたり。而して本所新株の直取引相対売買に関しては、其の取締に就き主務省より、屡々、内諭に接する所ありしを以て、四十五年一月十八日以後、一時、之を休止するに決したり。
○下略