デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
15節 倉庫
1款 渋沢倉庫株式会社
■綱文

第53巻 p.500-505(DK530090k) ページ画像

明治43年1月25日(1910年)

是日、当会社本店ニ於テ、第一回定時株主総会開
 - 第53巻 p.501 -ページ画像 
カル。栄一出席シ、新築ノ鉄筋コンクリート倉庫等ヲ一覧ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK530090k-0001)
第53巻 p.501 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年         (渋沢子爵家所蔵)
一月二十五日 曇又雨 寒
○上略 正午第一銀行ニ於テ午飧シ、後深川福住町ニ抵リ倉庫会社ノ倉庫事務所等ヲ一覧ス、総会畢テ、兜町ニ抵リ昔夢会ニ出席ス○下略


(八十島親徳)日録 明治四三年(DK530090k-0002)
第53巻 p.501-502 ページ画像

(八十島親徳)日録  明治四三年       (八十島親義氏所蔵)
一月二十五日 曇
○上略 兜町事務所ニ来リ男爵ニモ久シブリ拝顔、病状ヲ垂問セラレシニツキ詳ニ答フ、食後倉庫会社ノ総会ニ臨ム、男爵・佐々木勇之助氏・日下義雄氏・上原豊吉氏等出席、創立費ヲ控除シタル残益二千余円ハ全部次季ヘ繰越スコトヽス、改築新築等ニ就テハ種々ノ議論モ出テタリ、今日初メテ佐々木・日下両氏、又男爵ニモ鉄筋コンクリート倉庫以下現在倉庫及茅場町ノ分等モ一覧ヲ乞ヒタリ
夕帰宅○下略
  ○中略。
三月十九日 暖 烈風黄塵万丈
○上略 午前渋沢篤二氏来訪アリ、倉庫ノ件其他用談正午過ニ至ル
○下略
  ○中略。
四月六日 曇 寒 夕雨
朝綱町邸ニ至リ、篤二殿ニ面会ノ上、予カ身上ニ付今回医師ト相談ノ結果、向後半年・一年ノ間ハ保養シツヽ多少ノ勤務ヲナス事ニ承諾ヲ得タキ件、責任アル職務ハ辞シタキニ付、乍遺憾渋沢倉庫会社ノ専務取締役ハ解任ヲ願ヒタキ件ヲ懇談シ、了意セラレ、委細相談シ置カントノ事也
○下略
  ○中略。
四月十一日 晴後曇
○上略 朝綱町渋沢邸ニ至リ篤二殿ニ面会ス、過日予ノ申出タル倉庫会社専務辞任願ノ件ハ、男爵及佐々木勇之助氏トモ熟議セラレタル結果、差向キ予カ健康ヲ養ヒツヽ大体ノ監督ヲ為ス位ニテモ決シテ差支ナシト認ムルニツキ」又後任者ヲ迎フル事容易ノ事ニ非ルニツキ」兎モ角留任ヲ乞ヒタクトノ懇示也、事ハ予ノ健康ニ関スル事ナルヲ以テ、予ハ尚熟考ヲ遂ケ御返事可申上ト答フ○下略
  ○中略。
五月十九日 晴 烈風
○上略
今夕綱町邸ニ於テ、日下・野口両氏洋行ノ送別宴ヲ開カレ、第一銀行重役及課長以上ノ人々ヲ招カル、予モ亦陪ス、夜分ハ外出ヲ避ケ居ルナルモ、倉庫ニモ重役タル日下氏ノ為ノ宴故、予ハ進テ出席ス、何レモ碁客ナレハ喜多文子ヲ被招碁ノ戦アリ、夜ハ食事終ルヤ否ヤ辞シテ
 - 第53巻 p.502 -ページ画像 
帰宅ス
五月二十日 晴
○上略
倉庫会社業務上ノ相談会ヲ綱町邸ニテ開会、其前利倉氏来車ニ付同道ス、杉田富・藤森忠一、二氏及川上賢三氏来会、重ニ金融ニ関スル問題、新築ニ関スル事項等ヲ議ス、昼ハ洋食ノ饗応アリ、庭ノ散歩等ニ伴ハレユルユル消光ス、六時帰宅
○下略


竜門雑誌 第二六六号・第六一頁明治四三年七月 ○渋沢倉庫株式会社総会(DK530090k-0003)
第53巻 p.502 ページ画像

竜門雑誌  第二六六号・第六一頁明治四三年七月
○渋沢倉庫株式会社総会 同社に於ては本月十五日第二回定時総会を開き、上半季営業報告其他諸決算共総べて原案の通り可決せる由、尚同社は開業以来深川本店及南茅場町・霊岸島の両出張所共日に増し業務の繁昌を来し、目下諸貨物保管高は四十万余個、此価額金三百二十七万円余に達せりといふ、尚本年上半季の損益計算は左の如くなりといふ。
一金五万四千五百十円五十五銭 営業総収入
  内
 金三万九千三百二円七十銭    営業諸経費
 金五千二百五十円也       建物価格消却
  小計金四万四千五百五十二円七十銭
差引
 残金九千九百五十七円八十五銭  純益金
 外金三千二百五十八円二十四銭  前期繰越金
  合計金一万三千二百十六円九銭
    此処分
  一金一万円          準備金
  一金三千二百十六円九銭    後季繰越金
     以上


(八十島親徳)日録 明治四三年(DK530090k-0004)
第53巻 p.502-504 ページ画像

(八十島親徳)日録  明治四三年      (八十島親義氏所蔵)
七月十五日 半晴朝雨
○上略 午後二時ヨリ深川渋沢倉庫会社第二回定時総会ニ出席、渋沢篤二殿議長トナリ(ト申シテモ来会者ハ尾高・上原両監査役、利倉・松平両使用人)半季決算類スベテ原案可決、又両監査役ハ重任ノ事トナレリ、今回ノ半期利益ハ一万五千余円ヲ得、稍将来有望ノ緒ニ就キシト云ヒ得ベシ、併シ五千二百五十円ヲ建物償却、一万円ヲ積金、残ヲ繰越トナス事ニ定ム、之レ近将来ニ旧土蔵ヲ新式ニ改築スル等ノ必要アルニ依リ、積金ヲ蓄積スルヲ利ト考フル故也、又今日ハ利倉・川上・松平・坂野・村松等ノ責任使用人ニ特別賞与ヲ給ス、夕六時帰ル○下略
  ○中略。
七月二十八日 晴
朝深川倉庫会社本店ニ至ル、近々関西各地ノ倉庫視察(主トシテ庫内ニ於ケル貨物ノ積ミ方、人足ノ督励等)ノ為現場係福島三郎四郎・受
 - 第53巻 p.503 -ページ画像 
渡方頭村山浅次郎・人足頭常吉等ヲ派遣セントスルニツキ、目前ヘ招キ懇切ニ其趣旨及心掛ヲ申渡シタリ○下略
  ○中略。
八月九日 終日雨
○上略 倉庫会社利倉氏人足ヲ率ヒ、京坂同業ノ現業視察ノ上今日帰京、出水ノ為汽車七時間延着スト云フ
不相変雨盛ニ降リ、東海道筋其他高崎前橋地方等出水ノ報頻々タリ、静岡以西汽車不通トナル、島田藤枝辺ノ洪水非常ニ惨状ヲ呈ストイウ
八月十一日 快晴
今朝初メル《(テ)》晴大トナル、果シテ昨夜限リ六郷川洪水ノ為汽車不通トナリ、イツ開通トモ予期サヘ出来ヌトノ事○中略 品川白煉瓦会社浸水、帽子会社浸水、皮革会社浸水、大森魚介養殖会社浸水等ノ電話頻々タリ予ハ十時ヨリ出向キ、目黒ヨリ山手電車ニ乗リ品川ニ至ル、沿道目黒川汎濫シ、鉄道線路ト御殿山トノ間ハ一面ノ湖水トナリ、停車場敷地以外ハ家屋・田園皆水中ニ在リ○中略 二時兜町ニ至ル、市中ノ道路乾燥已ニ砂塵ヲ飛バス、一部分洪水ナド夢カト思フ計也、諸方電話ニテ聞クニ、千住皮革会社ハ今朝来漸次増水、今已ニ四十年ノトキ以上也トハ可驚、帽子会社ハ已ニ退水セシトノ事、南茅場町倉庫(多少ノ雨モリアリ)視察、更ニ深川同本店ニ至ル、昨夜来万一ノ用意ニハ怠ナク注意中、或ハ大川端万年橋ソバ、六印倉庫今夜ニ至リ多少ノ危険(浸水)ナキヲ保セズトノ事、夫々十分ノ手配ヲ促カシ置ク、夕六時帰宅
○下略
八月十二日 晴
○上略 十時ヨリ出向兜町ニ至ル、深川方面モ逐々増水、但倉庫浸水ニハ至ラズ
○下略
  ○中略。
八月十四日 時々雨夕晴 日曜
○上略 予ハ昼飯后深川倉庫ニ至リ、去十日夜以来職員及人足等ハ毎夜満潮時ニハ万年橋六ノ字、(柏)(石場町)等低地ノ倉庫浸水防禦工事ニ尽悴《(瘁)》ニ付、奨励ノ為予ハ出頭、各方面ノ状況ヲ聞ク、大率大丈夫也○下略
八月十五日 晴
○上略 倉庫会社ノ方ハ昨夜来最早安心ナリ○下略
  ○中略。
八月廿四日 晴 大暑八十九度
○上略
予ハ九時出勤、仲田慶三郎来訪、麦酒会社所有ノ茅場町家屋土蔵買受希望ニツキ、原案ヲ提出シテ交渉ヲ始ム、午後茅場町倉庫見回ル、夕五時男爵出勤、六時迄執務ノ上帰ル
  ○中略。
十一月十四日 曇半晴
○上略 今日午後五時ヨリ偕楽園ニ於テ、清水方ノ田辺惇吉氏帰朝歓迎ノ意ヲ兼ネ倉庫重役会ヲ開キ(佐々木勇之助・上原豊吉・尾高幸五郎・利倉・川上、外ニ原林之助・田辺及高橋俊太郎等)、深川旧土蔵取毀
 - 第53巻 p.504 -ページ画像 
新築ノ方針ヲ議シ、結局コンクリート倉庫ヲ採用、但屋根ハ二重ニスル事トシ、再応予算取調ノ事ニ定ム、男爵昨夜モ今夜モ卅九度ノ熱アリ、昼ハ卅七度六・七分、喘息ヨリ気管支カタル引起サレタルナリト
十一月十五日 半晴
○上略 十一時出勤、男爵気管支カタル引続キ未快方ナラズ、王子ヘ御引コモリ也、午后麦酒会社ニ植村氏ヲ訪ヒ、南茅場町同社所有家屋、我倉庫会社ニ於テ四千五百円マテ値上ヲナスニ付売却セラレタシト、改メテ確定申込ヲナシタリ、五時過帰宅
○下略


竜門雑誌 第二七三号・第六六頁明治四四年二月 ○渋沢倉庫株式会社総会(DK530090k-0005)
第53巻 p.504 ページ画像

竜門雑誌  第二七三号・第六六頁明治四四年二月
○渋沢倉庫株式会社総会 同社に於ては去一月二十五日第三回定期総会を開き、昨年下半期営業報告其諸決算共総て原案の通り可決せる由而して同季損益計算は左の如くなりと云ふ
 一金五万九千九百弐拾五円九拾七銭  当期営業総収入
  内
 一金四万七千弐百四拾四円六拾弐銭  当期営業諸経費
 一金五千円             建物及什器価格減損
  合計金五万弐千弐百四拾四円六拾弐銭
  差引
 一金七百八拾壱円参拾五銭      当期純益金
 一金参千弐百拾六円九銭       前期繰越金
  合計金壱万八百九拾七円四拾四銭
   此配分如左
  一金七千五百円          法定準備金
  一金参千参百九拾七円四拾四銭   後期繰越金


(八十島親徳)日録 明治四四年(DK530090k-0006)
第53巻 p.504-505 ページ画像

(八十島親徳)日録  明治四四年    (八十島親義氏所蔵)
一月二十五日 快晴 暖
○上略
二時ヨリ渋沢倉庫ノ総会ヲ開ク、会長及尾高監査役来臨、形式的ニ式ヲ挙ク、此度半期利益ハ一万三千円、内五千円ヲ建物什器ノ償却ニ供シ、七千五百円ヲ積立トス、即依然無配当也、改築新築等ノ資金ヲ蓄積センカ為也、目下保管高四百万円ニ達ス、未曾有ノ事也、米入荷多キニ依ル、利益ハ其割ニ揚ラザルヲ遺憾トス○下略
  ○中略。
三月七日 朝豪雨 終日大風
○上略 予ハ久シブリ且早キ時間ニ深川ノ倉庫本店ヘ出勤、事務ヲ見、帰途南茅場町ニ立寄リ、頃日大日本麦酒会社ヨリ買受引取済ノ家屋倉庫等ヲ見、昼兜町ニ出ツ○下略
  ○中略。
三月廿七日 晴
朝兜町出勤、男爵ノ召ニ依リ中央亭ニ至リ、面会、午後五時ヨリ偕楽園ニ至ル、倉庫営業ニ付打合ノ為第一銀行ノ石井健吾・内山吉五郎両
 - 第53巻 p.505 -ページ画像 
氏ヲ招キタル也、当方ヨリハ予ノ外利倉・松平・川上三氏出ヅ、大体ニツキ双方ノ希望ナド申合ヒ、九時散会○下略
  ○中略。
五月二十四日 曇夕雷鳴アリ
○上略 兜町出勤○中略 午后茅場町倉庫ヲ見ル、目下麦酒会社ヨリノ買受地ヘトタン倉庫建築中也、三時男爵御出勤アリ○下略
  ○中略。
六月二日 雨
○上略
午後倉庫ヲ視察ス、茅場町ビール会社ヨリ買入跡トタン倉半成、荷物已ニハイル、又日糖会社製品モ近々入庫ノ都合、深川鉄筋コンクリート第一期建築地モ縄張出来○下略
  ○中略。
七月十五日 晴
○上略 十一時兜町ニ出ツ、午後二時渋沢倉庫会社定時総会、出席者ハ日下氏・尾高氏及上原氏等何レモ重役ノミ也、当上半季利益ハ先ツ好成績ノ部ニテ一万四千円計リ、青淵先生及佐々木勇之助氏ノ意向ヲモ聞キ、基礎ヲ鞏固ニスル為メ全部償却及積金ニ充テ、株主配当ハナサヌ事ニ決定セリ○下略
  ○中略。
七月廿四日 晴
○上略
夕倉庫ニ至リ職員若干ヘ増給ノ辞令ヲ交付ス、営業向目下繁忙ニシテ殊ニ茅場町ハ満庫ニ近シ、在荷百七十万円ヲ算ス、深川改築ノ分鉄筋組立已ニ起工ス


(八十島親徳)日録 明治四五年(DK530090k-0007)
第53巻 p.505 ページ画像

(八十島親徳)日録  明治四五年      (八十島親義氏所蔵)
一月廿日 晴
○上略 十時半出勤、午後倉庫会社総会ヲ開ク、佐々木・日下・上原氏等出席、昨下半季ハ米穀一時ニ減セシタメ収益八千余円ニ出デズ、頗キマリワルキ不成蹟ナリ、不相変全部償却及積立トナス、又渋沢篤二殿辞任ノ件ニ付テハ、利倉ノ申出其他錯綜ノ事情モ纏綿セシガ、結局本日ノ総会ニ於テ補欠選挙ヲ為シ、佐々木勇之助氏当選受任ヲ承諾セラレ、大安心セリ○下略