デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
15節 倉庫
2款 其他 2. 雑
■綱文

第53巻 p.529-531(DK530101k) ページ画像

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■資料

竜門雑誌 第三〇五号・第一五―一六頁大正二年一〇月 ○北海道の金融機関 青淵先生(DK530101k-0001)
第53巻 p.529-530 ページ画像

竜門雑誌  第三〇五号・第一五―一六頁大正二年一〇月
    ○北海道の金融機関
                      青淵先生
 本篇は青淵先生が『小樽新聞』記者の請ひに応じて語られたるものにて、九月十四日の同紙上に掲載せるものなり(編者識)
○中略
 然し一般に倉庫制度と云ふものなぞが普及して完全になると、自然商業銀行なぞも幾分金融上の便宜を増す様になり、又一面には小樽なり、函館なりで、安全な金融倉庫事業が行はれて来ることゝ思ふ、又私は是非左様にならねばならぬと信ずるが、今日に於ては是等の点も亦不完全である様に思ふ、故に是等の改良進歩を促すのも亦金融機関を滑かならしむる一要素ではあるが、私が前に云ふた如く、先づ拓殖に属する金融機関の改善を期する事が大切であると思ふ、若し是れに対する相当な設備があつたならば、北海道はまあ宜い加減に仕組が出来て居るから、是れから先は必要な場所に鉄道を延長し、又或程度迄
 - 第53巻 p.530 -ページ画像 
鉱山事業なり開墾事業なりを進める方法は幾らもあらうと考へられるが、今日迄夫れを為さないのが甚だ遺憾である。
○下略


竜門雑誌 第三三一号・第六九―七一頁大正四年一二月 ○青淵先生西南紀行 随行員 白石喜太郎記(DK530101k-0002)
第53巻 p.530 ページ画像

竜門雑誌  第三三一号・第六九―七一頁大正四年一二月
    ○青淵先生西南紀行
                 随行員 白石喜太郎記
○上略
      七、熊本と三池
○中略
  (三)熊本を出発する迄
○中略
十月六日は朝来訪客頻りにして、先生には其応接に忙殺されたるが、軈て午前十時過ぐれば歓迎会に臨席の為め旅館を出でられぬ、会場は県会議事堂にして、発起人は佐藤内務部長・依田市長・林商業会議所会頭・内藤肥後農工銀行頭取・紫藤肥後銀行頭取及九州日々・九州新報・熊本日々新聞の三社並に熊本経済同好会等なり。先生の到着せらるゝや、発起人一同玄関に出迎へ一先階上休憩室に案内せらる、玆に小憩の後会場に入らるれば、来会者の拍手一時に起りて暫しは鳴も止まざりき。軈て林商業会議所会頭は起て歓迎の辞を朗読せられて曰く
○中略
之に対し先生には謝辞に兼ねて感想を述べられたり、其概要は次の如くなりき。
○中略
 最後に申添へたい事は米であります、此米に対して当県下では倉庫制度が行はれて居ります、此事には大に考究して、此倉庫証券と金融とを結付けて安全に信用が置ける様になると、米価調節上此上なき策であります、幕府時代では、米の相場を町奉行所より触れて調節を政治上よりしたが、之は武断政治より来たのであります、此時代には左迄の害もありませんでしたが、今日の如き世界に、昔風の調節策を人智に依つて為さんとするは大なる誤りであります、官吏になれば人民よりも利口になつたと云ふ考へが出るが、之で行くといつも失敗であります、米価の調節策としては、前も申したるが如く当地の米券倉庫制は此の上なき策でありまして、自然と自家の節制を計り、余り安いと思へば売らない、自己の考へによりて調節し誠に立派なことでありますから、考究したらば、安全にして充分融通し得るのであります、尚今日は申上たい事は数々あります、即近い内亜米利加にも旅行しまするし、昨年支那にも旅行しましたから其話もしたいのでありますが、先程申しました次第で、長時間のお話をすることが出来ませぬので御礼の為め一言申上げた次第であります。
○下略


礼状往復(二)(DK530101k-0003)
第53巻 p.530-531 ページ画像

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