デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
18節 其他ノ商工業
9款 日米缶詰会社
■綱文

第54巻 p.84-87(DK540026k) ページ画像

大正9年1月11日(1920年)

是ヨリ先栄一、来日中ノアメリカ合衆国人チャールズ・ビー・ビルズヨリ、日米両国ノ共同出資ニヨル缶詰会社設立ノ提案ヲ受ク。是日飛鳥山邸ニ於テ、目賀田種太郎ノ来訪ニ接シ、右ニ関シ要談ス。爾後栄一、当会社設立ニツキ、種々尽力ス。


■資料

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正八年(DK540026k-0001)
第54巻 p.84 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記  大正八年
                     (阪谷子爵家所蔵)
○八年十二、廿九 銀行クラブ午餐 加州元老院議員ビル氏、並一行(秘書ニユーマン氏・沖氏(兼二)・田頭氏)招待近藤・浅野・井上・添田・加藤(辰弥)・堀越・団・小野・土方・其他諸氏


集会日時通知表 大正八年(DK540026k-0002)
第54巻 p.84 ページ画像

集会日時通知表  大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
十二月 五日 金 午後二時 米国桑港セネター・ビル氏ト御会見ノ約(兜町)
  ○中略。
十二月十二日 金      ビルス氏紹介之為メ午餐会、日米関係委員会
  ○中略。
十二月廿九日 月 正午   セネター・ビル氏招待午餐会(銀行クラブ)


集会日時通知表 大正九年(DK540026k-0003)
第54巻 p.84-85 ページ画像

集会日時通知表  大正九年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十四日 水 午後三時 沖健二氏兜町ニ来約
一月十五日 木 午後三時 白岩竜平・山科礼蔵両氏兜町来約
        午後六時 梶原正金銀行頭取ヨリ御案内(銀行クラブ)
  ○中略。
一月廿三日 金 午後三時 加藤辰弥氏来約(兜町)
  ○中略。
二月三日  火 午前十一時 ビルス氏来約(兜町)
二月四日  水 午後三時 神谷忠雄氏兜町ニ来約
  ○中略。
二月七日  土 午前十一時半 神谷忠雄氏来約(兜町)
  ○中略。
二月十二日 木 午前十時 セネター・ビルス氏兜町ニ来約
二月十三日 金 午後二時 神谷忠雄氏来約(兜町)
  ○中略。
 - 第54巻 p.85 -ページ画像 
二月十七日 火 午前 九時半 神谷忠雄氏来約(兜町)


渋沢栄一 日記 大正九年(DK540026k-0004)
第54巻 p.85 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正九年          (渋沢子爵家所蔵)
一月十一日 快晴 寒威強シ
○上略 目賀田男爵来リ、米国関係ノ事ヲ談シ、過日小集セシビルス氏ノ企望ニ付テ将来ノ事ヲ談話ス○下略
一月十二日 雨又曇 寒
○上略 十一時半如水会ニ抵リ、日支国交問題ニ関スル協議ヲ開ク○中略 午後二時半散会、更ニ山科氏ト米国加州ヨリ来レルビルス氏ノ提案ニ付爾来ノ経過及向後ノ施設ヲ内話ス○下略
  ○中略。
一月十四日 晴 寒
○上略 沖健二氏来リ、米人ビルス氏提案ノ鑵詰工業ニ付談話ス○下略
一月十五日 晴 寒
○上略 三時半事務所ニ抵リ○中略 山科礼三氏来リ、米国ビルス氏ヨリ提議セル日米銀行及工業会社組織ノ事ヲ談ス○中略 午後六時半銀行倶楽部ニ抵リ、正金銀行ノ主催ニ係ル米人ビルス氏招待会ニ出席、賓主及金子氏ノ演説アリ、来会者各自種々ノ談話アリ、余モ亦目賀田・米山其他ノ諸氏ト要務ヲ談ス、午後十時散会帰宅ス
○下略
一月十六日 晴 厳寒
○上略 午前十一時半家ヲ発シ兼子等ト共ニ兜町事務所ニ抵リ、書類ヲ整理ス、米国人ビルス氏提案ノ鑵詰事業ニ付、三井・団琢磨氏ヘ書状ヲ発ス、但増田明六ヲシテ明日往訪セシムル筈ナリ○下略


(増田明六)日誌 大正九年(DK540026k-0005)
第54巻 p.85 ページ画像

(増田明六)日誌  大正九年      (増田正純氏所蔵)
二十日○一月 火 晴
出刻出勤《(定)》
午前十時三井合名会社ニ阪井徳太郎氏ヲ訪問シ、男爵ヨリ命ゼラレタル桑港セネター・ビルス氏提案鑵詰会社ヲ日米共同資本ニ依リ桑港ニ設置スル趣旨書、及男爵ヨリ団琢磨氏宛書翰ヲ託シ、且右提案ヲ調査シ、尚将来同社成立ノ上ハ、日本側代表者トシテ小室三吉氏ヲ推薦シタシトノ男爵ノ希望、並ニ同社ノ成立ガ日米両国人親交上必要ナル旨ノ男爵ノ意見ヲ、阪井氏ニ依リテ団氏ニ伝エラルヽ様依頼シタリ
○下略


渋沢栄一 日記 大正九年(DK540026k-0006)
第54巻 p.85-86 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正九年       (渋沢子爵家所蔵)
一月二十三日 晴 寒
○上略 三時半事務所ニ抵リ、加藤辰弥氏来リテ米国ビルス氏トノ談話ヲ告ケ、且其企望ニ係ル鑵詰会社設立ニ付種々其意見ヲ述フ、依テ至急一案ヲ作成シテ協議セラレン事ヲ托ス
○下略
  ○中略。
二月三日 曇 寒
 - 第54巻 p.86 -ページ画像 
○上略
午前十時日本銀行ニ抵リ井上総裁ニ会見シ、米国ニ関スル要件ヲ談ス十一時事務所ニ抵リ米国人ヒルス氏《(ビルス)》ノ来訪ニ接見ス、小畑氏通訳ス、午飧後外務省ニ抵リ、更ニ貴族院ニ抵リテ、埴原外務次官ニ会見シテ米国関係ノ事ヲ談ス○下略
二月四日 曇 寒
○上略 午後二時事務所ニ抵リ○中略 神谷忠雄氏来リテ、ビルス氏ト交渉中ナル日米鑵詰会社設立ノ事ヲ協議ス○下略
  ○中略。
二月七日 晴 寒
○上略 午前十時事務所ニ抵リ○中略 神谷忠雄氏来リ、日米鑵詰会社設立ノ事ヲ談シ、其調査セル書類ヲ落手ス○下略
  ○中略。
二月十二日 晴 寒
○上略 午前十時事務所ニ抵リ、米人ビルス氏ノ来訪ニ接シ、鑵詰会社設立ノ事ヲ協議ス、小畑久五郎氏通訳ス、ニユーマン氏モ同伴ス○下略
二月十三日 晴 厳寒
○上略 午飧後事務所ニ抵リ○中略
神谷正雄氏来《(神谷忠雄)》リ、米人ビルス氏提案ノ鑵詰会社ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月十七日 晴 寒
○上略 午前九時事務所ニ抵リ、神谷忠雄氏来リテ、米人ビルス氏提案ニ係ル鑵詰会社ノ事ヲ談話ス○下略
(欄外記事)
 小畑久五郎氏ニ指示シテ明日ヨリビルス氏ト共ニ京阪行ヲ誘導セシム法隆寺及奈良等ニハ黒板博士ノ添書ヲ持参セシム
  ○中略。
二月十九日 曇 軽寒
○上略 米人ビルス氏一行ガ昨日大磯停車場ニテ発シタル端書ヲ落手ス、蓋シビルス氏ハ余カ誘導ニヨリテ京阪及奈良地方ニ旅行スル途次当駅ヨリ発送セシナリ○下略
  ○栄一、二月十七日ヨリ大磯ニ寒ヲ避ケ、二十一日帰京ス。
  ○中略。
二月二十六日 曇 寒
○上略
正午外務大臣官舎ニ抵リ午飧ス、食後米国サン新聞紙ヘ広告料トシテ寄附金ヲナスニ付各関係会社ノ人々ト会話ス、外務大臣ヨリ勧誘ノ言アリテ後余ハ詳細ニ其必要ヲ縷述ス、一同賛成シテ寄附金額ハ余ト井上日銀総裁トニテ調査分賦ノ事ニ決ス、畢テ頃日来米国ヨリ渡来セル加州地方事業ニ関スルビース氏計画《(ビルス)》ノ鑵詰会社ノ事ヲ一同ニ披露シテ賛成ヲ求ム○下略


渋沢栄一書翰 阪谷芳郎宛 (大正九年)七月六日(DK540026k-0007)
第54巻 p.86-87 ページ画像

渋沢栄一書翰 阪谷芳郎宛 (大正九年)七月六日   (阪谷子爵家所蔵)
○上略 神谷忠雄氏に鑵詰事業視察之外ニ、今般之慰問ニ関する事務之壱
 - 第54巻 p.87 -ページ画像 
部を依托し○中略
  七月六日              渋沢栄一
    阪谷芳郎様
        梧下
○下略


集会日時通知表 大正九年(DK540026k-0008)
第54巻 p.87 ページ画像

集会日時通知表  大正九年      (渋沢子爵家所蔵)
七月二十日 火 正午 ビルス氏鑵詰会社ノ件(銀行クラブ)


日米外交史 川島伊佐美編 第五一七頁 昭和七年二月刊(DK540026k-0009)
第54巻 p.87 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕読売新聞 第一五四六六号 大正九年四月二〇日 日米資本提携 排日緩和一策(DK540026k-0010)
第54巻 p.87 ページ画像

読売新聞  第一五四六六号 大正九年四月二〇日
    日米資本提携
      排日緩和一策
外電に依れば、渋沢男爵を介し日米資本家間に銀行及鑵詰事業の創設計画ありと伝へられつゝあるが、這は昨年末北米加州上院議員ビルス・ニユーマン両氏来朝の際、加州知事たるスチーブンス氏の賛同を得て加州に於ける在留邦人の排斥運動を緩和せん為め、日米相互間に
資本的提携 事業を経営するの良策なるを認め、之を渋沢男に説けるに始まれるものにして、其目的は資本金二百万弗の農業銀行を加州に設立し、同時に八百万円の鑵詰会社を日本に創設せんとするものにして、銀行設立問題は合衆国の法令に従ひ、株主は預金に対し無限責任を有する関係より、本邦資本家側の躊躇する処となりしも、先年目賀田男爵渡米の際齎せる銀行設立問題が未だ其儘となり居るを幸ひ、此方に話を併合せしむることゝなり、今日尚ほ行悩みの状態に在りしものなるも
鑵詰事業の 方は在米沖健二氏の斡旋に係り、其の計画は現在米国に於ける最大鑵詰業者なるバーデン会社(資本一千万弗)に対し日本の資本を投下して之を拡張すると共に、資本金八百万円の姉妹会社を日本に設立しバーデン会社をして其の株式の一部を引受けしめんとするものなり、之に対し本邦資本家側は渋沢男以下一流の実業家殆ど全部之に賛成し居れるも、バーデン会社の実状は未だ我が実業家に悉知せられざるを以て、之を調査するの必要上来る六月初旬神谷忠雄氏を
米国に特派 し、其結果により愈々会社創立を進捗せしむることとなるべきが、該計画成功の上は、引続き此種事業の開発を見るに至るべきかと云へり
  ○当会社ハ、成立セズ。本資料第三十四巻所収「日米関係委員会」大正九年七月二十二日ノ条並ニ第三十九巻所収「其他ノ外国人接待」大正九年一月六日ノ条参照。