デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.2.21

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
1節 農・牧・林業
2款 十勝開墾合資会社(十勝開墾株式会社)
■綱文

第54巻 p.158-186(DK540044k) ページ画像

大正15年7月5日(1926年)

是ヨリ先、栄一、当会社農場内居住民ノタメ、寺院建立ニ尽力スルトコロアリ、前当会社農場長吉田嘉市、是日付書翰ヲ以テ、右寺院ノ称号ヲ青淵山寿光寺ト定ムルニ付キ、栄一ノ諒承ヲ求メ、且ツ本堂内陣ニ掲グベキ扁額ノ揮毫ヲ請フ。

昭和二年七月、栄一、之ヲ揮毫ス。


■資料

(吉田嘉市)書翰 白石喜太郎・増田明六宛大正一五年七月五日(DK540044k-0001)
第54巻 p.158-159 ページ画像

(吉田嘉市)書翰  白石喜太郎・増田明六宛大正一五年七月五日
                    (渋沢子爵家所蔵)
  大正15年7月5日
    白石喜太郎殿 白石  吉田嘉市
    増田明六殿
謹啓
向暑之候に御座候処、子爵閣下御始め各位には益々御清祥之御事と為邦家大賀此事に奉存候
降而小老事其後ハ至テ御疎遠にのみ打過き失礼申上居り候処、御蔭を以て別状なく消光罷在候間、乍憚御省念被下度候
陳者這般植村社長殿御来場之節、委細懇願申上置候事ニ候が、実は熊牛農場も逐年発展仕り、兼而
御高配を蒙り候寺院も、本年五月寺号公称を認可せられ、寺号を寿光寺と称し、愈々建立之運ひと相成り、本年材料等を準備し、明春早々起工し、明後年竣成之予定ニ御座候
就而は当農場ハ子爵閣下之多年御苦心御丹精により今日あるニ至り候ものにて、親しく御薫陶ニ接し候小老始め住民一同等しく閣下之御高
 - 第54巻 p.159 -ページ画像 
徳を敬慕致居候次第ニ御座候、右ニ付閣下之御高徳を永く紀念致度、閣下之雅号を頂戴し、之を山号とし、青淵山寿光寺と称号致度、此儀何卒御聴届被下候様御願申度、尚重々恐懼之至りニ御座候へ共、閣下之御揮毫を願ひ、縦三尺、横六尺位之扁額として御堂内陣ニ掲度、是又何卒御承諾を蒙り度、尊台より宜敷御取計被下度伏而奉懇願候
実は小老上京し親く御懇願申上度筈ニ御座候処、彼是意に任せす、恐乍愚書右御願申上度、何分之御垂示御待申入候 頓首再拝


清水町五十年史 同町編 第八五九頁昭和二八年三月刊(DK540044k-0002)
第54巻 p.159 ページ画像

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(増田明六) 日誌 昭和二年(DK540044k-0003)
第54巻 p.159 ページ画像

(増田明六) 日誌  昭和二年      (増田正純氏所蔵)
十月十三日 木 晴                出勤
午後五時植村澄三郎氏に招かれて、丸の内常盤家ニ於て饗を受けた、十勝開墾会社の創立者の一人であつた渋沢子爵と、同社々長であつた渋沢篤二氏、同社重役であつた小生及白石喜太郎氏と、同会社を買収した明治製糖会社々長相馬半治・専務取締役有島健助・同藤野幹及庶務課長中村氏とが参列した、越喜美と云ふ娘義太夫の余興があつた、一同歓を尽した
○下略
  ○中略。
十一月十四日 月 晴               出勤
出勤掛十時ニ三光町に渋沢篤二殿を訪問した○中略 植村澄三郎氏よりの依頼で、十勝開墾会社より記念品料金五百円を持参御渡した
○下略

 - 第54巻 p.160 -ページ画像 


〔参考〕竜門雑誌 第五九一号・第一二―一九頁昭和一二年一二月 北海道に於ける明治年間の「大農場」(上) 『渋沢農場』旧十勝開墾会社に関する談話誌 石川正義(DK540044k-0004)
第54巻 p.160-166 ページ画像

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〔参考〕竜門雑誌 第五九二号・第二七―三五頁昭和一三年一月 北海道に於ける明治年間の「大農場」(下) 『渋沢農場』旧十勝開墾会社に関する談話誌 石川正義(DK540044k-0005)
第54巻 p.166-173 ページ画像

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〔参考〕開墾地移住経営事例 農林省農務局編 第二二―四七頁昭和二年三月刊(DK540044k-0006)
第54巻 p.173-186 ページ画像

開墾地移住経営事例 農林省農務局編  第二二―四七頁昭和二年三月刊
 ○北海道
    二、十勝開墾株式会社農場
開墾地所在  十勝国上川郡人舞村
経営者             十勝開墾株式会社
甲、開墾地概況
本場ハ十勝国上川郡人舞村字「ニトマツプ」及「熊牛」ヨリ河西郡芽室村ノ一部ニ連リ、其ノ区域東西一里半、南北ノ長径四里ニ達シ、十勝川ノ上流其ノ中央ヲ流ル
而シテ本農場ハ渋沢男爵一族・男爵大倉喜八郎・和久宗七外数名ノ合資ニシテ資本金弐拾万円ニシテ、之ヲ四千株ニ分チ、一株ヲ金五十円トス、本会社ノ株券ハ総テ記名式ニシテ、一株及十株券ノ二種トシ、株金ハ一時ニ払込ムモノトス、而シテ本会社ノ目的トスル所ハ
 一、北海道ニ於テ土地ヲ所得シ又ハ貸下ヲ受ケ農業及牧畜業ヲ営ム
 - 第54巻 p.174 -ページ画像 
 一、土地ノ生産物ヲ以テ各種ノ製造ヲナシ、之ヲ販売スル事
 一、肥料ヲ買入レ及之ヲ販売スル事
次ニ本場ノ資本及株式ニ関シ規定ノ重ナルモノヲ記載スレハ
○中略
現在役員トシテ取締役社長植村澄三郎、取締役八十島親徳・渋沢武之助・伯爵勝精・吉田嘉平、監査役大倉喜七郎・増田明六ノ諸氏ナリ
  株主表
○中略
当農場ハ清水駅ヲ東方二里ニ位シ、高丘地ニアリ、低地・湿地ヲナスモノアリテ地相一様ナラス、而シテ地質系統ハ第四紀新層ニ属スル壌土及埴土ヨリナリ、高丘地ハ稍乾燥ニ傾キ、湿地ハ目下水田トシテ経営スルノ方針ニシテ着々其ノ工ヲ遂行シツツアリ、而シテ本農場ハ海抜六十米突内外ニシテ、地味十勝国一般ヨリ推シテ中位ニアリ
(一)開墾ノ沿革並其ノ成績
 明治三十年一月三十日、男爵渋沢栄一、外十一名ト共ニ約三千五百万坪ノ貸付予定存置ヲ出願シテ之カ許可ヲ得タルニ始リ、農学士町村金弥・測量技師山本信ノ二名ト共ニ土地ノ選定ニ従事セシメ、其ノ有望ナルヲ確メ、明治三十一年二月十八日資本金百万円ノ合資会社ヲ設ケ之ヲ開墾スルニ決ス、而シテ同月二十三日起業方法協議ノ為、第一回社員総会ヲ開催シ、次テ同年四月八日、第二回社員総会ヲ開キ、設立契約書並出資分担額ノ決議ヲナシ、役員ノ選挙ヲ行ヒタルニ、其ノ結果業務担当社員社長ニ渋沢喜作、業務担当社員ニ渋沢栄一・大倉喜八郎・田中源太郎・田中平八、監査役ニ中村太三郎・植村澄三郎当選シ何レモ之カ就任ヲ承諾セリ、農場長トシテハ小田信樹就任セリ
 然ルニ事業経営ノ困難ハ出資員ノ脱退ヲ来タシ、遂ニ残留スル者僅ニ男爵渋沢栄一・渋沢篤二・渋沢喜作・大倉喜八郎・植村澄三郎・和久伊兵衛ノ六氏トナリタリ、故ニ事業縮少ノ方針ヲ樹テ、資本金ヲ拾九万円ニ減シ、貸付地ノ一部ヲ返還スルト同時ニ、移民奨励ノ目的ヲ以テ明治三十五年四月一日ヨリ小作人規定ヲ改正シ、移民ニ土地譲与ノ方法ヲ制定セリ、斯クシテ消極的事業ノ発展ヲ期シタル結果、漸次小作人増加シ、事業進捗シテ稍其ノ緒ニ就キタルカ、明治三十七年日露戦役ニ会シ、壮丁出征ノ為一時頗ル困憊ノ状態ナリシカ、移民募集ニ努力シ、開墾事業ハ依然継続スルコトヲ得タリ、然ルニ一喜去リテ一憂来ル、之免レサル所ニシテ、事業創始ノ当時ヨリ苦心経営シタル社長渋沢喜作氏ハ病ヲ得テ明治三十七年退社シ次テ渋沢篤二社長ニ就任セシカ、亦病ヲ得テ同四十四年退社シタルヲ以テ、互選ノ上植村澄三郎其ノ後任トナリタリ、明治四十二年農学士内田瀞氏ヲ顧問ニ招聘シ、小田農場長ノ病革マルニ当リ、内田顧問ノ推薦ニ依リ、吉田嘉市ヲ後任農場長ニ採用シテ経営ノ任ニ当ラシメタリ、同氏就任スルヤ、夙夜精励事ニ当リ、小作人ヲ督シテ開墾ノ進捗ヲ計リ、移民ヲ補充シ又ハ道路ヲ開鑿シ、排水溝ヲ増設スル等、起業方法ニ関スル諸般ノ整理ヲナシタルヲ以テ、牧場千二百六十二町歩ハ成功、検査ヲ経テ同年九月十三日付与ヲ得、翌四十
 - 第54巻 p.175 -ページ画像 
四年ニハ畑地三千四十三町歩ヲ成功シ、検査ヲ経テ翌四十五年五月二十五日之カ附与ヲ受ケタリ、大正四年ニ至リ、始メテ資本金ニ対シ年五朱ノ利益配当ヲ為スコトヲ得、大正五年ニハ組織ヲ変更シ、資本金弐拾万円ノ株式会社トナシ、本社ヲ東京市日本橋区ニ置ク、大正六年ニハ更ニ収益ヲ増加シ、年一割ノ配当ヲナスニ至レリ
(二)土地利用ノ概況
 (イ)開墾前ニ於ケル土地ノ地目別面積利用方法其ノ他
  明治三十年一月三十日、三千五百万坪ノ貸付地予定存置ヲ出願シタルヲ発端トシ、其ノ後今日ニ至ルマテ或ハ貸付ヲ受ケ、或ハ之カ返還ヲナシ、地積ノ増減定マリナク、貸付前ニ於テハ総テ国有未開地ニ属シ、何等ノ利用ナシ
 (ロ)開墾後ニ於ケル土地ノ地目別面積、地価、作物ノ種類収量、肥料ノ種類及用量其ノ他
  一、四千三百二十六町一段二十九歩   大正六年末現在地積
  一、四十六町三段七畝九歩       同七年中買入地
  一、九町一段五畝歩          同上
  計 四千三百八十一町六段三畝八歩
     内
    三十二町一段七畝一歩      大正八年中欠潰流失地積
  差引 四千三百四十九町四段六畝七歩 大正八年末現在
     内
    二十二町三畝十七歩       大正九年中欠潰流失地積
    九町四段九畝六歩        大正九年中灌漑溝路敷地トシテ売払地積
  計 三十一町五段二畝二十三歩
  差引 四千三百十七町九段三畝十四歩
 右地積内訳左ノ如シ
  一、二百八百五町六段五畝四歩《(千)》 畑地
  一、十五町歩             畑荒蕪地
  一、二十八町九段七畝二十五歩     水田地
  一、三町三段一畝十四歩        水田荒蕪地
  一、五町五段一畝二十八歩       牧草畑
  一、十五町歩             農場事務所敷地並ニ厩舎敷地
  一、千四百四十三町六段二畝三歩    未開地
 外ニ
  一、八段五畝歩            宅地
 而シテ水田及畑地ノ売買価格ハ、大正九年度ニ於テ水田一町歩当リ四百円乃至弐百円、畑地一町歩当リ弐百円乃至八拾円トス
 地価ハ未タ査定ナキヲ以テ不明ナリ
      主要作物反当収量

 
種別   大正四年    同五年    同六年    同七年    四箇年平均 摘要
       石      石      石      石      石
 白大豆  一・二〇〇  一・〇〇〇    七〇〇  一・三五〇  一・〇三七
 黒大豆    九〇〇  一・〇〇〇    八〇〇
 稲黍   一・八〇〇  一・五〇〇  一・五〇〇  一・五〇〇  一・五七五
 小豆   一・二〇〇  一・〇〇〇  一・〇〇〇  一・二〇〇  一・一〇〇
 - 第54巻 p.176 -ページ画像 
 燕麦   二・五〇〇  二・〇〇〇  二・〇〇〇  二・〇〇〇  二・一二五
 蕎麦   一・六〇〇  一・五〇〇  一・二〇〇  一・〇〇〇  一・三二五
 大麦   一・五〇〇    八〇〇  一・二〇〇    四五〇    九八八
 菜豆   一・二〇〇    八〇〇    八〇〇  一・〇〇〇    九五〇
 小麦   一・〇〇〇    五〇〇    八〇〇    八〇〇    七七五
 水稲   一・〇〇〇    八〇〇  一・六〇〇    八〇〇  一・〇五〇
 玉蜀黍  二・〇〇〇  一・五〇〇  一・五〇〇  一・八〇〇  一・七〇〇
 蕓苔   一・〇〇〇    七〇〇    四〇〇    五〇〇    六五〇
 豌豆       ―    八〇〇    四〇〇    八〇〇    六六七

    施肥量及其ノ種類

図表を画像で表示施肥量及其ノ種類

 作物   肥料種類  反当施肥量   作物  肥料種類    反当施肥量             貫                   貫 大豆   精過燐酸  四・〇〇〇   菜豆  精過燐酸    四・〇〇〇 小豆   同     四・〇〇〇       厩肥      三・〇〇〇 燕麦   同     四・〇〇〇   小麦  同       四・〇〇〇 玉蜀黍  精過燐酸  四・〇〇〇       同       二・〇〇〇      厩肥    四・〇〇〇       過燐酸石灰   五・〇〇〇 蕓苔   同     四・〇〇〇   水稲  堆肥      三・〇〇〇      同     三・〇〇〇       大豆粕・魚肥  六・〇〇〇                    豌豆  精過燐酸    四・〇〇〇 



    自明治三十一年(創業)至大正九年 二十三年間収支一覧

図表を画像で表示自明治三十一年(創業)至大正九年 二十三年間収支一覧

          年末現在              収入                    支出               差引損益 年次       出資金      小作料     其ノ他     計       管理費     諸税金    計       (△印ハ損失)               円       円       円       円       円       円       円 自明治三十一年  四〇、八五〇     一六六   二、七六九   二、九三五  三三、九三九     九四六  三四、八八五  △三一、九五〇 至同三十六年 同三十七年    五〇、三五〇     七〇四     五九七   一、三〇一   三、一六〇     二〇六   三、三六六  △ 二、〇六五 同三十八年    五九、八五〇   一、六八四     二九八   一、九八二   四、四五六     二三〇   四、六八六  △ 二、七〇四 同三十九年    六七、四五〇   二、〇六四   一、〇二二   三、〇八六   四、四九一     二八二   四、七七三  △ 一、六八七 同四十年     七六、九五〇   三、〇七二   一、〇九九   四、一七一   三、七五五     二八一   四、〇三六      一三五 同四十一年    八七、四〇〇   三、五八一   三、三五六   六、九三七   七、九二三     四九二   八、四一五  △ 一、四七八 同四十二年   一〇二、六〇〇   四、一五五     八九八   五、〇五三  一一、五四六     六一〇  一二、一五六  △ 七、一〇三 同四十三年   一二二、五五〇   七、二一五   四、四四〇  一一、六五五  二一、〇八八     八一二  二一、九〇〇  △一〇、二四五 同四十四年   一三四、九〇〇  一〇、三三六   三、九九七  一四、三三三  一二、二〇二     八三四  一三、〇三六     一二九七 大正元年    一三九、六五〇  一一、九五九   六、三三五  一八、二九四  一〇、八六八   二、五八七  一三、四五五    四、八三九 同 二年    一四四、四〇〇  一四、六八五   五、二四〇  一九、九二五  一〇、八八六   二、六五四  一三、五四〇    六、三八五 同 三年    一五〇、一〇〇  一七、〇七〇   五、九九七  二三、〇六七  一〇、〇八六   一、九六四  一二、〇五〇   一一、〇一七  以下p.177 ページ画像  同 四年    一五〇、一〇〇  二二、八〇四   七、四〇九  三〇、二一三  一六、九〇一   二、四〇八  一九、三〇九   一〇、九〇四 同 五年    二〇〇、〇〇〇  三一、四八八   六、〇四一  三七、五二九  一二、〇八三   七、四四二  一九、五二五   一八、〇〇四 同 六年    二〇〇、〇〇〇  五九、四六五   五、六七四  六五、一三九  二二、二六七   六、五三二  二八、七九九   三六、三四〇 同 七年    二〇〇、〇〇〇  七八、七七七   六、六五七  八五、四三四  二四、二〇〇   五、七九〇  二九、九〇〇   五五、四四四 同 八年    二〇〇、〇〇〇  五二、五六九  四四、四三九  九七、〇〇八  六九、四九八   七、三五六  七六、八五四   二〇、一五四 同 九年    二五〇、〇〇〇  一七、七二五  三二、五七七  五〇、三〇二  五二、五一二  一一、九九七  六四、五一二  △一四、二一〇 



    年次開墾成績

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  年次      開墾反別      同上累計       摘要   年次   開墾反別      同上累計       摘要             町          町                   町          町 自明治三十一年  三五〇・九三二八   三五〇・九三二八      大正元年  一四〇・二二〇四  二九四四・二九一三  第二、第四種小作地ハ土地譲与シ小作関係解除ニヨリ地積ヲ減少セリ 至同三十五年 同三十六年    一七五・〇六〇一   五二五・九九二九      同 二年  一〇七・六八〇四  二二三二・五四〇九  同上 同三十七年    一一八・四八二四   六四四・四八二三      同 三年  一〇〇・六〇〇五  二三三三・一四一四 同三十八年    二七三・二四〇五   九一七・七二二八      同 四年  一三一・五五〇一  二四六四・六九一五 同三十九年    三〇八・五五〇〇  一二二六・二七二八      同 五年  一六三・七七二八  二六二八・四七一三 同四十年     三二〇・四四〇七  一五四六・七二〇五      同 六年  一三九・二六一九  二七六七・七四〇二 同四十一年    三二三・六二二七  一八七〇・三五〇二      同 七年   九八・四一一九  二八六六・一五二一 同四十二年    四二二・〇二二四  二二九二・三七二六      同 八年   三二・二七一八  二八九八・六三〇九 同四十三年    二九三・九七一五  二五八六・三五一一      同 九年         ―  二八七四・三一一一  十勝川流域欠潰流失セルニヨリ累計ニ於テ面積減少セリ 同四十四年    二一七・七一二八  二八〇四・〇七〇九 



    排水掘鑿調査表

図表を画像で表示排水掘鑿調査表

  年次      延長       金額        年次      延長       金額        年次     延長       金額        年次     延長      金額              間        円                 間        円                間        円                間        円 自明治三十一年 一、八二〇・〇  一、一〇八・三〇〇  明治四十年    八一七・〇     四四・九四〇  大正元年  二、七七一・一    九六一・二二五  同 六年    九七二・〇     五八・一三〇 至同三十五年 同三十六年      二七・〇     一〇・〇〇〇  同四十一年  一、九四〇・〇    一九七・四四一  同 二年  三、九一五・五  一、六二〇・六九六  同 七年  一、六一三・〇    二三〇・三六〇 同三十七年     二三二・〇     五四・三五〇  同四十二年  一、〇九九・〇     七六・九六六  同 三年  四、六六一・四  一、八一〇・三九七  同 八年  一、一七二・二    三二六・五七〇 同三十八年     一五三・〇     二〇・三六〇  同四十三年  四、八七四・四  二、九四八・八九五  同 四年  二、二七三・五    二八七・〇五〇  同 九年  二、三一六・〇  一、〇〇四・三一〇 同三十九年     二〇〇・〇     一〇・三〇〇  同四十四年  三、一七四・四  二、二一七・八一八  同 五年  二、五二九・四    六七四・六一〇 



 - 第54巻 p.178 -ページ画像 
    道路開鑿調査表

図表を画像で表示道路開鑿調査表

  年次       延長       金額         年次    延長       金額               間        円                間        円 自明治三十一年  一、五三二・〇    四〇〇・〇〇〇  大正元年  三、九九八・〇  一、五四六・〇六二 至同 三十五年 同  三十六年     九〇・〇     三八・〇〇〇  同 二年  二、四四二・八    七七二・〇五三 同  三十七年    六四〇・〇    三二〇・〇〇〇  同 三年  一、八〇一・二    七六四・二四〇 同  三十八年    一五〇・〇     四五・〇〇〇  同 四年  一、〇六〇・〇    五八八・五四五 同  三十九年    五〇七・〇    一五二・一〇〇  同 五年  一、五〇三・〇    二八四・三二〇 同  四十年     一七〇・〇     九七・七〇四  同 六年    四九六・〇    一二〇・六一〇 同  四十一年  二、一三七・〇    二一九・九三九  同 七年  一、六五二・〇  一、四一〇・七二〇 同  四十二年  一、七八〇・〇    二〇〇・六五一  同 八年    七九三・〇  三、三一七・二六〇 同  四十三年  一、〇八七・三    五〇六・六三三  同 九年  一、三七一・〇    六三九・六三〇 同  四十四年  四、六五二・四  二、五〇四・三〇〇 



    牧棚建設調査表

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  年次       延長       金額       年次   延長   金額               間      円            間     円 自明治三十一年    二一七・〇   三〇・三八〇  大正元年  ――  一六五・八九五 至同 三十五年 同  三十六年  三、四三八・〇  三三七・〇八〇  同 二年  ――  一四三・〇一〇 同  三十七年  一、三二三・〇  一八五・〇八〇  同 三年  ――  一七六・八八〇 同  三十八年  一、四七九・〇  二二七・〇六〇  同 四年  ――    八・三六五 同  三十九年  一、五〇四・〇  二一〇・五六〇  同 五年  ――  一〇四・七七〇 同  四十年   四、二五五・〇  三八七・八五〇  同 六年  ――  一九八・四三〇 同  四十一年  五、〇一三・〇  八六〇・三二三  同 七年  ――    三・〇〇〇 同  四十二年    九五五・〇  一二八・九二五  同 八年  ――  二四一・六六〇 同  四十三年  一、〇〇四・〇  一四〇・五六〇  同 九年  ――  六六七・一九〇 同  四十四年       ――   五四・一三五 



  備考 明治四十四年以降ハ其ノ建築費ハ明ラカナルモ工事延長ハ不明ナリ。
    年次小作料徴収反別

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  年次       反別     小作料     年次    反別     小作料              町       円            町       円 自明治三十一年     三〇     一六六  大正元年  一、四五三  一一、九五九 至同 三十六年 同  三十七年    一八〇     七〇四  同 二年  一、七三七  一四、六八五 同  三十八年    三一九   一、六八四  同 三年  一、九七八  一七、〇七〇 同  三十九年    四三三   二、〇六四  同 四年  二、二〇〇  二二、八〇四 同  四十年    六四五    三、〇七二  同 五年  二、三七〇  三一、四八八 同  四十一年    七五〇   三、五八一  同 六年  二、四九六  五九、四六五 同  四十二年    九五六   四、一五五  同 七年  二、六〇八  七八、七七七 同  四十三年  一、一四九   七、二一五  同 八年  二、七〇九  五二、五六九 同  四十四年  一、二六三  一〇、三三六  同 九年  二、七八三  一七、七二五 



(三)副業ノ状況
既述ノ如ク、本農場ハ、北海道ニ於テ、農業及牧畜ヲ営ムヲ以テ目的トスレトモ、農業ヲ以テ主眼トシ、逐年水田増設ノ企業ニ腐心セルノ状態ニシテ、且ツ、十勝ハ自然的穀菽ノ生産ニ支配セラルルノ傾向ヲ有シ、牧畜事業ハ、之ニ附随シテ発達ノ域ニ至ラス、初メ英国ヨリ肉牛ヲ輸入シテ、之カ改良蕃殖ニ努メタルモ、副業トシテ見ルヘキ成績ヲ得ス、此等会社直営ノ外、小作人ハ努メテ馬匹ヲ飼育セシメ、一朝ノ凶歉ニ備ヘ、一方馬耕ニ利用セシメ、約七百頭ノ馬匹ヲ算スルニ至レリ
其ノ他小作人ハ、老幼ノ仕事トシ一方自家食料ノ補給トシテ鶏・豚・兎等ヲ飼養スレトモ、副業トシテ系統的ノモノナシ
以上ノ如ク直営事業ノ畜産ハ、其ノ蕃殖ニ腐心スル所アリシモ、予期
 - 第54巻 p.179 -ページ画像 
ノ成績ヲ得ルニ至ラス
      畜牛調査表

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  年次      繰越  買入  蕃殖  計  斃死及売却  現在 自明治三十一年  ―   ―   ―   ―   ―     ― 至同三十五年 同 三十六年   ―   ―   ―   ―   ―     ― 同 三十七年   ―   五   ―   五   ―     五 同 三十八年   五   四   七  一六   ―    一六 同 三十九年  一六   ―   八  二四   四    二〇 同 四十年   二〇   五  一一  三六   六    三〇 同 四十一年  三〇   六  一三  四九   九    四〇 同 四十二年  四〇   七  一六  六三  一二    五一 同 四十三年  五一   二  一七  七〇  三三    三七 同 四十四年  三七   ―  一二  四九  二六    二三 大正元年    二三   二   七  三二  一四    一八 同 二年    一八   七   九  三四   六    三八 同 三年    二八   ―  一五  四三  一〇    三三 同 四年    三三   ―  一五  四九  一五    三四 同 五年    三四   ―  一六  五〇  一九    三一 同 六年    三一   一  一〇  四二   三    三九 同 七年    三九   三  一〇  五二  一九    三三 同 八年    三三   ―  一三  四六  一〇    三六 同 九年    三六   三  一六  五五  二八    二七 



    馬匹調査表

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  年次      繰越  買入  蕃殖   計   斃死及売却  現在 自明治三十一年  三三   七   七   四七    二    四五 至同三十五年 同 三十六年   四五   五   六   五六    ―    五六 同 三十七年   五六   五   八   六九    一    六八 同 三十八年   六八   四  一二   八四    三    八一 同 三十九年   八一   三  一三   九七    五    九二 同 四十年    九二   四  一五  一一一    七   一〇四 同 四十一年  一〇四  一〇  二三  一三七    八   一二九 同 四十二年  一二九   五  二五  一五九    七   一五二 同 四十三年  一五二   ―  二三  一七五  一四八    二七 同 四十四年   二七   ―   四   三一   一九    一二 大正元年     一二   一   四   一七    三    一四 同 二年     一四   四   四   二二    五    一七 同 三年     一七   一   四   二二    三    一九 同 四年     一九   ―   一   二〇    八    一二 同 五年     一二   ―   三   一五    七     八 同 六年      八   一   ―    九    二     七 同 七年      七   ―   二    九    ―     九 同 八年      九   ―   一   一〇    三     七 同 九年      七   ―   一    八    二     六 



 - 第54巻 p.180 -ページ画像 
    鶏・豚・鵞鳥(小作人飼育)

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 種別  明治四十一年  同四十二年  同四十三年  同四十四年  大正元年   同二年  同三年  同四年  同五年    同六年    同七年    同八年 鶏   一、〇三一   一、一八八  九一〇    一、二九四  一、一七〇  八五五  八四九  九二六  一、七一三  二、二九一  一、九七六  一、六二二 豚       ―       ―    ―        ―      ―    ―    ―    ―      ―      ―      六     一〇 鵞鳥      ―       ―    ―        ―      ―    ―    ―    ―      ―      ―      二     一三 


乙、移住ノ状況
(一)移住ノ沿革並其ノ成績
創業当時ノ本農場ハ壱百万円ノ資本ヲ投入シ、千五百八十戸ノ移民ヲ収容シ、同時ニ牛馬ヲ飼養セムトスル目的ニテ、明治三十年四月十二日十勝国河西、上川両郡ノ内十勝川ノ両岸「ケネ」「ニトマツプ」及中川郡札内川ノ東岸札内原野ニ於テ、未開地三千六百三十万余坪ノ無償貸付ヲ受ケタリ、当時諸物貨ハ函館ヨリ海路大津港ニ送リ、十勝川ニ遡リテ更ニ駄馬ニ依リテ本場ニ至リ、又十勝川ノ利用モ「アイヌ」ノ丸木舟ニヨリテ此等ノ運搬ヲナシ、収穫物ハ運搬ノ不便ナルタメ価格低廉ナルニ反シ、日用必要品ハ極メテ高価ニシテ事業ノ経営容易ナラス、幾度カ経営中止ノ状ニ至リ、予定ノ計画ヲ実行シ得サル悲境ニ陥レリ、斯ノ如ク前途ノ光明ヲ見サルノミナラス、社員ノ儘厭《(マヽ)》、小作人ノ離散等頗ル困憊ノ状ナリシモ、不撓不屈以テ今日ニ至レリ
(二)移住者戸数及人口
本農場ハ各府県ノ小作人来住スルモ、従来ノ移民モ在リテ、目下宮城県人比較的多数ヲ含ム、而シテ各府県人ノ集合ナルモ、割合ニ共同心ニ富メリ
      (イ)年次小作戸数

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  年次         小作戸数     摘要    年次      小作戸数      摘要          其年移住  年末現在             其年移住  年末現在 自明治三十一年  二三四   二三四        大正元年   ―    三九五   第二種、第四種小作地(別紙記載)ハ土地譲与小作関係解除ノ為土地及小作戸数減少ス 至同三十五年 同 三十六年    二三   二五七        同 二年   ―    三六二   同上 同 三十七年    三一   二八八        同 三年  一七    三七九 同 三十八年    六〇   三四八        同 四年   ―    三七八 同 三十九年     五   三五三        同 五年   ―    三七〇 同 四十年     四六   三九九        同 六年   ―    三五九 同 四十一年    二四   四二三        同 七年   ―    三七三 同 四十二年    五七   四八〇        同 八年   ―    三七八 同 四十三年     九   四八九        同 九年   ―    三四六 同 四十四年    一〇   四九九 



      (ロ)小作戸口表

 戸数    人口              計
       男      女
 三四六   一、一八九  九三〇     二、一一九

 - 第54巻 p.181 -ページ画像 
      (ハ)小作人府県別

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 府県  戸数   府県  戸数  府県  戸数 宮城  一二〇  静岡  二一  青森   二 香川    九  鳥取   一  岐阜  一一 大分    二  大阪   二  徳島  四二 兵庫   二三  石川   二  岩手  一二 栃木    四  和歌山  八  富山  一三 福井   三〇  岡山  一四  新潟   八 山形   一三  愛知   九 



右移住者中本農場創立前ヨリ本道ニ移住シタルモノアリ、又内地府県ヨリ始メテ本場ヘ移住シ来レル者アリ
      (ニ)小作人納税額表

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  小作戸数  国税納税者  同上納額  地方税納税者  同上納額   村税納税者  同上納額   納額計                円               円             円   三四六  四       四八   三四六     一、四九二  三四六    五、四〇一  六、九四四 



      (ホ)小作人議員選挙有資格者

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   小作戸数  衆議院議員選挙有権者  道会議員同上  村会議員同上  計   三四六    二           二       五三     五七 



(三)移住地ニ於ケル宅地ノ配置及家屋ノ構造並価格
農場地内ハ宅地トシテ特ニ設定セス、自家耕作地ト給水ノ便トニヨリ臨機応変ニ建設居住シ、従テ農家ノ住宅ハ散在シテ一定セス、而シテ家屋ハ、農家ノ経済未タ充実スルニ至ラス、故ニ其ノ構造モ比較的粗略ニシテ、場内湿地ニ生スル「ヨシ」・「カヤ」等ヲ刈リ取リテ草葺トシ、丸太ヲ柱トシテ、総テ近隣相扶ケテ之ヲ構造スルヲ以テ建築費モ安価ナリ、普通三十坪内外ノ大サトシ、板囲又ハ壁ヲ塗ルモノ現在甚タ尠シ、保存年限ハ、九年乃至十年位ノモノナリ
(四)移住者招致ノ方法
創業当時ニ於テハ、係員ヲシテ内地府県ニ募集ノ為出張セシメ、種々前述ノ如キ優遇ニヨリテ移民ヲ招致シ、之ニ従来ノ移住者ニシテ本道ノ気候風土ニ馴レタル者ヲ配シテ農事ノ進捗ヲ計レリ、又附近要所ニハ小作人募集広告ヲ掲示シテ募集ノ一法トナシタルモ、現在ハ交通ノ便ヲ得、又本会社ノ存在ヲ広ク周知セラレ、耕耘ノ法モ創業当時ト異ナリ団体的ノ助力ノ下ニ之ヲ行フヲ以テ企業容易トナリ、自ラ小作人ヲ得ラルルニ至リ、現今ハ特ニ招致ノ方法ヲ講スルモノナシ
(五)移住者ノ待遇
      (イ)土地ノ割当方法並其ノ成績
本農場ハ小作一戸ニ付、五町乃至十町歩ヲ貸与シ、一定ノ規定ノ下ニ起業成功セシメ、別ニ定ムル譲与規定ニヨリテ譲与ヲ受ケントスル者ニ応スルノ制度ヲ設ケタリ、而シテ土地ノ選定ニ関シテハ、小作人ノ選択ニ任セ実地踏査セシメ、後ニ於テ其ノ土地ニ着地セシメ、後日換地請願等ニヨリテ生スル繁雑ナキ様細心ノ注意ノ下ニ分与スルモノトス、故ニ小作人ハ実地調査上其ノ土地ニ入地スルヲ以テ後日換地等ノ問題極メテ少ナシ
      (ロ)土地ノ貸与又ハ譲渡ニ関スル規定並ニ其ノ成績
当会社創業以来小作人ノ待遇法ニ関シテハ種々考究ヲ重ネ、其ノ施設
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ノ当ヲ得ン事ヲ期セリト雖、其ノ間幾多ノ困難ト改正ヲ経テ今日ニ至ル、先ツ第一種小作人規定ヲ設ケテ移民ノ招来ヲ計リ、渡航費・小屋掛料・農具・種子ヲ初メトシ、着後七箇月間ノ食糧マテ貸与シテ移住ノ便宜ヲ図リタルニ、浮浪ノ徒多ク応募シ、予定ノ効果ヲ挙クル能ハサリシカハ、更ニ第二種小作人規定ヲ設ケ、渡航費ヲ自弁トシ、其ノ他ハ第一種規定ト同様ノ貸与ヲナシ、且ツ開墾成功後五箇年目ニ於テ成墾地ノ三分ノ一ヲ分与スルコトトシ、先ツ自費ヲ以テ開墾セシメタル後、起業満期ノ上、土地ノ所有権ヲ譲渡スヘキコトヲ制定シ、移民ノ利益ヲ計リタルモ、該規定ヲシテ移民ヲ誘導スヘキ適法タラシムルニ至ラサリキ、玆ニ於テ更ニ研究ヲ重ネ第三種小作人規定ヲ考案シ、開墾料ノ外一切ヲ自弁トナシ、割当地十町歩ノ内、前三箇年間開墾ノ五町歩ハ会社ノ所有トシ、後三箇年開墾ノ五町歩ハ、一旦会社ノ所有ニ帰セシメ、起業満期ノ後ニ於テ其ノ所有権ヲ譲渡スルコトトシ、専ラ優遇ニ努メタルニヨリ、稍其ノ効果ヲ得ルニ至レリ、然レトモ予定ノ戸数ヲ収容スルニ至ラサリシヲ以テ、更ニ第四種小作人規定ヲ設定ノ《(シ)》、割渡地一万五千坪ノ内三千坪ヲ会社小作地トシ、残地八割ヲ譲渡スルノ途ヲ開キ、明治三十五年四月一日ヨリ之ヲ実施シタル結果、玆ニ始メテ多数ノ移住者ヲ得ルニ至レリ、又以テ創業当時移民ノ招来困難ヲ来シタルカヲ窺知スルニ足ルヘシ、明治四十年ニ至リ、鉄道開通セルヲ以テ、移民ヲ得ルニ昔日ノ困難ヲ見ス、只小屋掛料及ヒ開墾料ヲ給シ、二・三年間鍬下無年貢ノ定メアルノミニテ、移住者ヲ得ルニ至レリ
    会社所有地売払規定
 第一条 本農場小作人ニシテ満五箇年以上引続キ耕作シ、規定ノ義務ヲ尽シ、勤勉衆ノ模範トナリ、本会社表彰規定ニ依リ表彰セラレタル者、及農場長ノ推薦ヲ受ケタルモノハ、本人ノ希望ニ依リ本会社所有ノ土地ヲ売渡スコトアルヘシ
 第二条 売渡ヲ受クヘキ土地ハ、自己ノ耕作区域内ニ於テ一町五段歩以内トス
 第三条 買受希望ノ者ハ、自己ノ希望セル地区ヲ明示シテ本会社農場事務所ニ請求スヘシ、但シ本会社ノ都合ニ依リ他ノ箇所ヲ指定スルコトアルヘシ
 第四条 買受人ハ本会社ノ定メタル土地代金ヲ遅滞ナク現金ヲ以テ本会社農場事務所ニ納付スヘシ、但シ本会社ニ於テ止ヲ得スト認メタル場合ハ、三箇年以内ノ年賦ヲ以テ納付スルコトヲ得
  前項但書ノ場合ニハ其代金完納ヲ終ラサレハ、所有権移転ノ登記ヲ為ササルモノトス
  ○第五―八条略ス。
    附則
 本規定ハ大正九年三月ヨリ之ヲ施行ス
  ○念書略ス。
左ニ各種小作人規定中、土地譲与ニ関スル規定ヲ掲クレハ
 一、第二種小作人ハ一戸ニ付、土地五町歩ヲ割渡シ、左記年次ニヨリ、四箇年ノ開墾成功ニシテ、五箇年目ニ於テ土地一町六段七
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畝歩ヲ割渡シ、自費開墾セシメ、会社起業法満期上、土地ノ所有権ヲ譲与ス
 一、土地開墾ノ年次左ノ如シ
   一、移住初年一町五段歩開墾 小作地
   一、同上二年目一町歩 同
   一、同上三年目一町歩
   一、同上四年目一町五段歩
 一、譲与地ニ対シテ証明書ヲ附与スヘシ
 一、全部成功確実ニシテ且ツ貸与金品等ナキモノニ限リ、会社起業期間中ト雖、譲与地ヲ貸付権利ヲ移附スルコトアルヘシ
 一、開墾期限満期ノ時、相当除地ノ外、未成功地アルトキハ、其ノ部分ニ対シ小作地ハ畑並ノ小作料ヲ徴シ、譲与地ハ返還セシム但シ、天災其ノ他不可抗力ノ事故ニヨリテ成功シ難キ場合ハ本文ノ限リニアラス
 一、譲与地ノ所有権ヲ得ル登記料及所有権ヲ得タル後其ノ地所ニ係ル公共ノ費用ハ各自ノ負担トス
 一、契約ヲ履行セサルトキハ、譲与地ノ全部又ハ其一部ノ権利ヲ返還セシムルカ、又ハ小作ヲ解除スルモ異議ナキ事
     (以上第二種ノ部)
 一、割渡地十町歩ノ内前三箇年ノ開墾五町歩ハ会社所有ノ小作地ニシテ、後三箇年ノ開墾五町歩ハ会社起業方法満期ノ上土地ノ所有権ヲ譲与ス
 一、全部成功確実ト認定スルモノニ限リ、会社起業期間内ト雖、譲与地ノ貸付権利ヲ移附スルコトアルヘシ
 一、移住初年ニ於テハ小作地内ニ六坪以上ノ小屋一棟及四年目迄ニ譲与地内ニ同様一棟ヲ建設スヘシ
 一、小作地ノ名義書換又ハ譲与地質入書入売却等ハ会社ノ許可ヲ得ル事
    (以上第三種ノ部)
 一、割渡地一万五千坪ノ内二割(三千坪)ハ会社小作地トシテ初年開墾シテ会社ヘ差出スヘシ、残地八割(一万二千坪)ハ会社起業方法満期ノ上土地所有権ヲ譲与ス
     (以上第四種ノ部)
次ニ貸与ニ関スル規定ノ重ナルモノヲ列記セハ左ノ如シ
 一、小作地ハ毎年規定ノ開墾反別ニ限リ開墾料ヲ支給ス
 一、開墾地ハ左ノ三筆ニ分ツ
  一、密林地 一、疎林地 一、草原地
 一、開墾料ハ一段歩平均弐円ノ割ヲ以テシ、土地ノ難易ニヨリテ金参円乃至壱円迄ヲ土地反別ニ応シ支給ス
 一、小作料ハ開墾四年目ヨリ一段歩当リ参拾銭以上金五拾銭ヲ徴収ス、以後五箇年目毎ニ調査ノ上相当改正ヲナス
 一、小作人ハ家族男女二人以上ニシテ、戸籍謄本二通ヲ添ヘ直ニ転籍移住シ得ラルルモノトス
   但シ、事故ニヨリ直ニ転籍シ難キモノハ、取調上十箇月以内ノ
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猶予ヲ与フ事アルヘシ
     (以上第一種ノ部)
 一、第三種小作人ハ小作地ノ開墾料ノ外一切自弁トス
   但シ、土地区画ハ会社ニ於テ割渡スモノトス
 一、小作人ハ一戸ニ付、土地十町歩(二戸分)ヲ割渡シ、毎年一町六段七畝歩宛六箇年ニ開墾成功スヘシ
   但シ、割渡地ハ土地整理ノ都合ニヨリ其ノ区画ヲ分離スルコトアルヘシ
○中略
 以上ハ各種規定中重複セサルモノヲ列記シタリ
          自明治三十一年四月至大正六年 譲与地積
           二百五十六万七千二百八十八坪
      (ハ)家屋・農具・食料等ノ貸与若ハ給与ニ関スル規程並其ノ成績
前述ノ如ク、創業時代ニアリテ第一種小作規定・第二種小作規定ヲ設定シテ種々物品等ノ貸与ヲナシ、小作人ノ招致、一方保護ヲ為シ来リタルモ、予期ノ成績ヲ見ルニ至ラサリシカ、第四種ノ規定ヲ編制スルニ至リ、稍前途ノ光明ヲ見ルニ至リタル状況ニシテ、現今ハ従前ノ如キ余リニ物質ノ給与ヲナサスシテ、小作人ノ入地ヲ見ルニ至レリ、左ニ貸与又ハ給与ニ関スル規定ノ重ナルモノヲ記載スヘシ
 一、小作人ハ移住初年限リ、左ノ通リ支給ス
   一金八円  草小屋一棟代
   一金五円  農具代
   一金五円  種子代
 一、小作人ハ、家族七人迄其ノ人員ニ応シ、着場ノ日ヨリ向フ七箇月間ハ、日割ヲ以テ食料及雑品ヲ貸与ス、若シ七人以上アルトキハ、年小少者ヨリ省クヘシ
 一、給与品左ノ如シ
        (イ)食料ノ部
   一、搗麦 大人一人ニ付一日二合 一、精稲黍 同上五合
   一、味噌 同上十五匁
    但シ、年齢十二歳以下四歳マテハ総テ大人ノ半額ニシテ、四歳以下ニ給与セス
        (ロ)雑品ノ部
   (一)莚      五枚 (二) 鍋四升入 一
   (三)鉄瓶五升入  一  (四) 手桶   一
   (五)柄杓     一  (六) 小桶   一
   (七)笊      一  (八) 飯茶碗  三
   (九)汁碗     三  (一〇)飯杓子  一
   (一一)汁杓子   一  (一二)手ランプ 一
    右総金ニテ五円以内トス
 一、貸与品ハ時価ニ換算シ借用証書トナシ、移住ノ翌年ヨリ四箇年年賦ヲ以テ毎年十一月二十日限リ無利子返済セシム
 一、貸与返納ハ其ノ年ノ開墾料ヲ以テ差引、若シ不足アルトキハ他
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ノ労働賃金ヲ以テ其ノ年ノ返納額ニ充テシムヘシ
   但シ、麦及稲黍類ハ収穫物ヲ以テ時価ニ換算シ、現物ヲ返納セシムルコトアルヘシ
 一、返納金品ハ期限内ニ皆納スヘシ、若シ期限外ニ亘ルトキハ一箇年一割五分ノ割合ヲ以テ其ノ残額ニ利子ヲ附スヘシ
 一、飲料水ニ遠隔又ハ欠乏ノ地区ハ、四戸乃至八戸迄組合許可ヲ得テ一井ヲ穿ツヘシ、落成ノ上ハ其ノ現場ヲ検査シ、一井ニ付弐円以上四円迄ノ補助金ヲ給与ス
     (以上第一種規定ノ部)
 一、小作人ハ移住初年ニ限リ左ノ通リ給与ス
   一、金七円 草小屋六坪以上一棟代(但シ成功検査ノ上代金ヲ渡スモノトス)
   一、金四円 種子代(但シ時価ニ換算シ、現品ヲ以テ給与スルコトアルヘシ)
 一、貸与品(第一種ノ部ナキモノヲ記載ス)
○中略
      (ニ)其ノ他
 一、水田造成ニ付テハ自費ヲ以テ之ニ当リ、成功ノ上ハ貴会社ノ御検査ヲ相受ケ可申候事
   但シ、造成シ能ハサル場所之有候節ハ其ノ旨届出、除地ノ御承認ヲ相受ケ可申候、若シ此ノ届出ヲナササルトキハ、全地ニ対スル小作料ヲ徴収セラルルモ異議無之候
 一、前項造成水田ニ対シテハ鍬下三箇年トシテ、小作料ハ鍬下明後一段歩ニ付玄米三斗宛ヲ、毎年十一月三十日限リ御指定ノ俵装トシ、貴会社清水倉庫ニ納入可致候事
   但シ、未開地ノ造成水田ニ対シテハ鍬下四箇年トシ、小作料ハ鍬下明後、各一箇年丈一段歩ニ付玄米二斗宛、翌年ヨリハ三斗宛ヲ前同様納入可致候事
 一、納入スヘキ玄米及大豆ハ、収穫品中良種ヲ撰ミ、豊凶ニ不拘納入可致候事
 一、借用土地ニ対シテハ地力ノ減耗ヲ防キ、旦ツ怠ラス施肥スルハ勿論ニシテ、期間中他ニ転貸セス、除草及管理ヲ充分ニシテ、決シテ荒蕪ニ付セス候事
 一、貴会社ニ於テ道路其ノ他公共用ノ為、本土地ヲ必要トセラルルトキハ、直チニ返地可致、且ツ之ニ関シ何等ノ請求致間敷候事
 一、契約期間ハ満十箇年ニ候事
 一、灌漑溝・道路・排水保護ノ為、毎年二日以上貴会社御指定ノ期日ニ出役可仕候事
 一、契約地積内ノ未開地ニシテ開墾不可能地ノ立木ヲ伐採セムトスルトキハ、貴会社ニ申出テ御指揮ヲ受ケ可申、無断ニテ立木ヲ伐採シタルトキハ時価三倍ノ弁償可仕候事
(六)移住地ニ於ケル諸般ノ施設
  公立小学校 一  公立教育所 三  特別教育所  二
  説教所   一  青年会   一  会社専属医師 一
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 創業当初ノ移民ハ多ク怠惰ニシテ、真摯ニ農業ニ従事スル者ナキ状態ニシテ、従テ納税等ニ関スル義務的観念ニ乏シカリシカ、現時ニ至リテ誠意専心ニ農業ニ従事スルト同事《(時)》ニ、小作人ノ思想モ亦向上進歩シ、道徳的観念又向上シタル結果、熊牛第十二部納税組合ナルモノ組織セラレタリ
○中略
 而シテ規約十八箇条ヲ制定シ、組長一名、副組長一名、幹事数名ヲ置キ、組合員ハ納税最終期限ノ三日以前ニ之ヲ組合長ニ提出シ、組合長ハ全部取纏メタル上役場ニ納付スルコトトセリ、当農場ニ於ケル教育上ノ設備ハ、明治三十四年九月設置セル熊牛簡易教育所ヲ以テ嚆矢トス、当時村費貧弱ニシテ会社ヨリ経費ヲ寄附シタリ、宗教上ノ施設トシテハ明治三十四年真宗派説教所ヲ設立シタルヲ嚆矢トス、其ノ後同四十四年札幌神社ノ分霊ヲ勧請シ、造営費五百八拾余円ヲ支出シテ十勝神社ヲ建立セリ、次テ大正元年ニ至リ拝殿ヲ造営シ、大正五年境内五町歩ニ桜樹・落葉松・独逸松ヲ植栽シタリ、漸次村社ノ資格ヲ得ル為、基本財産ノ蓄積ニ努メツツアリ、大正四年寺院トシテ一堂宇ヲ新築寄付セリ、移民ヲシテ安シテ永住セシムルハ宗教ノ力ニ俟ツコト最モ必要事ナルヲ以テ、将来更ニ拡張ノ計画ヲ以テ毎年積立金ヲナシ、基本財産ヲ蓄積シツツアリ、其ノ他小作人ノ風紀改善ト農事奨励トニ意ヲ注キ、小作人褒賞救恤ヲ制定シ、其ノ善行ヲ表彰シ、又立毛品評会・農産物品評会等ヲ開催シ、又冬期ニ於テハ小学校ニ農事談話会ヲ開キ、農事試験場長等ヲ聘シテ講話ヲ依嘱ス等、着実勤勉ノ美風ヲ涵養スルニ努メ、今ヤ農場内ハ挙ケテ熱誠農事ニ勉励シツツアリ
(七)移住奨励ニ関スル公共団体等ノ施設、記シテ参考ニ資スヘキモノナシ