デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
1節 朝鮮
6款 東洋拓殖株式会社
■綱文

第54巻 p.404-405(DK540080k) ページ画像

大正7年2月14日(1918年)

是日栄一、当会社社員安東義喬ノ来訪ニ接シ、其担任業務ノ状況等ニツキ聴取ス。爾後、屡々同人ノ来訪ヲ受ク。


■資料

渋沢栄一 日記 大正七年(DK540080k-0001)
第54巻 p.404 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
二月十四日 晴夕方ヨリ曇、夜ニ入リテ雪降ルモ少シクシテ歇ム、帰路自働車動揺セリ
午前七時起床入浴シテ朝飧ス、後安東義喬氏来リ、東洋拓植会社《(殖)》ノ事ヲ報告ス○下略


集会日時通知表 大正一一年(DK540080k-0002)
第54巻 p.404 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
十一月九日 木 午前八時 安東義喬氏来約(飛鳥山邸)


諸挨拶状綴(一) 【(印刷物) 拝啓 益御多祥奉慶賀候、陳者小生今般東洋拓殖株式会社総裁任期満了ニ付退任致候…】(DK540080k-0003)
第54巻 p.404 ページ画像

諸挨拶状綴(一)             (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓 益御多祥奉慶賀候、陳者小生今般東洋拓殖株式会社総裁任期満了ニ付退任致候、去ル大正五年同社総裁拝命以来終始格別ノ御垂顧ヲ辱フシ感謝ノ至リニ不堪候、何卒今後不相変御懇情ヲ賜ハリ度、乍略儀書中御挨拶申述度如此ニ御座候 敬具
  大正十二年十二月          石塚英蔵
              東京市牛込区原町二ノ七十一


集会日時通知表 大正一三年(DK540080k-0004)
第54巻 p.404 ページ画像

集会日時通知表  大正一三年     (渋沢子爵家所蔵)
四月一日 火 午前八半 安東義喬氏来約(飛鳥山邸)


集会日時通知表 大正一四年(DK540080k-0005)
第54巻 p.404 ページ画像

集会日時通知表  大正一四年     (渋沢子爵家所蔵)
二月十日 火 午前九時 安東義喬外支那人同行来約(アスカ山)
  ○中略。
二月廿一日 土 午前十一半 安東義喬氏来約(事務所)
  ○中略。
二月廿六日 木 午前九半 安東義喬氏来約(アスカ山)


(安東義喬)書翰 渋沢栄一宛大正一四年三月六日(DK540080k-0006)
第54巻 p.404-405 ページ画像

(安東義喬)書翰  渋沢栄一宛大正一四年三月六日 (渋沢子爵家所蔵)
              (別筆朱書)
              大正十四年三月六日長崎丸船中ニテ
                      安東義喬氏来状
拝啓 余寒尚去兼候処御機嫌如何ニ候哉奉伺上候
偖此度ハ小生担任の事業ニ関し殊ニ御配慮を辱うし、誠ニ難有厚く御礼申上候
出発ニ際してハ特使を以て御紹介状御下渡被下奉恐入候、小生事弊社
 - 第54巻 p.405 -ページ画像 
重役不幸の為出発延期仕候処、去三日夜行ニて大阪ニ着仕り、四日には菊地氏御多忙にて福本元之助氏に面会致し、翌五日菊地氏ニ御目ニかゝり現況委曲御話申上、将来之を大成するニ付御援助願上候処、閣下特別の御紹介にも有之、且ツ先日持田氏より文通相成候趣にて、快く御聴取被下、他日何等か計画を齎し候場合には、進んて御斡旋被下候模様相見申候、小生も斯く相成候からには、寔ニ責任の重きを感し現在のものを適当に管理致し、試験成績を挙けて、投資家の安心を獲候事最肝要と存し、帰任の上ハ現場に入込み、監督可仕心組ニ有之候尚張謇氏には御芳情を伝へ、又一般の棉作ニ関し実地調査を重ね度存居候
今後ハ経過時々御報告申上へく、又御用有之候節ハ何なりとも御申越被下度候
先ハ右御挨拶申上度如斯に御坐候 草々頓首
  三月六日             長崎丸船中 義喬
    渋沢子爵閣下